第12話 雨を超えて

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 「簡単に言えば......疲労が大きいでしょうね」
 「疲労......?」
 
 医者のハピナスが、ユズの状態をキラリに告げる。
 雨に濡れてびしょびしょになった体に、柔らかなタオルの暖かさが染みる。 キラリは少しぼーっとしながら、ハピナスの診断結果を聞いていた。
 
 「多分だけど無理してたのね。 というか、昨日怪我してたでしょ? この感じだと。 そんな中で依頼に行ってフルに戦ったりしたらこうなるのも納得するわ。
 あなたもそうだけど、無理はしちゃダメよ? 今回はひとまず大丈夫だったけど、探検は場合によっては命にも関わる危険が訪れるリスクもあるから」
 「......待って。 ハピナスさん」
 「どうしたの?」
 「......私は、無理してた。 それはユズにも言われたから分かる。 でも、ユズもそうだったっていうの?」
 
 キラリは疑問をハピナスに投げ掛ける。 どうか、そうでないようにと願いながら。
 だが、帰ってきたのは反論のできない答え。
 
 「前、あなた風邪引いたでしょう? 暫く街にあなたが来なかったのは、ユズちゃんがあなたをちゃんと休ませてたからじゃないの? 今回もそう出来たはず。......でもしなかった。 あの子自身も、行かなきゃという思いがあったから。 リスクを押し切ってまでね」
 「あっ......」
 
 確かにそうだったと納得してしまう。 キラリが風邪を引いた時、「もう治ったから行きたい!」とせがんでも、ユズは絶対に聞き入れてはくれなかった。 なのに、今回は違った。 ただ、静かに頷いただけだ。
 それこそが、ユズが無理していたという最大の証拠。
 キラリはしょんぼりとして俯く。 こんなことなら、依頼に行こうと言わなければよかったのだろうか。
 迷惑なんて感じてないって、ユズは言っていた。
 だけど。 例え彼女が無意識だとしても。

 自分は、彼女に迷惑をかけてしまっている。
 
 
 
 
 キラリは何も言わずに立ち上がる。 悲痛な面持ちのままで。
 
 「キラリちゃん?」
 「......ハピナスさん。 もう夜遅いし、今日はユズを泊めてくれないかな?」
 「いいけれど......あなたは?」
 「家に、戻るよ。 ユズが起きたら、私は家にいるって伝えてあげて」
 「あっ......キラリちゃん!」
 
 足早に病院を出て走り出す。いつものキラリなら、起きるまでずっと側にいただろう。 でも、今の彼女には無理だった。 隣にいたら、胸が痛くなるだけだから。 暗いものが心に積もるだけだから。
  再び雨に濡れながら、全力で走る。 大雨は、息をつく暇もくれない。 雨粒が体にへばりついていく。
 ......本来ならキラリも泊まるべきだった。 泊まろうとするはずだった。
 
 だが......今は、少し1匹になりたかった。
 
 
 (ユズ......ごめん)
 
 
 
 
 
 
 



 朝になっても、雨は止む気配はない。 キラリはのっそりと布団から出る。 静かで暗い家に、雨の音はよく響いた。
 簡易的な朝ご飯を食べるが......味がしない。 まるで砂を噛んでいるような感じになってしまう。
 そんなこんなで、全て終わった後にキラリは無気力なまま床に寝転がる。 目に映るのは木で出来た天井だけだ。 他には何も無い。
 
 こんな景色は、前はよくあったものだ。 親は共働きで忙しく、毎日家に1匹でいる日々が続いていたのだから。 レオンの家で本を読み漁る中で、たまにこう寝転がって雨の音を聴いていたのだ。それは、いつもキラリの心を癒してくれていたけれど。 今は、寂しさがつのるばかり。
 ......ユズと2匹でいることが、当たり前になったからだろうか。
 
 「どうしたらいいのかなぁ......」
 
 キラリはボソッと呟く。 解決策なんて知りはしない。 ただ、心が苦しい。 それだけだというのに。
 
 
 
 
 
 
 突然、玄関から来客を告げるベルが鳴る。
 
 「キラリー? いるかー?」
 
 その声はレオンのものだった。
 
 「おっおじさん!?」
 
 キラリは慌てふためく。 こんな後ろ向きな姿は見せられない。 鏡で顔をちゃんと確認してからドアを開けた。
 
 「ど、どしたの?」
 「いや、ちょっと話したいと思ってな......色々と」
 「えっ」
 
 キラリはぎくりとする。 何故かは分からないが、心の奥のものが掘り出されそうな感じに少し怯える。 それを察したのか、レオンは優しげに言う。
 
 「大丈夫だ。 もし言いたくないことがあるんなら言わなくたっていいんだ。 でも、やっぱ心配なんだよ。今のお前ら。
 少しでいいんだ。 腹割って話そうぜ?」
 
 ポンポンと頭を撫でられる。 幼い時から感じてきた手の温もりには、やっぱり抗うことは出来ない。 キラリはついに観念した。
 
 「......分かった」
 
 
 
