PLAY BALL ― さあ、野球だ野球だ。

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読了時間目安:12分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 街頭の、大きなテレビの画面に、その場にいる全員が釘付けになっていた。
 普段なら子供は早く帰れ、と言われる時間だけれど、今日はその限りじゃない。みんなそれどころじゃないから。

 画面に映っているのは、黒っぽい土とくたびれた芝生のフィールドに立つ、緋色の帽子をかぶった男たち。
 アナウンサーの、興奮しているのを抑えて抑えて、それでも抑えきれない震えた声が、路上に設置されたスピーカーから響く。

『――さあ、マジカープ、いよいよ正念場です。打席に立つのはエレクティヴィアズの代打の切り札。九回表、ツーアウト満塁、リードはわずか一点……一打逆転のピンチを迎えています』

 長い間があった。いや、本当はそんなに長くもなかったかもしれない。でも、とても、とても長く感じた。
 マウンドの投手は大きく振りかぶり、渾身の一球を放った。

 放たれた白球は、打者の手前で鋭く落ちる。
 バットが空を切った。その瞬間、テレビから、街中の至る所から、歓喜の声が聞こえてきた。

『空振り三振ーっ!! 試合終了!! この瞬間!! モミジの街に!! 五年ぶり六度目の!! チャンピオンフラッグがもたらされました!!』

 マウンドの投手がキャッチャーに駆け寄り、抱き合う。緋色の帽子の選手たちがそこに駆け寄っていく。客席から色とりどりの紙テープが投げ込まれる。
 街頭でも、誰も彼もが喜びの絶叫を上げていた。顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにした大人たちが、誰かれ構わず抱き合って喜びを爆発させている。

 興奮した人たちにもみくちゃにされながらも、街頭のビジョンから目を離せなかった。
 監督が、投手が、宙を舞う。

 心臓がどきどきした。
 カクテル光線に照らされた、テレビの中の、緋色の戦士たち。
 こんなにも胸を熱くさせる、真っ赤な帽子のヒーロー。


 いつか、いつかきっと、あの場所に――



+++



 強烈なキックをまともに食らい、コンクリートの地面に僕のルカリオが叩きつけられる。完全に気を失っている様子を見て、審判は僕と反対側の赤い旗を揚げる。
 客席から盛大な歓声が響く。割れんばかりの拍手。甲高い指笛。称賛の言葉。全て僕の向かい側のコーナーに立っている女の子に向けられたものだ。
 一方、僕に対して向けられるのは、気のないねぎらいの拍手と、「雑魚め」「大したことなかったな」「かわいそうに」といった侮辱と軽蔑とちょっとの憐みの言葉。

 対戦相手は、バシャーモの頭を撫でてからボールへ戻し、バトルフィールドの中央まで寄ってきた。僕もルカリオをボールに戻し、同じようにフィールドへ向かう。

「ありがとう! いい勝負でした!」

 僕より十歳くらい若い女の子は右手でボールを腰のベルトに装着しながら笑顔でそう言い、こちらに左手を差し出してくる。その手首ではラインストーンで飾りつけられた白とピンクのポケナビが、客席からのフラッシュを反射してビカビカ輝いている。
 準々決勝進出おめでとう。よく育ててるね。序盤は僕の方が押してたのに悔しいな。こうなったら優勝してくれよ。また戦うことがあったら今度は負けないからな。
 敗者としてそんな言葉をかけるべきだったのかもしれないけど、何だかうまく言葉が出てこず、こちらこそ、という一言だけをのどの奥から何とか絞り出して、差し出された左手を握った。


 控室の荷物を手早くまとめ、さっさと会場を後にする。
 三回戦敗退。誰も注目することはない。この大会のテレビ中継は準々決勝からだから、傷口に塩を塗り込む敗者インタビューなんてのもない。
 敗者は放置され、忘れられる。ただそれだけのこと。

 スマホのカレンダーアプリを開き、今後の予定を確認する。
 しばらくは大会に出る予定はない。今日の負けを反省して、特訓して、技の調節なんかもやって、場合によってはパーティーの入れ替えも考えなければならないかもしれない。

