第4章 第9話

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

アグノム
「…ついに、第六大陸か」

ユクシー
「…もう、本当に時間が無いわね」
「…誤差は5日、相手もやっぱり必至ね」


モニターには怒りの形相をした敵の顔が映っていた。
第五大陸は様々な人の生き死にを体験出来るイベントが多かった。
それだけに、精神的ダメージはことのほか多いはずだけど…
ちなみに、私は目を瞑っているけど超能力で視界を幻視(見てないけれど、超能力で見える感じ)出来る為、ちゃんと前は見えてる。
もっとも、あくまで幻視だから若干像がぼやけてはいるけれど。


ユクシー
「…逆効果だったんじゃない?」

アグノム
「かもな…敵のモチベは今、最高潮だ」
「さぞ、母さんの事を憎んでるんだろうな…クソが」


アグノムは唇を噛み、毒づく。
これは、あくまでアグノムが作ったプログラムの仮想現実。
だけど、体験しているあの4人はそれを知らない。
だから、お母さんが作っていると勘違いされても仕方がないのだけど。
その憎しみがお母さんに向くのは、確かに許せないわね。


ユクシー
「…アグノム、私を第六大陸に送れる?」

アグノム
「はぁ!? 何考えてんだ姉さん?」

ユクシー
「…少し、敵に会ってくる」
「…勘違いされたままお母さんが憎まれたら我慢ならないわ」


私の言葉を聞いてアグノムは首を横に振る。
呆れてるって感じね。


アグノム
「…とりあえず無理だ」
「プログラムの仮想現実とはいえ、そんな自由な転送は設定してない」
「そんな事したら、逆に利用されていきなり襲われかねないからな…」
「ワープしてラスボス最短クリアとか、洒落にならねぇだろ?」


確かにその通りね。
だけど、そうなると私は悶々とするこの思いを、どこにもぶつけられそうになかった。
すると、そんな私の気持ちを感じ取ってくれたのか、優しい声が背後からかけられる。


パルキア
「お母さんが連れてってあげようか?」

ユクシー
「…良いの?」


私が聞くと、お母さんはもちろん♪ と、笑顔で言ってくれる。
私は少し考えるけど、お母さんは自信も無しにこんな事は言わない。
それならと思い、私は頷く。
そしてお母さんの空間転移を使い、私たちは第六大陸の入り口に転移した。



………………………



守連
「………」

華澄
「…ゲームの様な世界とはいえ、後味が悪いですね」

阿須那
「全くや! 解ってても気分悪いわ!!」


前の大陸はホンマに胸クソ悪かった。
世紀末的な退廃世界やったけど、そこにはプログラムの人間とはいえ、クソみたいな世界。
殺戮、陵辱、強奪、ありとあらゆる憎悪が渦巻く世界。
出て来る魔物は全てその世界の住民。
ウチ等は、そんな住民たちを残らずぶっ殺していった。
当然イベントの都合なんやが、後味が悪すぎる。
守連は結局誰も殺せんかった…当然やが。
華澄でさえ中盤に差し掛かる頃には明らかに戦意が落ちてた。
結局、最後まで迷わず戦ったんは、ウチと女胤だけやったな。


女胤
「…ここで文句を言ってても仕方がありませんわ」
「後どの位世界があるのか解りませんが、もうすでに2ヶ月以上も異世界にいる」
「聖様は無事なのでしょうか?」


「ああ、それは安心して良いよ~」
「オレの愛する聖君の安全は絶対に保証するから♪」


突然の声にウチ等は全員ガバッと後を向く。
すると、そこにはウチ等をこの世界に導いた張本人がおった。
隣には小さな少女もおる。
黄色のショートに2本の尻尾、そして全身タイツに閉じられた瞳。
額には赤い宝石の様な物が埋め込まれとる…
間違いなくポケモンやな…プログラムのキャラやないやろ。


