第七話 冷たい怒り

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読了時間目安:9分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「…はい、これで大丈夫です。全身いたるところ傷だらけで、内部器官もボロボロです。幸い大事には至りませんでしたが、一番怪我がひどかった腕の酷使は避けてくださいね」

「はい」

「…少しの間は安静にしてください。また酷使すると腕に熱がこもって大変なことになりますよ」

「…」

何も言わずにただ頭を下げるライ。チリーンはその様子を見るとふうとため息をついた。一見冷静でかつ礼儀正しく見えるライだが、その裏には若さゆえの危うさとチリチリ燃える激情を秘めていることをチリーンは見抜いている。

だからこそ、彼女は目の前に座るこの少年が末恐ろしい。激情を仮面の裏に隠し、本音を決して洩らさない。それを十代のうちに成し遂げるなど、恐怖と言わずして何というのか。とりあえず、今日は眠れぬ夜になりそうだ、と空を仰ぐ。






「…そういうわけで、チームブレイブには一日休憩のための日を与えてあげてください」

「わかったよ。…しかし、なかなか有望な新人株だね♪初陣でCランクのお尋ね者を捕まえた手腕はなかなかのものだったよ♪」

珍しく素直に他者を褒めるペラップ、だがチリーンはなんともいえない顔をしていた。

「…そうでしょうか」

「ん、どうしたんだい?」

「あの後、ジバコイル保安官から調書が送られてきまして…。そこに記載されていた内容なんですが…」

「ん、どれどれ♪『スリープは終始優勢だったが、一瞬の隙を突かれて羽交い絞めにされ、その後二匹もろとも大量のシャドーボールを喰らった』…どういうことだ?シオンが何かミスをしてライに直撃したということか?」

「いいえ…。ライ君に聞いたところどうやら刺し違え覚悟の一撃だったようですね。事実、ライさんの怪我は相当酷いものでしたよ。オレンの実を食べて一応は回復させていたみたいでしたが時折表情を歪めています。…あの怪我で平静を装うのは、至難の業ですよ」

通常、ポケモンの体は怪我や痛みに相当強くできており、また肉体の回復速度は人間の比ではない。オレンの実を食べて寝たら大体の怪我は翌日には治る。しかし、ライの怪我はどう考えてもキャパオーバーだ。歩くことはできるが、おそらくそれが精いっぱいだろう。特に右腕は熱を持っており下手したら探検隊生命に関わるレベルだ。

「それだけ聞くと、ただの有望な新人だぞ?」

「しかし、自分の体がどうなってもいいから絶対に正義を実行するという意志には、ぞっとするものがありますよ。それも戦い慣れた探検隊ならまだしも、二十の星が巡る時すら生きてない子供がですよ」

チリーンが滔々とライの異常性を語る。普段は穏やかな彼女の声が少し震えているのを聞くとペラップも少し慎重な面持ちになる。

「その話、もうちょっと掘り下げる必要がありそうだね♪」

緊張を突き破って発言したのはこれまで沈黙を守っていたプクリンだ。いつもの能天気な口ぶりでありながら目は真剣そのものだ。

「とりあえず、一人お客さんも呼んだし、交えていろいろ話そうか♪」

「お客さん?」

「ビビビ…ドウモ、イツモオ世話ニナッテマス」

「こ、これはジバコイル保安官!?なぜこちらまで?」

「イエ、少々気ニナルトコロガアリマシテネ…」

深くため息をつくと保安官は一枚の写真を取り出す。

「うっ…」

「チリーン、辛いなら見なくてもいいよ」

思わず口元を抑えたチリーンに対して静かにプクリンが告げる。

「いえ、大丈夫です」

チリーンが吐き気を催した写真…写っていたのは憔悴しきって傷だらけのスリープ。腕は折れ、体毛はところどころ焦げて元の整った姿は欠片も見えない。

しかし、だ。

ペラップははてと頭を傾げた。この程の怪我は探検隊生活を送ってたら普通に目にするものである。まあ、多少グロテスクだというのは否めないがもっとぞっとするような怪我はいくらでも見てきた。仲間が殺されて我を忘れたリザードンが盗賊団をすべて灰にし、それを探検隊連盟に放り込んだ『黒い死』事件や、その他聞くだけで青ざめるような出来事はいくらでもある。だが、ギルドの医療関係に従事しており、幾たびの戦場を駆けた歴戦の勇者であるチリーンがなぜこうも怯えるのか、ペラップにはわからなかった。

