その⑭ カイロス・ザ・ムシバトラー ②
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《4……》
サンドパン(この鎖……俺の力では千切れないな。もっとも、逃げるつもりはない。負けるつもりも。俺がこの勝負に勝たなければ、俺だけではない……ピカチュウにまで被害が及ぶ)
ピカチュウ(奴は、相手の思考を読み取ることにかけては天才的だ。長年ム○キングを遊んできたというのは伊達ではないか)
カイロス「考え込むのは良い。とても良いことだ。だが……カウントは刻一刻と迫っているぞぉ?」
サンドパン「集中が途切れてしまう。汚らわしい声でほざかないでくれないか」
《3……》
サンドパン(縛り付ける鎖、放たれる虫ポケモン)
カイロス「クッククク……」
カイロス(どうだぁ〜。極限まで、相手を! 精神的に、追い詰めて追い詰めて……追い詰めて!! ……殺る。これが俺のやり方だ)
──ム○キングを長らくプレイしている内に、俺はある“快楽”を得るようになった。
カイロス(『やれるかも、勝てるかも!』と慢心している輩を、還付なきまでにズタボロにしてやることだ!!)
『あらら、失敗しちゃったか』→『あれ、なんで、どうして?』→『私、なにやってんだろ……』
人はたった一つ“失敗”をしたとしても、心に負った“キズ”は時間を経るにつれ回復するだろう。
だが、その失敗が立て続けに起こったとしたら?
キズが回復する暇も与えてもらえなかったとしたら?
その点、ム○キングは実に理想的なゲームだった。
カイロス(対戦相手の心と表情が崩れていく過程が……本当に楽しかった。人は心にどれだけのキズが蓄積すれば壊れるんだろうって、子どもの頃、それを自由研究の題材にしようとまで真剣に考えた程だ)
《2……》
カイロス(わかっている、お前は次に『グー』を出そうとしているな? まず『パー』は出さない。確信こそないが、長年積み重ねてきた“勘”がそう告げている。『必殺技を一回も成功させていない』という焦燥もあることだろうしな)
サンドパン「……」
カイロス「さぁ、これでジ・エンドだ」
《1……》
カイロス(あぁ、早くお前の絶望に浸った表情を見たい。ムラムラしてきた。よぉ~し、押すぞぉ~……『パー』を押すぞぉ~っ!!)
サンドパン「おっと、手が滑った」ヒョイッ
カイロス「え」ビシャッ
サンドパンは、懐に忍ばせていた“なにか”入りの瓶を、カイロスに投げつけた。
カイロス「なっ、あ……甘い……。こ、これは……ハチミツウゥッ!?」
ピカチュウ「あ、この前ハリテヤマにもらったやつだ。スイーツ感覚で楽しめるコンセプトで考えた『ハチミツ鍋』が盛大にコケて、大量にハチミツが余ったからって」
虫ポケモンたち『ウオォッ、ハチミツのいい匂いだぁ~。しかもこれは……ミツハニーが集めた極上品だな』
『『あぁっ、もう…我慢できねぇぇぇぇっ!!』』
虫ポケモンたちは、主人であるはずのカイロスの身体へと群がったのだ。
ピカチュウ「……うわぁ、悍ましい光景だ」
カイロス「え、お、おい、お前たち……なぜ私に群がるっ!? も、戻れ……元の配置へと戻らんかぁっ!!」
《0……》
カイロス「あっ……」
カイロスがなにも押さぬまま、カウントは終了した。
ピカチュウ「あ、この場合って、ボタンを押さなかった時って、コンピューターが勝手に手を選ぶんだったっけ。確か……『相手側の手に負けるもの』が選ばれたよーな」
そして、サンドパンの選んだ手は、必殺技のグー……『サマーソルトプレス』だ。
カイロス「あ、あぁっ、あぁぁっ……。ま、待て……卑怯だ、インチキだ、策略だっ!!」
ピカチュウ「へぇ、じゃあ一つ聞くぜ。アンタの戦略は、たかがハチミツ一つで左右されるような脆いものなのか?」
カイロス「な、なにっ……」
ピカチュウ「サンドパンは言ったぜ、『手が滑った』と。それに、虫を用意したのはそちらさんだ。こちら側もウッカリしていたが、そちらさんの“過失”ということで許してくれ」