パルキア
「ちょっと娘が君たちに言いたい事あるからって、今回は連れて来てみたのさ」
「紹介するよ、オレと聖君の愛の結晶、愛娘のユクシーだ♪」

女胤
「異議あり!! たった2ヶ月でそんな大きな子供は産まれませんわ!!」
「後、人の男を寝取るとは許せません!!」

阿須那
「アホッ! まだ誰の男でもないやろ!?」
「つーかヤッたんかアンタ!?」
「聖の童貞はもう無いんか!?」

華澄
「お、落ち着いてくださいふたりとも…こ、ここは冷静に…」

守連
「華澄ちゃんもそんなに絶望しないで~」
「失った童貞はもう帰って来ないよ~」


もうわやくちゃやった。
ウチ等は聖の失われた童貞に悲しみを背負い、各々の怨嗟の声をあげた。


パルキア
「いや~聖君があんなに絶倫だったなんて♪」
「オレだって初めてだったのに、何回もイカされちゃってすっかり聖君の虜だよ♪」

女胤
「むきーーー!? この盗人! 今すぐ処刑して差し上げますわ!!」

ユクシー
「…お母さん、お願いだから話をややこしくしないで」

パルキア
「あはは~ついね~♪」


パルキアは頭を掻いて少し真面目な顔をする。
とはいえ、相変わらずの笑顔で真剣さは伝わってこうへん。
とりあえず、冗談は終わりって事やな。
わざわざ来たって事はここが終着か?
空に浮かぶ天空都市…いかにもな世界ではあるけどな。


パルキア
「とりあえず、オレの娘からのお言葉…はい、どうぞ」


パルキアはそう言って隣の少女を促す。
すると、少女は静かに口を開いた。


ユクシー
「…とりあえず、初めまして」
「…パルキアの娘のひとり、ユクシーです」
「…ちなみにまだ聖さんの娘じゃありません」

阿須那
「…まだ?」


ウチは不穏なワードにツッコムも、ユクシーと名乗った少女は無視して話を続ける。
ぬぅ、中々のスルースキルやな。
少々煽っても動じなさそうや。


ユクシー
「…まず、先に言っておきます」
「…この仮想現実世界をプログラムしたのは、妹のアグノムであり、お母さんじゃありません」
「…なので、恨みの念は妹に向けてください」
「…お母さんはこのプログラムされた世界には何も関与していませんので」


少女はほぼ無感情にそう言うた。
せやけど、その言葉にはハッキリとした想いが込められとった。
ウチは、その想いに息を飲んだ。


守連
「ユクシーちゃん、お母さんの事大好きなんだね~♪」

ユクシー
「…当たり前です」

パルキア
「あははっ、どう? 良い娘でしょ♪」

守連
「うんっ、とっても♪」


予想はしとったが、守連は露骨に共感したな。
仮にも宣戦布告までしてきた相手。
下手な情けは命取りになるで守連?


華澄
「パルキア殿、拙者にはそなたが悪人にはとても見えませぬ」
「娘殿の態度を見ても、そなたが愛されているのは解りますし」
「何より、そなたは聖殿に愛情を抱いているのでは?」


それを聞いて、パルキアは露骨に顔を歪めた。
図星…っぽいけど、何であんな顔するんや?
まるで認めたくない様な、それとも耐える様な?


パルキア
「…そうだね、そう言ってくれるのは嬉しいよ」
「だけど、情けはかけなくて良い」
「オレも君たちの事は、何がなんでも殺さなきゃならないから」


パルキアは抑揚の無い声でスラスラと言うた。
せやけど、そこに殺気は何ひとつあらへん。
ホンマに殺る気あるんか?


