DUGOUT:モミジの街にて

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください


 まだ三月の終わりだというのに、今日はやけに暑い。

 駅の南口の改札前で、通り過ぎる人に目を向ける。
 スマホの画面を見る。二時四十七分。そろそろ新幹線が到着した頃合いだ。
 改札から出ていく人がじわりと増える。その中のひとりが、こちらに気がついてトランクを引きずりながら走ってきた。

「アカシさん! こんにちは!」
「やあ、トウカさん。ようこそモミジの街へ」

 とうとう来ちゃいました! と真っ赤な服に真っ赤な鞄のトウカさんが笑顔で両手を挙げる。

 CM出演含む去年終盤のひと騒動の影響で、トウカさんが開幕三戦目の始球式をすることになったらしい。
 そういうわけで、ついでに開幕三連戦を観るため、モミジの街にやってきたというわけだ。
 僕? 何かノリでCMには出たけど所詮は無名トレーナーだから特に何もない。僕はただ試合を見に行くだけだ。

 トウカさんはこの街に来るのは初めてだそうだ。マジカープファンになってからは長いが、ビジター席ばかりだったらしい。まあ、この地方はトレーナーとしては他の地方と比べると行く機会があんまりないし、しょうがない。特に大きな大会とかもないし。
 僕の方は三日ほど前からこの街に「里帰り」している。実家に帰ったのは八年ぶりだ。その辺については……まあ、おいおい。

 時計を見る。三時前を示している。開門まで一時間、スタメン発表まで二時間半、試合開始まで三時間。

「試合までまだ時間あるけど、どうする?」
「グッズ漁るのもいいんですけどおなかすきました! お昼食べてないんです!」

 せっかくだからこの街の名物的なものが食べたいです! とトウカさんは無駄に元気のいい声で言った。
 ふむ、名物か。とするとやっぱりあれか。

「お好み食べたことあります?」
「お好み焼きですか! コガネのはあるけどこっちのはないです! 食べたい!」

 トウカさんは目をキラキラ輝かせた。
 市内の僕の行きつけの店の中から出来るだけ伝統的というか、創作色少なめのお店を脳内検索する。せっかくなら定番から食べてほしいから。

 それにしても今日は暑いですねえ、あったかい街とは聞いてましたけど、とトウカさんが上着を脱ぎながらため息交じりに笑う。
 とりあえず駅前のポケセンに荷物預けてきなよ、とトウカさんに勧めた。トウカさんはマジカープのユニフォーム柄のトランクを引きずって、ポケモンセンターへ走って行った。



 駅から路面電車に乗って更に数駅。大通りから細い路地に入ると、使われてきた時間の流れを感じる薄汚れた暖簾のかかった小さな店にたどり着く。
 昼にはだいぶ遅い時間、というかすでにおやつの時間なのだが、店の前には短いながら行列が出来ている。僕には昔からなじみの店だが、最近インターネットのグルメサイトでランキングに入ったらしく、観光客らしき人も多い。
 幸い店内にいた団体客と入れ違いになったようで、数分で店内に入ることができた。

 カウンターの席に通される。年季は入っているが、鏡のように丁寧に磨かれた銀色の鉄板。その上では先客の分のお好み焼きが甘いキャベツの匂いを漂わせながら調理されている。
 トウカさんが物珍しそうに店内を見渡しながら、ほうほうと感嘆の声を漏らした。
 席には小さな皿に箸とへら、それにメニューが置かれている。文庫本見開きくらいの大きさのシンプルなメニュー。
 店員のおばちゃんが氷の入った水を持ってくる。

