第20話 神秘の聖山と相容れぬポケモン達

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 「ふひゅー、まさか急に雨が降るとはね......」
 「うーん、もう近そうなんだけどな......」
 「そうなの? じゃ、行けるとこまで行っちゃおう! 走るよ!」
 「うん!」
 
 森の木々を水の粒が激しく打ち付ける。 稲妻の音も鳴る豪雨の中、ユズとキラリは近くにあった葉っぱの傘を差して全力疾走した。
 その時はただただ、新天地への好奇心が2匹の体を動かしていた。 心を震わせながら、息を少し切らしながら、2匹は目的地へと向かう。
 微かであるが、雨のベールから高い山が顔を出してきた。 その上部は、漆黒の雲に覆われているが。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 しばらく走っていると、キラリが急に立ち止まる。 その途端、目を閉じて鼻をひくつかせた。
 
 「キラリ? どうかしたの?」
 「......雨で分かりづらいんだけど、なんか食べ物の匂いがするようなしないような......」
 「食べ物......ってことは!」
 
 ユズの顔が満面の笑みへと変わる。 それはまさしくこれからに対する希望を示していた。
 
 「きっと村があるんだよ、この近くに! 遠征の間はずっと野宿だと思ったけど、もしかしたら......!」
 
 そこまで聞いて理解したのか、キラリがそれを聞いて「ああ!」と叫ぶ。
 
 「つまり、泊まれるかもしれないってことだよね!」
 「うん、それなら色々と楽になりそうだし......!」
 「やった! ちょっとモチベーション上がるね!」
 
 降りしきる雨とは反対の目の前に迫る幸福に期待を膨らませる2匹。
 どうやらキラリの嗅覚は並大抵のものではないらしく、進むうちに予想通り村が見えてきた。 少し奥ゆかしさや厳かさが感じられるような小さな村だ。 所々、家の煙突に炊煙が立ち昇っている。 ポケモンが暮らしている何よりの証拠だ。
 しかし、1つだけ気になることがあった。
  
 ......誰1匹として、外に出ていないのだ。

 
 
 
 
 
 「誰もいないね」
 「雨だから......みんな家の中にいるのかなぁ?」
 「まあ家に直接行けば......」
 
 そう言いながら、2匹は遂に村の内部へと足を踏み出す。 何にも注意を払わず進む2匹だがーーその時。
 
 
 
 
 
 
 
 

 ひゅっと、何かが風を切る音がした。
 そして、隣の地面に鈍い音が響く。 ちょうどキラリのすぐ横だ。
 
 
 
 
 
 「......え?」
 
 悪寒が走る中、恐る恐る隣を見やる。 地面に刺さっていたのは1本の矢だ。 しかも、かなり深くめりこんでいる。 もし当たっていたら......。
 
 「......う、うわあぁ!? 矢!?」
 「......誰!?」
 
 やっとの事で状況を理解し、キラリは叫んで飛び退く。 ユズは険しい顔で辺りを見回した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 「誰とはこちらの台詞だろう......」
 
 近くの屋根の方から声が響く。 2匹は反射的にそちらを見上げた。
 そこにいたのは、こちらへと鋭い眼光を放つポケモン、ジュナイパーだ。 あの矢は、彼の仕業だろう。
 そして。 それと時を同じくして家の中から大人のポケモン達が一気に飛び出してきた。 その顔は皆険しいものであり、全員が臨戦態勢という状態だった。
 これには流石に危機感を覚えずにはいられない。
 
 「まっ......待ってください、私達は別にこの村を荒らそうとかじゃ......」
 「嘘をつけ!」
 
 必死にユズがなだめようとするが、その声は届かない。 怒号が鳴り響いた。
 
 「嘘って......!」
 「......黙れ。災いを呼ぶ余所者め」
 「......災い?」
 
 心当たりがなく、2匹は首を傾げる。 それでも、あちら側の表情は変わらない。 1匹のポケモンが、こちらを指差し野太い声で怒りを撒き散らす。
 
 「余所者を信用するわけがなかろう。 この雷雨はなんだ? この稲妻を帯びた漆黒の雲は? 普段はこんな事起こらない。 山は怒りをこの村に降り注がせているのだ。 ならば、貴様らが原因でなくてなんとする!」
 
 ......正直、ユズとキラリには何が何だか分からない。 それにも関わらず賛同の声が辺りに響く。 まさに四面楚歌だ。 恐らく誤解だというのに、言ったとしても誰1匹として信じてくれる者はいない。 そして、「山が怒る」という意味や原因がはっきりしない今の状況下では、2匹ですらも彼らの言葉を完全に否定するのは不可能なのだ。
 
 (山って、虹色聖山の事だよね......)
 (このポケモン達、山を信仰してるってことなのかな......?)
 
 考えに頭を巡らせて黙ったまま立ちすくんでいると、もう1本矢が飛んできた。 それはまたも2匹のそばに突き刺さり、再び悲鳴を上げる。 咄嗟にジュナイパーの方を見上げるが、その顔には一切の慈悲も無かった。
 
 「今と前のものは敢えて外した。 疾くこの村から去れ。 さもなくば......!!」
 
 ギリ、と力強くジュナイパーは弓を引く。 その眼はまさに、獲物を狩る者の眼だった。 あの言葉を鑑みるに、恐らく次は当たるだろう。
 
 「あっ......」
 
 逃げなきゃ。 そんな思いはあれど、キラリの足はすくんで動けない。
 
 (怖い......足が、動かない......)
 