女胤
「…今ならまだ見逃して差し上げますわ」
「聖様を返して投降なさい」
「それとも4体2で勝てるとお思いなのですか?」

パルキア
「安心してくれ、今日は話をしに来ただけだ」
「この大陸を越えれば、オレの城に着くよ」
「ユクシー、もう良いかい?」


パルキアが確認を取ると、ユクシーは静かに頷く。
すると、一瞬でパルキアたちは姿を消してもうた。
厄介な能力やな…一瞬で長距離移動可能とか、チート能力やないか。
せやけど、腑に落ちん事だらけやな…


阿須那
「…何でわざわざあんな事言いに来たんや?」
「メリットがあるとは思えへん」

華澄
「…拙者は、やはりパルキア殿には理由があるとしか思えませぬ」
「もしかして、何者かに脅されているのでは?」

守連
「私もそう思う…パルキアさん、絶対悪い人じゃないよ」
「ユクシーちゃん、すっごくお母さんの事好きみたいだったし…」
「聖さんの事、大事にしてくれてるみたいだった…」


確かに、言動からはそうやな。
せやけど、誰かに操られてるとしたらわざわざこんな所には来させへんやろ…
相手側にメリットが何もあらへんねんから。


女胤
「そうやって戦意を奪う為の演技かもしれませんよ?」
「殺気は無くとも、迷いも感じられませんでしたし」
「少なくとも相応の覚悟で、私たちを殺すと言っていた様に思えます」

華澄
「…拙者にはあれが演技とは思えませぬ」
「覚悟は伝わって来ました…ですが、どうにか戦わずに済ませる方法は無いのでしょうか?」

阿須那
「甘い考えは捨てぇ、華澄」
「この世界は紛れもなくウチ等を殺しに来とる」
「ましてやラス前の世界…より苛烈な敵が出て来るやろ」
「ラスダン前に死ぬわけにはいかへんねんで?」


ウチ等は何とか五体満足と言っても、既に2ヶ月の長旅。
精神的には相当疲労しとる。
何だで敵の術中にはハマっとるんや。
ちょっとした事で死んでしまうかもしれへんこの人間の身体は、ちょっとの迷いも許されへん。


華澄
「…阿須那殿は、何とも思わないのですか?」

阿須那
「今は聖が優先や」
「他の道が見付からへんのに、聖の事忘れて敵に情けかけぇってか?」


ウチの非情な言葉を聞き、華澄は俯いて黙る。
解ってるはずや、譲れへんモンがあるのは。
この旅は聖を救う為の旅。
そこに立ちはだかる物は全て倒さなあかん。


守連
「阿須那ちゃん、そんな言い方しなくても…」

阿須那
「守連も覚悟しぃ」
「相手が殺す気で来るんやったら、全力で戦うんや」
「気持ちは解るけど、戦えへんとは言わさん」


ウチは顔を厳しく引き締めてそう言う。
守連は割り切れないと言った顔のまま、それでも何か別の方法を考えている様やった。


女胤
「…先が思いやられますわね」

阿須那
「ふたりとも、基本優し過ぎる性格やからな」
「華澄はまだしも、守連にはつらい戦いになるやろ…」


相手がどれだけの戦力持ってるかも解らへん。
少なくともここまでの消耗戦仕掛けてくるのは理由があるはずや。
この世界はあまりにも甘い。
ウチ等を殺す気なら、宿屋や武器屋はいらん。
せやけど、まるでクリアさせる為にこの世界は作られてる気がする。


阿須那
「女胤はどう考える?」
「あからさまに殺意の無い今までの世界の事」

女胤
「…時間稼ぎ、位にしか思えませんわね」
「宿屋や武器屋の存在はRPGで言うなら稼ぎの部分で重要です」
「私たちも高騰する物価に対し、必ずこの稼ぎをしなければなりませんし」
「そして、そこからもたらされる敵のメリットは時間としか思えませんね」
「後、殺意が無いと言うより出せないのかもしれません」

阿須那
「出せへん? ……成る程な」


ウチは考えて納得する。
このRPG世界での敵はあくまで有限。
魔物を倒せば2度とそこには再出現せぇへんかった。
ここまでの情報でウチは推測する。


阿須那
「…世界の広さは、同時に敵の力を分散させてるっちゅうわけか」

女胤
「恐らく…ですので、この世界は全てを合わせても、私たちを殺すだけの戦力が初めから無いのだと思います」

阿須那
「せやから、宿屋とか武器屋とか作って稼ぎに時間かけさせる様に設定しとるんか」
「全戦力をひとつにすれば与えるダメージは大きくなるけど、一瞬でラスダンまで到達されてまうって事やな」