「あら、アンタ、モトヤスさんとこのじゃないん。久しぶりじゃねえ。何にしょーか?」
「肉玉そばにイカ天。トウカさんは?」
「あ、私も同じの!」

 はいよ、と店員さんが笑顔で答える。
 鉄板に生地を丸く薄く広げる。鰹節粉をぱらぱら。その上に山盛りキャベツ。イカ天。豚バラ四枚。上から少し生地をかける。
 小さな紙メニューに書かれている『焼き上がりに二、三十分かかります』の文字に腹ぺこのトウカさんはちょっとしゅんとした様子だったが、今は興味津々と言った様子でお好み焼きの調理風景を見つめている。
 薄い生地の下にへらを差し入れ、くるりとひっくり返す。生地に乗っかっていたキャベツその他は全て生地の下。
 トウカさんがおおー、と感嘆の声を漏らす。ここからじっくり時間をかけ、生地をふた代わりにキャベツを蒸しながら熱を通していくのだ。


「でも、ちょっとびっくりしました」

 キャベツが蒸される様を眺めていたトウカさんが、ふいに口を開いた。

「この辺の地方って職業トレーナーがあんまり浸透してないって聞いてたんですけど、思ってたよりはポケモン文化でしたね」
「ああ、僕もちょっとびっくりしたな。七、いや八年前この街を出た時よりずっと広まってたし。いつの間にかセンターも出来てたし。カントーとかのよりはちょっと規模小さめだけど」

 センターとはポケモンセンターのことである。ただしポケモンを回復させたりする施設ではない。それはさすがにこの街でもはるか昔に出来ている。
 ポケモンセンターやらポケセンやらではなくただ単に「センター」と言う時は、トレーナーグッズではないポケモン関係の商品……ポケモンモチーフの日用品や装飾品、ポケモン用のフードや飼育用品、生体も少し扱っている専門店のことである。
 トレーナーにもその他の人たちにも大人気の店で、この周辺地域では長らくジョウトのコガネかホウエンのトウカまで行かなけれならなかったのだが、いつの間にやら街の中心部のデパートに入っていた。

「店の規模は小さめだけど、コイキング釣り放題なんだよね、この街のセンター……まさかデパートの中に釣堀が出来てるとは思わなかったなあ……」
「コイキングっていうチョイスが……本当この街、大好きなんですね、マジカープ」
「うん、しばらく離れて戻ってきてからこの街おかしいって気付いた」
「駅中からして通りかかる店の九割くらいはマジカープとコラボってましたよねこの街……噂には聞いてましたけど本当すごいですねえ」

 そう言いながら今いる店内を見渡せば、壁にはマジカープの選手のサインがずらり。棚に置かれたボックスティッシュには球団のロゴ。入口の扉には緋色のステッカー。店の奥にかけられたカレンダーも球団から販売されているものだ。
 この街では割と日常の光景である。球場やらでグッズを買わなくても、店で買い物したり銀行で貯金したりするだけでマジカープグッズが勝手に増えていくのがこの街である。
 とりあえず明日はセンター行きます、コイキング釣ります、あとマジカープのグッズ買い占めます、とトウカさんが宣言した。

「ああでも、せっかく初めて来たんだし、野球関係以外もエンジョイしたいなあ。あー、滞在日程もっと長くとっとけばよかったなー」
「いつまでいるんだっけ?」
「明後日始球式して試合観て、その次の日の昼にはカントー帰るんだよねー。あー、もう一日延ばせばよかったなあ」
「昼かー。明後日は午後動けないだろうしね」

 となると明日の試合前まで、明後日午前中、明明後日午前中ってとこか。
 一番時間とれるのは明日だし、島の方の神社とか行くんなら明日がいいんじゃないかな、と提案した。
 またスケジュール組み直すー、と面倒くさそうな口調で、でもどこかうきうきした雰囲気でトウカさんは答えた。


 蒸し焼きにされているお好み焼きの横で、ゆで上げた麺に火が通る。中華そばが二玉。
 キャベツのかさがすっかり減ったお好み焼きを麺の上に載せ、上から軽く押さえる。ぶわっと蒸気が上がる。キャベツの甘い匂いが漂ってくる。ふぉー、とトウカさんがテンション高めの感嘆を漏らす。
 鉄板に卵を割る。大きめの卵、黄身は二個。素早くお好み焼きを載せる。割り広げていないのにジャストサイズ。トウカさんがそわそわと横揺れしている。
 全体をひっくり返し、卵の面に刷毛でソースをたっぷりと塗りつけ、青のりをかける。