 
 
 キラリは話せることは全部話した。 ユズに無理をさせた自分の不甲斐なさ。 過去の思い出が蘇り、初めて浮かんだ離れてしまうのではという不安。 依頼で感じた力不足。 そして、ユズについても少し。 流石に人間というのは話せないので、それ以外を。 謎の力についてだったり、出会いの経緯だったり。
 
 「......これが、全部だよ」
 「成る程、そゆことか......キラリ、その、すまんな」
 「え? なんで謝るの?」
 「昔のことだよ。 ちょっと俺の思い込みの部分もあった。 正直俺は、1匹でいるのが寂しいとばかり......」
 「いや、間違ってないよ。 ......両方だよ。 楽しさも寂しさも。 不思議と後悔はしないんだ。 あの日々のお陰で今の私があるし。
 だけど、ユズといる日々は刺激がいっぱいで、楽しくて......
 ......だからこそ、自分の力不足を感じて、不安になる」
 「うーん......そっかぁ」
 
 レオンは少し考える素振りを見せ、息を少し吐き言葉を紡ぐ。
 
 「なあ、キラリ」
 「何?」
 「昨日、ユズと少し話しただろう? 俺」
 「うん......そういえば何話してたの?」
 「勿論お前の事さ。 キラリが元気なくて心配だって。 何かいい解決策は無いかって。 正直俺もあまり浮かばなかったからな。 本音をちゃんと言ってみろってアドバイスしてみた。 お前結構頑固だしな......」
 「そうなの?」
 
 そう言われれば納得がいく。 普段のユズは温厚で、あんな風に怒る事なんて今までなかったのだから。
 
 「そーなんだよ、お前の反応からして無自覚だろうけどな......あと、ユズはこうとも言ってた。
 
 
 
 『キラリを守れない自分が不甲斐ない、強くなりたい』ってな」
 
 
 
 

 
 
 
 
 
  「......なんで」
 
 キラリは無意識のうちに呟く。 ユズは十分強いのに。 守れないなんて、そんなこと、ないのに。
 レオンは真剣な顔で、キラリに向けて言う。

 「そういうことだよ」
 「え?」
 「似たもの同士ってことだよ。 お前らは。 何か失敗すると必ず自分を責める。 そして、お互いを大事に思ってる。 心から、尊敬している。
 分かってるとは思うが、それはお前らの長所であり短所だ。
 そこで、ポケ生の先輩からちょいアドバイスだ。 ユズもキラリも、1匹のポケモンだ。 別にどちらも他より遥かに秀でた何かがあるわけじゃあないだろ? ユズの『力』も、俺的には恐らく後付けのものだと思うし。 パートナーを尊敬するのは大事だが、英雄視するのもいいわけじゃない。 お前らは対等だ。 上下関係があるわけじゃない。
 迷惑なんてかけたっていいんだ。 お互い持ちつ持たれつ。 それがチームとしての理想の姿だと思う。
 ......ユズは、お前の事を咎めたりはしないだろう?」

 キラリは思い返す。 今挙げた事以外にも、実は失敗は重ねていた。
 
 罠を踏んで眠ってしまった事もあった。
 料理を焦がしてしまった事もあった。
 
 でも、そんな時も、ユズは優しく手を差し伸べてくれた。
 

 それはまるで、春の日の木漏れ日のように。
 
 
 「......うん」
 
 キラリは泣きそうになりながら頷く。 そこで、レオンが彼女の手を優しく握った。

 「離れなどしないさ。 お前らは。
 俺の勝手な解釈だけど、お前はちゃんと過去の色んな事を踏み越えて前に進んでる。 だからこそ今、ユズの前で笑えてるんだろ?
 後は、どう自分の中で消化して行くか、それだけだ。
 ゆっくりでいいんだ。 2匹で一緒に進んで行け。 そこにきっとお前の目指す輝く未来はある」
 
 もう限界だった。 キラリは泣きじゃくる。 最初は嗚咽だけだったが、徐々に声を上げて。
 レオンはあえてそれを止めなかった。ただ黙って、手を握っていた。

 ...... きっとこの涙が、彼女の心の雨を止ませてくれるだろうから。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「うーん......」
 