女胤
「つまり、敵はそこまで綿密にスケジュールを組んでいる」
「そして時間をかけないと出来ない何かがあると言う事ですね」


ウチ等は互いに意見の一致を確認する。
ほんなら、やる事はひとつやな。


阿須那
「急ぐでふたりとも! 話は聞こえとったやろ!?」

華澄
「はいっ、拙者たちが急ぐ事が相手の嫌がる事と言うわけですな!」

守連
「う~とりあえず頑張るねっ」

女胤
「さぁ行きましょう! 聖様はもう少しです!」



………………………



アグノム
「…姉さん」

ユクシー
「…ごめん、でもお母さんの事を勘違いはしてほしくなかった」


結局、私がやった事は相手に情報を与えただけだった。
しかも、もうあの世界のシステムに気付かれてる。
このままだと、相当短縮されそう。
予定では後20日は稼ぎたいのに…
そう、もう既に80日目…3ヶ月近くの月日が経っていた。
本来ならこの時点ではまだ第五大陸の中盤予定。
既に相当スケジュールが狂ってる。
マズイかもしれない…


アグノム
「…結局、まだメガストーンは発動出来ず」
「代わりにZクリスタルはようやく実働段階か」

ユクシー
「完成したの? ラランテスのZクリスタル」


アグノムはコクリと頷く。
だけど、あまり嬉しそうじゃないわね。
何か不確定要素があるのかしら?


アグノム
「撃てるは撃てるが…恐らく1発限りだ」
「つまり、試射は出来ない…ぶっつけでやってもらうしか無いって事だな」
「しかも、本来なら専用の技を放つんだが、ラランテスにはそれを練習する事も出来ない」
「それでも、アイツを信じるしかないがな…」


アグノムは疲れ切っていた。
恐らくあのペースだと後10日前後でここまで来る。
もう、ほとんど目前だ。
つらい戦いになるのは目に見えてる。
今の内に出来る事はやらないと…



………………………




「えっ…守連たちに会った?」

パルキア
「うん、ユクシーが言いたい事あるって言ってたからちょっとね」

ユクシー
「………」


ユクシーちゃんは今日もパルキアさんと一緒にいる。
よっぽど心配なのだろう…俺とパルキアさんが会うのはそれだけ危険なはずなのだから。
もう80日目…パルキアさんたちの空気は明らかに変わりつつあった。
あれからアグノムもここには来ず、俺が外に出る時も顔は会わせてない。
やっぱり、限界なのか…


パルキア
「…多分、後10日位で全部終わるよ」


「そうですか…もう、3ヶ月になるのか」
「って事は、もうすぐクリスマスだな…」


連れて行かれたのが10月2日だったから、もう今は12月20日だ。
気が付けばすっかりここに馴染んでしまったなぁ~
そういう意味でも少し寂しくなる…
ここの人たちは本当に良い人たちだ。
でも、それでもどちらかを失わないといけない。
覚悟はしてる…でも、本当に辛い。


パルキア
「…そっか、もうそんなになるのか…」
「ゴメンね、パーティとかはとてもしてあげられないけど」


「構いません、その気持ちだけで十分です」
「…俺にはクリスマスパーティとかやってくれる人はいなかったんですから」


俺は昔から孤独だった。
小学校低学年の頃からほとんど家ではひとりだったし。
家事も炊事も下手くそながら、全部自分でこなして。
誕生日とかクリスマスとか、親は現金渡すだけで放置。
今も海外出張で連絡なんて滅多にしない。
きっと今だって、特に何とも思ってないだろ…
改めて酷い親なのかもしれないな…
あ、でも旅行券の時は素直に感謝したが。
別に俺は、あの親でも嫌いになった事は1度も無いからな。