カイロス「ふ……ふざけるなっ!!」
ピカチュウ「段々と、硬い外殻が剥がれてきたようだな。薄ら汚いお前の本性が薄っすらと表れつつある。そして、俺は1つ気になることがあるんだ」
カイロス「な、なんだというんだ、それはっ!?」
ピカチュウ「さっき、お前の虫ポケモンたちがこう言っていた。“旨そうなポケモンが3匹も”と。……おかしいよな。俺たちは、『2匹』だぞ?」
カイロス「えっ?」
ピカチュウ「俺も随分前にクワガタを飼っていたんだ。すぐに死んじまったけどな。ある日そのクワガタに、指を噛まれたことがあったんだ。原因はなんだと思う?」
カイロス「ま、まさか……?」
ピカチュウ「…ほんの少し餌をやることを忘れ、クワガタの気性が荒くなっていたからだ。大方、俺の指を餌だと思い込んでしまったんだろう」
カイロス「ってことは──」
サンドパン「この虫ポケモンたちは腹が減り過ぎて、主人すら喰っちまうかもってわけか」
ピカチュウ「お前、虫司とか名乗っておきながら……その実、現実で虫を飼ったことがないな? 虫が出てくるゲームだけ遊んで、それで虫そのものを解ったつもりでいたな?」
《やったー、ちょーひっさつわざだー》
カイロス「えっ、えっ……えっ?」
ピカチュウ「つまり、『現実とゲームをごっちゃにするな』ってことなんだ」
カイロス「ばぎゃるあぁぁぁぁっ!!?」ズガァン
『サマーソルトプレス』が、ヘルクレスに炸裂した。
カイロス「えぇい、失せろ失せんかぁっ! 後で旨い餌をやるから、私の身体から離れんかぁっ!!」
『『グルルル……』』バササッ
ピカチュウ「人望……てか虫望ないな、お前」
カイロス「えぇい、こんなの認められるか……反則だっ! 虫ポケモンたちよ、今すぐコイツラに……」ペチャッ
カイロス「モゴッ……(ガムテープ……!?)」
ピカチュウ「うるさいから、口を塞がせてもらった。あと、これも」ジャララッ
カイロス「うぉ、お、あぁっ、貴様ら……貴様らぁっ!?」
ピカチュウは鎖でカイロスをがんじがらめにし、見動きを封じたのだ。
ピカチュウ「なんかボーッとしてたから、隙はたくさんあった。ドーブルの筆で鎖を創ったんだ。ドーブルのように上手く具現化はできないがな」
サンドパン「ただ、一つ封じていない箇所はある。……お前の『片腕』さ。勝負はまだ、続行できるだろう?そして、俺の鎖は既に解かせてもらった」
ピカチュウ「あ。あとこれは、ダメ押しって奴なのかな」
《カメムシ『やあ』》
ゲーム画面内に、カメムシが現れた。
《カメムシ『じゃ、いくよー』プゥゥッ》
カイロス「……!」
ピカチュウ「『ばいがえし』だ。さっきお前に痛いのを喰らったからな」
サンドパン「見動き取れず、頼りの虫には狙われ、俺たちの慈悲によってお前は生かされている。気分はどうだ? 殺してやっても良いが、ここから出れなくなるからな」
ピカチュウ「あと、1つ言っておく。俺たちは別に、こんなゲームなんて本当はどうでもいいんだ。純粋に100円払ってプレイする分ならこんなことはしない。ただ……今回の勝負の先には、俺たち共通の目的がある」
サンドパン「『おまえたち十八司を倒して、本当の世界へと戻る』。そのためなら、俺たちは、『Forth』は……どんなことだってやるさ」
ピカチュウ「お前が持ちかけた勝負だ。せめてもの礼儀として、このム○キングバトルを形式だけでも終えてやる。……お前の敗北という形でだが」
【アクティオンの体力 3/10】
【ヘルクレスの体力 4/10】
カイロス(な、なにか押さなきゃ……)
《8……》
カイロス(カウントが終わる……終わったら敗北(まけ)る……。まけ……まけ………まけ………このわたしが…おれが)
うそだ……。
あろうことか、ム○キングで……ム○キングで………!?
カイロス(そ、そーだー、ひっさつわざだぁっ……。ひっさつわざさえ……だせば……かてる、かてるんだ……。うひゃひゃひゃ………ひゃっひゃーひゃぁっひゃっーっ!!)
