第16話 好敵手

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 4匹は、小さなランタンを揺らしながら山の最上部辺りの洞窟をひたすら歩いていた。 ガチゴラスは流石に山頂にいるという事はないだろうと踏んでいたのだ。何故なら、出来る限り見つかりたくはないはずだから。 それならばあり得るのは洞窟の最奥部。 きっとそこに踏ん反り返っている。
 
 だから奥へ。 もっと奥へ。 ガチゴラスに気づかれないよう、物音を立てないように進む。
 
 「......!みんなー」
 
 キラリが出来るだけ小さな声で3匹を呼ぶ。 どうやら大きな穴がそこにあるようだ。しかも、そこだけ微かに光が漏れ出している。 この洞窟に何か光源があるわけではない。 それならば、ポケモンの手による光と見ていいだろう。 4匹は昔やっていたらしい劇のポケモン家政婦さながらに、その中を覗いた。
 
 ......そこにあったのは、まさに惨憺たる風景。
 そこらかしこにリンゴ、オレンの実などの食べ物が散らばっている。 まだ一口しかかじっていなさそうな物も含めて。
 それを、何匹かのバチュルが必死に掃除している。 しかし体が小さいためか、そう簡単にここまで汚れた大部屋を片付けられない。 その進捗の遅さに苛立ちを覚えたのか、1匹のポケモンが大声で吠える。 勿論ガチゴラスだ。 バチュル達はその大声に驚き手を止めてしまう。 それにまたガチゴラスは怒号を飛ばす。
 
 「何やってんだ無能どもっ!! ......ったく、働く以外に能の無い奴がサボってどうすんだよ」
 
 彼はだらしなく寝転がったままそう言って、またリンゴを1つかじり、そして投げ捨てた。 1匹のバチュルが、それを必死で拾いに向かう。 その後ろ姿は、今にも泣き出してしまいそうだった。
 
 
 「......酷い」
  
 ユズが少し低い声で呟く。 そこには、彼女の怒りが滲み出していた。 それ程苦しい光景なのだ。 目を瞑りたくなる。 
 だが、それでも戦いには挑まなければならない。 いつ出るべきか様子を見ていると......急に、キラリは後ろから何かが触れる感覚を覚える。 振り向くと、そこには1匹のバチュルがいた。 こちらの驚きを尻目に、その子はこちらへ疑問を飛ばす。
 
 
 「......お姉ちゃん達、何してるんですか?」
 
 
 
 
 子供の声というのは遠慮の無いものだ。 当然というべきか、ガチゴラスは勘付く。入口の方へと歩き出してきた。
 
 「ちょっ、これまずいんじゃ......」
 「慌てないで! こうなったら......」
 
 イリータが素早くカバンからワープの種をいくつか取り出し、全員の口に放り込む。 飲み込むや否や、目の前の景色は全く違うものになっていた。
 
 
 
 
 
 
 
 「一応、逃げられたかな......」
 
 周りの安全を確認して、キラリはひとまずほっと息をつく。
 
 「......にしても、嫌なもの見ちゃったね......正直凄い怖かった」
 「ええ、こればかりは同感だわ。 美しさもそうだし、品のカケラも無い。
 ......大体、まだあんなに幼い子供があそこで働かされてるって状況がどうかしてるのよ。 親は一体どうしているの? 考えたくは無いけど、子供を見捨てて自分達だけーー」
 「ち、違いますっ!」
 
 
 ......何故だろう。 今、自分達4匹以外の声がしたような......。
 
 4匹は改めて周りを見渡す。 すると、急にイリータの「きゃっ!?」という小さな悲鳴が聞こえる。
 そこに一斉に注目するが......足元に黄色い毛玉があった。
 
 ーーいや、毛玉のように見えるくっつきポケモン、バチュルというべきだろう。 それも、ついさっきこちらに声を掛けてきた子だ。 そのバチュルは、おどおどとした様子でこちらを見上げた。
 
 
 
 
 
 
 「な、なんであなたがここに!?」
 
 全員の思いを代弁する様にキラリが驚きの声をあげる。 バチュルは少しそれに驚き、イリータの後ろへ隠れてしまう。
 
 「ちょっと、大声はよしなさい。 怖がってるじゃないの」
 「あっ、ごめん......」
 「......にしても、なんでだろうね。 何か特別な事でもあったかな......?」
 