パルキア
「…そっか、じゃあ」
「クリスマスの日に、何かプレゼントあげるよ♪」
「もしかしたら、それが最後になっちゃうかもしれないけど…」

ユクシー
「…それなら、私からも何か考えておくわ」
「…特に大した物は出せないけど」


「あ、あはは…ありがとうふたりとも」

ミミロップ
「私からも些細なプレゼントです、私の処女をどうぞ」


「あ、ありがとうございますミミロップさん」
「ですが、流石に処女を貰う勇気は無いです…」


俺はそう言ってやんわりと断る。
ミミロップさんも答えは解っていたのか、特にそれ以上は何も言わなかった。
…でも、やっぱ嬉しいな。
出来るなら、守連たちも一緒だったらなお良いのに。
いや、まだどちらが勝つかは解らない。
最後のその時まで、俺は希望を持って生きよう。



………………………



ユクシー
「………」

アグノム
「どうした姉さん、何か機嫌良さそうだな?」

ユクシー
「…そう?」


私が聞くとアグノムはああ、と答える。
そう、そんな風に見えるのね。
確かに、そんなに気を張ってはいないけど…


アグノム
「何かあったのか? ついに母さんが妊娠でもしたか?」

ユクシー
「…別に、単に聖さんに渡すクリスマスプレゼントをどうしようか考えてただけ」


私は素っ気なくアグノムのネタをスルーして答えた。
アグノムははぁ…溜め息を吐き、モニターに目を戻す。
なおも速度が衰える要素は無い。
むしろ、カラクリがバレて一気に効率化されてる。
予想通り、10日以内には来そうね。


アグノム
「ちっ、こりゃいつでも戦える準備をした方がいいな」
「母さんは部屋か? 作戦の打合せをしたい」

パルキア
「母さんならここにいるよ~?」
「もう、ヤバそう?」


母さんはいつの間にか指令室に現れた。
テレパシーで読み取ったのね流石お母さん。
アグノムは疲れた風な顔をしつつも真剣に話を始める。


アグノム
「当初の予定より早いが、決戦の流れを変更はしない」
「予定通り、奴ら4人を母さんの力で分断」
「場所はそれぞれ地下闘技場、1階エントランスホール、3階中央広場、そして最上階広場だ」

パルキア
「了解、で割り振りは?」

アグノム
「地下は母さんひとり、1階はラランテスとエムリット、3階は俺様とゲンガー、そして最上階が姉さんとミミロップだ」


妥当な配分ね、城の損壊度が気にはなるけど空間を余分に作ると母さんの力を削ぐ事になる。
外は庭園の被害を出させない為ね。
外だと広すぎて逃げられても困るし、城内戦なら簡単に逃げられる事はない。
見た事も無い城内なら敵も移動は戸惑うはず。


パルキア
「…エムリットも使うの?」

アグノム
「当然だ…アイツだってちゃんと戦える」
「読心能力ならアイツに並ぶエスパーはそうはいない」
「心配なのは分かるが、これは犠牲前提の戦いだ」
「最悪、俺様たちが止めを差す必要もある!」


そうでしょうね。
恐らく、誰とやっても切り札が使える前提で相討ちが良い所。
私たちはそれをタッグで補佐し、より確実に勝利に導く。
ただ、母さんだけはそれをひとりだけで何とかしなければならない。
結局、最大のネックはここね。
誰を母さんにぶつけるかで、勝負は決まると言って良い。


パルキア
「母さんが指定して良い?」

アグノム
「えっ? 別に良いけど…何か作戦でも?」


母さんは、ん~ん~と首を横に振り否定する。
そして、普段の笑顔のまま。


パルキア
「母さん、守連ちゃんと戦いたいかな…」

アグノム
「…ピカチュウの女か」
「どう思う姉さん?」

ユクシー
「…悪くはないと思う」
「そもそも、母さんにぶつけるなら相性よりも単純にレベルでぶつけた方が良いかもしれない」
「ピカチュウなら1発当てれば勝てる可能性は高いし、母さんならそれが容易に可能のはず」


