8.旅立ちの朝

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 ──ついに、この日が来てしまった。
 いつも寝坊しがちで寝覚めの悪いビショップだったが、今日ばかりはルークに起こされることもなくスッキリと目が覚めた。時計はまだ朝の五時。窓の外は薄ぼんやり明るい。そろそろ夜が明ける。

(……これが、トレジャータウン最後の夜明け……そして、フロンティアへの日の出……)

その言葉に突き動かされるように、枕元に置いておいた濃いピンクのスカーフを手早く巻くと忍び足で部屋を、そして、ギルドの外に出てトレジャータウンまでやってきた。ありとあらゆる店にシャッターが下りている。世界に自分だけ取り残されたような感覚に浸りながら、カクレオン商店を、ネイティオ鑑定所を、ガルーラ倉庫を走り去る。上り坂は少しキツかったが、見覚えのある旗に向かって一気に駆け登った。

「はあ、はあ……」

旗の柱に捕まって息を整えていると、急に自分の影がくっきりとしてきた。振り返った先には山々の隙間から顔を覗かせ始める太陽、そして……

「えへへ、ついてきちゃった」

穏やかな笑顔のルーク。出会った時から巻いていたミント色のスカーフが風に揺れる。
ルークはトコトコと歩み寄ると、旗の柱にもたれる形で隣に腰を下ろした。ビショップもつられて腰を下ろす。

「ごめん、起こしちゃった?」
「ううん、大丈夫。ボクってほら、ヒレで空気の動き分かっちゃうから眠りが浅い方なんだよね」

ルークはそう言って発達した頭のヒレをピコピコさせた。このヒレは彼いわく『目と耳を合わせた感じの器官』らしく、触られることを非常に嫌っている。

「懐かしいな。あの時、こんな感じでジュプトルと一緒に朝日を見たんだよ」

ルークは昇っていく朝日を瞳に映しながら、独り言のように呟いた。夜の闇を振り払い、星々を追い立てるように広がる黎明の光。その拮抗する二つが溶け合う境界線に二匹はいた。
昇りきったら昼が来て、そしたら必ず夜になる。当たり前のこと。だけど、とても大切なこと。自分たちが、命と存在をかけて守ったこと。ジュプトルが守りたかったこと。

(……ねえ、ジュプトル。見てる? ほら、朝日だよ。ジュプトルが守りたかった朝日だよ……)

ルークもビショップも何も言わずに昇りゆく朝日を見つめていた。光と闇の境界線を越え、太陽の光が二匹を完全に包もうとしたその瞬間、二匹の目が合った。ついに、来たんだ。この日が。ルークが口を開いた。

「ビショップ、行こう! 新天地フロンティアへ!」

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 フロンティア行きの船は朝イチに海岸に着く予定だった。しかし、まだ来ない。正確には、それを知らせるはずのくるみとやよいが来ない。この二匹はプクリンのギルドのメンバーなのでフロンティアには行くことができないが、少しでもプクリンのギルドへの帰還を遅らせたいぺラップによってこちらを手伝わされている。

「……遅いね」

ルークが暇を持て余して腐っている。その言葉にダッシュが立ち上がって準備体操を始めた。せっかちで落ち着いていられない性分の彼にとっては、この時間は我慢ならないだろう。

「んー……。俺、ちょっくら行ってくるわ」

そう言ったかと思うと、彼はビショップが返事をする前に消えていた。一部始終を見ていたディフが積荷である木箱に顎を乗せながら言った。

「まーた“でんこうせっか”で移動しやがったわね、あいつ」
「まあ、どちらにせよお願いするつもりでしたし、ダッシュさんにとってもいい気分転換……」「ただいま」「早っ」

まさに光の速さで戻ってきたダッシュが手の砂をパンパンと払いながら報告した。

「率直に言うと、船は来てる。だけど船長がいない」
「船だけ来てるって……どーゆーことよ」

ディフが顔を起こし怪訝な目を向ける。ダッシュはさらに続けた。

「ラプラスの話だと、その船長がずいぶん抜けてるらしくてな。二匹の案内待たずに“海岸の洞窟”に入っちまって、んで、二匹が追ってるって状況だ」

“ラプラス”の名前に意外な顔をするビショップ。

「あれっ、ラプラスいたんですか? 今日の朝早くに実家に帰るって言ってた気が」
「おう。そのつもりだったんだが、こんなことになっちまって誰かが来るまで待ってたんだとさ」

やりとりの間にも、事態が動いたことを感じ取ったメンバーがゾロゾロと集まってきて、新天地に行くメンバー全員がロビーに出揃ってしまった。ビショップとルーク、探検隊員のオフェン、サポ、ディフ、ダッシュ、リンク、わにまる、非・探検隊員の看護班のハーブだ。
 リンクが首を傾げた。