「はいお待たせ、肉玉そばのイカ天入りふたつね」

 目の前に完成したお好み焼きが運ばれてくる。トウカさんが今日何度目かかつ一番テンションの高い歓声を上げて、小さく拍手する。

 いただきます、と手を合わせ、へらでひと口サイズに切る。僕はそのままへらの上に切ったお好み焼きを乗せ、口へ運ぶ。
 うめえ。数年ぶりの本場のお好み焼きうめえ。久々に食べると本当にうめえ。やっぱり僕の身体の半分はお好みソースで出来てる。間違いない。モミジの街の生まれだからな。
 割り箸を手に取りかけていたトウカさんが、僕の様子を見て、へらのまま口へ運ぶ。
 「熱っ」という小さな声が聞こえた。小さめに切って、へらの角に乗せ、斜めの角度から唇を触れさせないようにするんだ、ということを無言のまま身振りとアイコンタクトで伝えた。
 トウカさんが頷き、お好み焼きに再アタックをかける。無事に口へ運び、しばらく咀嚼して、はあ、と大きく息をついた。

「ずるいなぁ……」

 トウカさんはそう言い、またひと口食べてため息をつく。

「ずるいなぁ……おいしいなぁ……ずるいなぁ……」

 はふはふとものすごい勢いでお好み焼きを頬張りながら、ずるいなあ、とおいしいなあ、を合間に挟んでくる。

「モミジの街ずるいなぁ……おいしいなぁ……アカシさんこんなおいしいもの隠してたなんてずるいなぁ……」
「別に隠してはないけど……」
「だって産まれてからずっとこれ食べてきたんでしょ……ずるいなぁ……ずるい……」

 どうやら理不尽に矛先が僕に向いているようだ。別に僕はずるくない。この味が食べられないこの街以外が悪い。僕はずるくない。決して。

 へらを口に運ぶ手を止めて、私もこの街に生まれたかったなあ、とトウカさんはぽつりと言った。

「この街に生まれてたら、マジカープを好きになっても、じゃあしょうがないねって片付けられたのにな」
「でもこの街に生まれてたら、トウカさん、トレーナーじゃなかったかもしれないよ」
「……そう、ですよね。私、トレーナーの親から生まれた、カントーのトレーナーですもんね。……あの、私が野球を好きになったきっかけ、知り合いに球場に連れて行かれたから、って言ったことありましたっけ?」

 あったね、出会ったばかりの時ポケセンで聞いたね、と僕は返した。トウカさんは氷水を一口飲んで、少しだけさみしそうな表情をしたあと、穏やかな声で言った。

「私に野球を、マジカープを教えてくれた人、カイにい、って言うんです」

 カイにい。「カイ」さんか。下の名前だとしたら、「カイジ」とか、「カイト」とか、「カイロ」……違うな、これはあったかいものだ。まあそんな感じだろうか。
 どっちにせよ、地元民じゃないトウカさんをマジカープファンに仕立て上げた「カイにい」、すごい人であることは間違いない。
 でも、とトウカさんは首を横に振って言った。

「私、小さかったから……舌っ足らずで。……『カエデ』だったんです。カイにいの、名前。『カエデ』が言えなくて、『カイデ』って。だから、『カイにい』」

 そう言って、トウカさんの表情に影が落ちる。僕は手に持ったコップをカウンターに置いて、抑えめの声で聞いた。

「『カエデ』って、まさか、それって……」

 トウカさんは頷く。カエデ。その名は僕も知っている。この界隈で知らない人はあまりいないだろう。でも、とトウカさんはため息交じりに続ける。

「不思議なんですよね。……どうしてカイにいは、私に『野球』を教えたんだろう」

 僕は首をひねった。トウカさんの話を聞く限り、『カイにい』がトウカさんに野球を勧める理由が思い当たらない。
 トウカさんは首を振った。暗い話は止めましょう、と言い、再びへらを片手にお好み焼きの攻略にかかった。