あくまで推測だけど、アグノムはそれなりに納得している様だった。
実際にはレベル差がありすぎて、そもそも一対一自体が自殺行為なのだから。


アグノム
「分かった、母さんに任せる」
「だけど、理由を聞かせてくれ…」

パルキア
「1番、優しそうだから」
「あの娘、多分誰かを理由無く殺せる娘じゃないよ」
「だから、1番理由になりそうなオレが相手をしたい」
「こんな訳の解らない殺し合いをするんだから、互いに殺る気にならないと♪」
「じゃないと…聖君が悲しんでしまう」


母さんは、結局聖さんが理由の様だった。
相手にも思う所はあると思う。
でも、危険性はやはり高い。
不安要素は極力排除したいんだけど…


アグノム
「もう良い、俺様は母さんがそう決めたなら従う」
「後はラランテスたちにドレディア、俺様たちはキュウコン、姉さんたちはゲッコウガだ」
「姉さんの意見は?」

ユクシー
「異論は無いわ、けどゲッコウガ相手ならラランテスが適任じゃないの?」
「それともタイプ相性は理由にならない?」


私が一応そう聞くと、アグノムは首を横に振る。
そして、補足する様に片手を肩の辺りまで上げ、肩をすくませてこう言う。


アグノム
「あのゲッコウガは『変幻自在』だ、ならタイプ相性はむしろラランテスじゃ悪すぎる」
「ミミロップなら、メガ進化前提で勝率が最も高い」

ユクシー
「前提、ね…でも、まだなんでしょう?」


私がそう聞くと、アグノムは上げた片手を額に当てる。
相当参ってるわね…肝心の最高傑作も、メガ進化出来なければ勝率は低い、か。


アグノム
「…正直、出来なきゃ負け確だ」
「最悪、全員一緒に自殺でもするか?」

パルキア
「ダメだよ…そんなの母さん、許さない」


アグノムの軽口に母さんは悲しそうに反応する。
でも、何の勝算も無い戦いに私は母さんを賭けたくは無い。
いっその事、皆記憶を消して、全て忘れて滅びを待てば良いのかもしれない。
どの道、私たちには勝つ以外全部消滅しかない。
こんな理不尽なゼロサムルールなんて、多分早々無い。
どうして、こんなにもこの世界は残酷なのか。
そして、滅びの未来…確定している全ての終わり。
母さんは、それを知ってしまったから、この理不尽な戦いを始めた。
それに勝つ以外、何も残らない。
相手の事は可哀想だとは思うけど、こっちはそんなの気にしてられない。
これは、どちらかしか存在出来ない、世界の理に則ったゼロサムルールなのだから…


アグノム
「…分かってるよ、やるからには死ぬまでやる」
「最低でもひとり殺して、母さんだけは救ってみせる」

ユクシー
「…そうね、最低でもひとり殺せば母さんは助かる」

パルキア
「そんな事言わないで…」
「母さんを助ける位なら、貴女たちが助からないと…」

アグノム
「…なら、エムリット確定か」

ユクシー
「…そうね、私たちはお姉ちゃんだものね」


私たちは迷わずそう言い合う。
この場にはいないけど、母さんがそう言うなら後はエムリットを生き残らせるしかない。
あの娘は、性格的にも1番生き残るべきだものね…


パルキア
「…嫌だよね、もう既に負けムードだ」
「聖君に、顔向け出来ないよ…」

アグノム
「…通夜だな、まるで」

ユクシー
「…でも、やるしかないでしょ?」
「ミミロップも、ゲンガーも、ラランテスも、覚悟はしてるわ」


もちろん私も…と私は補足する。
アグノムも問題は無い様ね。
母さんは、何も答えなかったけど、選択肢は無いのも理解しているはず。
後は、最悪の事態だけは回避する方策を練らないと…
最低でもひとり…その時はエムリットを。