 震える足をなんとか落ち着かせようとするが、中々出来ない。
 ......そんな中。 同じく足が震えていたものの、ギュッと目を閉じたユズがキラリの手を乱暴に取って急に走り出した。

 「えっユズ!?」
 「お騒がせしましたぁぁああ!!」

 ユズは矢に当たるのは御免と言わんばかりの全力疾走でキラリを引っ張っていった。
 体力なんてお構い無しで。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「......ちっ、何だったんだ......」
 
 ジュナイパーが舌打ちを漏らす。 未だ雨は降り止まぬ中、ポケモン達は家に戻ろうとするがーー。
 
 「お前達、どうした。 我の家まで声が聞こえてきたぞ」
 「......長老様!!」
 
 長老が姿を現すや否や、ポケモン達は一斉に礼をした。 すぐに長老が手を上げ、顔を上げさせる。
 
 「この雨の中外に出るのは、例え大人でも体に毒だ。 そんな中でもわざわざというのは、何かあったのだろう?」
 「......余所者です」
 
 不機嫌そうにジュナイパーは呟く。 長老はそれを聞いて少し興味深そうな顔をした。
 
 「余所者......懐かしいな。 前来たのはいつだったか......」
 「......思い出話に興を削いでいる暇など無いでしょう!? あいつらが何か企んでいるから山はーー」
 「ほう......そういう素振りだったのか?」
 「素振りというか......そうじゃなきゃ、どうしてこんな......!」
 「......落ち着け、皆の者!!」
 
 長老の声がこだまする。 先程までの興奮はなりを潜め、辺りには雨の音だけが響いた。
 
 「......確かにこのような雨は稀だ。 空がこんなにも黒くなる事などあまり起こらぬよ。 だがしかし、被害が及びそうな事は何も起きていない。 少し酷い雷雨。 それだけに過ぎない。 いくら山の意志に耳を傾けるのが大事と言えど、それはどうにもならないものを他の者に責任転嫁して良いという意味ではないぞ? 例え余所者でも、だ。 余所者を快くは歓迎しないというのは、仕方ない部分もあるがな。
 特にジュリ。 少しは冷静になれ。 地面に矢が刺さっているということは、お主、撃ったのだろう? その余所者へ。 実力行使は頻繁にして良いものではないぞ。 力の使い方を見直した方がいい」
 
 このジュナイパーの名は、『ジュリ』というらしい。 ジュリは少し不機嫌そうな表情をして、反論しようとする。
 
 「......しかし」
 「見苦しいですよ、ジュリ」
 「......ケイジュ」
 
 長老の後ろから声が響く。 スラリとした、まさにイケメンと言えるであろうポケモンーーインテレオンだ。 『ケイジュ』と呼ばれた彼は穏やかな笑みを称えて言う。
 
 「相手に最初から奥の手をひけらかすのは良くないのでは?」
 「......それは違う。 奥の手というわけではない。 普通に防衛しようとしたまでだ」
 「そうですか......まあ、それも1つの選択でしょう」
 「お前......喧嘩売ってるんじゃないだろうな?」
 「お主ら落ち着け。 我らが争ってどうする」
 
 長老が2匹間に割って入る。 流石に今のは醜かったと自覚した2匹はすぐに退いた。
 
 「......申し訳、ありません」
 
 ジュリはそう俯く。 反省している素振りを確認して長老は少し安心したような表情を見せた。
 
 「さあ、家の中へと戻るがいい。 子供達に余計な心配をかける事はないからな。 余所者については気にする必要はない。 もしまた来たのなら、本当にこちらへの悪意が無いか確認した上で受け入れれば良かろう。 もし悪意があるのなら、それこそ叩き潰せば良い」
 
 そう言って、彼も家の方にゆっくり歩き出していった。 やはり長老の力は絶大なのか、すぐにほとぼりは冷め皆すごすごと家へと戻っていった。
 そんな中、ユキハミは窓からその様子をまじまじと眺めていた。 ユキハミの表情は、他のポケモンより少し読み取りにくい。
 だが、それは恐怖に彩られたものでは無かった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「はあ......はあ......けほっ」
 「た......助かった......の.......かな......ありがとユズ......あのまままだとまずかった」
 「どういたしまして......私も凄い怖かったけど......でもやっぱ、逃げなきゃって......」
 
 村から少し離れた木のウロに、ユズとキラリは身を寄せていた。 追撃を恐れて猛ダッシュしたのだから、息はもう絶え絶えだ。 カバンの中からオレンの実を取り出して頬張る。
 
 「にしても、まさかああなるとはね......。 何かしちゃったのかなぁ」
 「多分無いと思うけど......きっと、警戒されてるだけだと思う。 まあ、それが分かっても解決策が無いとどうにもならないけど......」
 「うん、まあ寝るかな......今日は。 細かい事は明日考えよ......」
 「だね。 ......おやすみなさい」
 
 ここまで来るのに長い時間歩いてきたのだ。 眠りにつくのに、そう時間はかからない。
 少し雨は弱まってきたが、そんな事は気にも留めなかった。
 ......少しお腹の音がするのが、お互い恥ずかしく感じたが。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「......余所者、ですか」
 
 ケイジュが自室で1匹で佇む。 その目は静かに虚空を見つめていた。 1つ息を吐く。
 
 「会ってみればよかったかもですね......果たしてどんな者達なのか」
 
 少し彼はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。 好奇心なのか、それともまた別のものなのか。
 ......その真意は、彼にしか知り得ない。

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