 そういえば話は変わりますけど、と明るい声でトウカさんが言った。

「テンマさんの書いた奴、見ました?」
「あー、あのサイトにこっそり置いてあったって奴? 読んだ読んだ。元のページは削除されてたけどまとめブログにコピペされてたからそれ読んだ」
「すごいですよねー、トップページに載せずに更新履歴のページのリストにこっそり混ぜてたのに掲載してから一分かからず見つかったって話ですし。見つける人いるんですねえ」
「あれって多分トウカさん宛てだよね?」
「ですねえ。拡散した後の温泉、テンパってましたね。『アサキタ、お前あとで広報室な』って記事の中で三回くらい書かれてましたしね」
「割と面白いと思ったけどなあ。僕なんかはポ球見たことないし、野球からもちょっと離れてたことがあったし」

 生まれ育った街を忘れようと、ほんの少し足掻いた時期があった。
 でも結局僕はこの街に生まれて、この街で育って、この街が好きで、この街を忘れられなかった。

 だからあの日、去年の春のあの日、この街の象徴である緋色のユニフォームに引きつけられた。精神を、この街に戻された。
 どこにいても、この街を好きでいていいんだと、そう言われたような気がした。


 トウカさん、と声をかけると、どうしました? とトウカさんは小首を傾げた。
 僕は、心に決めたことを、カウンターの隣に座る少女に打ち明けた。

「僕は今年、この開幕三連戦を観たら、球場には行かない」

 トウカさんの動きが止まった。僕は目を合わせて、軽く笑って見せた。

「八年ぶりに実家に帰って、親に言ったよ。僕はまだ、この街には戻らない、って。
 ただし、期限を決めた。三年だ。三年経って何も変わらなかったら、全部すっぱり止める。トレーナーを辞めて、この街に戻る。
 僕の年で三年って言うと、正直かなりやばい。三年経ったら二十九、誕生日迎えたら三十だ。トレーナー辞めたあと職に就けるかどうかも怪しい。
 でも、それって今すぐ辞めても同じなんだよ。結局僕はトレーナーと多少のバイト以外何にもやったことないんだから。
 それなら、自分の気が済むまでは足掻いてみようって、そう思った。今みたいな中途半端な状態で終わらせても、僕は何もできないと思ったから。
 だから、本気で取り組むためにも、野球観戦を絶つ。好きなもの我慢して真剣にやらなきゃ、僕には間に合わないだろうから」

 神妙な顔で聞いていたトウカさんが、それはいいけど、と深刻な声で僕に言った。

「野球、絶てるの?」
「……し、試合結果は確認する」
「いいの? 結果見たら絶対観たくなるよ? すごいプレーばんばん飛び出しちゃうけど観られないよ?」
「……う」
「見逃しちゃうよ? ホンカワ投手が三十イニング無失点とかやっちゃうよ?」
「う、うぐぐ……」
「去年はAクラス止まりだったけど今年はねえ、優勝とかしちゃうからね? 盛り上がっちゃうよ? めっちゃ盛り上がっちゃうよ?」
「……あ、あのさ、ものっすごい誘惑してくるのやめてくれないかな……」

 必死で決意したことが、ものすごくあっさり揺らぎそうだった。意志が弱すぎて我ながら駄目だと思う。
 まあ、アカシさんが決めたならそれでいいけど、とトウカさんは何となく意地悪い笑顔を向けてきた。

「そうね、じゃあ私も頑張らなきゃね。アカシさんともしどこかの大会で戦うってことになった時に、弱かったら申し訳ないもん」
「次は……勝つよ。きっとね」
「そう? まあ、私は負けないけど」

