第10話 紫紺の森

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 森に着いてみれば、案の定探検隊達がひしめき合っていた。 仲間同士で宝箱の居場所について話し合う者もいれば、相手の宝探しを妨害すべく戦っている者もいる。 [かえんほうしゃ]、[ハイドロポンプ]、[れいとうビーム]。 そんな強力な技が森中を飛び交っていた。
 
 「ど、どうしようか?」
 「宝箱を探す。 それ以外無いじゃない? 別にあなた達を妨害する気はないから、お好きにどうぞ」
 
 イリータはつっけんどんな態度で言葉を返す。 ユズはそれにムッとするが、キラリがまあまあとなだめた。
 
 「それじゃ......行こっか!」
 
 キラリの言葉を皮切りに、2つのチームはそれぞれ違う方向へと走っていった。
 
 
 
 
 「......ふふっ」
 
 走りながら、キラリは微かに笑う。
 
 「どうしたの?」
 「いや......ユズがそんな風に怒ってるの、初めて見たなぁって。 基本ユズって、なんというか......ほんわかしてるからさ、ちょっぴりビックリ」
 「......私だって、怒りたい時は怒るよ? なんかあの子の態度はもやもやするから......もしかして、嫌だった?」
 「ううん! そうじゃないの! むしろ......新たな一面が知れて嬉しいというか......というか、なんか可愛い!」
 「ふえっ!?」
 
 突然の「可愛い」という言葉にユズは驚き、何故か恥ずかしさで顔が真っ赤になる。 彼女はそれを振り払うため、走るスピードを速めた。
 
 「えっユズどしたの!」
 「なっななな何でもない! ほ、ほら早く探そう!?」
 「う、うん! そうだね行こっ!」
 
 ......可愛い。 そうキラリは心の中でまた呟いた。
 
 
 
 
 
 「[こごえるかぜ]!」
 「[ようせいのかぜ]!」
 
 一方、探検隊コメットはダンジョンの敵を危なげない様子で倒していた。 宝箱探しを妨害するのは、何も探検隊だけではない。
 
 「ふう......暫くは落ち着いて進めそうかな?」
 「行きましょう。 あそこまで言っておいて負けたら洒落にならないわ」
 「まあそうだね......って、恐るるに足らずって、さっき言ってなかったっけ?」
 「私達なら絶対に大丈夫。 勝てるとは思うわ。 でも、油断はしたくないから......ここは不思議のダンジョンですもの」
 「なるほどね......ん?」
 
 オロルは止まり、不思議そうに首を傾げる。
 
 「オロル?」
 「あ、ごめん」
 「何かあるの?」
 「いや、なんというか......」
 
 
 
 「なんだか、おぞましい声が聞こえたんだ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「うわあああっ!?」
 
 ユズ達の近くから悲鳴が響く。 ......ダンジョンの敵ポケモンではなさそうだ。 「助けてくれ」、「命だけは」といった命乞いも、微かに聞こえてきた。
 
 「キ、キラリ。 行った方が......いいよね?」
 「うん、何かは分からないけど......見過ごしたくなんかない!」
 
 2匹は声のする方向へ走る。 案外現場は近かった様で、すぐに慌てて走っている探検隊を見つけられた。 こちらに気づいたのか、1匹のポケモンがこちらに向かって叫ぶ。
 
 「逃げろっ!!」
 「えっ!? 」
 「並の探検隊が敵う相手じゃねぇ! 命の方が大事だ! とにかく遠くへ走っー」
 「遅ぇよ」
 
 その声とともに、後ろからそのポケモンに攻撃が放たれる。 吹き飛ばされた彼は、木に叩きつけられ、そのまま気絶してしまう。 ーーそうなれば、次は誰が標的になるか?
 2匹を悪寒が襲う。 すぐ後ろにいるであろう『それ』は、余裕そうな声でこう言った。
 
 「次の獲物はおめぇらか......少しでも最強のキテルグマである俺を楽しませろよ? 明らかに弱そうなガキンチョ!」
 
 
 
 
 
 
 そのキテルグマの巨体から繰り出される攻撃は一撃一撃が重く、力の差は余りにも歴然としていた。 以前に絶対絶命なところを救ってくれたユズの『力』も、今回は手を貸してくれない様だ。 必死で抗うも、傷は増えていくばかり。
 
 「ぐっ!」
 「どうしたぁ? その程度かよ。 やれやれ。 力の無い奴らを倒すのもきついもんだ」
 「っ......!」
 
 2匹とも体をなんとか動かそうとするが、体は言うことを聞かない。負けてしまいそうである事実と自分の無力さに、キラリは少し涙目になる。
 
 (負けたくない......こんな、ところでっ!!)
 
