第23話 横並びの2匹
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
長老の世話を一通り終え、2匹は家の中の空いている部屋に案内される。 長い間使われていないように静かだが、掃除は行き届いており清潔そのものだった。 ケイジュが新鮮な藁をどっさりと持ってきてくれる。
「最低限の布団しか用意できませんが......」
「いっ、いえいえ、泊めてくださるとは思わなくて......ありがとうございます、ケイジュさん」
「はは、砕けた感じで話してもらっても構いませんよ。 私自身もこの家に住まわせてもらっている身ですから、偉そうなことは言えません。客ポケモンをもてなすのは当然の事です。 ......それに。 ユズさんとキラリさんを見ていると少し、昔を思い出すものでして......」
ケイジュはいそいそと藁を広げる。 昔を懐かしむようなその顔は、少し複雑な心を感じさせるものであった。 切り替えようとしたのか、彼はにこりと笑顔を見せる。
「さあ、どうぞ。 まだ8時ぐらいですが、疲れているでしょうし今日は早めに寝た方がいいでしょう。 長老のことですから、多分明日には出発出来るようにしてあるはずです」
「え、早っ!」
「長老は少しせっかちなところがありますから......というより、貴方達も行きたくてうずうずしているのでは? 目を見れば分かります。 家は自由に歩いてもらって構いませんよ。 図書室もありますから、眠れない時の暇潰しにでも。 では、おやすみなさい」
「お、おやすみなさい!」
ドアが静かに閉まった時、ユズとキラリは呆気に取られたような顔を見せる。 昼の件もそうであったが、どうもケイジュはかなり洞察力が豊かなようだ。 更に細かい気遣いまで。 ......まさに大人のかっこよさである。
「はあっ......」
ドアが閉まった後、ユズは勢いよく布団へもたれかかった。 そのせいか、藁が少し辺りに飛び散る。 昨日今日とで起こった怒涛の展開に、ようやく終止符が打たれたからであろう。 ......まあ、明日にはまた出発するかもしれない状況ではあるが。
「取り敢えず、お疲れ様......なのかな?」
「......キラリ、それ遠征終わった後言う台詞」
「あはは......でもそれにしても行く前からこんな事になるとは......2日ぐらいしか経ってないのに」
「まあ解決したし、あとは元々の目的を果たすだけだよ」
遂に踏み出せる聖山への探検。 2匹は心を弾ませ笑い合う。 そんな中、キラリがふと立ち上がった。
「キラリ?」
「いや、さっき図書室あるって言ってたじゃん......私、こういう時ドキドキして眠れないからちょっと本読みたいなぁって。 ユズも良ければ行く?」
「うーん、ちょっと寝たいなぁ......」
「分かった。 じゃあ私だけでいくね。 今日月出てて明るいし、迷う事は無いと思う! そんじゃ行ってきまーす」
「ふわあぁ、行ってらっしゃいー」
あくびをしながらも手を振りユズはキラリに手を振る。 キラリはにんまりと笑って振り返した。 ドアを閉めて、スキップしながら図書室へ向かう。 かなり遠い場所なのだ。 きっと知らない文献もあるに違いない!
ご丁寧にも『図書室』という看板がぶら下げられたドアを見つけ、キラリは勢いよく開けようとするが......。
(......ひょえっ!?)
