第2章 第1話

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

第2章 『家族の誓い』





華澄
「…急がねば、めぼしき食材が底をついてしまうやも」


拙者は極力目立たない様に走る。
拙者の見た目は幸い人間とほぼ変わりない故、疑念の目で見られる事は稀ですが。
ただ、それでも拙者の身体能力は人間のそれではありませぬ。
拙者が本気で走れば、それこそ道路を走る車よりも速いでござるからな。
そんな姿がまともに目撃されれば、流石の拙者も注目を浴びて畏怖の念で見られましょう。
そしてそれは聖殿が望まぬ事…拙者は決して主である聖殿に、不利益な事はしたくないでござる。


少女
「ママ~、あのお姉ちゃんお胸スゴ~い!」

母親
「こら! 指差しちゃ失礼でしょ…」


すれ違う親子の姿を横目で見て、拙者は微かに頬笑む。
良いですな、親子という物は。
聖殿にも、ご両親がおられるという事ですが、いつかお会いする日は来るのでしょう。
その時、聖殿はどうするのか?
拙者たちは、あくまで人化したポケモン。
根本的には人間と違う。
そんな、人離れした能力を有する拙者たちを、果たして聖殿のご両親は受け入れられるのでしょうか?


華澄
(恐らく、聖殿自身も相当悩んでおられる)


女胤殿が加わり、計5人の住まいとなってしまいましたし。
今まで以上に、生活は苦難を極めましょう。
そんな家族の家を、拙者も守っていかねば!



………………………



華澄
「…今日の予定はカレーですし、野菜と肉と…一応ルーも足しますか」


守連殿の食欲を考慮しなければならないので、量は慎重に考えなければ。
一応、鍋ギリギリまで作れば明日位までは持つはず。
可能な限り、食費は抑える様にとの聖殿の言ですし、その点カレーは丁度良い料理ですからな。
拙者の腕でも容易に作れる料理というのもポイントでござる♪


華澄
「うーむ、しかしやはり肉は高い物しか残っていませんか…」


昼過ぎにはまだ残っていたはずの安肉は既に売り切れていた。
当然と言えば当然ですが、この世界の人間たちはとにかく安い物を買う事を重要視している。
それだけ、この世界においてお金という物は大きいのだ。
拙者は予算を頭で計算しながら、カレーの材料をどうするか考える。
予定では、安いながらも量が取れる豚肉の塊を買う予定だったのですが…
今や割引の札が付いた商品もほとんど残っておらず、あるのは値段の高い国産肉ばかり。
国産の物より輸入の物の方が安いというのは、因果な物ですな…


華澄
(とはいえ、肉が足りないとなると別の食材も考慮に入れなければ…)


拙者は魚などが並ぶコーナーに向かってみる。
しかし、やはりこちらも高い…
生の魚となると、値段も張りますな…


華澄
「む…? しかし、これは安いのですな?」


拙者はひとつだけ安い魚を発見した。
普段は見る事の無い変わった魚で、訳有り…と書いてありますな。
生の魚故、食す時は早めにが鉄則ですが、何が訳有りなのでしょうか?


定員
「おっ、それ買ってくれるのかい?」

華澄
「あ、いえどうしようかと思いまして…」
「あの、この訳有りとは、何なのですか?」

定員
「ああ、ソイツは傷物だからな…しかも普通は食べる人の少ないマイナーな魚だから」


成る程、良く見れば確かに傷がありますな…鱗が剥げたり、血が出ていたりしております。
しかし、マイナー…ですか。


定員
「まぁ、刺身には向かないけど、フライとかにするなら美味しく食えると思うぜ?」
「丁度、半額付けようと思ってたから、良かったら買ってってよ!」


そう言って気の良い定員さんは、拙者が持ってるマイナー魚の値札に半額のラベルを張ってくれた。
これはありがたい…ただでさえ安いのに、更に半額とは。
揚げ物はまだ経験が浅いですが、聖殿に頼んで教えてもらいましょう。


華澄
「ありがとうございます、是非いただかせていただきます♪」

定員
「毎度! ありがとなお嬢ちゃん♪」


お嬢ちゃん…ですか。
恐らく、小さい子と思われたのですな…
確かに拙者は背が低い故、間違われても致し方有りませんが。


華澄
(拙者、これでも18歳なのですが…)