 でもとりあえず、今は目先の予定だ。
 ポケモンセンターにポケモンたちを預けて、荷物を置いて着替えて、とっととバイトに行かなきゃ。あまり時間の余裕がない。
 やっぱり今日シフト入れるんじゃなかったな。でもしょうがない。久々に大きめの大会に出たから金がないんだ。

 ああ、考え事してたら遅刻する。急がなきゃ。
 僕は空を飛ぶで、滞在中のポケモンセンターへ急いだ。



+++



 バシャーモのブレイズキックが上手いこと入って、相手のルカリオが地に伏した。こちら側の赤い旗が揚がる。
 危なかった。相手が最初に出してきたギャラドスに一撃で体力を半分くらい削られたから、ちょっと焦った。何とか持ち直してその後一気に抜けたからよかったけど。
 さすがに疲労困憊。というかちょっと精神的に来たかも。

 バシャーモをねぎらってからボールに戻し、バトルフィールドの中央まで行く。相手も気絶したルカリオをボールに戻して、フィールドまで来る。

「ありがとう! いい勝負でした!」

 序盤は本当ひやひやしました。結果的には私が勝ちましたけど、さすがに三回戦まで来るだけありますね。あなたの分まで必ず勝ちます。またどこかでバトルできるのを楽しみにしてますね。
 本当はそんな感じのことをいいたかったのだけど、頭の中がいっぱいいっぱいで上手く言えなかった。私が左手を差し出すと、私より十歳くらい上の男の人は、こちらこそ、と言って握手をしてきた。


 テレビやら雑誌やらのインタビュー攻めにあい、観客からの声援に応えて、もみくちゃにされながら控室に戻る。
 最近いくつかの大会で優勝して、いわゆるファンみたいな人が増えてきた。注目されるのは嫌いじゃないんだけど、何だか気恥かしい。
 とりあえず、今回の大会も順調に勝ち進んでる。あとは明日ある準々決勝、準決勝、それから決勝まで三戦勝てば優勝。

 そういえば、今日の最後の人って……と思って、控室に置いてあるパンフレットで出場者の略歴を見る。
 あ、やっぱり。そっか、あの街出身なんだ。また会えたら、その辺の話聞けるかな……。

 控室の掛け時計がチャイムを鳴らし、五時ちょうどな事を告げる。ちょっと焦る。
 ポケモンセンターにポケモン預かってもらって、一回家帰ってシャワー……浴びる暇あるかな。とにかく着替えて、荷物持って、早く出かけなきゃ。あまり時間の余裕がない。
 でも、せっかくチケットとれたんだもん。何としても早めに行かなきゃ。大会とブッキングしたのはまずかったなあ。まあ、しょうがないけど。

 やばいやばい。時間がない。急がなきゃ。
 私は空を飛ぶで、家の最寄りのポケモンセンターへ急いだ。



+++



 通勤ラッシュのピークを過ぎた時間、サラリーマンの乗降が一番多い駅を通り過ぎた場所から、いつもと同じ電車の同じ車両の同じドアから車内に乗り込む。
 がらがらの車内だから座り放題だけど、乗る距離は短いから、私はいつも扉の近くに立つことにしている。

 がたんがたんと、地下鉄のリズミカルな揺れに身を任せる。
 ふと、スマホから顔をあげ、扉のガラスを見る。真っ暗な背景に、死んだ目をした辛気臭い女の顔が映る。昨日ちょっと夜更かししたからか、普段の二割増しくらい死んでいる。
 私は両手の人差し指をその顔の頬に当て、口角を吊り上げる。スマイル、スマイル。
 しばらくそうやってガラスとにらめっこして、馬鹿らしくなってため息をつき、手を放す。暗闇に映る顔はまた仏頂面になる。
 またスマホに視線を戻そうとしたけれど、目的地が近いことに気がついた。胸ポケットにスマホをねじ込んで、イヤホンのコードを引っ張りだす。
 電車は緩やかに速度を落とし、アナウンスが響いてくる。

「――タマムシ外苑前ー、タマムシ外苑前ー、……」

 目の前の扉が開く。電車を降り、だるい足取りで一番出口へ向かう。
 自動改札をくぐりながらICカードの残高を確かめて、歩きながら耳にイヤホンをねじ込み、スマホで曲を適当に流す。
 流行ってるから適当に突っ込んだ女性アイドルの能天気な歌声が、両耳から頭に刺さってくる。

