第15話 お互いの琴線に触れて

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 日が沈み始めてからは早いもので、あっという間に夜になってしまった。 ひとまずほら穴を見つけて簡易的な布団を作り、イリータをそこへ寝かせた。
 
 普通ならばここでゆっくり一晩眠ればいいのだが、ここは不思議のダンジョン。 もしかしたら敵がやって来るかもしれない。
 というわけで、時間ごとに区切ってイリータを除く3匹から1匹ずつ入口で見張りを行う事になった。 オロル、キラリ、そしてユズの順だ。
 
 オロルは最低限の準備を済ませたらすぐに外へと出て行った。 その間にユズとキラリは仮眠をとる。 夏と言えども、流石は山の上だ。 少しひやりとした風が頬を撫でる。 普段感じない心地の中で、2匹はゆったりと眠りの海に沈んでいった。
 
 
 
 
 
 
 「うーん......」
 
 深夜になった頃。 キラリはゆっくりと目覚める。 側に置いていた懐中時計を見てみるが、丁度交代5分前ジャストだ。 彼女の体内時計は中々正確らしい。
 その場にいてもやる事が無いので、キラリは外に出てみる。 そこにあったのは、普段では到底見られない景色だった。
 
 「うわあ......っ」
 
 今日は新月であるらしく、空には星だけがキラキラと瞬いている。 普段は街明かりや自分の家の明かりで見えない様な星も、今回ばかりはとても鮮明に映った。その中でも一際目立つ夏の大三角を中心として、まるで星空がオーケストラを奏でている様な感触をキラリは覚えた。
 
 
 「......キラリ?」
 「......あっ」
 
 見惚れているところにオロルが声を掛けてくる。 ポカンと空を見上げているのを見られたことに、キラリの中で恥ずかしさが募る。顔が少し赤くなった。
 
 「ああ、なんかごめんよ! 確かにこの空は見惚れるよね......普段じゃ絶対に見られない」
 「い、いやいや! ......そうだよね、ほんと、綺麗」
 
 
 
 ......2匹は少しの間、無言で空を見上げ続ける。 そうしている間に、5分というのはすぐに過ぎてしまう。 それに気づいたキラリは、オロルに慌てて声を掛ける。
 
 「オ、オロル! そろそろ交代しなきゃ」
 「え? もうかい? ......ごめん。 もう少しここにいていいかい? 妙に目が冴えてるし、少し君とも話したい」
 「話?」

 どんな話をするのか。 キラリは首を傾げる。 オロルは、昔を懐かしむかの様に空を見上げ答えた。

 「探検隊コメットの裏話......かな?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 「そういえば、イリータとオロルはいつ出会ったの?」
 「学校の時......だね。 ......驚くかもしれないけど、彼女は生まれつき体が弱くてね......。 学校というより、病院で会う機会の方が多かったんだ。 今はかなり元気だけれど、今日みたいに突然体調を崩す事もあるんだよね」
 「ええっ!?」
 
 あのイリータが。 ......プライドが高く、余りこちらに隙を見せてこなかったイリータが。 キラリは驚きを隠せない。
 
 「まあそうだろうね......でも、彼女は彼女だ。 今とはそこまで変わらないよ。 いつも妥協をしないんだ。 自分にも、他のポケモンにもね。 たまに朝に走り込みをやったりして、自らを高める努力を欠かさない。 だからこそ体の弱さも克服しつつあるし、こうやって一緒に探検隊をやれているし......」
 
 少しオロルの言葉が止まる。 彼は一度息を吐いた。 氷タイプの呼気だからか、夏でありながらふわっと白い煙が漏れる。
 
 
 「彼女は、僕の心を救ってくれたんだ」
 
 
 
 
 
 
 
 ーー僕は、元々南国の出身でね。 親の仕事の都合で、こっちへと引っ越して来たんだ。 別にそれがなんだって話だけど......1つだけ、問題があったんだ。
 僕は氷タイプ。だけど、普通ロコンは炎タイプらしいんだ。 氷タイプのロコンは、ここではとても珍しい。
 今までに無かった珍しいとかいう言葉をここに来て沢山聞くようになった。 それで、どうしてもここが別世界にしか思えなくなって......僕はどうしてもみんなに馴染めなかった。 そのせいでみんなも僕に話しかけないし、悪循環だね。
 今ではそんな事、もうどうだって良いのだけれど......転校するまで友達と楽しく遊ぶのが好きだったあの時の僕には、とても辛かったよ。 要するに、僕は耐えられなかったのかもしれない。 僕の心は、だんだん凍りついていった。
 