 ユズが首を傾げて真剣な顔で考える。 そして、何か思いついたような顔をした後、イリータに聞いた。
 
 「イリータ。 ワープの種投げた時、1個余分に投げたりした?」
 「えっ......?」
 「ユズ、どういう事?」
 「ああ......なるほど」
 
 謎そうな顔をするイリータとキラリを尻目に、オロルは頷き納得する。 そのまま補足説明を始めてきた。
 
 「おそらくだけど、気が動転していたからね。 たまたま近くにいたその子にも投げてしまった......って解釈でいいかい?ユズ」
 「う、うん!」
 「本当だわ......確かに1つ余分に減ってる」
 
 バチュルが助かったというのは喜ぶべきという思いと、気が動転していたという悔しさという相反する感情がぶつかり、イリータの顔は少し微妙そうだ。 そんな中、キラリは優しくそのバチュルへと問いかける。
 
 「そういえば、違うってどういう事? ここで何があったの?」
 「......お母さん達は逃げてなんかない。 むしろ逆なんです。 わたし達を守ろうと、必死に戦ったんです。 でも、ガチゴラスが強すぎて......お母さん達は牢屋に閉じ込められて、わたし達子供は働かされる事になったんです......逆らったら岩がこちらに飛んできて、たくさんお仕置きされるんです。 それが怖くて、この一ヶ月間ぐらいずっと......」
 
 バチュルの体がブルリと震える。 それは、これまでの事が余りに酷いものだった証拠だった。
 ユズは彼女を優しく撫でてやる。 そんな中で、オロルは1匹で勝手に納得しているような素振りを見せた。
 
 「その顔......オロル、何かあったの?」
 
 それを一早く察したのはイリータだ。 考えを1匹の中に閉じ込めるのは認めたくないようで、共有するよう求めてくる。
 
 「いや、他愛の無い事だけど......なんであいつが指名手配されてたのかって事。
 ダンジョンでボスの様な立場にいるのは『紫紺の森』のキテルグマだってそうさ。 だが、役所はそいつを見逃している。 探検隊達を何度も窮地に追い込んでるにも関わらず......だ。
 彼はダンジョン内のポケモンに悪事を働いているわけでは無さそうだし、そう思うと役所も憎いことするなあと......」
 「ちょっと待って長いわよ! ......聞いた私が悪かったわ。 要するに、キテルグマはそうじゃないけどガチゴラスは指名手配されるレベルの許されない事をしたって事でしょう? 戦う力のある探検隊はともかく、弱い普通のポケモンを傷つけるっていう。 証言も手に入れたし、それは揺らがない。
 ......だったら、今すぐにでも捕まえるべきでしょうね」
 
 
 バチュル以外の3匹は頷く。 バチュルは未だ不安を隠せないようだが、キラリとユズがにこりと笑って声を掛けた。
 
 「大丈夫! お姉ちゃん達がなんとかするから!」
 「うん。 きっと大丈夫。 最後まで希望を持とう!」
 
 その声に頼もしさを覚えたのか、バチュルは「......よろしくお願いします!」と一礼した。
 
 「さあ、一応作戦は立てていくよ。 もし崩れたら臨機応変にやらなきゃだけど......そうならないよう、綿密に組み立てる!」
 「うん!」
 
 全員が同意を示した。 反撃の時は、刻一刻と近づく。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「あーもう! なんなんだよ今日......」
 
 続け様に色々な事が起こり、ガチゴラスはかなり不機嫌そうだ。 そこに、掃除を一度止めてバチュルが駆け寄って来る。
 
 「ん? なんだお前?」
 「ガチゴラス様......そろそろ、お母さん達を出してください!」
 「ああ!?」
 
 こちらにギロリと目を向けるガチゴラス。 いつもなら逃げるところだが、勇気を振り絞りそこに立ち続ける。
 
 「俺を誰だと思ってやがる......!」
 「分かっています。 でも私は、早くみんなに会いたい!!」
 「てめえ......!」
 
 ガチゴラスの怒りのボルテージが上がっていく。 怒りに気を取られたガチゴラスは、「あられが降ってきた」事にも気づかない。
 
 「ふざけんなお前!! 俺の力なら、お前なんて一捻りにやれるんだぞっ!! いっそ岩で潰してやるか!? ああ!?」

 ガチゴラスが臨戦態勢に入る。 バチュルはそれを見て少し後ろに引いてしまう。だが、彼女の中には恐れよりも大きな感情があった。
 
 
 
 大切なみんなを助けたいという願い。
 
 


 ......そして、任された事への責任感。
 
 
 
 凛とした顔で、バチュルは高らかに叫ぶ。
 
 「そっちこそふざけないでっ! わたし達の山に土足で上がり込んだくせに! 怒鳴り散らすことしかできないくせに! あんたこそ本当の無能よ馬鹿っ! お母さん達を......大好きなみんなを返せっ!!」
 
 

 
 
 
 
 
 周りのバチュル達も、この言葉には驚くばかり。 ガチゴラスはワナワナと震える。
 
 「......テメーーっ!!!」
 
 ついにその爪が振り下ろされる。 流石にこれには顔を背けるが......
 