 トウカさんはけらけらと明るい声で笑った。
 本当に天性のスターだと思う。自分が負ける想像なんて全然していないし、自信に満ちあふれている。そしてその通り負けないんだろうな、と人に思わせる雰囲気を持っている。

 僕がライバルと思っている人は、本当にとんでもない人だったのかもしれない。
 でも、この人に食らいついていかなければ、この人を乗り越えていかなければ、トレーナーとしての僕は死んでしまう気がする。

 この街を出なければ、この人とは会えなかったんだ。こうやって話をすることも、絶対なかったんだ。
 そう思うと、今まで何の成果もなかった気がしていた僕の人生も、少しは意味のあるもののように思えてきた。


「ねえねえちょっと、あんたらぁ」

 あらかたお好み焼きを片付け終えた頃、店員のおばちゃんが、僕とトウカさんを呼び止めてきた。
 これ書いて、と差し出されたのは、色紙と油性ペン。

「野球のCMに出とったじゃろ? 折角じゃけぇ飾らせてくれんかねぇ」
「えっ……ぼ、僕はその……」

 そんなこと言われても、僕にとっては昔から来てた店だし、そもそもそんなサインとか書くような身分じゃないし。CMだって何かよくわからないけど流れで出ることになっただけだし、顔も出てないし。

「いいじゃんアカシさん。書こうよ」

 トウカさんはとても慣れた様子で、さらさらと色紙の右半分に崩し文字のサインと『お好み焼きおいしかったー!』とハート付きのコメントを書いて、僕に渡してきた。
 僕が戸惑っていると、早く早く、と小声で急かしてくる。自分の崩し字のサインなんてあるわけないので、普通に(気持ち崩した)漢字で名前を書いて、『いつもありがとうございます』と小さく付け加えた。
 トウカさんが思い出したように、色紙の上の空白に今日の日付と『マジカープ応援してます!』と書きこんだ。

「三年後にアカシさんがトレーナーとして大成したら、この色紙、ものすごいレアものになるかもね」

 そう言って、トウカさんは僕の方を見て笑った。



 店の外に出ると、少し生暖かい南風が吹いていた。
 もう夕方ですねえ、と時計を見たトウカさんが、あっ! と鋭い声を上げた。

「大変ですアカシさん! スタメン発表まで三十分もありません!」
「うわっ、もうそんな時間か! 今日は自由席じゃないから座席は大丈夫だけど、急がなきゃな」
「わー、試合前に球場の探検しようと思ってたんだけどなあ」

 まあ、明日も試合あるし、コンコース探検は明日にしようかな、お好み焼きおいしかったししょうがないか、とトウカさんは苦笑いした。
 近くにポケモン着陸できるところある? と聞いてきたので、球場隣のショッピングセンターの駐車場が離着陸可だよ、とスマホのマップを見せた。

 それじゃ行こう、と元気よく駆けだしたトウカさんが、ふと足を止める。
 不思議そうに空を見上げるトウカさんに、どうしたの? と声をかけた。

「何か……急に静かになった? あ……風。風が、止まった」

 ああ、と僕も空を見上げた。

「夕凪だ」

 まだ季節じゃないけど、今日はずいぶん暑かったからね、と、夏の夕方の風物詩に想いを馳せる。
 海風と山風が入れ替わる時、ぴたりと風が止まる現象。
 ゆうなぎ、とトウカさんがその言葉の響きを味わうようにつぶやく。

「この街では、夕凪が試合開始プレイボールの合図なんだよ」

 昔、誰かから聞いたそんな文句を思い出す。
 それじゃ、急ぎましょうか。トウカさんはそう言って笑い、全体が紅葉色に染まりはじめた空を指さした。


 今シーズンのペナントレースの開幕まで、あと数十分。
 紅葉色の夕日に染まった街は、流れの止まった空気の中で、独特の熱気を帯びていた。

 静まった空気の中を、真っ赤な歓声がゆっくりと満たしていくような気がした。

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