第21話 拒絶は更なる誤解を生んで
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
「......のー......」
すやすやと眠る2匹の元に声が響く。 だが、それは起こすまでには至らない。 声の主は体を強張らせ、先程より遥かに大きい声で叫ぶ。
「......あのーーっ!!!」
「うわっ!? 何!?」
キラリが思わず跳ね起きる。 当然だろう。 近くでこんな大声で叫ばれれば、何か異変が起きたとしか感じられないのだから。
「......うーん、どうしたのキラリ......」
「あ、いや......何か今すっごい大きい声が......気のせいかなぁ」
「気のせいじゃないです......」
急に自信をなくしたように小さくしぼむ声。 2匹は辺りを見回す。 右に、左に、上に、下にーー。
そして、下を向いた時、声の主の姿が明るみに出る。
氷の儚さと、ちんまりとした愛らしさを秘めたポケモン、ユキハミだった。
「......誰?」
ユズは少し訝し気に尋ねる。 もちろん知らないポケモンというのもあるが、昨日の一件で少し用心深くなっていたのだ。
「......ユキハミといいます、あの、2匹方、昨日村来てましたよね......」
「うわあ待ってごめんなさい!!」
キラリが急に土下座する。 ユキハミはそれに対して困惑を隠せない。
「えっ、あの......」
「勝手に入っちゃったのは反省してます! 命だけは見逃してえぇぇえ!!」
「......キラリ、この子多分そういうつもりは......」
「ふえ?」
改めてキラリはユキハミを見やる。 確かにあのジュナイパーにあった覇気のようなものは無く、むしろちょっと泣きそうな雰囲気を漂わせるくらい弱気でおどおどしていた。
要するに、可愛らしい普通の女の子だ。
ユズの言葉の意味を理解し、キラリは慌てて頭を下げる。
「ご、ごめん! 昨日ちょっと色々あって......」
「知ってます。 昨日追い出された2匹でしょう?」
「えっ、なんで......」
「私、あの村のポケモンなんです」
「ええっ!?」
本日2回目の驚き。 まさか昨日敵意剥き出しにしてきたポケモン達と同じ住民とは考えもつかなかった。 大人の厳格さと、子供の純粋さ。 どうなったらこう違いが出るものなのだろうか。
「......あの、込み入って2匹方にお願いがあって......」
不意に、ユキハミが恥ずかしそうに言う。 体をぎゅっと縮こませて、まさに勇気を振り絞るかのように言う。
「......外の世界のこと、教えてもらえませんかっ!?」
ずっと木の中に篭っているのも暗い中では気が滅入るということで、外をのんびり歩きながら話すことになった。 真夏日であり、かなり湿度が高いのを肌で感じられる。オニユリタウンとは違う感覚から、ここは地続きとはいえ全く違う土地というのを否応が無しに実感させられた。 だが、ユキハミはそんな夏に慣れているかのようにちまちま歩き、2匹もどことなくゆっくり散歩することの喜びを噛み締めていた。
さっきの言動から大体は分かったが、どうやらユキハミは村の外に出たことが無く、そして完全に無知なのだ。
というわけで、こちらから思いつく限りの事を話すことになった。 もちろん、語り部は経験豊富なキラリで。
ユズ自身の知らない事についても多く話されたので、実質キラリが教師、ユズとユキハミが生徒の様になっていた。
世界の地理。有名な観光地。 そして、本で色々読んできた彼女にとっては本領発揮とも言える有名なダンジョンの知識。
天空にそびえる塔、見つける事すらも叶わないような大地、氷の宮殿、そして、虹色に煌く巨大樹等。
キラリのその顔はとても生き生きしていて、湿気の多い夏の陽気の中で爽やかさすらも感じさせた。
そして、話は「名前」についてのものに移る。
「そういえば、『ユキハミ』って種族名なの?」
「あ、はい! 私、生まれたばかりの弟がいるんですけど、その子も同じ種族名で......
