第18話 手と手を繋いで
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
ここは、夢の中だろうか。
夜、眠りについた後のことだ。 ユズはどことも知れない闇の中にいた。 意識ははっきりしていて、夢だと理解するのにそう時間はかからなかった。
だが、どうすれば良いのか分からず彷徨うばかり。
「......あ」
そんな中、ユズは誰かの影を見つけそれ目がけて走る。 その先にあったのは、泣いている1人の「人間」だった。
......少し見覚えがあるような気がしなくもないが、うずくまっているせいでよく分からない。
「あ、あなたは......?」
その人間は何も答えない。 ただただ、嗚咽を漏らすばかりだ。 もう一度声を掛けてみる。
「ねえってば......!」
......その時。 その人間は一瞬こちらに振り向いた。 その顔は涙で覆われていて、目元は赤く腫れていた。 ......ずっと泣いていたのだろうか。
そして察した。 この人間は雪遊びの夢にいた子だということを。 あの時よりかなり成長しているようであるが。
その人間は再び体育座りをして顔を埋めてしまう。 驚かせてしまったかと、ユズは手を伸ばすがーー。
「......ごめん」
人間は呟く。 小さく、とても憂いに満ちた声で。 何が?と聞きたくなるが、その声は届かない。
「ごめん......ごめんなさい......」
自然と、ユズの中に悪寒が走る。 何故かは分からない。 でも1つだけ分かる。 これはユズに向けて発せられた言葉なのだ。
急に意識が混濁してくる。 息が荒くなる。 目の前がぐらぐらと揺れて、気持ち悪さを抑えられない。
「......ぐ......あ......っ」
「......ごめん......頑張ったんだけど......」
ーー無理だ。
目の前が暗転する。 言葉の真意を理解出来ないまま、吐き気と混乱の中でユズの意識は途切れて行った。
「......つっ!」
ユズは藁布団からはね起きる。 外はまだ深夜だった。 夢であることを改めて自覚する。
「......気持ち、悪い......」
吐き気は現実でもユズを蝕んでいた。 すぐさまトイレに向かい、溜まった苦しさを全て出す。 空気しか吐けないわけだが、それでも多少気分は落ち着いた。
楽になったところで布団に戻るが、とてつもなく体は重かった。 そして、さっきの人間の言葉が何度もリフレインしてくる。
「ごめんって......どういうこと......? なんで謝るの......?」
人間が悲しげに呟いた謝罪の言葉。 普通ならばあそこまで恐怖など抱かないだろう。 だが、ユズはそれを強く感じてしまった。 何故なのかは謎のままに。
「ふぁ〜......ユズおはよー......」
「あ、うんおはよう」
早朝。 キラリはのんびりと布団から起き上がる。 一度伸びをして意識をはっきりさせると、やけにユズが眠そうでないことに気づく。
「あれ? ユズ結構前から起きてた?」
「う、うん。 早く目覚めちゃって......」
「ほえー......まあ、たまにはそんな日もあるよね!」
気を取り直したかのように、キラリは準備を進める。 少し鼻歌も聴こえてきた。 ユズは本当の理由を悟られなかった事にホッとする。
(もう一度夢見るのが怖くて眠れなかったなんて言えないよね......)