もちろん、あくまで人間換算です。
ちなみに時間が経つ程、拙者たちは少しだけ記憶を取り戻していました。
もっとも重要な事は何ひとつ思い出せませんが…
年齢や、忘れていた技など、拙者たちは少しづつ思い出している。
特に、技に関しては膨大に。
人化した事による影響なのか、ポケモンであった頃とは違い、拙者たちは技4つまでという制約を受けていません。
つまり、過去に1度でも覚えた技は全て思い出しているという事。
これは聖殿にはまだ話してはおりませんが、拙者の技の数はそれこそ多数に渡る。
少なくとも、現状いる4人の中では間違いなく拙者が一番多彩でしょう。
しかし、今はそれを振る機会はありますまい。
お金には厳しいとはいえ、この日本という国は平和なのですから…



………………………



華澄
(さて、これで買い物は完了)
(後は帰るだけでござるが、流石に夜も更けて来ましたな…)


追加の食材を買い物袋に詰め込み、拙者は空を見上げる。
時刻は19時前…もう夕日も沈みかけておりますな。
これは速めに帰った方が良いでしょう。
そう思った拙者は、怪しまれない様密かに周囲を見渡し、誰も見てないのを確認すると…


華澄
「ふっ!!」


買い物袋に負担をかけぬ様、細心の注意を払いながら近くの屋根に拙者は飛び乗った。
高さは5メートル程でしたが、この位なら助走が無くともご覧の通り…全く造作もありませんな。
拙者はそのまま、屋根伝いに街を横断して行く。
それ程大きな街ではないとはいえ、人は多く住んでいる。
出来るだけ人目にはつかぬ様にせねば…

拙者は足音にも細心の注意を払い、走ると言うより跳び跳ねて移動した。
着地の際には片手を足元に添え、極力衝撃を殺す。
端から見れば蛙のごとき移動方でしょうが、拙者はゲッコウガ…
この世界で言う、蛙をモチーフとしたポケモンですからな。



………………………



華澄
「ふぅ…この辺りまで来れば」


拙者は地上の周りを再び確認し、誰にも見られない様にこっそり地上に降り立つ。
食材は…大丈夫、無事でござるな。
拙者は買い物袋の中身を確認し、頬を緩ませた。
そして、今度はゆっくりと徒歩で歩き、すぐ前の曲がり角を曲がる…が、次の瞬間。


バシィ!!


華澄
「………」


拙者の横顔に向かってボールが飛んで来た。
拙者は風切り音で即座にそれを見切り、ボールを見る事無く空いていた左手でキャッチし、拙者はマジマジとボールを確認する。
確か、野球という球技の物でしたか?
拙者がそうしてボールを手で転がしていると、飛んで来た方向から声をかけられた。


少年
「お姉ちゃん、大丈夫!?」


男の子だった。
見た目は小学生低学年位…といった所ですかな?
拙者よりも背が小さく、半袖短パンに野球帽。
しかし、こんな夜更けまで遊んでいたとは…

そういえば、この辺りには小公園がありましたな。
拙者はそれを思い出し、その公園の方を見ると、何人かのグループで野球をやっていた様でした。
そして、バットで打ったボールが拙者に飛んで来たのでしょう。
拙者は空を確認し、なるべく優しめにこう諭す事にした。


華澄
「…もう日も暗いでござるよ、そろそろ家に帰った方が良い」


拙者はそう言ってボールを少年に優しく手渡す。
すると、ぱぁ…と目を輝かせて少年は笑った。


少年
「うん、ありがとうお姉ちゃん!」


一言、そう礼をして少年はボールを持って走り出す。
無邪気な少年ですな…平和な証です。
少年たちはそれぞれの持ち物を持ち、公園から離れて行った。
それを確認した後、拙者は再度買い物袋の中身を確認する…うむ、問題無し。


華澄
「さて、ではそろそろ…」


拙者は買い物袋を傷付けぬ様、それをそっと地面に置き、背後の死角に向かって問答無用で技を放った。


バシャシャシャ!!