カイロス「ぐびびっ、ぐびびびびっ」
ピカチュウ「……壊れたか。自分の大好きなゲームのせいで、ゲームではなく、自分の精神がな」
カイロス「もごごごご」ポチッ
サンドパン「それでもボタンを押すことは可能、と。見上げたゲーマー魂だ」
ピカチュウ「あぁ、できればブーム絶頂時に出会いたかったな。さぞかし良い好敵手になっただろうに」
カイロス(うひゃひゃ、さあっ、なにをだすんだっ!? こいつは、なにをだすんだあっっ!?)
------------------------
【サンドパン『パー』 『パー』カイロス】
ピカチュウ「……あいこだぜ。だが、ヤバい。アクティオンの体力は…残り『2』。これでサンドパンは、一度足りともじゃんけんで負ける訳にはいかなくなった」
カイロス(かてるっ、かてるっ! あといっかいだ。たったいっかいでぇ……かてるんだあぁぁ~っ!!)
【アクティオンの体力 2/10】
【ヘルクレスの体力 3/10】
サンドパン「……」ポチッ
カイロス(ずっと、きになってた。なんでださないんだろって、ずっ~と。アイツ、なんで、なんで……)
なんで……『チョキ』をださないんだっ!?!?
サンドパン「……なんでだろうな」
カイロス(……!)
ピカチュウ「うん。てか、もういいか。こうすればいいんかな……それっ!」ボワアンッ
カイロス(え、な……なんだっ………!?)
ピカチュウが筆を用い施していた“細工”。
その化けの皮が剥がされたのだ。
《テントウムシ『アクティオンはん、ワイらが掩護しますさかい。存分にその力を奮って下せえ』》ワシャシャ
カイロス「!?」
カイロス(…アクティオンの傍らに、テントウムシ……。これは、これはっ……『あいこボーナス』ッ!?)
【チョキ】あいこボーナス
《あいこになるとこちらにナナホシテントウが一匹現れ、連続であいこになることで一匹ずつ増えていく。その後じゃんけんに勝つと、集まった分のナナホシテントウが攻撃に加わってくれる》
ピカチュウ「精神が壊れようとも、立ち直りの早さはピカイチ。凄いぜ、お前」
サンドパン「さぁ、選び放題だ。お前の大好きな『3択』だぞ?」
『あいこボーナス』は与えるハズのダメージ量に、直前のあいこの数の分もダメージが上乗せされる。
つまりは、このターンをサンドパンが制せば、与えられるダメージは『3』。あいこにならぬ限り、どちらが打ち勝とうとも勝敗は決するのだ。
カイロス(あの妙な筆でゲーム画面に細工を施し、テントウムシの存在をひた隠していた……! クロスダイブは特殊技はなしと安堵させるためのフェイク。だから、チョキを出すわけにはいかなかった……!!)
サンドパン「あぁ、せっかくだ。野球でも、こういうのはあるだろ? 私は今から、『押手予告』をする」
カイロス「!?」
サンドパン「私は次のターン……。『チョキ』を出す!」
カイロス「「!?!?!?」」
カイロス(チ…チョキを……? ……チョキをぉっ!?)
サンドパン「だから、俺はチョキを出すと言ったんだ。今まで『なんとなく』出していなかったしな、そろそろ押してみたくなったんだ」
ピカチュウ「そうだな、『なんとなく』チョキを押すんだよな。『なんとなく』、『なんとなく』……」
カイロス(ぬ、抜けぬけとぉ……)
サンドパンがチョキを選出しなかったのは、本来セットしていた技『あいこボーナス』を悟られぬためであった。
──『あいこボーナス』こそは単なる保険に過ぎない。
だが、敵の手を数多の経験を元に難なく予測するカイロス。
そのカイロスに対し予測外の手を隠し貫き、ここぞという局面で披露することが一筋の勝機に繋がるのではないのかと二匹は考え出した。
さて、ここに来てその作戦は、副次的な効果を生じさせる。
カイロス「コイツ、本当に、本当に……。チョキを出すのか!?」
サンドパンがチョキをこれまで出さなかったのは『あいこボーナス』のため。
……普通に考えればその通りである。
カイロス(だけど、コイツは……! いや、コイツらは……!!)
この瞬間をっ……俺がっっ、疑うのをっっっ!!!
このため、だけにっっっっ!!!?