 そこに、オーロラのような美しい壁が現れた。 それは爪を遮りバチュルを守る。 オロルがひらりと目の前に降り立つ。 彼はこれだけ声をかけた。
 
 
 「よく頑張ったね......あとは、任せて」
 
 
 
 
 
 
 「なっ......お前ら昨日の......!」
 「ユズ、キラリ! 作戦通りだ! バチュルと牢屋へ!」
 『了解!』
 
 2匹はバチュルを連れて走り出す。 行かせはしないとガチゴラスは追おうとするが......
 
 「させない! [サイドチェンジ]!!」
 
 イリータはガチゴラスを元の自分の場所へテレポートさせる。 ちょうど進行方向から真逆であったことから、より3匹を追いづらくなったと言えるだろう。
 
 (相手は頭に血が上っている。 今まで見下してきたものに反抗されれば、確実に気分は悪くなる。 これで道具を使うという思考を刮ぎとれれば、こちらにも勝機はある!)
 
 イリータとオロルは、前にいる相手を見据えていた。 あとは、3匹が牢屋を開けられればよりこちらに有利になる。
 今の精神状態で多勢に無勢な状況を作り出せれば、相手の方から崩れてくれる。
 そうすれば、倒すのは圧倒的に容易い。
 
 (ここからが正念場......!)
 
 2匹は、地面に足を強く、強く踏みしめた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 「あっ! あっちです!」
 
 牢屋の方向を指示し、先導するバチュル。 心なしか、頼もしい感じがあった。
  中々距離があるようで、少し息が上がってくる。 でも、それでも走り続ける。
 一早く助けることが作戦の大きな鍵を握るのだ。 ぼーっとしている暇など無かった。
 
 「......あった!!」
 
 キラリは思わず指差す。 牢屋は堅牢な扉で閉まっており、当然と言うべきか錠があった。 鍵は持っていないため、力づくで壊すしかなさそうだった。

 「[スイープビンタ]っ!」
 「[ふるいたてる]、からの[マジカルリーフ]!」
 「[れんぞくぎり]!」

 連続攻撃を錠へとぶつける。 流石に堅く、中々傷つけるのは大変だ。 だが、それでも少しずつ欠けてはくる。
 
 『ひーらーけぇぇぇぇえええ!』
 
 3匹の掛け声と共に、攻撃の強さは更に増す。 遂に、気味の良い音を立てて錠は地面へ落ちた。
 ......少しずつ扉を開く。
 
 
 
 
 
 
 
 「[ドラゴンクロー]っ!」
 「[オーロラベール]!」
 「[サイケこうせん]!」
 
 未だ激闘が続く大部屋。 流石に攻撃を避け続ければ疲れは出てくる。 時間稼ぎとしての限界が近づいていた。
 
 「イリータ、大丈夫かい......?」
 「......ええ、この程度なら......!」
 「べちゃくちゃしゃべんなっ!」
 
 2匹はもう一度攻撃を避ける。 ガチゴラスは追い討ちをかけようとするが......
 そこに、思わぬ反撃がやって来た。
 
 『[エレキネット]!!』
 
 ガチゴラスに、電気の網が覆い被さる。 この奇襲を避けられず、 見事にそのまま収まってしまう。 何匹かで放たれたのか、力が増幅されていた。 電気で痺れて、ガチゴラスは動くことができない。
 
 
 「まさか......!」
 
 2匹は後ろを振り向く。 そこには、沢山のデンチュラとバチュル、そしてユズとキラリが立っていた。 キラリが2匹にピースサインを送ってくる。
 ......そしてそのままデンチュラ達は、網から出ようとするガチゴラスの元に走って行った。 驚いたユズとキラリが制止するが、それは効かない。 その顔には、底知れない怒りが満ちていた。
 
 「......話は聞いたよ。 よくもうちの子供達に......!」
 「なっ、なんだよお前ら! 一回負けたくせに......!」
 「あんたにとってはあたしらは虫けらだろうねぇ。 だけど......罠にかかった今のあんたの方が、今のあたし達には虫けらに見えるんだよ......! さあ、とどめだ!全員で[エレキボール]!!」
 「なあぁぁぁぁあああ!?」
 