声にならない叫びを上げて、キラリは一度ドアを閉ざした。 恐る恐る数ミリだけまた開けると、目の前の光景は気のせいでは無かった事が明らかになる。 そう、中にはジュリがいたのだ。 羽で器用に本のページをめくり、静寂の中でその音だけが響く。 彼の意識の全ては本の中にあるようだった。 月明かりに照らされているせいか、今の彼は「キラリが知っている彼」とは少し違うように思えた。 少し見ていると、ジュリがいきなり溜息をつく。
「......余所者め。 俺を見せ物とでも思っているのか?」
「うぐっ!?」
思わずキラリは声を上げてしまう。 はっとしてドアを再び閉ざし、口を塞ぐ。 恐れで胸がドキドキしてくる。 もしかしたら、ドアごと矢で撃ち抜かれるのではないのかとさえ感じた。 だが、その後響いたのは1つの声。
「何故逃げる。 構わないから入れ......俺の言葉が図星でないならな」
恐る恐るドアを開けるキラリ。 確かにこちらに矢を向けている様子は無かった。 こちらには目も合わせず、ただ本を見つめている。
「あの、本を読みに来たんですけど......いいですか?」
「勝手にしろ」
返ってきたのはつんとした返事。 ポケモンが真剣に頼んでいるのにと少しそれに顔をふくれさせる。 だが、気を取り直すかのようにいくつか本を取っていった。 そして。
「......貴様。 何の真似だ」
「いや真似というか、落ち着いて読めるのここしかないし......」
「......ふん」
窓際にある小さな木のテーブルに、2匹は向かい合って座っている。 お互いが黙々と読み進め、何度も何度もページをめくる。 1冊目が4分の1程読み終わったところで、キラリはふと思った事をジュリに聞く。
「......ねぇ、ジュリさん。 ジュリさんはケイジュさんのこと嫌い?」
「......何故急に」
「ちょっと気になっただけだから......ダメかな?」
ジュリはまた1つ溜息をつく。 暇潰しとでも思ったのか、彼は静かに本を閉じた。
「......嫌い、か。 俺はあいつが気に食わないだけだ。 一見紳士的で優しそうに見えるが、どこか狂っているように思える。 あいつ自身、元々は余所者だしな」
「えっ、そうなんだ......やっぱ、ジュリさんは余所者を信用できない?」
「当たり前だ。 信じたところで全てがいい方向に転がるとは限らない」
「......そっか」
暫く沈黙が続く。 これを打破するかのように、ジュリがまた口を開いた。
「......貴様らは......」
「え?」
「......貴様らは、今まで追い返してきた探検隊とは毛色が違う。それは俺も認めよう。 ただ、その理由が俺には理解出来ない。貴様なりの考えを述べてもらおう。
俺は答えた。 貴様に拒否権など無い」
キラリは息を呑んだ。 ......これは試されている。 こちらに理由を問いかけてきた時の長老とまたよく似ている雰囲気が彼を包んでいた。
彼の心の扉を開くチャンスは、今しかないようだった。
「そうだな......」
キラリは少し唸る。 長老の時はユズが突破口を開いてくれたが、今度は自分でやらねばならない。 素直な思いを、今は伝えるしかない。
まとわりつく不安を無視し、キラリは言葉を紡ぐ。
「......探検隊って、色々と冒険して宝物とかを沢山見つけるのがメインですよね?」
「それがなんだ?」
「......私達の場合、そんな宝を手に入れるとかおっきい野心は無いのかもしれない」
夜風が頬を撫でる。 湿気を含んだ生温い風だ。 しかし、思いはその風に乗ってぽつりぽつりと流れゆく。
「確かに宝物見つけたら嬉しいし、最高だけど......でも、それを目的にしてるわけじゃないんだ。 ......そうだね、1番はやっぱ、ユズと冒険するのが、楽しくて、楽しくて......。 例えどんなものを得たって、2匹なら笑い合える気がするんだ。
前と後ろで綺麗に役割分担して進む探検隊は多いけど、私達はそれもどうも違うみたい。 通路歩く時も、正直順番とか全く決めてないんだ」
キラリは改めて顔を上げる。
「私達は、縦並びで大きな野望に向けて大きな一歩を求める探検隊ってわけじゃない。 横並びで、一緒に少しずつ進んで......いつか、とびっきりの太陽になる探検隊なんだ!」