 ーー凍りつけば、攻撃を受けても傷つかない。 だから、そうすれば自分を守れる。 そう思ったのかもしれないね。
 
 
 
 
 



 
 「......オロル」
 
 明かされた衝撃の事実に、キラリは呆然とする。 それと同時に、自分と少し似ているところがあると感じていた。

 探検隊になるという、自分の夢に一直線な故に避けられたキラリ。

 環境の違いから馴染めなかったオロル。

 状況は違うとはいえ、孤独になる時の気持ちはキラリには痛い程分かっていた。 オロルに同情の念を向ける。
 
 「まあ辛かったわけだけれど......そんな時だったんだよ。 イリータに会ったのはさ。」
 「え、そうなの?」
 「うん。 先生に見舞いに行くよう頼まれてね......あの時の僕はもう結構ぶっきらぼうになってたわけだから、正直乗り気ではなかったよ。......それで、彼女に会って、やるべき事は全部済ませて......足早に帰ろうとしたら、引き止められたよ」
 「......なんで?」
 「見破られてた、全部」
 
 オロルはイリータを演じるかのように、少し厳しい顔つきになった。
 
 
 「『凍ってるわね。 あなた』......ってね」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「そっから結構根掘り葉掘り聞かれてさ......そんでめっちゃ怒られたんだよ。 そんなことで? ふざけるなって......」
 「ええっ......」
 
 落ち込んでいるポケモンにその言い草はないだろうと、少しキラリは引く。
 
 「辛かったよ? 僕も。 あんな事になるとは思わなかったし、どうでもいいとは思えなかったからね。 ......だけど、それで少し吹っ切れたところもあるんだよ。 今では正直凄いありがたい。
 ポケモンによって立ち直り方とかは違う訳だけど、僕にはあれが必要だったのかもね。 息を切らしながら怒ってたし、彼女にとっても辛かっただろうけれど......僕のためにあそこまでしてくれたのは、彼女が優しいからなんだと思う。 普段は全然素直じゃないけどね」
 
 オロルはハハハと笑う。 その姿はあの星空のように清々しく美しい。 それを見たキラリは、少し苦笑して空を見つめた。
 
 「......凄いなぁ。 2匹は。私達、頑張って追いつこうとは思うけれど、多分まだまだだもん。 少しは近づけてたらいいなー......」
 「いや。 君達も成長しているさ。 あの一瞬だけでも目に見えて分かる。 ......恥ずかしいことだけど、今回弱さを曝け出してしまったのは僕らだよ。 まさか不意打ちで来るとは思わなかったから......」
 「どういうこと?」
 「『紫紺の森』で、僕らは素早く相手を倒せただろう? あれは事前に少し作戦会議をしていたからさ。でも今回は奇襲をかけられたし、戦いの最中にやる余裕も無かったからね......そうなるとあの時のようにはどうしてもいかなくなるんだ。 ここは改善していかないと」
 
 オロルは少し悔しそうな表情を浮かべる。 だが、すぐに前向きな表情になってキラリへ微笑みかけた。
 
 「でも、またこれで1つ僕らは強くなれる。 僕はイリータのお陰で強くなれた。 今度は2匹で強くなるんだ。 だから......」
 
 不敵な笑みが向けられる。 それは野心の表れでもあり、こちらへの「宣戦布告」だった。
 
 
 「君達にも負けるつもりはない」






 
 
 
 
 その表情を見て、キラリは少し探検隊コメットへの印象を改めた。

 彼らは決して天才ではない。 表に浮かぶ美しさの裏に、絶え間無い努力と情熱の炎を秘めて煌めく探検隊なのだ。

 
 ーーそれはさながら、宇宙という海を泳ぎ続ける彗星の如く。
 
 
 
 「......私達だって負けないよ!! もっともーっと強くなって見返してやるんだから!!」
 
 オロルの言葉から力を貰い、キラリのモチベーションは上昇していくばかり。 自信を込めた笑顔で答える。
 
 「ハハハ......それはどうかな?」
 
 オロルもつられて少し笑う。 語り合える嬉しさ故か、深夜の寒さ故か。 顔は高揚し、少し赤くなっていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 (......眠れないや)
 
 一方その頃、ユズは簡易的な布団を何度も寝返りしていた。 寝転がって目を閉じているだけでも疲れというのは取れてくるらしいが、流石に見張りの順番が来るまでは暇だ。どうしたものかと、またコロコロ転がるのを繰り返す。
 