 恋に夢に楽しく生きるの。いつだってかわいくいたいから。笑顔、笑顔でみんなハッピー。

 はいはいハッピーハッピー、と曲を聴く度同じ合いの手をやる気のない声で入れる。
 午前中のそれなりに早い時間だっていうのに、ずいぶん暑い。死んだ顔の眉間にしわが寄る。

 十分ほど歩くと、橙と深緑で彩られた目的の建物に着く。
 さて、今日の仕事は長くなる。
 私はあくびを噛み殺し、この短時間でもう汗に濡れた上着を脱ぎ捨てながら伸びをし、通い慣れた出入り口へ足を進めた。



+++



 勝ち試合の興奮冷めやらない、ベンチ裏のロッカールーム。
 七回を無失点に抑え、お立ち台に上がった若きエースにみんながねぎらいの言葉をかけている。
 群がる仲間たちに少々粗っぽく頭を撫でまくられ、やめろ抜ける禿げる、と必死だけど笑いの混じった声をあげる。部屋の中が笑いに包まれる。

 そんな中、目に入ったのは、じゃれあう若手から離れた隅のロッカーで、黙々と着替えをしているベテラン選手。
 本日の継投二人目。先発の後を継ぎ、打者四人を無失点に抑えた。
 僕はそっと近づいて、お疲れ様です、と声をかける。頼れるセットアッパーは、僕を認めるとありがとう、とはにかみながら言った。

「写真、撮らせてくれませんか?」

 僕がそう言うと、投手陣最年長のその選手は困ったように笑いながら、恥ずかしそうに首を横に振った。

「いや、いいよ。もっと活躍した奴にしな。そこでもみくちゃにされてるうちのエースとかさ」

 そう言って指差した先には、テンションが上がった末仲間になぜかアイシングポンチョを脱がされそうになっている球界を代表する剛腕投手がいた。
 おっと、さすがに脱がされた状態の写真を公開するわけにはいかないな。刺激が強すぎる。
 僕はベテラン投手に軽く頭を下げて、戯れる若者たちの群れに向かった。

「写真撮っていい?」

 緋色のポンチョを必死で脱がされまいとしているエースに向かってカメラ片手に聞くと、ノリのいい若手たちが「俺も入れて!」「俺も!」と集まってくる。
 俺がメインだろうが、と、悪ノリしてきた面子に覆い隠されている今日のヒーローが、笑いながら声を上げる。
 かしゃりかしゃりと何回かシャッターを切る。決め顔、もとい変顔の選手たちの写真がメモリーに増えていく。

 よしよし、いい写真撮れた、と喜び、カメラをポケットにしまう。
 更新楽しみにしてるぞ、と若手のムードメーカーが声を上げる。了解、と僕は笑って返す。

 メモリーカードの中に、今季の思い出が、また増えた。



+++


 試合開始二時間前。
 グラウンドの端で、いつも通りアップをする。

 軽く走り、ストレッチをして、身体をほぐす。
 ある程度温まったら、他のチームメイトとは離れて、ひとりグラウンドを離れ、ロッカールームへ向かう。

 ロッカールームで肩と背中のマッサージを受ける。
 何年か前にけがをしてから、試合前のメンテナンスは念入りにするようにしている。

 この業界で十年続けば、立派なベテランだよ。そんなことを昔言われた。
 同い年の仲間は球界全体を見回してもほとんどいなくなった。
 ベテランと呼ばれるには頼りない自分だけれど、気がついたら若手の多い球団の中で年長の方になっていた。


 試合が始まってから、廊下でランニングしたりして調子を整える。
 モニターで試合経過を見守る。今日は乱打戦だ。出番はいつもより早いかもしれない。

 ブルペンへ向かう。ブルペンキャッチャーと声を掛け合いながら、肩の調整をする。
 ちょうど身体が整った頃、ブルペンの内線が鳴る。バッテリーコーチに呼び出され、出番を告げられる。


 星の出ない空の下、熱気が渦を巻く。
 緋色の客席に、照明に照らされた緑の天然芝が映える。

 そのグラウンドの一番高いところへ、走って行く。
 いつも通り、いつも通り。高鳴る鼓動を抑えつける。


 幼い頃見た夢舞台に、今夜も僕は立つ。

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