普通に考えてコイツはチョキを出すわけがいやそれも作戦の内かもでもコイツなんか嘘は付かなさそうだしそんな見た目だしいや待て敵を容姿で判断するなどもってのほかだぞそれで痛い目に合った奴は大勢見てきたしくそあいこボーナスさえなければ1回喰らってもギリギリ耐えるおいなんで俺敵の技を受ける前提なんだてか俺追い詰められてるのかそんなまさかさっきさっきさっきさっきそうださっきたった1回必殺技を喰らったばっかりにこんなことに畜生そもそも俺本当に虫が好きなのかなんだよ虫司って安直なネーミングは十八司に入る時にあっ僕虫好きなんでム○キングやってたんであとカイロスなんで本当はヘラクロスとかがよかったけどハハハハなんて口走ったばっかりにこの虫ポケモンたちもてんで俺に懐かないしよお餌を抜いたら俺を血走った眼で睨んできたからもしやと思ったがまさか俺に襲いかかるなんてくそコイツはなに出すんだミスったら負けるぞそんなのやだぞチョキかチョキ出すのか宣言通りチョキ出すのかいやここは綺麗に勝つために必殺技のグーか待てそんな裏を付いてパーなのかもなんだなんだなに押すんだ教えてくれ答えてくれうわうわうわうわ
カイロス(わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!)
──ポチッ。
------------------------
【サンドパン『チョキ』 『パー』カイロス】
カイロス(あっ、あはっ……。あはははばばばば馬婆場嘛化碼BaVaBASヴァ♪)
サンドパン「だから、チョキを出すとあれ程言ったのに。人を信用できない奴は、気苦労が多いぞ?」
ピカチュウ「色々錯誤することが必ずしも良いわけじゃないな、アホが」
【アクティオンの体力 2/10】
【ヘルクレスの体力 0/10】
《遊んでくれてありがとう。
またプレイしてね!!》
攻撃を受けたヘルクレスが倒れ、ム○キング勝負はサンドパン側の勝利で幕を下ろした。
カイロス「いてぇっ!」ビリリッ
サンドパン「ガムテープを剥がした。これで大好きなお喋りがまたいっぱいできるな」
カイロス「き、貴様らぁっ、こんな……こんなのインチキにインチキを塗り重ねた正にインチキ極まりないそんなドインチキコンビめぇぇぇっ!!」ガチャガチャ
サンドパン「おっと。俺たちお前と違って馬鹿の集まりだからさ。とっても大事なこと、忘れてしまったんだ」
カイロス「なんだ、それはっ!?」
ピカチュウ「この檻から脱出する手段さ。ここを出るには、どうしたら良いんだっけ?」
カイロス「ハハッハー、気が変わった。お前たちなんて、もうここから死ぬまで出さねぇよっ! てか出れねぇんだよぉ、俺が『参った』と言わない限り……テメェらは俺を殺すこともできねぇんだからなぁっ!!」
ガチャ。
一同「……」
カイロス「……」
(……)
カイロス「あ。」
ピカチュウ「さ、ここを出よう」スタタッ
ニンフィア「そうだな、もう虫なんて見たくはない」スタタッ
カイロス「ちょっ、ちょっと待った! 今の、今の、そ、そう、ノーカン、ノーカンだっ!! ノーカンッ……ノーカンッ……ノーカンッ……!!!」
虫ポケモンたち『おいおい、コイツ負けちまったぞ』
虫ポケモン『やっぱ見限るべきかな、コイツ。餌は抜くし、馬鹿だし、勝負には負けるし……』
虫ポケモン『さて、腹が減ったな。とりあえず、コイツ……食べちゃおうか』
『『よし、食べちゃおう♪』』
カイロス「ボロロロロロロロロロロロウゥッ!?!?」
……グチュドビャヌルズプビチドバババッ!!
