第7話 “雷鳴”(8)

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 毒の女王は怒り狂っていた。もしも彼女が炎なら、ウルトラホールのあまねく世界を焼き尽くし、永延に燃え続けることだろう。
 それを鎮めるにはたくさんの生贄が必要だ。まずは無抵抗の兵士を思いのままに殴打し、その爪で八つ裂きにし、猛毒液を浴びせて溶解し、そして頭蓋を噛み砕く。肉の塊が血溜まりに落ちていく。脳髄を口から垂らして、次の生贄を所望する。これが女王の気が済むまで続く。仕える兵士は、自分の番が回って来ないよう、ひたすら祈りを捧げるしかない。
 これまで数々の戦果を捧げてきた輝かしい経歴を持つ勇敢な戦士が、あっという間に消費されていく。胸中さぞ悔しかったことだろう、このような最期のどこに名誉があるというのか……。
 12匹目の生贄をなぶり殺しにして、未だ炎は消えない。天を仰いで、女王は咆哮を轟かせた。憎い、憎い、我が息子を奪ったすべてが憎い! 拐かした下等動物も、それを命じたゼラフィールも、雷の家も、炎の王家も、息子の奪回に失敗した霊廟の家も、毒の家さえも!

「次はお前だ!!」

 ひれ伏すニドキングに針の先を向けて、アデレートは怒鳴り散らした。従順なロズレイドが申し訳なさそうに彼を立たせて、女王の前に連れていく。いつまで続くんだ。誰か、これを止めてくれ。祈りは届かず、ニドキングの断末魔と共に13回目の処刑が始まった。

 ……なんて面白ぇ見せ物なんだ。たまんねえな、こりゃあ。特に戦士たちが無駄死にしていくところがいい。どんな名誉ある戦士も、女王の怒りを鎮めるためだけに使われていく。この悲壮感、クセになりそうだ。俺が王になったら、週に一度はこういうパーティーを開こうかなぁ。バーラムは兵の群衆に紛れて、舌舐めずりをした。
 止めようと思えばいつでも止められた。だが、止めようと思うたび、もう少しだけお楽しみを続けたくなる。こいつが死んだら女王に言おう。いや、やっぱり次の奴が死んでから……いやいや、いかんいかん。女王の方が先にスッキリされちまう。怒ったままでいてくれなきゃ困るんだ。
 ニドキングの上半身が女王の胃袋に収まったところで、ようやくバーラムは大慌てで群衆から飛び出した。

「陛下! 女王陛下! 大変でございます!」

 ざわ。小躍りするように転がり出てきたバーラムに視線が集まり、どよめきが広がった。アデレートは彼を見て微笑んだ。次の生贄を選ぶ手間が省けたわ、と。
 伸びてくる手に、彼は半狂乱になって叫んだ。

「ご子息の行き先が分かりました! 炎の王家の内通者が、勇敢にも決死の覚悟でわたくしめに知らせてきたのです!」
「……なに?」女王の手が止まった。
「哀れ、奴はこの知らせを届けた後、炎の王家によって即刻処刑の罰を受けました! しかし彼の名誉はわたくしめがしかと受け止め、女王陛下に献上致します!」

 がしりと女王の手がバーラムの胴を掴んだ。腹をこのまま引きちぎってやると言わんばかりだ。

「能書きはよい、はよう言わねば……」
「炎の宮廷艦です!!」

 世界が一瞬で音をなくした。
 帝国艦隊のすべてを統率する無敵の旗艦にして、皇帝ヴィクトリアの玉座を据えた炎の宮廷艦、名を「クロスフレイム」と呼ぶ。
 アデレートはゆるやかに手を下ろした。そしてフラフラと玉座にもたれて、肩を震わせた。

「クロスフレイムに我が息子が……ふ、ふふふ、ならばよい……手間が省けたわ」
「恐れながら、女王陛下!」

 果敢にも異を唱えたのは、勇気と力を認められた数少ない人間の男だった。男の名は、アルフレッド。彼は女王から何度も褒賞を受けてきたほどだ。
 アルフレッドはアデレートの冷たい視線に怯むことなく立ち上がった。彼には女王の望む道が見えていた。それを止めずにはいられなかった。

「確たる証拠もなく、クロスフレイムに攻撃を仕掛けるのは無謀かと存じます。ご子息が炎の王家に連れ去られたことが事実ならば、王家でありながらかように姑息な手段を使ったこと、紛れもなく不名誉となりましょう。その証拠さえあれば炎の王家に反旗を翻す家も多いはず、今こそ同盟を拡大し、それから一気に攻め込むのが最善の」

 じゅ。
 アルフレッドの全身が一瞬で形を崩していった。アデレートの針から放たれた毒々の液が、細胞の一片まで貪り尽くしていく。悲鳴をあげる間もなかった。
 もはや毒の水溜りに成り下がったアルフレッドを踏みにじり、バーラムは恍惚とした表情で女王を仰ぎ、高らかに叫んだ。