無駄な心配は掛けたくなかった。 これはユズの問題なのだ。 それに謎な部分も多く、どんなものか断定することも出来ない。 そんなものを教えたところでどうにもならないのだ。 それならば、今は言わない方がいい。
「さーて、ユズ! 色々準備始めよっか!」
「......うん!」
これ以上落ち込んでてもどうしようもない。 それに、今は準備に集中しなければならない。 あの夢に悩むのはそれからだ。
ユズは1発頬を叩き、気を奮い立たせた。
「意外と多い......」
1時間も経たない間に、部屋は道具で散らかってしまっていた。 それもそうだろう。 役所が必要最低限として持っていくよう定める道具の量はかなり多いのだ。 テントや何本かの縄、数十個に及ぶリンゴや木の実。 惜しげなく使ってくれと言わんばかりの不思議玉や枝。 遠征用のバッグが支給されるほどだ。
家の備蓄は多いわけではない。 倉庫の中を探してみるがいくつかはやはり足りなくなってしまった。
「やっぱ買った方がいいよね......お金はあるし、私買ってくるよ」
「そうだね、お願いユズ......」
数多い物資の確認に頭がオーバーヒートしてうつ伏せに寝転がるキラリを差し置き、ユズは手際良く外出の準備をする。 自分と違い冷静なユズに対して、キラリにとっては凄いの一言しかない。
「行ってきまーす」
「いってらっしゃーい......」
寝転がりながらキラリは手を振る。 ユズもそれに応えこちらへと手を振ってきた。
......だが、キラリにはその笑顔が少し悲しげなように感じた。
出て行ったのを確認した後、少し膨れっ面になりキラリは呟く。
「ユズ......結構分かりやすいなぁ」
口には出さずとも、キラリは朝から少しユズの異変を感じていたのだ。 絶対何かあったのだろうとは察することが出来る。 ただ、そこまで頭が良くない自分にはその理由まで読み解くのは難しい。
片付けを忘れて頭を悩ませるキラリ。 それを1つのベルの音が遮った。 時間を与えずにドアは開く。
「おー、お前ら元気してるか......ってなんだこのごっちゃごちゃな汚部屋!?」
......いきなり入ってきたレオンによるいきなりの暴言。 こちらの真剣な思考の妨害への怒りと単純なその言葉への怒りがキラリに募る。
「......お」
「お?」
そして、まるで沸騰したやかんの様に、キラリの怒りが溢れ出した。
「乙女の部屋にそんな事言わないでよ馬鹿ーーっ!!!」
「準備中とは知らず済まねぇな......そうだよな、確かにこの街結構そこ厳しいしなぁ......」
「良いってことよ〜、その代わり片付け手伝ってもらうからね!!」
「......なんか根に持たせちまった気がする」
笑顔ながらも怒りのオーラが隠しきれないキラリに対し、レオンは底知れぬ恐怖を感じ身震いする。
「そ、そういやユズの奴どうしたんだ? さっきすれ違ったんだが」
「? 物資が色々足りないから買いに行ってくれたの」
「いや......確かにそれも気になったんだが、なんかどよーんとしてるっつーか......」
「......やっぱそれ思う?」
「そう言うってことは......なんかあったのか?」
レオン心配そうな表情で聞くが、キラリは首を振る。 尚、それは否定の意味では無い。
「あるんだろうけど、分かんないんだ。 話してくれても良いのになーって、ちょっと思うというか......」
「そう言うお前もその類だけどな......まあでも、あんま追い詰めんでやれよ?」
「追い詰める......?」
悩み事を聞こうとする事がユズを追い詰める事になるのか。 意味が掴めずキラリは少し悩む。 レオンはいい感じに伝えられる言葉を探る様な感じで話を続けた。
「うーん、なんというか......話を聞いてやる事は正論なんだが......んー、あいつが話したがらない可能性も考えるとだな......」
「要するに、ユズの気持ちを尊重しろって事?」
「あ、ああ。 あいつが前のお前みたいに本気でやばいなって状態にならない限りはな。 無理矢理聞く事が逆にあいつの負担になったらやだろ?
......誰かが正義と感じている事は時に、誰かを傷つける悪にもなり得るんだよ」
「......悪」
正義が悪になる。 その意味をキラリはよく理解できない。 正義は、みんなを救ってくれる訳ではないのか?
「まあ、何にせよ少しずつ分かっていけば良いさ。 ユズの事もな。 ただ、ペースはあいつに合わせてやってくれよ?」
レオンがポフポフとキラリの頭を撫でる。 子供扱いされている感じが否めずキラリは少しぶすっとするが、彼の言葉には説得性を感じた。
「......うん、分からないところもあるけど分かった!」
「......どっちだよ......」
「ただいまー!」
大荷物を引っ提げてユズが帰ってくる。 作業が全く進まなかった事に2匹は気付くが、まあいいかと1つくすりと笑った。
......といっても、それで収まりがつくわけでも無く、急ピッチで片付ける必要が出てきたのだが。
なんとか全ての準備を終わらせた頃には夜になっていた。 流石に役所はもう間に合わないため明日に行く事になったが、キラリは今から胸の高鳴りを抑えられていない。 それは自分にとっての歴史的イベントを待ちきれないように。
「いやあー......これで役所行って......それでしばらくしたら出発かあ......楽しみだね、ユズ!」
......ところが、ユズは何も答えない。 不思議に思って見てみると、彼女は物思いにふけているようだった。
「......ユズ?」
「......あっ、ごめん! そうだねー......」
ユズは苦し紛れに笑う。 やっぱりどこか変なものをキラリは感じるが、少し聞くのを躊躇してしまう。
(おじさんは追い詰めるなって言ってた......)