カイロス「も゛ろ゛ろ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛~っ!!」
サンドパン「ピカチュウ。元の世界に戻ったら改めてム○キングをしないか? この一件でハマってしまったんだ」
ピカチュウ「あぁ、近くに設置してあればいいな。俺の知ってる限りでは昔ロ○ソンにまで置いてあったぐらいだからな、大丈夫だろう」
サンドパン「さて……3階に向かおう」
先ほどカイロスの居た辺りでけたたましい断末魔が聞こえ、そしてドシャッとなにかが倒れ込む音が響いたが……。
もはや一同の知る由ではなかった。
“虫司”カイロス ~撃破~
サンドパン(この鎖……俺の力では千切れないな。もっとも、逃げるつもりはない。負けるつもりも。俺がこの勝負に勝たなければ、俺だけではない……ピカチュウにまで被害が及ぶ)
ピカチュウ(奴は、相手の思考を読み取ることにかけては天才的だ。長年ム○キングを遊んできたというのは伊達ではないか)
カイロス「考え込むのは良い。とても良いことだ。だが……カウントは刻一刻と迫っているぞぉ?」
サンドパン「集中が途切れてしまう。汚らわしい声でほざかないでくれないか」
《3……》
サンドパン(縛り付ける鎖、放たれる虫ポケモン)
カイロス「クッククク……」
カイロス(どうだぁ〜。極限まで、相手を! 精神的に、追い詰めて追い詰めて……追い詰めて!! ……殺る。これが俺のやり方だ)
──ム○キングを長らくプレイしている内に、俺はある“快楽”を得るようになった。
カイロス(『やれるかも、勝てるかも!』と慢心している輩を、還付なきまでにズタボロにしてやることだ!!)
『あらら、失敗しちゃったか』→『あれ、なんで、どうして?』→『私、なにやってんだろ……』
人はたった一つ“失敗”をしたとしても、心に負った“キズ”は時間を経るにつれ回復するだろう。
だが、その失敗が立て続けに起こったとしたら?
キズが回復する暇も与えてもらえなかったとしたら?
その点、ム○キングは実に理想的なゲームだった。
カイロス(対戦相手の心と表情が崩れていく過程が……本当に楽しかった。人は心にどれだけのキズが蓄積すれば壊れるんだろうって、子どもの頃、それを自由研究の題材にしようとまで真剣に考えた程だ)
《2……》
カイロス(わかっている、お前は次に『グー』を出そうとしているな? まず『パー』は出さない。確信こそないが、長年積み重ねてきた“勘”がそう告げている。『必殺技を一回も成功させていない』という焦燥もあることだろうしな)
サンドパン「……」
カイロス「さぁ、これでジ・エンドだ」
《1……》
カイロス(あぁ、早くお前の絶望に浸った表情を見たい。ムラムラしてきた。よぉ~し、押すぞぉ~……『パー』を押すぞぉ~っ!!)
サンドパン「おっと、手が滑った」ヒョイッ
カイロス「え」ビシャッ
サンドパンは、懐に忍ばせていた“なにか”入りの瓶を、カイロスに投げつけた。
カイロス「なっ、あ……甘い……。こ、これは……ハチミツウゥッ!?」
ピカチュウ「あ、この前ハリテヤマにもらったやつだ。スイーツ感覚で楽しめるコンセプトで考えた『ハチミツ鍋』が盛大にコケて、大量にハチミツが余ったからって」
虫ポケモンたち『ウオォッ、ハチミツのいい匂いだぁ~。しかもこれは……ミツハニーが集めた極上品だな』
『『あぁっ、もう…我慢できねぇぇぇぇっ!!』』
虫ポケモンたちは、主人であるはずのカイロスの身体へと群がったのだ。
ピカチュウ「……うわぁ、悍ましい光景だ」
カイロス「え、お、おい、お前たち……なぜ私に群がるっ!? も、戻れ……元の配置へと戻らんかぁっ!!」
《0……》
カイロス「あっ……」
カイロスがなにも押さぬまま、カウントは終了した。
ピカチュウ「あ、この場合って、ボタンを押さなかった時って、コンピューターが勝手に手を選ぶんだったっけ。確か……『相手側の手に負けるもの』が選ばれたよーな」
そして、サンドパンの選んだ手は、必殺技のグー……『サマーソルトプレス』だ。
カイロス「あ、あぁっ、あぁぁっ……。ま、待て……卑怯だ、インチキだ、策略だっ!!」
ピカチュウ「へぇ、じゃあ一つ聞くぜ。アンタの戦略は、たかがハチミツ一つで左右されるような脆いものなのか?」