「ああ、我らが女王陛下に万歳! 今こそ毒の家が醜悪なる炎の王家を討ち倒し、いずれは帝国を光へと導く未来の皇帝を取り戻すとき! 立ち上がれ兵士たち! この聖戦に必ずや勝利を納め、偉大なるテメレイアの歴史にその名を刻むのだ!!」

 道化が謳い、女王が兵に狂気を強いる。狂うのだ。狂わねば、ここで死ぬことになる。それこそ今しがた何の意味もなく惨めに処刑された、哀れなヒト族のように。
 女王が天高く翼を掲げて、兵たちの雄叫びを一身に浴びていく。兵たちは女王の下に蜂起した。死出の旅路が始まった。彼らはもう止められない。女王が死ぬその時まで、戦い続けるであろう。
 ただ名誉の死という劇薬を求めて、兵は戦い続けるのみだ。

 *

 二日後。

 ウルトラホールの奥地にて、ターミナル・リングにより固定されたワープホールを抜けると、そこは偉大なるテメレイア帝国発祥の世界。帝都ブルーフレアの地に、帝国旗艦クロスフレイムが鎮座する。それはまるで純白の城。帝国様式の建築物において、最も美しい宮廷と謳われていた。その優雅な姿は、まさに皇帝の居城にふさわしい。
 赤毛の少女は、だだっ広い白石の廊下を、重い王衣をずるずると引きずって歩いていた。その顔つきは凛々しく、鋭い金の瞳には、幼い容姿に反して威厳が宿っていた。
 彼女が巨大な門の前に立つと、門番のリザードンとバシャーモが深々と頭を下げて、その硬く閉ざされた鋼鉄の門を押し開いた。ゴゴゴゴ……地響きとともに、門の隙間から光が漏れる。少女は瞬きすることなく、光へと踏み入れた。

「おじさま、ご機嫌はいかが?」

 少女はあどけない口振りで言った。目に宿った威厳はどこかに失せて、今は白の庭園に横たわる老いたレシラムを映していた。
 ここは息を呑むほど美しい庭園だった。雪のような花々が咲き乱れ、巨大な桜は純白の花びらを散らしていた。レシラムはその桜木の下で、身を丸めて穏やかに眠っていた。スンスンと匂いを嗅いで、来客に気がつくと、彼はその青い目をうっすらと開いた。

「ヴィクトリア……よく来たな。まだこの老いぼれのことを覚えていたのか」
「忘れるワケないわ」
「ああ、もっと近くへ来ておくれ。久々にその顔をよく見たい」

 皇帝の名で呼ばれた少女は、分厚い何層もの王衣を脱ぎ捨てて、白いワンピース姿で軽快に花畑に飛び込んだ。そして白いふかふかの毛並みに埋もれるように、その身を預けて微笑んだ。

「ずっとこうしたかったわ」
「おや、皇帝陛下ともあろうお方が何を仰ると思えば、まだそのような子供じみたことを?」
「今だけ良いでしょ? ねえ、おじさま。お願い」

 甘えるような声に、レシラムは優しく目を細めて。

「陛下のご命令には逆らえますまい」

 ぎゅむ、とその首を抱きしめる少女にそう囁くと、レシラムはチラリと視線を上げた。門番たちに合図を送ると、リザードンとバシャーモは小さく頷き、ゆっくりと門を閉じ始めた。
 閉じ切ってから、レシラムはしゃがれた声で言った。

「……何があった?」

 尋ねると、毛並みを掴む少女の手に力がこもった。
 そして肩を震わせながら、それまでせき止めていたものが一気に溢れ返るように流れ始めた。

「ゼルが……ゼルが、殺されたの。やったのはアデレートよ。雷の艦隊を次々と破壊して、もう雷の家は壊滅したって聞いたわ。どうしよう、おじさん……わたし、アデレートが憎くて憎くて仕方ないの。復讐したくてたまらないの。ゼルを奪ったあの女の心臓を、この手で握りつぶしてやりたい!」

 ふわりと羽が舞い、むせび泣く少女を優しく包み込んだ。なんと神聖な領域だろう。その目には、蒼く燃え盛る炎を秘めていた。
 ゼルを殺した? あの毒蟲が?
 おお、かわいそうなゼラフィール。彼ほどの偉大な戦士が敗れるとは、きっとアデレートめは卑劣な手を使ったに違いない。
 今に見ておれ、アデレート。いま一度戦場で相見えようではないか。そして貴様の小汚い四肢を残らず焼き払い、その首は帝都の広場に飾ってやろう。卑怯な臆病者の象徴として、その不名誉と共に晒してくれるわ!


(To be continued...)

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