「なっ!?」


拙者の背後、位置的には公園の反対側。
電信柱に隠れる様に、ひとりの人間が驚いて姿を見せる。
少々、小汚ない姿の痩せた男だった。
その男の足下に、拙者は『水手裏剣』を3枚投げたのだ。
とはいえ手加減はしております故、アスファルトを軽く叩く程度の威力しか出してはいませぬ。
本気でやれば、鋼鉄すら切り裂けますからな…

そして、拙者はやや目を細めて男にこう凄む。


華澄
「大の男がコソコソと…そなた、いたいけな少年たちを狙っておったな?」


「な、何の事だよ!? 何なんだテメェは!!」


男は狼狽えながら拙者を指差して叫ぶ。
まぁ、流石に自分から正体をバラす程、阿呆ではないでござるか。
拙者はため息をひとつ吐き、こう言う。


華澄
「そなたからは殺気が駄々漏れておる…」
「懐には刃物を持っている様ですし、通り魔の類いでござろう?」


拙者が確信めいて言い放つと、男は更に狼狽える。
だが、すぐに薄ら笑いを浮かべた。
そして、右手には光る物が。


華澄
「…やはり短刀でござるか」
「しかし、それを拙者に差し向けるとは、覚悟は出来ているという事でござるか?」


通り魔
「へっ、どの道誰かを殺るつもりだったんだ!」
「対象が変わっただけの事よ!」
「しっかし、背は小さいのに良い身体してるじゃねぇか~?」
「別の意味でも犯り甲斐がありそうだな!」


通り魔の男は拙者の身体を見て舌舐めずりした。
典型的な犯罪者でござるか…この平和な世にもこの様な輩は存在する…か。
やれやれ…言って聞く輩では無さそうでござるな。
出来れば争いは避けたいのでござるが…


華澄
(あの少年たちを危険に晒すわけにもいかぬ)


拙者はあの笑顔を思い出す。
そして、それは絶対に守るべき物だと拙者は決断した。
もし、ここで拙者が逃げれば、いずれ他の者が奴の凶刃にかかろう。
それが罪無き人の犠牲であれば、悲しき事でしかない…
ならば、拙者が取る道はただひとつ!


華澄
「そなたの悪行、拙者がここで終わりにしてやろう!」


拙者はそう言い、右手を開いて前にかざす。
それを見て、男は奇声を発しながら突っ込んで来た。
拙者はその場からあえて動かず、男が近付くのを待つ。
この勝負、一瞬で終わらせる!


通り魔
「ヒャッハァ! 死ねぇ!!」


拙者の首筋目掛け、男は短刀を真一文字、横に薙ぐ。
だがその瞬間、拙者は前にかざしていた右手を使い、男の短刀を持つ腕を掴んで逆間接に捻った。
その瞬間、ビキィ!と骨の折れる音がし、拙者は男の折れた腕を持ったまま後に投げ捨てる。


通り魔
「がふっ!! ぐ…ぎゃああああああっ!?」


男は叫び声をあげ、左手で右手を庇いながら苦しむ。
そして地面を転がりながら、涙目になって男は震えていた。
拙者は足元に転がった短刀の刀身を見ると、それを足で踏んでへし折った。
そして、震えている情けない男の姿を尻目に、拙者は首を横に振ってこう言う。


華澄
「やれやれ…これでも手加減しているのでござるが」
「今の悲鳴で、人も集まって来よう」
「今回はそれで見逃してやる故、これからは心を入れ換えるでござるよ」
「では、拙者はこれにて…!」


拙者は近付いて来る複数の気配を読み取り、買い物袋を優しく拾って即座に場を離れた。
後は、この街の警察が何とかしてくれよう。



………………………



女胤
「こうなったらゲームで勝負ですわ!!」

阿須那
「ほぅ~ええ度胸やんか? 何で勝負するん?」


私(わたくし)たちは、リビングでテーブル越しに相対していた。
そう、喧嘩はダメでもゲームなら別!
私はそう思い立ち、あえてこの提案を出したのです。
守連さんもニコニコした笑顔でそれを見守ってくれていますわ。
私はそこでコップをひとつ取り出し、それに水が一杯になるまで入れる。
ギリギリ位まで入れたそれをテーブルの中央に配置し、私は阿須那さんにこう言った。


女胤
「表面張力というのを知っていますか、雌狐さん?」

阿須那
「ウチの名前は阿須那や…ちゃんと名前で呼ばんかい!」
「例えば、そのコップから水が溢れそうになっても溢れん様に働く力の事やろ?」
「それが、どないかしたんか?」


阿須那さんは少々イラつきながらもそう答えた。
私は次に大量の10円玉をグラスの横に置く。
およそ30枚はありますが、まぁ全部使う事は無いでしょう。
私はニヤリと笑い、阿須那さんにルールを説明する。