「それなら、片方が船長さんを追って、もう片方が報告に来てくれれば良かったんじゃないんですか? そしたら、ラプラスさんが待つ必要も……」
「いや、それは無理だ。あのギルドの決まりだからな。卒業前はダンジョン入る時、チーム一緒じゃねえとダメなんだ」
「そうなんですね。すみません、余計なこと言って」
「まあ、気にすんな。しゃーないってことよ」

ダッシュは右手をヒラヒラさせながら、空いた方の手で積荷をガサゴソとかき回した。そして手のひらサイズの箱を取り出すと、ニッと笑ってみせた。

「それよりさ。長引きそうだからトランプでもしねーか?」

その提案に一気に沸き返るギルド。よどんでいたギルドの空気がいっぺんに息を吹き返す。

「やるー!」「僕もー!」「やりたいです!」「何やるの?」「オイラもやるー」「この数だからなー」「ねー私も入れてー」「ババ抜きとか?」「えー、大富豪がいいー」「とりあえず、やるの誰ー?」

そんな感じでワイワイすること数十分。くるみがギルドの入口から顔を覗かせた。

「おーい、船来たぞー!」
「ああ、くるみ。船長は見つかったの?」

一抜けしていたルークがくるみに駆け寄る。ちなみにビショップはオフェンと最下位争いをしている。くるみは二カッと笑みを浮かべると、親指を立てて言った。

「ああ、バッチシだ! 今、やよいが押さえてるから。早く行った方がいいぜ」
「あー! 負けたー!」

ちょうどビショップが負けたらしい。ビショップが振り返りざまにくるみとルークを見とめると、一気に仕事モードに切り替えて言った。

「みんな、遊びはとりあえずお終い。頑張って行こう!」
「「「おおー!!」」」

そうして、一行はバタバタと各自の持ち場に散っていくのだった。

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「おう、やっと来たか」

一行が海岸に着くと、やよいとお尋ね者のようにロープでぐるぐる巻きにされたポケモンがいた。やよいがロープをほどくと、お腹にシェルダーの殻のようなものをつけた水色の体があらわになった。

「よっ、はじめましてだな! おれっちはミズノ。種族はイッシュ種のミジュマル。よろしくな!」

彼は気さくに挨拶すると、短い足でペタペタと歩み寄ってきた。

「で、あんたがビショップ?」「いや、俺はダッシュ。カントー種のピカチュウだ」
「じゃ、あんたか?」「わたしはハーブ。ジョウト種のチコリータよ」
「じゃ……」「ボクはルーク。ホウエン種のミズゴロウ……ビショップはこっち」

ルークがミズノをくるっと回して彼をビショップの方に向ける。ミズノはビショップと顔を合わせると笑顔でその手を取った。

「あんたがビショップか! ギルド:チャックなんたらの……」「チェックメイトです」

ミズノは「そうそれ!」と指を鳴らすと、自慢げな顔で言った。

「おれっちが言うのもなんだけど、フロンティアはいい所だぜ! 安全運転でいくから、よろしく頼むぜ!」
「は、はあ……」

色々と引き気味のビショップ。ミズノはそれに構わず、くるりと背を向けて最後の点検を始めた。
 船は、船体だけでもビショップの十倍の高さはある帆船・ヴォヤッジ号。以前、フロンティアに行った時にきのえが紹介してくれた船だ。その時は港の桟橋に繋がれていたのでよく分からなかったが、改めて目の前にするとその大きさがよく分かる。
 点検を終えたミズノが一行に向き直って言った。

「よし、荷物積んでいいぞ!」「「どこから積むんだ」ですか」

すかさずダッシュとリンクのツッコミが入る。ミズノは「悪い悪い」と頭を搔くと、船に向かって声を張り上げた。

「おーい! アシマリー、タラップ出してくれー」
「はーい」

返事の後に、船の側面から階段が出てきた。そこからぴょいと顔を覗かせたのは濃い青色をしたパウワウのようなポケモン。目をパチクリさせると「ええぇぇえっ!?」と素っ頓狂な声をあげて、ミズノに駆け(這い?)寄ってきた。

「いやいやいや、何してくれちゃってるんですか! こんな浅瀬に上陸するだなんて。どうやって出港させればいいんですか!?」
「でも、ここ、桟橋ないし……」
「それだったら、ミニボートかマグナゲート使う約束だったでしょ! 全くもう!」