村で育ったポケモンは、大人になったら名前を長老様につけてもらうんです」
「ほえー、そうなんだ......私達のところは生まれた時だけどなぁ」
「そういえば、名前ってみんなつけるものなの?」
「地域によりけりだけど、世界で考えるとちょうど半々ぐらいなんだってー
オニユリタウンは殆どのポケモンに名前あるよ」
「......いいですね。 少し、憧れます」
ユキハミは微笑を浮かべる。 それは何かを羨ましがっているようだが、それは明白だった。 ユズが声をかける。
「ねぇ、ユキハミちゃん。 良かったらだけど、今からつける......っていうのはどう? 私も色々あって、春にキラリにつけてもらったんだけど......」
「えっ、今からでもいけるんですか?」
「別に決まりは無いからねぇ......どうする?」
キラリの問いかけに、ユキハミは一瞬目を輝かせる。 ......しかし、彼女は振り払うかのように首を振った。
「......いいえ、やっぱ大丈夫です。 ありがとうございます」
「えっ、どうして......?」
明らかに憧れていそうだったというのに。 キラリは首を傾げた。
そんな中ユキハミは、立ち止まり空の方を見上げる。 ちょうどその方角には虹色聖山がそびえていた。 昨日とは違い、そこには色が鮮明に浮かんでいる。
「......名前は、お山様のお告げによって決められるんだそうです。 それは、私達にとってはとても神聖で、今はまだ恐れ多くて...... でもやっぱり、名前には憧れます。 気持ちが早まっちゃうんです。
でも、だからこそ。 ......少し、その時を楽しみにしてる自分もいるんです。 いつか与えられる名前につり合うような大人になりたいんです」
それは彼女の決意の様にも見え、彼女の強い郷土愛を表しているように感じられた。
ユキハミは、こちらの方を向いて笑う。
「2匹にとっては、この村は怖いだけかもしれないです。 確かに怒る時とか凄い怖いし......
でも、みんな優しいんです。 外の世界は気になるけど......でも大好きなんです、この村が!」
その言葉には偽りは無かった。 まあ、当然とも言えるかもしれない。 あの村は、ユキハミにとっての故郷。 キラリや、ポケモンとしての生を歩み出したユズにとってのオニユリタウンのようなものなのだ。
そして、「だから......」と、ユキハミは呟く。
「何が目的かは分からないけど......信じているけれど......どうか、村は荒らしたりしないで......」
ユキハミから小さな涙が落ちる。 それに気づいた2匹は、慌ててそれを治めようとした。
「そんな事しないって!」
「もし、何か無意識のうちにしてしまったということなら、謝るつもりだし......だから、心配しないで、ね?」
ユズはユキハミの頭を撫でてやる。 ユキハミは安堵したかのように、暖かい表情を浮かべた。
「......ありがとう、ございまーー」
「ユキハミッ!!」
急に、甲高い女性の声が響き渡る。 振り向くと、そこには1匹のポケモンがいた。 どこか、ユキハミを思わせるようなーー。
「ま、ママッ!?」
......案の定というべきか。 このポケモンはユキハミの母親らしい。 母親はワナワナと体を震わせている。 まるで、自らも溶かしてしまいそうな強い怒りを持って。
嫌な予感しかしない。
「......あなた達、昨日村に来た余所者よね? 私の娘に何をするつもり? まさか、誘か......!?」
「ええっ!?」
「ち、違うんです! そんなんじゃ......!」
「なら何故ユキハミがそこにいるの!? あなた達が攫ったんでしょう!? 昨日追い出された腹いせとかで!」
「だから、違うんですー!」
必死に反論するユズとキラリだが、昨日と同様に声は届かない。 そこにユキハミの声が乱入する。
「ママ! 2匹の言ってることは本当だよ! 私が勝手に......!」
「嘘おっしゃいユキハミ! ......もしかしてあなた、脅されているんじゃ......!」
「ええ!?」
肉親の言葉も信じられないのか。 いや、それほど2匹が信用されていないということでもあるが......。 予想外の言葉に、ユキハミは困惑する。
「脅されてなんか......!」
「ユキハミ、嘘吐く必要は無いわよ。 お母さんが悪者を懲らしめてあげるから......!」
母親は大きくその羽を広げる。 奥が透き通り美しい羽ではあるが......