ジュリは少し驚くような顔を浮かべる。 そして、気を取り直したように溜息を吐いた。 ......正直、少し演技臭い。
「......ふん。 結局大それたものを願っているだろう。 矛盾しているではないか」
「あっそっか......うーん、ごめんなさい、私そんな表現力とか無いものでして......国語結構苦手だったし」
「貴様の不得意教科など聞いていない」
ジュリは本を持って立つ。 彼はそれを綺麗に本棚へ戻していった。 きちんと分類毎に分けており、彼の意外(?)な几帳面さが感じ取れる。
「......俺は戻る。 貴様がいると本を黙って読むどころの話ではないからな。 戻る時、本は最初の場所に確実に片付けておけ」
「あっはい、おやすみなさい......」
......ジュリがいなくなった事で、部屋はまた静まり返る。 キラリはのんびり月を眺めてみる。 明かりが少ないため、中々星も美しく見える。
「......うーん、うまく言えなかったかなぁ......」
少し悔しそうな顔を浮かべるが、キラリの中にはもやもやした雲はかかっていなかった。 表現的にはあれだが、自分の気持ちはちゃんと声という空気を震わす波となって彼へと届いた。
実際、リーダーという感覚をキラリは全く持っていないのだ。 一応形式上では、ユズが不慣れという事もあり自らが責任者として登録されてはいるのだが、蓋を開ければその事実は深い霧の中へと消えている。
まさに、共に2匹3脚で進む探検隊。 お互いが持ちつ持たれつで進む探検隊。
(......ユズにとっても、そうだったら嬉しいなぁ)
ほんわかした事を考えて少しうとうとして来たので、キラリは1発自分の頰を尻尾で軽く叩く。 ヒリヒリするが仕方ない。
せめて1冊だけでも読み切ろうと、また元のページをめくった。
ーートントン。
唐突にユズのいる寝室のドアが叩かれる。 ユズはそれに唸り声を上げて反応した。
「すいません、ケイジュです。 入ってもよろしいでしょうか?」
「......どうぞー」
目を擦りながらユズは弱い返事をする。 ちゃんと聞こえたようで、ケイジュは静かに部屋に入ってきた。
「おや、お休み中でしたか......申し訳ないです」
「いえいえ......どうしました?」
「いや、なんとなく......少し話してみたくなりましてね。 如何でしょうか?」
「......是非。 ちょうどキラリが図書室行ってるので、1匹で何もしないのも暇ですし」
ではありがたくと言って、ケイジュは床に座る。 目をじっくり見たことはあまり無かったので感じなかったが、どこかミステリアスな雰囲気が読み取れた。
どこか、切なげなものまで感じるような......。
「どうしました?」
「あっいえごめんなさい、綺麗だなーって、その......」
「ははは、ありがとうございます。 自慢みたいに聞こえてしまいますがよく言われますよ......というか、かなり村の女子達にも告白をされる事がよくあるので......私って、そんなに魅力的でしょうか?」
ケイジュはジョークを言ったかのように笑う。 でもモテるというのは本当だろう。 彼なら、女子の心を[ねらいうち]出来るに違いない。
「凄いなぁ......そんなに誰かに愛されてるなんて。 私の場合、そういうカリスマ性は無いので......ちょっと羨ましかったりします」
「いや、ユズさんは優しげな雰囲気がありますし、それもポケモン達を惹きつける才能だと思いますよ? それに、ユズさんにはキラリさんがいるではありませんか」
「そうですねぇ......本当に大好きな、私の友達です」
「成る程。 私にとっても2匹方は羨ましいものです。 お互いがお互いを信じ合っている。 理想の関係なのでは?」
「ですね......そうだといいなぁ」
ほんわかとした会話が繰り広げられる。 それはまるで綿飴の布団のようなものであった。
ーーだがその時ふと、ユズの中にケイジュの言葉が脳裏をよぎる。
......少し、昔のことを思い出すものでしてーー。
彼は自分達を理想の関係だと言った。 それがあの言葉と関係しているのか? 湧き上がる謎。 ユズは堪らず、ケイジュに問いかけてみる。