ずっと一緒にいれば分かってしまう。 ユズは悩みなどを自らの中に飲み込んで消化出来るポケモンだ。 現に、今日の準備自体にはなんら支障はきたさなかったのだ。 周りが見えなくなった自分とは違って。
ユズは強い。 木漏れ日のような優しさに包まれているような子だ。 助けなど、余計なお世話かもしれない。
ーーでも。
「......ユズ」
雲の間から月の光が漏れる。 照らされたユズの顔は、いつも通りであるものの少し寂寥感が漂っていた。
1度聞く事に越した事はないと、キラリは勇気を振り絞る。
「何か、嫌な事でもあった?」
その時、ユズは少し笑った。 見破られたかという悔しさを浮かべながら。
「やっぱ、分かっちゃったか」
「そりゃそうだよー! 私ほどじゃないかもだけど、ユズ結構分かりやすいし......何かあったんなら、遠慮無く言ってもいいよ? もちろん、ユズが話してもいいなら、だけど」
ユズの顔色を伺いながら思いを伝える。 ユズは少し微笑んで、こくりと頷いた。
「......そうだね。 そこまでまずいものではないんだけど......なんか、ひたすら誰かに謝られるっていう」
「謝られる?」
「うん。 でも、それだけでも正直本気で辛くって......自分でも、なんでかは分からないんだ。......それで......」
「それで?」
「......あのねキラリ。 遠征に行けば、自分の過去の手掛かりを掴めるかもって思ってた。 あわよくば、完全に思い出せたらって......。 でもね、思ったんだ。 よく分からない夢を見てこんな辛くなるんだったら、完全に思い出したらどうなっちゃうんだろうって......多分、それが1番怖い」
ユズの体が震える。 これが彼女の恐れを何よりも鮮明に表していた。 何があるのか分からないからこその恐怖だ。
当然、キラリはどう対処すべきか分からない。 アドバイスと言ってもそんないいものを与えられる気はしないのだ。
ーーならば、自分の直感に頼ってみようか。
「ユズ、手......繋いでみよっか?」
「ふえっ!?」
突然のスキンシップの要求にユズは混乱するばかり。 でもキラリにも考えがあるのだろう。 打開策を求め、キラリの手を取る。
柔らかく、そして優しい手。 側にいるだけで癒されてくる感じをユズは覚えた。
「どうかな?」
「......あったかい。 でもどうして......?」
「......一緒なら、きっと大丈夫でしょ?」
キラリは微笑む。そして、両手で優しくユズの前足を包んだ。
「綺麗事かもしれない。 でもユズが辛い時は、私が手を握ってあげたい。 もし、ユズが恐れてる事が起きたって......私は、ユズの側にいるから。
大丈夫。 私はずっとユズの味方だから」
木の葉が風で優しく揺れるかのように、ユズの心は安らぎに包まれた。 少し恐怖が和らぐ。
手を握ってくれる、「友達」がいるという事実。 それはユズの心を少し温めてくれた。
「ありがとう......」
ユズは目を閉じて呟く。 目を開けたままだと何かが溢れ出しそうだったから。
そして2匹はそのまま眠りについた。 手を握ったままで。
2匹の顔はどこか安らかで、頬は少し桜の様な赤みを帯びていた。
......そして、そこから数日が経つ。
「カバン持った!」
「荷物も足りてる!」
「あとはスカーフ結んでっと......!」
2匹はそれぞれのスカーフをぎゅっと縛る。 不思議な事に、スカーフの水色とピンク色さえ生き生きしているかの様に見えた。
「じゃあ......」
「うん、行こうか!」
ドアを勢い良く開け、幸先よく2匹は外へと走り出した。
......そう、今日こそが遠征の出発日である。
街の出口には、多くのポケモン達がいた。 もちろんレオンもだ。 ちなみにイリータとオロルは、凄いスムーズな準備をして1番乗りで出発して行ったらしい。 本当に、彼らのストイックさには脱帽せざるを得ない。
気を付けろだの、風邪引くなだの。 激励の言葉がこちらへと向けられた。 やはりこういうのは悪い気はしない。
「はい、お手製の弁当だよ。 昼とかに食べな。 結構体力使うからね」
「ありがとう女将さん!」
「どういたしまして! じゃ、そろそろ行かないとだねえ......締めはあんたが頼むよ!」
「へいへい......」
レオンが少し気恥ずかしそうに前へと出てくる。 1つ咳払いをして、真面目に何か言おうとするが......