 「......うう......」
 
 呻き声が聞こえてユズは目を開ける。 イリータのものだった。 彼女も目を開けて辺りを見回す。
 
 「......あなた。 今、何時かしら......?」
 「え、ええっと......2時くらい、かな? ......頭痛大丈夫?」
 「さっきよりはマシよ」
 「なら良かった......」
 
 取り敢えずユズは少しほっと息をつく。 話す事が何も無いためか、少し沈黙が場を支配した。 そんな中、イリータが呟く。
 
 「......滑稽でしょう? あそこまで言ってた奴が助けられてる立場にあるなんて......笑いたければ笑えばいいわ」
 「えっ......」
 
 イリータの顔を見る。 暗くてよく分かりづらいが、その顔は悔しさに満ちていた。 それは、自らの不甲斐なさを嘆いているようで。
 
 「......笑わないよ。 いや、笑えない。 なんでかは分からないけれど......笑いたく、ない」
 
 ーーだって、少し自分と似たものを感じるから。
 
 その1番言うべきであろう言葉は口に出せなかった。 少し口籠るが、勇気を出して話を転換させようとする。
 
 「......イリータってさ、よく体調とか崩すの? なんとなく気になって......」
 「......恥ずかしいことだけどね。 生まれつき、そこまで丈夫なわけじゃないのよ。 病院に1年中籠ってたことだってあったわ。......そうね、オロルが来てから、変わったとも言えるわね」
 「そうなの?」
 「ええ。 最初の彼は正直気に入らなくて、酷いこともきっと言ったわ。 けれど、誰かに怒るなんて初めてだったから......あそこまで心が燃えたのもね。 諦めかけていた彼と出会えたことで、逆に私は自分も諦めかけていたのを知れたのよ。 そして、私は今ここにいる。
 うん。 そうだわ。 ......私は、確かに彼に救われた。」

 1匹で静かに納得するイリータ。 その顔には今まで見られなかった暖かさと慈しみが浮かんでいた。
 
 「それに、彼は私のアクセルにもなっているし、私を止めるブレーキでもあるわ。
 彼がいるから、私は独りよがりに前へと進まなくて済むのよ。 彼だからこそ言えることもあるわ。
  彼の優しさはとてもありがたいし、私だって負けてはいられない。 だから強くなりたいのよ」
 
 誇り高い意志を秘めたイリータの声。 その姿に、改めてユズは尊敬の念を覚えた。
 最初は嫌な感じに思えたイリータ。 でも、決して全てがそういうわけではないのだろう。 彼女自身も、色々な思いを抱えて生きているのだ。 だからこそ、どこまでも美しく、そして誇り高い。

 「凄いね。 やっぱ2匹は」
 「当然よ、舐めないでもらえるかしら?」
 
 イリータはニヤリと笑う。 それは彼女の自信と、内に秘めた強さを感じさせた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「朝だー!」
 
 あっという間に夜明けはやって来る。 やはりと言うべきか朝日も美しいものであり、目を覚ますにはもってこいだ。
 
 「イリータ、もう大丈夫かい? ちゃんと寝られたかい?」
 「問題無いわ。 もう大丈夫よ」
 「......ふーん、じゃ、ユズと少し楽しそうに話してたのはなんだったのかな?」
 「なっ......!?」
 
 嫌味を込めた笑みで聞いてくるオロルに、イリータは驚きを隠せない。 もちろん、ユズとキラリも。
 
 「ええ!? 話してたの2匹!?」
 「う、うん......でもなんで知ってるの!?」
 「かなり耳はいい方だからね。 にしても面白いね。 馴れ合う気は無いって言ってたのに......」
 「か、体が弱ってたからってだけよ! 別に馴れ合うとかそんなんじゃ......!」
 
 少し顔を赤くし、イリータはそっぽを向いた。 これは俗に言うツンデレとかいうものなのだろうか? 3匹は微笑むのを抑えられない。
 
 「な、何よその顔! とにかく行かなきゃでしょ、ガチゴラスのところ! のんびりしてる暇なんて無いんだから!」
 「あっ、待ってイリータ! また体調崩したらどうするんだーい!?」
 
 イリータはそのまま走り出してしまった。 それを慌ててオロルが追う。 その後ろを、ユズとキラリは笑いながらついて行った。
 
 「ねえユズ?」
 「何?」
 「探検隊コメット、面白いね!」
 「......うん!」
 
 お互いに微笑みあい、2匹の後を追った。 まずはガチゴラスを倒すために。
 そして、彼らと肩を並べて走れるように。

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