………………………



ユクシー
「…エムリット」

エムリット
「お姉ちゃん? どうかしたの?」


私はエムリットの部屋に来ていた。
戦いが近い以上、この娘にも覚悟を決めてもらわないと。


ユクシー
「…もうすぐ、決戦が始まるわ」
「…エムリットも、戦えるわね?」


私がそう聞くと、エムリットはやや躊躇いながら頷く。
危険ではあるけど、この娘も立派な戦力だ。
でも、母さんはこの娘には戦わせたくなかったのだと思う。
この娘に、誰かを殺すなんて絶対出来ない。
だからこそ、アグノムもこの娘には読心に徹させる方針なのだろう。
エムリットだけは、何があっても生き残らせないと…
でも、それも誰かひとりでも倒せなければならない。
そして、私が1番助けたいお母さんを助けるのは、ゲームで言うなら最上級のやり込み。
誰ひとり欠ける事無く、敵を完膚なきまでに殲滅しなければならない。
そんな、難易度の高いやり込み。
普通は初見で出来るわけ無い。
アグノムも恐らく解ってる。
これは初めから負け戦なのだと。
母さんを含めてほぼ全てを犠牲にし、最低でもエムリットだけを助ける戦い。
それが、最低ライン…それでも、どれだけ難易度が高いのか。


エムリット
「お姉ちゃん、怖いの?」

ユクシー
「…ええ、怖いわ」


私は正直に答える。
エムリット相手に嘘は意味を持たない。
感情の神たるエムリットの前には嘘は嘘にならないのだ。
そして、それこそがエムリットの読心の強さ。
エムリットは感情の動きで相手の動きが予測出来る。
エムリットの前には全ての敵は心を透かれている以上、攻撃タイミングが丸解りになる。
それ故に、タッグでの貢献度はことのほか高い。
ラランテスとの相性も、かなり良い方でしょうね。
それでも、勝てる確率の方が低いけど。


ユクシー
「…約束して、ラランテスが負けたら貴女は外に逃げなさい」
「外には他のメイドを集合させておくから、そこで助けてもらいなさい」

エムリット
「…お母さんたちは?」

ユクシー
「…多分死ぬわ」


この娘に嘘は吐けない。
だから、はっきり言う。
エムリットはそれなりに予想していたのか、泣き出す事はなかった。
でも、今にも泣きそうな顔はする。
それでも、エムリットはつらそうだった。
私はエムリットを抱き締めて励ましてあげる。


ユクシー
「…頑張って、生きて」
「…私には、それしか言ってあげられないけど」
「…でも、最悪の結果の時は…聖さんの所に行って」
「…聖さんなら、エムリットが消える時も、優しく抱いててくれると思うから」


エムリットは私の胸の中でコクリと弱々しく頷く。
この世に、無条件で人を助けてくれる神なんていない。
だから、私はいっそ悪魔に願う。
エムリット以外全て死んでも良い、敵を必ず殺して、と…


エムリット
「お姉ちゃん、私…生きて良いの?」
「お母さんも、お姉ちゃんたちも死んで、それでも生きて良いの?」

ユクシー
「…良いわ、貴女は生きて」
「…最低でもその為に、私たちはひとり必ず道連れにするから」


エムリットは何も言わずに震えていた。
私はそんなエムリットを強く抱き締める。
もう、これが最後になるかもしれない。
私たちが死ねば、この娘も全て忘れる。
だから、終わって生き残れれば…誰かひとりでも殺してそれに成り代われば…この娘は助かる。
例え全て忘れても、聖さんと一緒ならきっと幸せになれる。
私はこうして暫くエムリットを抱き締め、優しく背中を撫で続けた。



………………………



ユクシー
「………」


「あれ? ユクシーちゃん、何か用?」


突然、ユクシーちゃんがひとりでやって来た。
珍しいな、いつもパルキアさんとセットが基本だったのに。


ユクシー
「…ミミロップ、貴女と私でゲッコウガを相手にする事が決まったわ」


「!? 華澄、と…ミミロップさんたちが?」


俺は一気に体温が下がるのを実感した。
解っていたはずなのに、こんなに怖いとは。
しかも相手は華澄…おおよそ人を殺せるとは思えない優しい娘だ。
しかし、そんな詳細な事を言ったって事は、もう他の作戦も決まったって事か?