「おっ、かっこよくやれよ〜!」
「寒いギャグとかかまさないでよ?」
「感動の瞬間じゃあ!」
......湧き上がる謎の歓声。 レオンは恥ずかしさとイライラが抑えられなくなる。
「だ〜〜〜〜っ、うるせえぇぇぇえぇええ!!!」
ついには叫んでしまった。 その勢いそのままに、こちらへと言葉を出そうとする。 ......恐らく、何も考えられていない。
「もうなんだっていい!! お前らの好きなようにやってこい!! そして帰ってきて元気な顔見せろ!! いいな!! そんじゃさっさと行けーっ!!!」
投げやりなような、いい事言ってるような。 だが、元気が出るのには間違いない。 2匹はくすりと微笑んだ。 周りからもヒューヒューと歓声が飛ぶ。
2匹はお互いに頷き合い、手を繋いだ。 2匹のそれぞれの不安や好奇心を、全て溶け合わせるかのように。
「よし、じゃあ、みんな!」
そして街に背を向け、2匹は走り出した。 東へ。 輝く太陽が昇る方へ。
手を振りながら、2匹は新たな旅へ足を踏み出す。
『行ってきます!!』
夜、眠りについた後のことだ。 ユズはどことも知れない闇の中にいた。 意識ははっきりしていて、夢だと理解するのにそう時間はかからなかった。
だが、どうすれば良いのか分からず彷徨うばかり。
「......あ」
そんな中、ユズは誰かの影を見つけそれ目がけて走る。 その先にあったのは、泣いている1人の「人間」だった。
......少し見覚えがあるような気がしなくもないが、うずくまっているせいでよく分からない。
「あ、あなたは......?」
その人間は何も答えない。 ただただ、嗚咽を漏らすばかりだ。 もう一度声を掛けてみる。
「ねえってば......!」
......その時。 その人間は一瞬こちらに振り向いた。 その顔は涙で覆われていて、目元は赤く腫れていた。 ......ずっと泣いていたのだろうか。
そして察した。 この人間は雪遊びの夢にいた子だということを。 あの時よりかなり成長しているようであるが。
その人間は再び体育座りをして顔を埋めてしまう。 驚かせてしまったかと、ユズは手を伸ばすがーー。
「......ごめん」
人間は呟く。 小さく、とても憂いに満ちた声で。 何が?と聞きたくなるが、その声は届かない。
「ごめん......ごめんなさい......」
自然と、ユズの中に悪寒が走る。 何故かは分からない。 でも1つだけ分かる。 これはユズに向けて発せられた言葉なのだ。
急に意識が混濁してくる。 息が荒くなる。 目の前がぐらぐらと揺れて、気持ち悪さを抑えられない。
「......ぐ......あ......っ」
「......ごめん......頑張ったんだけど......」
ーー無理だ。
目の前が暗転する。 言葉の真意を理解出来ないまま、吐き気と混乱の中でユズの意識は途切れて行った。
「......つっ!」
ユズは藁布団からはね起きる。 外はまだ深夜だった。 夢であることを改めて自覚する。
「......気持ち、悪い......」
吐き気は現実でもユズを蝕んでいた。 すぐさまトイレに向かい、溜まった苦しさを全て出す。 空気しか吐けないわけだが、それでも多少気分は落ち着いた。
楽になったところで布団に戻るが、とてつもなく体は重かった。 そして、さっきの人間の言葉が何度もリフレインしてくる。
「ごめんって......どういうこと......? なんで謝るの......?」
人間が悲しげに呟いた謝罪の言葉。 普通ならばあそこまで恐怖など抱かないだろう。 だが、ユズはそれを強く感じてしまった。 何故なのかは謎のままに。
「ふぁ〜......ユズおはよー......」
「あ、うんおはよう」
早朝。 キラリはのんびりと布団から起き上がる。 一度伸びをして意識をはっきりさせると、やけにユズが眠そうでないことに気づく。
「あれ? ユズ結構前から起きてた?」
「う、うん。 早く目覚めちゃって......」
「ほえー......まあ、たまにはそんな日もあるよね!」
気を取り直したかのように、キラリは準備を進める。 少し鼻歌も聴こえてきた。 ユズは本当の理由を悟られなかった事にホッとする。
(もう一度夢見るのが怖くて眠れなかったなんて言えないよね......)