「見事に、痛点を打ち抜いてるね」

冷静な声で、プクリンが言った。

「痛点?」

「そのポケモンの急所だよ。そこを炙るかのように電気を流し続けていたみたいだね…これは、気絶すら満足にできないわけだ」

そこまで言われ、ペラップもようやく事態の把握ができてきた。急所に一撃をもらう痛みは、ゆっくりゆっくり爪がはがされると同義の痛みである。そこに数分間でも電気を流されたらいったいどうなることやら。さらに大声を出させないように声帯も焼かれている。これではどっちがお尋ね者かわからない。

「…ユユシキ事態デスネ。『探検隊ノ掟 其の十七 被疑者乙ガ戦闘不能、モシクハ死亡シテイル場合、探検隊甲ハコレニ対シテノ暴行・陵辱ハ固ク禁ズ』ト制定サレテオリマス。…最近コノギルドニ入ッタバカリト聞キマスノデ今回ハ大目ニ見マスガ…同ジヨウナコトガ続クノナラバ我々トシテモ動クザルヲ得マセン。最近ハ連盟モ体制強化デ動イテマスシ…」

「あの連中はそんなことよりも、もっと別に力を入れることがあると私は思うよ!…難癖をつけることばかり上手い連中が…」

「ぺラップ」

たしなめるようなプクリンの一言で、ぺラップは申し訳ありません、と一礼すると口を閉ざす。

「とにかく、彼に関しては厳重注意を僕がしておくよ♪さて、今晩はここまでだ。」

プクリンが会話を終わらせるべく手をパンパンと打つ。ジバコイルは会釈をすると、そっと部屋から出て行く。チリーンもそれに続いて、おやすみなさい、と声をかけると部屋を出て行く。

部屋に残ったのはぺラップとプクリン。ぺラップは未だに渋い顔をしている。

重い重い沈黙が流れた。やがてぺラップはそっと口を開いた。

「厄介なポケモンを拾いましたね」

「ぺラップ」

静かに、それでいて有無を言わせないプクリンの迫力がこもった声に、ぺラップはようやく自分の失言に気づく。

「…失礼しました」

「今の僕らには彼を裁く権利もないし、また彼もまだ裁かれるほど重大な罪を犯したわけではないよ。…とりあえず、彼らには特別報酬として心のバンダナを渡しておいた」

「心のバンダナ?」

「そう。心のバンダナはね、持ち主の深層心理に呼応して発光するバンダナ。最近見つかったばっかりで、まだその仕組みはよくわかっていないんだけど、探検隊連盟が扱ってるやつを少し取り寄せたんだ」

「でも、そんな大切なものをあの二人に…」

「このギルドに入った時点で、彼らは僕の身内だ。僕は、彼らを最大限に手助けする義務がある」

穏やかではあるが力強い声。いつものように、何を考えているかよくわからない不思議ちゃんや、子どものようわめく姿はここにはない。あるのは、史上最年少のギルドマスターとしての誇り高き姿。

(ああ…いつも、こう、毅然としてくれてたらいいのにな…)

ぺラップは強く胸を打たれるとともに、またいつもの惨事を思い憂える。コホン、と咳払いすると

「あー、親方様♪最近、セカイイチの値段が釣り上がっておりまして、入荷を少し控えたいのですが…」

最近の胸の苦しさを打ち明ける。今これだけ頭が回っている親方様なら、善処してくれるだろう。そう考えたぺラップだったが…

「スウ…スウ…」

「ちょ、親方様!さっきまで、ちゃんと起きてましたよね!?」

「グウ…もう食べられないよ…」

「そんな古典的な寝言するポケモンは見たことないですよ!親方様!起きてくださあああい!」

「うーん、まだ眠いよう…ハイパーボイス♪」

「お、親方様!?何を…」

するんですか、と二の句を告ぐ前に大地が大きく揺れる音。パラパラと落ち始める小石…


トレジャータウン未明、なぞの轟音と一抹の断末魔が響いた。この日はドゴームの爆音目覚ましに慣れ始めていたプクリンのギルド全員が苦しみに苦しんだとか…

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