「ケイジュさん、あのーー」
「ただいまー」
その時、ドアが開きキラリが帰ってくる。 そろそろ眠いのか、むにゃむにゃと目を擦っている。 ケイジュはばつが悪そうに立ち上がった。
「......すいません。 私はそろそろ戻りますね。 いきなりすいませんでした。 あまり話せませんでしたが......」
「えっ、いえいえ、またゆっくり話しましょう!」
ケイジュは1礼して部屋を去っていく。 何を話したかキラリに散々聞かれたが、「秘密」とだけ言って眠りについた。
流石に、本ポケの前で「大好きな友達!」と言うのは恥ずかしさがあるものだから。
あっと言う前に朝はやって来る。 朝食をご馳走してもらっている最中に、長老が待ちに待った言葉をかけてきた。
「そういえばお主ら、今日から虹色聖山に行くのはどうだ? 門番宛の手紙をペリッパーに届けさせたから、多分通してくれるだろう」
「ふえっ!? やっぱ早い......」
「あ、ありがとうございます!」
「このくらいは朝飯前だ。 それで、こちらから1つ頼みがあるのだが......」
「頼み......?」
「虹色聖山の難易度は我らにとっても未知数だ。 我も実際には行ったことはないし、長い間閉ざされているダンジョンだ。 何が起こるか分からぬだろう。 そこで、ジュリとケイジュも連れていってもらいたい。 この2匹は相当な手練れだ。 ダンジョン攻略には余程の事が無い限り困らぬだろう。 ......それでいいな? お主ら」
「了解しました」
「......長老様の頼みであらば」
ジュリは不服そうではあったが、静かにその言葉に従った。 まあ何にせよ、助けが増えるのはありがたいことである。 お礼を言っても足りないくらいである。
それに厄介な事に、オニユリタウンの遠征においては『その地域のダンジョンの特産物など、採取禁止されているもの以外をクリアの証拠として街に持ち帰る事(ただし大きさについては問わない)』というルールがあったのだが、それも快く承諾してくれるというまさかの事態。 お陰で頭を何度も何度も下げる羽目になった。
家の外に出る。 雲1つ無い快晴であった。 まさに前途洋洋という言葉を象徴するかのようにキラリはスキップをする。
勢いが良すぎて石につまづくが、また何事も無かったように鼻歌を歌いながら進む。 その光景はとても微笑ましいものであった。ジュリは頭を抱えていたが。
そして、村を出ようとする時ーー。
「ユズさん、キラリさん!」
後ろから聞き覚えのある声が響く。 それはユキハミだった。 遅いながらも、せっせとこちらを追いかけて来る。 ユズとキラリは少し道を戻り、彼女を迎えた。
「ユキハミちゃん! 怪我はもう平気?」
「はい! 軽いものでしたし......それより、行けるんですね!」
「うん! ユキハミちゃんのお陰だよ! ありがとうね!」
「いいえ、2匹がとてもいいポケモンだからですよ!」
......ああ。 なんと優しい子なのだろうか......! 色々な事がありながら、こうして無邪気に笑ってくれるとは。 2匹は感動したのか、ユキハミをぎゅうっと抱きしめる。
「ひょわっ!? どうしたんですか!?」
「ユキハミちゃん......めっちゃ良い子......」
「本当ありがとうね......」
「と、溶けちゃいますよう......」
「えっ嘘、ごめん!」
2匹はそれを聞きパッと体を離す。 突然の事に驚くユキハミだったが、気を取り直してにこりとこちらに彼女の最大限の笑みを向けた。
「どうか......気をつけて!!」
ーーその時。少し、その言葉にオニユリタウンでのお見送りを2匹は思い出した。
色々と励ましてくれた街のポケモン達。
ぶっきらぼうながら最後に背中を押してくれたレオン。
そして、今頃遠くで頑張っているイリータとオロル。
多くの支えがあるのだ。 止まってなどいられない。 ......絶対に、成功させてみせる。 これが、真の出発。
『行ってきまーす!』
2匹はその言葉に応え、そして一気に走り出す。
ここからが全ての本番。 探検隊として、自分という1匹のポケモンとして。 胸の高鳴りは、朝日のようにどんどん高まっていった。