無駄な心配は掛けたくなかった。 これはユズの問題なのだ。 それに謎な部分も多く、どんなものか断定することも出来ない。 そんなものを教えたところでどうにもならないのだ。 それならば、今は言わない方がいい。
「さーて、ユズ! 色々準備始めよっか!」
「......うん!」
これ以上落ち込んでてもどうしようもない。 それに、今は準備に集中しなければならない。 あの夢に悩むのはそれからだ。
ユズは1発頬を叩き、気を奮い立たせた。
「意外と多い......」
1時間も経たない間に、部屋は道具で散らかってしまっていた。 それもそうだろう。 役所が必要最低限として持っていくよう定める道具の量はかなり多いのだ。 テントや何本かの縄、数十個に及ぶリンゴや木の実。 惜しげなく使ってくれと言わんばかりの不思議玉や枝。 遠征用のバッグが支給されるほどだ。
家の備蓄は多いわけではない。 倉庫の中を探してみるがいくつかはやはり足りなくなってしまった。
「やっぱ買った方がいいよね......お金はあるし、私買ってくるよ」
「そうだね、お願いユズ......」
数多い物資の確認に頭がオーバーヒートしてうつ伏せに寝転がるキラリを差し置き、ユズは手際良く外出の準備をする。 自分と違い冷静なユズに対して、キラリにとっては凄いの一言しかない。
「行ってきまーす」
「いってらっしゃーい......」
寝転がりながらキラリは手を振る。 ユズもそれに応えこちらへと手を振ってきた。
......だが、キラリにはその笑顔が少し悲しげなように感じた。
出て行ったのを確認した後、少し膨れっ面になりキラリは呟く。
「ユズ......結構分かりやすいなぁ」
口には出さずとも、キラリは朝から少しユズの異変を感じていたのだ。 絶対何かあったのだろうとは察することが出来る。 ただ、そこまで頭が良くない自分にはその理由まで読み解くのは難しい。
片付けを忘れて頭を悩ませるキラリ。 それを1つのベルの音が遮った。 時間を与えずにドアは開く。
「おー、お前ら元気してるか......ってなんだこのごっちゃごちゃな汚部屋!?」
......いきなり入ってきたレオンによるいきなりの暴言。 こちらの真剣な思考の妨害への怒りと単純なその言葉への怒りがキラリに募る。
「......お」
「お?」
そして、まるで沸騰したやかんの様に、キラリの怒りが溢れ出した。
「乙女の部屋にそんな事言わないでよ馬鹿ーーっ!!!」
「準備中とは知らず済まねぇな......そうだよな、確かにこの街結構そこ厳しいしなぁ......」
「良いってことよ〜、その代わり片付け手伝ってもらうからね!!」
「......なんか根に持たせちまった気がする」
笑顔ながらも怒りのオーラが隠しきれないキラリに対し、レオンは底知れぬ恐怖を感じ身震いする。
「そ、そういやユズの奴どうしたんだ? さっきすれ違ったんだが」
「? 物資が色々足りないから買いに行ってくれたの」
「いや......確かにそれも気になったんだが、なんかどよーんとしてるっつーか......」
「......やっぱそれ思う?」
「そう言うってことは......なんかあったのか?」
レオン心配そうな表情で聞くが、キラリは首を振る。 尚、それは否定の意味では無い。
「あるんだろうけど、分かんないんだ。 話してくれても良いのになーって、ちょっと思うというか......」
「そう言うお前もその類だけどな......まあでも、あんま追い詰めんでやれよ?」
「追い詰める......?」
悩み事を聞こうとする事がユズを追い詰める事になるのか。 意味が掴めずキラリは少し悩む。 レオンはいい感じに伝えられる言葉を探る様な感じで話を続けた。
「うーん、なんというか......話を聞いてやる事は正論なんだが......んー、あいつが話したがらない可能性も考えるとだな......」
「要するに、ユズの気持ちを尊重しろって事?」
「あ、ああ。 あいつが前のお前みたいに本気でやばいなって状態にならない限りはな。 無理矢理聞く事が逆にあいつの負担になったらやだろ?