女胤
「ルールは簡単! 交互に10円玉を入れ合い、先に水を溢れさせた方が負けですわ!!」

守連
「わ~確かに簡単♪」

阿須那
「成る程…オモロそうやな♪」


阿須那さんはそれなりに乗り気の様で、食い付いて来た。
そして1度グラスを手に取り、異常が無いかを確認している。
私は内心ほくそ笑み、更にこう提案した。


女胤
「ちなみに、これに勝った方が、今宵聖様と夜を共に出来る権利を得られる事にしましょう!」

阿須那
「何やそら…? まぁ、別にええけど」

守連
「ふたりとも頑張れ~♪」


守連さんは完全に応援する側の様ですね。
っていうか、夜を共にの意味が解ってないのでしょう。
しかし、それならばここは阿須那さんと一対一!


女胤
「では、阿須那さんからどうぞ」

阿須那
「1回で何枚入れてもええのん?」

女胤
「どうぞ、入れられるのでしたら!」


阿須那さんはそれを確認してコインを手に取る。
この表面張力と言うのは想像以上に強い。
私の目測ですと、後10枚前後は入ると見ましたわ!


阿須那
「……!」

守連
「わ、いきなり5枚も~?」

女胤
「およしなさい! いきなりは失敗しますわよ!?」

阿須那
「気ぃ散る! 黙っとき!!」


阿須那さんは物凄い集中力で5枚を摘まんでいる。
その手は震えすらせず、正確に水面に着水し、そして…

ボチャン!と、5枚の10円玉はコップの中に落ちた。
それによりコップの水面はかなり波立ち、あわや溢れそうになる。


阿須那
「…っ!?」


阿須那さんは一瞬顔を歪める…ですが、その後は安定して水は溢れる事無く留まった。
やりますわね…ですがそれが命取りとなりますわ!!


阿須那
「ふっ…次はアンタの番やで?」

女胤
「ふぅ~凄い心臓ですわね…私は流石に1枚にしますわ」


私は息をひとつ吐いて、10円玉を1枚手に取る。
そして、それを縦にしてゆっくりと水面に着けた。


女胤
(この位の水面でしたら、これ位ですかね)


私は10円玉の裏側が誰にも見えない位置から構える。
そして10円玉の裏に潜ませてある脱脂綿を指で挟み、そこから水を絞り出して水量を増やした。
バレない様に細心の注意を払いながら、ギリギリの水量に調節し、私は10円玉を入れる。

ボチャン!と10円玉はコップに入り、私の目論み通り水面は完全にギリギリで留まった。
私は笑い出しそうになりますが、決してその感情を顔に出す事はしません。


阿須那
「…ぬぅ」

女胤
「ふぅ~危ない危ない、さぁ次はあなたの番ですわよビッチさん?」


阿須那
「いい加減にし!! 名前で呼べ言うたやろ!?」
「ウチの名前は阿須那や!! 女狐でもビッチでもあらへん!! 2度とおちょくるんやないで!?」


阿須那さんはこちらの目論見通り、冷静さを欠いて言い放って来た。
一瞬、守連さんの表情が変わったので私は内心焦る。
あまりやり過ぎるのは止しましょうか…しかし、これで私の勝利は確定!


阿須那
「……っ」


阿須那さんは相当苛立ちながらも、テーブルに置いてあった食べかけのチョコをかじって落ち着こうとする。
ですが、現実は非情。
もはや、敗北は必至ですわ!!


阿須那
「………」

女胤
(アッハッハッハッハ!! 何をしようが、もうそれ以上入りませんわ~!)
(水面に触れた時点で、水が溢れてしまいますわよ!!)


私は勝利を確信する。
これで、今夜の聖様は私のもの!!
阿須那さんには惨めな敗北を差し上げますわ!!


阿須那
「水の量はギリギリ…もうこれ以上は入らへん」
「と、そう思っとるんやろ女胤?」
「違うんやな…それが」


ボチャン!


女胤
「……は?」


私は一瞬固まる。
しかし、現実にそれは起こった。
10円玉が…入った?
私は驚き、コップを凝視する。
確かに、10円玉が増えている…しかし、私の計算は完璧だったはず!?


女胤
「そ、そんな馬鹿な!? 溢れないはずは…!!」

阿須那
「何が溢れないはずは、や? 現に入れたやろ…さぁ、次はアンタの場やで?」


阿須那さんは勝ち誇った笑みで私を見ていた。
その顔は完全にしてやったりの笑み。
私は全身を震わせながら10円玉を手に取る。
無理ですわ…間違いなくこれ以上は入らない!
何故、何故ですの!?
一体、阿須那さんは何をやって…?