カイロス「な、なにっ……」
ピカチュウ「サンドパンは言ったぜ、『手が滑った』と。それに、虫を用意したのはそちらさんだ。こちら側もウッカリしていたが、そちらさんの“過失”ということで許してくれ」
カイロス「ふ……ふざけるなっ!!」
ピカチュウ「段々と、硬い外殻が剥がれてきたようだな。薄ら汚いお前の本性が薄っすらと表れつつある。そして、俺は1つ気になることがあるんだ」
カイロス「な、なんだというんだ、それはっ!?」
ピカチュウ「さっき、お前の虫ポケモンたちがこう言っていた。“旨そうなポケモンが3匹も”と。……おかしいよな。俺たちは、『2匹』だぞ?」
カイロス「えっ?」
ピカチュウ「俺も随分前にクワガタを飼っていたんだ。すぐに死んじまったけどな。ある日そのクワガタに、指を噛まれたことがあったんだ。原因はなんだと思う?」
カイロス「ま、まさか……?」
ピカチュウ「…ほんの少し餌をやることを忘れ、クワガタの気性が荒くなっていたからだ。大方、俺の指を餌だと思い込んでしまったんだろう」
カイロス「ってことは──」
サンドパン「この虫ポケモンたちは腹が減り過ぎて、主人すら喰っちまうかもってわけか」
ピカチュウ「お前、虫司とか名乗っておきながら……その実、現実で虫を飼ったことがないな? 虫が出てくるゲームだけ遊んで、それで虫そのものを解ったつもりでいたな?」
《やったー、ちょーひっさつわざだー》
カイロス「えっ、えっ……えっ?」
ピカチュウ「つまり、『現実とゲームをごっちゃにするな』ってことなんだ」
カイロス「ばぎゃるあぁぁぁぁっ!!?」ズガァン
『サマーソルトプレス』が、ヘルクレスに炸裂した。
カイロス「えぇい、失せろ失せんかぁっ! 後で旨い餌をやるから、私の身体から離れんかぁっ!!」
『『グルルル……』』バササッ
ピカチュウ「人望……てか虫望ないな、お前」
カイロス「えぇい、こんなの認められるか……反則だっ! 虫ポケモンたちよ、今すぐコイツラに……」ペチャッ
カイロス「モゴッ……(ガムテープ……!?)」
ピカチュウ「うるさいから、口を塞がせてもらった。あと、これも」ジャララッ
カイロス「うぉ、お、あぁっ、貴様ら……貴様らぁっ!?」
ピカチュウは鎖でカイロスをがんじがらめにし、見動きを封じたのだ。
ピカチュウ「なんかボーッとしてたから、隙はたくさんあった。ドーブルの筆で鎖を創ったんだ。ドーブルのように上手く具現化はできないがな」
サンドパン「ただ、一つ封じていない箇所はある。……お前の『片腕』さ。勝負はまだ、続行できるだろう?そして、俺の鎖は既に解かせてもらった」
ピカチュウ「あ。あとこれは、ダメ押しって奴なのかな」
《カメムシ『やあ』》
ゲーム画面内に、カメムシが現れた。
《カメムシ『じゃ、いくよー』プゥゥッ》
カイロス「……!」
ピカチュウ「『ばいがえし』だ。さっきお前に痛いのを喰らったからな」
サンドパン「見動き取れず、頼りの虫には狙われ、俺たちの慈悲によってお前は生かされている。気分はどうだ? 殺してやっても良いが、ここから出れなくなるからな」
ピカチュウ「あと、1つ言っておく。俺たちは別に、こんなゲームなんて本当はどうでもいいんだ。純粋に100円払ってプレイする分ならこんなことはしない。ただ……今回の勝負の先には、俺たち共通の目的がある」
サンドパン「『おまえたち十八司を倒して、本当の世界へと戻る』。そのためなら、俺たちは、『Forth』は……どんなことだってやるさ」
ピカチュウ「お前が持ちかけた勝負だ。せめてもの礼儀として、このム○キングバトルを形式だけでも終えてやる。……お前の敗北という形でだが」
【アクティオンの体力 3/10】
【ヘルクレスの体力 4/10】
カイロス(な、なにか押さなきゃ……)
《8……》
カイロス(カウントが終わる……終わったら敗北(まけ)る……。まけ……まけ………まけ………このわたしが…おれが)
うそだ……。
あろうことか、ム○キングで……ム○キングで………!?
カイロス(そ、そーだー、ひっさつわざだぁっ……。ひっさつわざさえ……だせば……かてる、かてるんだ……。うひゃひゃひゃ………ひゃっひゃーひゃぁっひゃっーっ!!)