その様子に幾度のピンチを乗り越えてきた一行といえども、さすがに不安の色を隠しきれない。微妙な空気に気づいた青いポケモンが、一行に向かって頭を下げた。

「これはこれは、お見苦しい所をお見せして申し訳ございません。自分、アシマリです。アローラ種のアシマリ。職務中なので本名は控えさせていただきますが、以後、お見知り置きを」

この世界では、公私の区別をつけるために職務中に自分の名前を名乗らない者が多い。同種族のポケモンがいれば別だが、普段の生活では困ることは滅多にないので問題はない。

「のう、アシマリとやら。さっきずいぶん慌てていたようだったが……大丈夫なのか?」

オフェンが腕組みをして尋ねた。アシマリはギクッと口角を引きつらせた。

「……まあ、大丈夫です。なんとか、しますので……」

アシマリは大きなため息をついたが、取り直すように明るく弾んだ声で言った。

「とりあえず、荷物積んじゃいましょう! そしたらフロンティアはもうすぐですよ!」

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 それから、荷物を積むこと小一時間。いよいよ出港との噂を聞きつけたトレジャータウンのポケモンたちが続々と海岸にやってきた。ビショップはその相手をしながら、積んだ荷物を確認してリストにチェックをつけていった。アシマリがビショップに話しかける。

「どうですか、忘れ物ありませんか?」
「はい、大丈夫です。あ、ダッシュさん、大丈夫でしたか?」

ビショップはちょうど最終確認から戻ってきたダッシュに尋ねた。

「おう、何もねえぜ。スッカラカンだ。鍵も閉めたし、その鍵もペルシアン不動産屋に持ってった。これで……いいんだよな?」
「はい」
「となると、後はこのバカでかい船を沖まで持ってく方法か……」

一行は海岸にそびえ立つ大きな帆船を見上げた。こんなちっぽけなポケモンたちで、どうやって動かせばよいのやら……。
最初に口を開いたのはサポ。

「みんなで“かいりき”して動かせないかな?」
「いや、“かいりき”だと一点に負荷がかかりすぎる。船底に穴が空いて終わりだ」

ミズノが険しい顔で答える。再び考え込む一行。

「エスパータイプのポケモンで浮かせるとかどーだ?」
「無理だ。パワーが足りなさすぎる」

わにまるの提案は鑑定所のネイティオが退ける。その後も案は出るものの、現実的なものは出ないまま、時間だけが刻刻と過ぎていった。太陽がまさに空のてっぺんに昇ろうとしていた時、やよいが言った。

「なあ、ここにいる水ポケ全員で泳いでこの船を引っ張るってのはどうだ? ロープか何かで繋いでさ」
「そりゃ無理だって。だいたい、船のどこにロープ繋ぐんだよ」

くるみが反論するも、やよいの意見にブツブツつぶやいていたミズノが「それだ!」と指を鳴らした。みんなの視線が一気に集まる。

「確かに引っ張るのは難しいけどよ……引いてダメなら押してみろってもんだ!」
「え? だってさっき“かいりき”はダメだって」

サポが反論する。謎を解き明かした名探偵のようにチッチッチッと人差し指を振るミズノ。

「そう。“かいりき”はダメだ。力が一点にかかりすぎるからな。しかーし、その裏を返せば『力が一点にかからない方法ならいい』……つまり、広い範囲を攻撃できる技ならいいってことだ。水ポケモン諸君、思い当たる技はないかね?」

その言葉で該当者は全員ピンと来た。広い範囲を攻撃する、誰でも使える水タイプの技と言えば……!

「「「“波乗り”!」」」「That's Right!」

残念ながら、ミズノのカッコをつけたイッシュ語はダッシュ以外の一行には伝わらなかった。素晴らしいことに、“波乗り”は秘伝マシンなので全員で使い回せる。早速、倉庫から“波乗り”の秘伝マシンを引っ張り出し、一匹ずつに回して覚えていく。

「ディフ、オイラ、ルーク、やよい、ミズノ、アシマリ……全部で六匹か」「拙者もいるでござる」「のわっ!?」

“波乗り”を覚え終わり、数を確認するわにまるの背後から声がかかった。誰かいるとは夢にも思わなかったわにまるは振り返りざまに尻もちをついた。声の正体は一匹のポケモン。上に大きくせり出した細目に、背中に泡を背負っている。秘伝マシン待ちのアシマリが、そのポケモンに近づきながら言った。

「あっ、ケロマツおはよー。よかった、起こしに行くところだったんだよ」
「ケロマツ? こいつの名前か?」
「うむ。種族名だがな。カロス種ケロマツでござる」
「へー、協力してくれるのか?」