阿須那
「はよしぃ女胤! 水が蒸発するまで待つつもりか!?」

華澄
「…もうそれ位でよろしいでしょう? この勝負、引き分けでござるよ」

守連
「あ、お帰り華澄ちゃ~ん♪」


気が付くと、私の背後には華澄さんがいた。
買い物袋を片手に下げ、やんわりとした顔で微笑んでいる。
私は10円玉をテーブルに置き、華澄さんを見てこう聞く。


女胤
「…引き分けとは、どういう事ですの?」

華澄
「両者共に卑怯な手を使った時点で、でござるよ」
「何かを賭けるのであれば、正々堂々が基本でござろう?」
「相手を欺いての勝利など、賭けられるものが可哀想でござる」


実に正論でした。
しかし、ここまで言い切るには、両者のイカサマがバレたと言う事。
ですが、阿須那さんは一体どんなイカサマを…?


華澄
「女胤殿は水のかさ増し、阿須那殿はチョコレートを使ったトリック」
「どっちもどっちですな」


そう言って華澄さんはふぅ…とため息をひとつ。
チョコレート…ですって!?


守連
「あ、ホントだ~コップの下にチョコレート♪」

阿須那
「何や、バレてたんかいな…もしかして最初っから見てたん?」

華澄
「はい、コップを用意した所から」
「水を差すのも悪いと思い、気配を消して死角から見ておったでござるよ」


サラリと凄まじい事言いますわね。
かなり注意したはずですのに、全く気付きませんでしたわ!

しかし成る程…チョコレートの欠片をグラスの下に仕込み、私から見ても解らない角度に調整。
そうする事でコップは傾き、10円玉1枚分位なら誤魔化せる様に水面を変えていたとは…
そして、最後に阿須那さん自身の熱量でチョコを一瞬で溶かしてコインを入れる…ですか。
炎タイプらしいトリックですわね…今回は認めて差し上げますわ。


華澄
「さて、それでは遅くなりましたが、晩御飯の準備をいたしましょう」
「守連殿、聖殿を呼んで来てもらえませんか? 少し教えてもらいたい事がありますので」

守連
「うん、分かったよ♪」

華澄
「お願いします♪」


華澄さんは守連さんにそう頼み、キッチンへと向かった。
守連さんはトコトコと小走りして聖様の部屋に向う。
リビングには、私と阿須那さんだけが残された…


阿須那
「やれやれ、ウチは部屋に戻るわ~」

女胤
「ええ、私は華澄さんを手伝いますわ」


阿須那さんはそそくさと部屋に戻って行く。
それなりに疲れている顔でしたわね。
何だかんだで仕事の疲れはありそうな感じですか…
少々、気遣いが足りなかったかもしれませんね。
私はそんな彼女を一瞥した後、キッチンへと入って行った。



………………………




「良いか? 揚げ物やる時はまず……」


拙者は聖殿に教わり、ふぃっしゅふらい…と言う料理を教わっていた。
女胤殿が道具を準備してくれ、拙者は魚を切り分ける。
そして衣のつけ方を教わって、次に貯めた油にそれらを沈めていった。


華澄
「これで、揚がるの待てば良いのですね?」


「そっ、慣れない内は焦がしたりする事もあるだろうけど、コツさえ掴めばそんなに難しくは無いさ」


拙者はそれを聞いて覚える。
これも経験でござるな…例え失敗したとしても、経験値になるでござる。


女胤
「華澄さん、野菜の皮剥きは出来ましたよ?」

華澄
「ありがとうございます女胤殿」
「では、後は拙者がやるで……」


拙者は女胤殿が切った野菜を見て絶句する。
何故かそれはサイコロ状で置かれていたのだ…



「お前はアホか!? 皮剥きなのになんでサイコロ状になってんだよ!?」
「野菜の皮は皮だけ綺麗に剥げよ!」

女胤
「え? えぇっ!?」


女胤殿は、どうやら包丁で真四角に野菜を切って皮を取り除いた様です。
聖殿はすぐに女胤殿から包丁を取り上げ、キッチンから一旦離した。
拙者は、とりあえず切られた皮…と言うか欠片を手に取り、素早く水手裏剣で皮だけを剥ぐ。
高圧縮されたこの水手裏剣は回転させれば鋭利な刃物となります。
多少危険ではござるが、拙者は体が覚えている故、大きさのコントロールも完璧でござる。
そして、全ての欠片から皮を取り、拙者は改めて野菜を切り分けた…
少々驚きましたが、とりあえず何とかなりそうですな。