カイロス「ぐびびっ、ぐびびびびっ」
ピカチュウ「……壊れたか。自分の大好きなゲームのせいで、ゲームではなく、自分の精神がな」
カイロス「もごごごご」ポチッ
サンドパン「それでもボタンを押すことは可能、と。見上げたゲーマー魂だ」
ピカチュウ「あぁ、できればブーム絶頂時に出会いたかったな。さぞかし良い好敵手になっただろうに」
カイロス(うひゃひゃ、さあっ、なにをだすんだっ!? こいつは、なにをだすんだあっっ!?)
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【サンドパン『パー』 『パー』カイロス】
ピカチュウ「……あいこだぜ。だが、ヤバい。アクティオンの体力は…残り『2』。これでサンドパンは、一度足りともじゃんけんで負ける訳にはいかなくなった」
カイロス(かてるっ、かてるっ! あといっかいだ。たったいっかいでぇ……かてるんだあぁぁ~っ!!)
【アクティオンの体力 2/10】
【ヘルクレスの体力 3/10】
サンドパン「……」ポチッ
カイロス(ずっと、きになってた。なんでださないんだろって、ずっ~と。アイツ、なんで、なんで……)
なんで……『チョキ』をださないんだっ!?!?
サンドパン「……なんでだろうな」
カイロス(……!)
ピカチュウ「うん。てか、もういいか。こうすればいいんかな……それっ!」ボワアンッ
カイロス(え、な……なんだっ………!?)
ピカチュウが筆を用い施していた“細工”。
その化けの皮が剥がされたのだ。
《テントウムシ『アクティオンはん、ワイらが掩護しますさかい。存分にその力を奮って下せえ』》ワシャシャ
カイロス「!?」
カイロス(…アクティオンの傍らに、テントウムシ……。これは、これはっ……『あいこボーナス』ッ!?)
【チョキ】あいこボーナス
《あいこになるとこちらにナナホシテントウが一匹現れ、連続であいこになることで一匹ずつ増えていく。その後じゃんけんに勝つと、集まった分のナナホシテントウが攻撃に加わってくれる》
ピカチュウ「精神が壊れようとも、立ち直りの早さはピカイチ。凄いぜ、お前」
サンドパン「さぁ、選び放題だ。お前の大好きな『3択』だぞ?」
『あいこボーナス』は与えるハズのダメージ量に、直前のあいこの数の分もダメージが上乗せされる。
つまりは、このターンをサンドパンが制せば、与えられるダメージは『3』。あいこにならぬ限り、どちらが打ち勝とうとも勝敗は決するのだ。
カイロス(あの妙な筆でゲーム画面に細工を施し、テントウムシの存在をひた隠していた……! クロスダイブは特殊技はなしと安堵させるためのフェイク。だから、チョキを出すわけにはいかなかった……!!)
サンドパン「あぁ、せっかくだ。野球でも、こういうのはあるだろ? 私は今から、『押手予告』をする」
カイロス「!?」
サンドパン「私は次のターン……。『チョキ』を出す!」
カイロス「「!?!?!?」」
カイロス(チ…チョキを……? ……チョキをぉっ!?)
サンドパン「だから、俺はチョキを出すと言ったんだ。今まで『なんとなく』出していなかったしな、そろそろ押してみたくなったんだ」
ピカチュウ「そうだな、『なんとなく』チョキを押すんだよな。『なんとなく』、『なんとなく』……」
カイロス(ぬ、抜けぬけとぉ……)
サンドパンがチョキを選出しなかったのは、本来セットしていた技『あいこボーナス』を悟られぬためであった。
──『あいこボーナス』こそは単なる保険に過ぎない。
だが、敵の手を数多の経験を元に難なく予測するカイロス。
そのカイロスに対し予測外の手を隠し貫き、ここぞという局面で披露することが一筋の勝機に繋がるのではないのかと二匹は考え出した。
さて、ここに来てその作戦は、副次的な効果を生じさせる。
カイロス「コイツ、本当に、本当に……。チョキを出すのか!?」
サンドパンがチョキをこれまで出さなかったのは『あいこボーナス』のため。
……普通に考えればその通りである。
カイロス(だけど、コイツは……! いや、コイツらは……!!)
この瞬間をっ……俺がっっ、疑うのをっっっ!!!
このため、だけにっっっっ!!!?