 場所は変わり、オニユリタウンの診療所。 昼まで眠っていたユズであったが、やっとの事で目覚めたようだ。
 だが、目覚めたのは彼女にとって全く未知の場所。 ポカンとしていると、そこにハピナスがやって来た。
 
 「あら起きたのね! 改めまして初めまして、医者のハピナスよ。 調子はどう? あなたダンジョンで倒れちゃったのよ?」
 「は、はい! 大丈夫です......」
 
 ユズは辺りを見回した後、急ぐかのようにハピナスに聞いた。
 
 「すいません、キラリは?」
 「えっと、一回家に帰るって......」
 「そうですか......ありがとうございました、家に戻ります!!」
 「えっ、ちょっ!?」
 
 ユズにハピナスの制止は届かない。 ユズは即家へと走り出した。
 誰も患者が居なくなった診療所。 ハピナスは溜息をついて独り言を言う。
 
 「2匹揃ってせっかちねぇ......」
 
 
 
 
 
 
 
 ユズは家への道のりを走る。 一日中寝ていたからか体は本調子ではないが。
 やってしまったという後悔の念もあるので、謝りたいとは思う。 だが、真の目的はそれではない。
 ただ今は、キラリにとてつもなく会いたかった。 一緒にいたかった。
 

 
 
 
 
 「はぁ、はぁ......」
 
 やっと家にたどり着いたユズ。 ドアに手をかけようとすると......
 
 
 「ファイトォォオオ私ー!!!」
 
 近所迷惑レベルの大声がこだましてきた。 これを聞いたユズは、驚いた後にクスッと笑う。
 そして急にドアがバーンと開いた。 流石にこれは驚きの方が大きく、後ろに転び尻もちをつく。
 
 「って......うわあユズ!? ごめん思い切り開けちゃったよお!」
 「だ、大丈夫......お尻痛いけど」
 「ああああごめん!と、とりあえずぅっ!?」
 
 キラリは玄関の段差につまづき転んでしまう。 見事な転びっぷりに、ユズは笑いが抑えきれない。
 
 「っく......あははっ......」
 「わ、笑わないでよ......恥ずかしい......」
 「だって......抑えられなくて......っ」
 「もーユズったら......ふふっ」
 
 2匹は大笑いし始めた。 初めて出会ったあの日のように。 新たな始まりを、彼女らの再起を予感させるように。
 ひとしきり笑った後、2匹は誰からともなくこう言った。
 
 

 
 
 
  ごめんね。 ......あと、ありがとう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 「成る程......おじさんがそんなことを」
 「うん。 流石はポケ生の先輩ってとこだよねー! たまに凄い良い事言うんだよ......たまにお酒で酔っ払って酷いことになってるのに」
 「そ、そうなの?」
 「何度かそういう時に遭遇したけど見ていられなかった」
 「ほ、ほう......」
 
 2匹は藁布団に寝転がり語り合う。 ユズは少し空を見上げてみるが、雨は既に止んでいた。 星明かりが寝床を照らす。
 
 「ねえ、キラリ」
 「何?」
 「私達、きっとまだまだなんだよね」
 「......うん。 でも、きっと進んでいける。 世界には、知らないものが沢山あるんだもん......立ち止まってなんか、いられないよね」
 「そうだね......勿論、休みも挟みながら、だね」
 「あはは、そうだよねやっぱ! 以後気を付けます!」
 「私も気を付けるよ......その他にも色々とね」
 「......改善点多いなー、でも燃える!」
 
 笑い合う2匹。 その気合いはまさに、この夜の間もこの星のどこかで輝く太陽の紅炎のようであった。
 
 「ねぇ、キラリ。 これからどうしようか? このままじゃ、多分苦戦するばかりだと思うし」
 「そうだね......おじさんにちょっと教えてもらうかな......? これは流石に私達だけじゃあきついかもしれないし。 おじさん、結構名のある探検家だったらしいから。 きっと何か手掛かりがあるよ!」
 「そっか...... よし、頑張ろう、キラリ!」
 「勿論!! 」
 「それじゃ、おやすみね」
 「うん」
 
 それぞれ目を閉じる。
 変わっていかなくてはならない。 ここで止まってしまわないように。
 強くならなくてはいけない。 みんなを照らす太陽になるために。
 2匹一緒に前へ進む。 ユズとキラリの中には、そんな決意がみなぎっていた。

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