今は文字通り、「凶器」でしかなかった。
「ママやめっ......!」
「[ふぶき]っ!!」
辺りに白い粒が巻き上がったと思ったら、それは強い風となり2匹を襲う。 かなり範囲が広く、避ける術は無かった。
『うわあああっ!?』
視界がホワイトアウトする。 それと同時に、頭も真っ白になるほどの衝撃が2匹を襲った。
......少し経って目を開ける。 どうやら、倒れる程のダメージではなかったようだ。 取り敢えず、少し後ろに下がろうとするがーー。
「......あれ?」
「どしたのユズ......ってうわっ!?」
キラリの体が少し後ろにつんのめる。 2匹は反射的に下を見やるが......その足は、氷に覆われていた。
どうやら、冷気を足下の方に集中させていたのだろう。 だから倒れずには済んだわけだが......それの代償と言うべきか、いくら動こうとしても氷も足もびくともしない。
と言うより、足の感覚が飛んでいるのだ。 氷に支えられていると言っても過言ではないだろう。
どちらにしろ、2日連続での絶体絶命には変わりなかった。 そして、さらにそれに拍車がかけられる。
「モスノウさん! ユキハミちゃんいたかい!?」
「ええ、いたわ! 早くこっちへ!!」
「良かった......って、昨日の余所者っ!?」
母親改めモスノウの呼びかけにより、遂に他のポケモンに見つかってしまう。 そして、そこからすぐに多くの村のポケモン達が話を聞きつけ集まって来た。
まさに指数関数のように噂は広がっていく。 彼らの口から誤解の言葉が多く飛び交った。
「やっぱり、昨日のはこの予言だったんじゃ!?」
「いたいけな娘を攫うとは......!」
大人達の誤解が辺りを包む中、ユキハミは必死に抵抗していた。 だが、大人は最終的には決定権を握ってしまう。 それを考えたのもあり、圧に押されたのもあり。 彼女は控えめにでしか意見できなくなっていった。
「ここで倒すしかねぇよなぁ! みんな!!」
そして、ここで遂にあるポケモンが引き金となる言葉を発した。 もちろん、ポケモン達に拒否する理由は無い。 皆が頷き、2匹の方を見やる。
(これ、まずいんじゃ......)
(でも、私達が何か言ったら、もっと刺激させるかも......!)
ユズとキラリは、言葉でも、行動でも何も出来ない自分達がもどかしかった。 ああ、昨日の時点でもっと慎重になっていればよかったのだろうか......?
もっとも、後悔してももう遅い。
技の光がポケモン達から溢れ出す。 濡れ衣とはいえ、罰を受ける覚悟を決めたのか2匹は歯を固く喰いしばった。
「だめ......」
ユキハミは小さく呟く。 小さな体に、自分自身の祈りが暴れ回った。 何度も、何度も。 短い時間ではあれど、話している時の2匹の顔を思い浮かべながら。
......この2匹は、悪者なんかじゃない。
お山様が、こんな優しい2匹に怒るわけがない。
きっと、他に理由があるんだ。
ーーだから、届いて......私の願い!!
技の光のボルテージは最高に達し、遂にそれはポケモン達の手を離れる。 それは迷う事なく2匹の元へーー。
「.......だめーーーっっ!!!」
......その時、技の対象は「3匹」となった。 いや、そう言うにも語弊があるかもしれない。それはまるで、「1匹だけ」で全ての攻撃を受け止めようとする構えだったのだから。
ーーその刹那、轟音と共に、無慈悲な爆風が3匹の辺りを覆った。
辺りに黒い煙が満ちる。 状況に気づいた時にはもう遅かった。 モスノウの顔が青ざめる。 そして、悲鳴を上げるように、ただ叫ぶ。
......彼女がこの世で最も愛する、娘の名を。
「......ユキハミっ!!」