普通に考えてコイツはチョキを出すわけがいやそれも作戦の内かもでもコイツなんか嘘は付かなさそうだしそんな見た目だしいや待て敵を容姿で判断するなどもってのほかだぞそれで痛い目に合った奴は大勢見てきたしくそあいこボーナスさえなければ1回喰らってもギリギリ耐えるおいなんで俺敵の技を受ける前提なんだてか俺追い詰められてるのかそんなまさかさっきさっきさっきさっきそうださっきたった1回必殺技を喰らったばっかりにこんなことに畜生そもそも俺本当に虫が好きなのかなんだよ虫司って安直なネーミングは十八司に入る時にあっ僕虫好きなんでム○キングやってたんであとカイロスなんで本当はヘラクロスとかがよかったけどハハハハなんて口走ったばっかりにこの虫ポケモンたちもてんで俺に懐かないしよお餌を抜いたら俺を血走った眼で睨んできたからもしやと思ったがまさか俺に襲いかかるなんてくそコイツはなに出すんだミスったら負けるぞそんなのやだぞチョキかチョキ出すのか宣言通りチョキ出すのかいやここは綺麗に勝つために必殺技のグーか待てそんな裏を付いてパーなのかもなんだなんだなに押すんだ教えてくれ答えてくれうわうわうわうわ
カイロス(わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!)
──ポチッ。
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【サンドパン『チョキ』 『パー』カイロス】
カイロス(あっ、あはっ……。あはははばばばば馬婆場嘛化碼BaVaBASヴァ♪)
サンドパン「だから、チョキを出すとあれ程言ったのに。人を信用できない奴は、気苦労が多いぞ?」
ピカチュウ「色々錯誤することが必ずしも良いわけじゃないな、アホが」
【アクティオンの体力 2/10】
【ヘルクレスの体力 0/10】
《遊んでくれてありがとう。
またプレイしてね!!》
攻撃を受けたヘルクレスが倒れ、ム○キング勝負はサンドパン側の勝利で幕を下ろした。
カイロス「いてぇっ!」ビリリッ
サンドパン「ガムテープを剥がした。これで大好きなお喋りがまたいっぱいできるな」
カイロス「き、貴様らぁっ、こんな……こんなのインチキにインチキを塗り重ねた正にインチキ極まりないそんなドインチキコンビめぇぇぇっ!!」ガチャガチャ
サンドパン「おっと。俺たちお前と違って馬鹿の集まりだからさ。とっても大事なこと、忘れてしまったんだ」
カイロス「なんだ、それはっ!?」
ピカチュウ「この檻から脱出する手段さ。ここを出るには、どうしたら良いんだっけ?」
カイロス「ハハッハー、気が変わった。お前たちなんて、もうここから死ぬまで出さねぇよっ! てか出れねぇんだよぉ、俺が『参った』と言わない限り……テメェらは俺を殺すこともできねぇんだからなぁっ!!」
ガチャ。
一同「……」
カイロス「……」
(……)
カイロス「あ。」
ピカチュウ「さ、ここを出よう」スタタッ
ニンフィア「そうだな、もう虫なんて見たくはない」スタタッ
カイロス「ちょっ、ちょっと待った! 今の、今の、そ、そう、ノーカン、ノーカンだっ!! ノーカンッ……ノーカンッ……ノーカンッ……!!!」
虫ポケモンたち『おいおい、コイツ負けちまったぞ』
虫ポケモン『やっぱ見限るべきかな、コイツ。餌は抜くし、馬鹿だし、勝負には負けるし……』
虫ポケモン『さて、腹が減ったな。とりあえず、コイツ……食べちゃおうか』
『『よし、食べちゃおう♪』』
カイロス「ボロロロロロロロロロロロウゥッ!?!?」
……グチュドビャヌルズプビチドバババッ!!
カイロス「も゛ろ゛ろ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛~っ!!」
サンドパン「ピカチュウ。元の世界に戻ったら改めてム○キングをしないか? この一件でハマってしまったんだ」
ピカチュウ「あぁ、近くに設置してあればいいな。俺の知ってる限りでは昔ロ○ソンにまで置いてあったぐらいだからな、大丈夫だろう」
サンドパン「さて……3階に向かおう」
先ほどカイロスの居た辺りでけたたましい断末魔が聞こえ、そしてドシャッとなにかが倒れ込む音が響いたが……。
もはや一同の知る由ではなかった。
“虫司”カイロス ~撃破~