......誰かが正義と感じている事は時に、誰かを傷つける悪にもなり得るんだよ」
「......悪」
正義が悪になる。 その意味をキラリはよく理解できない。 正義は、みんなを救ってくれる訳ではないのか?
「まあ、何にせよ少しずつ分かっていけば良いさ。 ユズの事もな。 ただ、ペースはあいつに合わせてやってくれよ?」
レオンがポフポフとキラリの頭を撫でる。 子供扱いされている感じが否めずキラリは少しぶすっとするが、彼の言葉には説得性を感じた。
「......うん、分からないところもあるけど分かった!」
「......どっちだよ......」
「ただいまー!」
大荷物を引っ提げてユズが帰ってくる。 作業が全く進まなかった事に2匹は気付くが、まあいいかと1つくすりと笑った。
......といっても、それで収まりがつくわけでも無く、急ピッチで片付ける必要が出てきたのだが。
なんとか全ての準備を終わらせた頃には夜になっていた。 流石に役所はもう間に合わないため明日に行く事になったが、キラリは今から胸の高鳴りを抑えられていない。 それは自分にとっての歴史的イベントを待ちきれないように。
「いやあー......これで役所行って......それでしばらくしたら出発かあ......楽しみだね、ユズ!」
......ところが、ユズは何も答えない。 不思議に思って見てみると、彼女は物思いにふけているようだった。
「......ユズ?」
「......あっ、ごめん! そうだねー......」
ユズは苦し紛れに笑う。 やっぱりどこか変なものをキラリは感じるが、少し聞くのを躊躇してしまう。
(おじさんは追い詰めるなって言ってた......)
ずっと一緒にいれば分かってしまう。 ユズは悩みなどを自らの中に飲み込んで消化出来るポケモンだ。 現に、今日の準備自体にはなんら支障はきたさなかったのだ。 周りが見えなくなった自分とは違って。
ユズは強い。 木漏れ日のような優しさに包まれているような子だ。 助けなど、余計なお世話かもしれない。
ーーでも。
「......ユズ」
雲の間から月の光が漏れる。 照らされたユズの顔は、いつも通りであるものの少し寂寥感が漂っていた。
1度聞く事に越した事はないと、キラリは勇気を振り絞る。
「何か、嫌な事でもあった?」
その時、ユズは少し笑った。 見破られたかという悔しさを浮かべながら。
「やっぱ、分かっちゃったか」
「そりゃそうだよー! 私ほどじゃないかもだけど、ユズ結構分かりやすいし......何かあったんなら、遠慮無く言ってもいいよ? もちろん、ユズが話してもいいなら、だけど」
ユズの顔色を伺いながら思いを伝える。 ユズは少し微笑んで、こくりと頷いた。
「......そうだね。 そこまでまずいものではないんだけど......なんか、ひたすら誰かに謝られるっていう」
「謝られる?」
「うん。 でも、それだけでも正直本気で辛くって......自分でも、なんでかは分からないんだ。......それで......」
「それで?」
「......あのねキラリ。 遠征に行けば、自分の過去の手掛かりを掴めるかもって思ってた。 あわよくば、完全に思い出せたらって......。 でもね、思ったんだ。 よく分からない夢を見てこんな辛くなるんだったら、完全に思い出したらどうなっちゃうんだろうって......多分、それが1番怖い」
ユズの体が震える。 これが彼女の恐れを何よりも鮮明に表していた。 何があるのか分からないからこその恐怖だ。