「…作戦は決まったって事か?」

ユクシー
「…貴方が知る必要はないわ」
「…せいぜい、家族の為に祈りなさい」


「…もう、俺にとってはパルキアさんたちも家族だと思ってるぞ?」

ユクシー
「……私たちの為に死ぬ事も出来ないくせに、偉そうな事を言わないで」


ユクシーちゃんは、以前にも言った罵倒をまた言う。
それだけ、怖いんだな。
それでも強がるしかない、こういう所はアグノムに似てるな。



「…怖いなら、戦わなくても良いんじゃないのか?」

ユクシー
「…ふざけないで、何も知らないくせに」


「それはお前らが語ろうとしないからだ」
「俺はいつだって力になってやりたいのに、お前たちは消えるのを恐れて何も言えない」
「…俺だってそれは解ってる」
「知る事すら許されないのだと…」
「だから、俺は祈る事しか出来ない」
「…せめて、誰も死ぬ事の無い様にと」


俺の言葉を受け、ユクシーちゃんは肩を震わせていた。
俺には背中を向けており、顔は見えないが、もしかしたら泣いているのかもしれない。


ミミロップ
「ユクシー様、よろしければ私の胸へどうぞ」

ユクシー
「…必要無いわ、それよりメガ進化はどうなの?」

ミミロップ
「既に発動可能です」
「ご命令があれば、すぐにでも発動してみせますが?」
「ですが、推奨はしません」
「1度発動すると、次の発動までに時間がかかります」
「敵の突入タイミングが解らない内は、無闇に発動しない事を推奨します」


ミミロップさんは簡単に言った。
流石のユクシーちゃんも言葉を詰まらせて黙ってしまった。
ちなみに俺は知ってた。
ミミロップさんはメガ進化が可能になった時点ですぐに俺に真っ先に報告しに来たのだから。


ユクシー
「…もしかして、ゲンガーも?」

ミミロップ
「直接は見ていませんが、恐らく可能かと」
「最も、私の方が速いのですが」
「聖様に沢山誉めていただきました、えっへん」
「…羨ましいですか?」

ユクシー
「…羨ましくなんかない」
「…何で誰も報告しないのよ?」
「…こっちは死に物狂いで最低ラインの勝算を立ててたのに!」


「じゃあ、これで勝てるのか?」

ユクシー
「…ようやく4:6で不利よ」
「…元々それが前提の戦いなんだから」


成る程、万全でも不利か。
そこまでパルキアさんたちはつらいんだな。
改めて、守連たちが勝って当たり前の戦いに身を投じているかが解る。
パルキアさんたちとはまさに対照的だ。
死に物狂いでパルキアさんたちは戦うと言うのに…
守連たちは、本当にパルキアさんたちを殺せるのだろうか?
これは殺し合いだ。
互いに死ぬまで戦うルール。
しかもパルキアさんにガン不利の最悪ダイヤ。
だが、それだけに不安もあった。



(勝って当たり前の戦いに、アイツ等は本気になれるのか?)
(ひょっとしたら、油断しまくってるんじゃないのか?)


俺は不安の方が勝っていた。
やはり、激戦になるはずなのだ。
そして、そこに情けが入る余地も無い。
パルキアさんたちは覚悟を決めてるのだ。
その差が案外悲劇を生むのかもしれない。
俺は、ただ覚悟を決めて祈る。
せめて、生き残った方は、幸せになります様にと…










『とりあえず、彼女いない歴16年の俺がポケモン女と日常を過ごす夢を見た。だが、気が付けば異世界バトル物に』



第9話 『強キャラだけが笑っている! そんな時代が気に食わねぇ!!』


To be continued…

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