 物凄い力の電気がガチゴラスに襲いかかる。 ......ガチゴラスはともかく4匹にとってもこうなることは予想だにしていなかったので、しばらく呆然としてる他なかった。 少し経って、光が消える。 逃げられなかったガチゴラスは丸焦げになって倒れていた。
 
 「......成功、かな?」
 
 ユズは少し笑いながら呟いた。 洞窟中に、喜びの声が響く。
 
 
 
 
 
 
 
 「......にしても驚いたよ、急にエレキネットを撃つとはね」
 「いやー、私達も説明したんだけどね......相手の心折ってから倒すって。 正直凄い驚いた」
 「思いの強さもあったのか、みんなで合わせて撃ってたからなのか、凄い威力も高かったよね......威力低いのに」
 「そうね、ポケモンの意志を汲んであげるのも作戦では大事かもね......また1つ学べたわ。でも全く......ヒヤヒヤさせられるんだから」
 「ヒヤヒヤしたのはこっちだよー! 結構大変そうだったし!」
 
 警察への引き渡しもろとも全て終わらせ、4匹は山を降りる。 そこには、昨日の朝のわだかまりはもう無かった。
 
 「......でも、本当良かったよ! バチュル達みんな無事だしさ! それって、やっぱ大事だよね......」
 「うん。 それに、イリータとオロルには凄い助けられたし」
 「そうそう! あの作戦があったからガチゴラス倒せたわけだし!」
 「だから......ありがとうね」
 
 ユズとキラリは2匹に礼の言葉を述べる。 嬉しそうな顔をするオロルに対し、イリータはそっぽを向いてしまう。
 
 「......別にあんなの、まだまだよ。 褒められる筋合いはないわ」
 「またまた......本当は嬉しいんだろう?」
 「だからオロル! やめなさい本当に!」
 「はは、まあそれはともかく......僕は君達も凄いと思うんだけどね」
 
 オロルは2匹の方を向く。 その顔は憧れの表れでもあり、少し嫉妬のような雰囲気もあった。
 
 「君達は、バチュルの心に寄り添っていた。 そして、『紫紺の森』でも誰かを助けようと向かったんだろう? それは君達の強い力だよ。 誰かの心を照らすなんて、まさに太陽みたいじゃないか。 僕らは相手を倒すことばかり意識していたし」
 「いや、まだまだだって! 私達も......」
 「......まあ、それを到達点とするつもりは無いんでしょうね......あなた達は」
 
 暫くして、街に到着する。 もう夕方になっており、空には太陽と星々が共存していた。
 
 
 別れようとした時、ユズとキラリは唐突に声を掛けられる。
 
 「待ちなさい」
 
 イリータの声だった。 振り向くと、彼女は少し笑ってこう言って来た。
 
 「好敵手......この言葉の意味、分かるかしら?」
 
 
 

 
 
 「こうてきしゅ......?」
 「えっと......そうだ、確かライバ......ってええ!?」
 
 内容を察したユズは驚きの声を上げる。 それに対して、イリータは頷いた。
 
 「そうよ。 私達は、あなた達に学ぶべきところがある。 そして、それはあなた達も同様でしょう? だから、新たな次元へ行くために......
 「あっわかった!! ライバルになるんでしょそうなんでしょ!?」
 「なっ......?」
 
 キラリが一気にイリータへ詰め寄り目を輝かせる。 それに若干イリータは引く。
 
 「いやー嬉しいなぁひゃっほい! ライバルってなんかカッコ良そうじゃん!」
 「キ、キラリ......なんか思い切り雰囲気壊してるような......」
 「えっ、うわ本当だごめん!」
 「......ちょっとは声を控えなさい、近所迷惑よ」
 「まあまあ......というわけで、君達は僕らにとってそんな存在ってことさ。 どうだい?」
 『それはもちろん!!』
 「そこは息合うんだ......」
 
 雰囲気ぶち壊しな状況の中で、ユズとキラリは少し吹き出しそうになってしまう。 オロルはそれを苦笑しながら眺め、イリータは呆れたような顔をしていた。 もっとも、彼女自身満更でもないようだが。
 
 「それじゃ......改めて、よろしくお願いします!」
 
 ユズとキラリは2匹へと手や前足を伸ばす。 オロルは「喜んで」とユズの足を取る。
 一方のイリータも......少し黙った後、キラリの手に前足を重ねた。 前は握手を拒んでいたのに。 思わずキラリはイリータの顔を見る。 夕焼けに照らされたその顔は、やけに力強く、美しく見えた。
 
 
 
 「......望むところよ。 私達の好敵手!!」
 

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