当然、キラリはどう対処すべきか分からない。 アドバイスと言ってもそんないいものを与えられる気はしないのだ。
ーーならば、自分の直感に頼ってみようか。
「ユズ、手......繋いでみよっか?」
「ふえっ!?」
突然のスキンシップの要求にユズは混乱するばかり。 でもキラリにも考えがあるのだろう。 打開策を求め、キラリの手を取る。
柔らかく、そして優しい手。 側にいるだけで癒されてくる感じをユズは覚えた。
「どうかな?」
「......あったかい。 でもどうして......?」
「......一緒なら、きっと大丈夫でしょ?」
キラリは微笑む。そして、両手で優しくユズの前足を包んだ。
「綺麗事かもしれない。 でもユズが辛い時は、私が手を握ってあげたい。 もし、ユズが恐れてる事が起きたって......私は、ユズの側にいるから。
大丈夫。 私はずっとユズの味方だから」
木の葉が風で優しく揺れるかのように、ユズの心は安らぎに包まれた。 少し恐怖が和らぐ。
手を握ってくれる、「友達」がいるという事実。 それはユズの心を少し温めてくれた。
「ありがとう......」
ユズは目を閉じて呟く。 目を開けたままだと何かが溢れ出しそうだったから。
そして2匹はそのまま眠りについた。 手を握ったままで。
2匹の顔はどこか安らかで、頬は少し桜の様な赤みを帯びていた。
......そして、そこから数日が経つ。
「カバン持った!」
「荷物も足りてる!」
「あとはスカーフ結んでっと......!」
2匹はそれぞれのスカーフをぎゅっと縛る。 不思議な事に、スカーフの水色とピンク色さえ生き生きしているかの様に見えた。
「じゃあ......」
「うん、行こうか!」
ドアを勢い良く開け、幸先よく2匹は外へと走り出した。
......そう、今日こそが遠征の出発日である。
街の出口には、多くのポケモン達がいた。 もちろんレオンもだ。 ちなみにイリータとオロルは、凄いスムーズな準備をして1番乗りで出発して行ったらしい。 本当に、彼らのストイックさには脱帽せざるを得ない。
気を付けろだの、風邪引くなだの。 激励の言葉がこちらへと向けられた。 やはりこういうのは悪い気はしない。
「はい、お手製の弁当だよ。 昼とかに食べな。 結構体力使うからね」
「ありがとう女将さん!」
「どういたしまして! じゃ、そろそろ行かないとだねえ......締めはあんたが頼むよ!」
「へいへい......」
レオンが少し気恥ずかしそうに前へと出てくる。 1つ咳払いをして、真面目に何か言おうとするが......
「おっ、かっこよくやれよ〜!」
「寒いギャグとかかまさないでよ?」
「感動の瞬間じゃあ!」
......湧き上がる謎の歓声。 レオンは恥ずかしさとイライラが抑えられなくなる。
「だ〜〜〜〜っ、うるせえぇぇぇえぇええ!!!」
ついには叫んでしまった。 その勢いそのままに、こちらへと言葉を出そうとする。 ......恐らく、何も考えられていない。
「もうなんだっていい!! お前らの好きなようにやってこい!! そして帰ってきて元気な顔見せろ!! いいな!! そんじゃさっさと行けーっ!!!」
投げやりなような、いい事言ってるような。 だが、元気が出るのには間違いない。 2匹はくすりと微笑んだ。 周りからもヒューヒューと歓声が飛ぶ。
2匹はお互いに頷き合い、手を繋いだ。 2匹のそれぞれの不安や好奇心を、全て溶け合わせるかのように。
「よし、じゃあ、みんな!」
そして街に背を向け、2匹は走り出した。 東へ。 輝く太陽が昇る方へ。
手を振りながら、2匹は新たな旅へ足を踏み出す。
『行ってきます!!』