とりあえず、その後ちゃんとふっしゅふらいカレーは完成し、皆で美味しくいただきました。
あまり馴染みの無いマイナーな魚でしたが、それでも皆美味しいと言ってくれましたし、あの魚も浮かばれると言うものでしょう…


………………………




「………」


食事後、俺は自分の部屋で夏休みの宿題をこなしていた。
これでもちゃんと毎日続けてる、こういうのは習慣付けた方が良いからな。
俺は今日の分のノルマを終えると、椅子に座ったままうーんと伸びをした。
そして、タイミングを見計らった様に、コンコン…と部屋のドアを控え目にノックする音が聞こえる。
そして、外から聞こえる声は…


華澄
『聖殿、入ってもよろしいでしょうか?』


「ん? 華澄か…良いぜ入れよ、鍵は空いてる」


俺がドアに向かって言ってやると、ドアは静かに開き、華澄が入って来た。
お、音も無く入られると何か緊張するな。


華澄
「………」


「…どうか、したのか?」


華澄の表情は何故か暗い。
俺は一体何事かと思ったが、華澄の口から語られる言葉は、俺の予想外な言葉だった。


華澄
「…今日、人を傷付けました」


それは静かな告白。
華澄は悔やむ様に厳しい表情をし、淡々と…買い物帰りの時に起こった事を語り始めた。



………………………



華澄
「…以上が、事の顛末です」


「…うーん、まぁ正当防衛だし、良いんじゃないのか?」


俺が軽くそう言うと、華澄はキョトンとする。
何だかなぁ…まぁ、それなりに衝撃だけどさ。



「華澄は、守りたいと思ったからやったんだろ?」

華澄
「は、はいっ! それは、決して偽りではありません!!」


珍しく強めの口調で叫ぶ。
外にも聞こえてそうだが、大丈夫か?
とはいえ、俺は気にせずにこう続ける。



「なら、間違った事じゃない」
「俺は、華澄が真面目なのは知ってるし、その思いが立派なのも知ってる」
「もし、俺がその場にいたら、問答無用で逃げてるよ」
「それで、多分他の誰かが代わりに犠牲になってたんだろうな…」
「でも、お前がそこで止めたから、誰も犠牲にならなかった」
「その通り魔には不運だったんだろうけど、それはソイツが悪い!」


俺の言葉を受けて、華澄は困惑している様だった。
内心、辛かったんだろう。
普段は菩薩の様に優しい娘だからな。
だけど、戦う必要があれば戦う…守るべきものがあるなら守る。
だけど、その為に他者を傷付けなくてはならないのは、彼女にとってどれ程の苦痛だっただろう?

俺はそれを思うと、椅子から立ち上がって華澄の前に立つ。
そして、そっと優しく抱き締めてやった。


華澄
「!?!?」


「辛かったか? ゴメンな、気付いてやれなくて…」
「でも、お前は良い事をしたんだぞ?」
「お前のお陰で、子供たちはまた笑ってあの公園で遊べるんだから」

華澄
「は、はい…」


華澄は泣きそうな声で答える。
こうやって抱き締めるとホントに小さい。
まるで妹の様な感じだな、妹知らんけど。
ちなみに華澄さんは俺より年上なので妹所か姉さんなわけだが…


華澄
「ありがとうございます、聖殿」
「拙者、聖殿の側にいられて、良かったでござる」


華澄も、最後は笑顔だった。
これで、またこの娘は強くなるんだろうな。
もう既に何でも任せられる位、強いのに。



(でもやっぱ、それでも女の子だもんな)


華澄は一見物怖じしなさそうに見えてても、実は繊細なのかもしれない。
芯は強くても、地盤が弱いって所か。
俺は最後に華澄の頭を優しく撫でてやり、こう言ってやる。



「もう今日は休んで良いぞ? また明日もよろしく頼むな♪」

華澄
「あ…は、はいっ! 無論、聖殿の為に!!」


こうして、俺たちの日常はまだ続いて行く…
そう! 続くったら、続く!










『とりあえず、彼女いない歴16年の俺がポケモン女と日常を過ごす夢を見た。だが、後悔はしていない』



第1話 『実は水手裏剣は初め物理技で、後に特殊技に変更されている』


To be continued…

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