アシマリがケロマツに抱きついて、はっちゃけた笑顔で答えた。

「もっちろん! ぼくの同僚でさ、すっごくクールなポケモンなんだ。夜の操縦担当してたから今は眠そうな顔してるけど、やる時はやるから!」
「アシマリ、痛いでござる……。まあ、とにかく拙者も参加致すでござる」
「ああ、よろしくな!」

そう言って二匹が秘伝マシン待ちの列に並びに行ったのを見届けると、群衆の中からマリルとヘイガニが進み出てきた。

「ぼくにも協力させてください!」「ヘイヘーイ! オイラも!」
「えっ! いいの?」

ちょうど覚え終わったルークが、ひょっこり顔を出した。そちらに顔を向けるマリルとヘイガニ。

「はい。チェスの二匹にはお世話になりましたので。このくらいしか出来ず申しわけないのですが、お力になれたら」
「ヘイヘーイ! オイラも同じだ、協力させてくれ!」
「ホント!? すごく助かるよ、ありがとう!」

ルークはまさかの助っ人に心を踊らせた。二匹とも“波乗り”を覚えるための列にためらいもなく並んでいく。これで、九匹。

「なあ、ルーク。このデカさだと十はいないと厳しくねーか?」
「そうだね……ペア組むのが安定するから、やっぱり偶数がいいよね」
「じゃ、俺やるよ」

二匹の会話を聞いて列に並んでいくのは一匹のピカチュウ──ダッシュだ。その手にはサーフボードが抱えられている。

「「ええぇぇええーーーっ!?」」

目を丸くする二匹が止めるより先に、横から伸びてきた水色の手が彼の首根っこをむんずと掴んで問答無用で引きずっていった。ディフだ。彼女はダッシュを雑に投げ出すと、ダッシュに詰め寄った。

「あんた、バカじゃないの!? 遊びじゃないのよ!」
「遊びじゃねーよ。アローラで“ヒジュツ”として教わったんだよ」
「溺れたらどーすんのよ!」
「そん時はお前に助けてもらうからいい」

「出来んだろ?」と訊かれ、言葉に詰まるディフ。否定するのは水ポケとして……と言うよりパートナー、そして“彼女”としてのプライドが許さなかった。ディフは顔をぷいとそむけ、ボソッと言った。

「……溺れんじゃないわよ」
「あたりめーだろ」

ダッシュはそう言うと自信に満ちた顔つきで、マリルから受け取った秘伝マシンを咥えた。“波乗り”の情報が一気に流れ込んでくる。やはり若干違和感はあるが、受け入れられないほどではない。

(……これも、お前が叩き込んだんだよな)

ダッシュは“ヒジュツ・ミズバシリ”を自分に叩き込んだ相棒を思い出した。無理だと言っていたのに聞く耳をもたなかったあいつ。一緒にアローラの海で溺れかけた。その事が巡り巡ってこんな形で役立つことになるとは。

(なあ相棒。お前と旅したおかげで色んなこと知れて、すごく助かってる。ありがとな)

二度と会うことはないかつての相棒に感謝を捧げると、彼は秘伝マシンをビショップに預けて、話し合いの輪に向かっていった。
ありがとうございました!

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感想

お名前:オレンジ色のエースさん
 更新お疲れ様です!今回は色んなポケモンが登場してきて、賑やかな印象を受けました!


 ビショップとルーク、ブクリンのギルドを完全に離れることになったけれど、きっと二匹がここで培った経験はこのあとのフロンティアでも活かされるはず………そうやって願わずにはいられません。がんばれ、「チェックメイト」!

 みんなで力を合わせてヴォヤッジ号を動かすシーン、ポケダンならではだなぁ………。
書いた日:2020年02月21日
作者からの返信
感想ありがとうございます!

そうですね。フロンティアはこんな感じでたくさんのキャラを出して行きたいと思っていたので、ついにやりたいこと始められたって感じです。ビショップの紹介が『“一応”主人公』となっているのはこのような特徴ゆえというのもあります。これも一次では出来なかった表現の一つです。人生において「この世界に脇役なんていない」みたいな言葉があるので、それを小説でも再現したいと思いました。キャラにも、それぞれの世界とそれぞれの人生(ポケ生?)があると思いました…… 若造が偉そうなこと言ってすみません。

実はヴォヤッジ号のシーンはポケダンらしさ出せてないと思ってやや強引に突っ込んだエピソードでもあります……(そのせいでここで1章が終わらなかった)。でも、今となっては割と気に入ってます笑

次回はついに出港です! 遠ざかるトレジャータウンに、彼らは何を思うのか? 次回も大勢出演予定です!
今後も『フロンティア!』をよろしくお願いします
書いた日:2020年02月21日