 やけくそと言わんばかりに、力を振り絞り相手の元へと飛び込む。 それは彼女の諦めない意志の表れでもあったが、ユズにはその行動が危険だとしか思えなかった。
 
 「キラリ駄目っ!!」
 「おりゃああああっ!!」
 「無駄だ」
 「無駄じゃないっ! [おうふくビンタ]っ!」
 
 ......思いをのせた攻撃は届かず、いとも簡単に薙ぎ払われる。 もう限界だったのか、キラリは気絶してしまった。
 
 「......キラリっ!......くぅっ......」
 「さあ、お次はお前だ」
 
 そのポケモンは静かにユズへと忍び寄る。
 
 (お願い......出て......! 今出ないのなら、私のあの力は一体何なの? 何のためにあるの!?)
 
 自分達を救ったあの力が出るように、ありったけの願いを込める。
 ......だが、懇願は届かない。 キテルグマの手が、こちらへと振り下ろされそうになる。
 
 (くそっ......!)
 
 
 
 
 
 
 ......ひらり。
 突然、空から一粒の雪が舞う。 それは少しずつ勢いを増していった。
 
 「なんだ......?」

 キテルグマは手を止め何かを怪しむ。 警戒するが、今の時点では何も見えない。 安全を確認して、再びユズを手にかけようとする。
 ......その時。

 「[こごえるかぜ!]」

 降ってくる雪に紛れて少し見づらくなっていたが、こちらに接近していたオロルがいきなり奇襲をかけた。 その名の通り、氷を帯びた冷たい風がキテルグマを襲う。 タイプ相性やレベル差のために、彼が受けたダメージは微々たるもの。 だが、それは彼の気を散らすには十分だった。
 その隙に近くの木からイリータが飛び降り、技を放つ。
 
 「[メロメロ]!」
 
 キテルグマが危機的状況に立ったと自覚した時にはもう遅かった。
 イリータの美しい虹色のたてがみ。 透き通る様な白い肌。 そして溢れ出る高貴な雰囲気。 彼はそれにあっという間に心を奪われ、ボーッと見つめることしか出来ない。 それは、形は違えど彼が戦闘不能という事実を示していた。
 
 「......凄い」
 
 ユズはボソリと呟く。 自分達がなす術もなくやられそうになったポケモンを、ほんの少しの手間で仕留めたのだ。 それも、パートナーとの完璧なコンビネーションで。
 ......イリータが何故あんなにも強気なのか、ユズは理解した気がした。
 
 「何ボーッとしてるのよ!」
 
 イリータの突然の怒号にユズはびくりとする。
 
 「......もう探検どころじゃないじゃない! 早く倒れてるその子を連れて一回街に戻りなさい」
 「あっ......ちょっと待って!」
 「何よ。」
 「どうして分かったの? 私達の居場所」
 「勘違いしないで。 私達が分かったのはあの凶暴そうなポケモンの居場所よ」
 「妨害してくるポケモンは少しでも減らしたいからね。 そこで少しだけ作戦会議をしてあいつの『動きを止めに』向かったら......っていう感じだね。 危ないところだったね」
 「というわけよ。 もういいでしょう? 私達は宝探しに戻らせてもらうわ。 もっとも、あなた達が戦線離脱するならもう勝負も何もないけどね」
 
 イリータはプイッと振り向き歩き出す。 オロルもそれに続く。
 そしてユズは1つ言い忘れたことに気づく。 止めるのは2度目になるが仕方ない。 ためらった後に口を開く。
 
 「......イリータ、オロル」
 
 2匹はユズの方を振り向く。 ユズは、尊敬と感謝の念を込めて、一言だけ言った。
 
 「......ありがとう」
 
 イリータは「......ふん」とだけ言い、オロルは「どういたしまして、気をつけて戻るんだよ」とにこやかに言って去っていく。
 本来は、とても悔しいはず。 だが、今のユズにはこの結果にあまり疑問を抱けなかった。
 見られることはないのは分かっているが、1つ2匹に礼をした。
 
 強く美しい、彗星の様に煌めくあの探検隊に敬意を込めて。
 
 
 
 
 
 キラリを背負って家へと戻る。 少しずつだが、探検隊も街に戻り始めていた。 嬉しさに震えたり、悔しいと涙を流したり。 そんなはっきりとした感情を出せる彼らを、ユズは少し羨ましく思えた。
 
 「無力、か」
 
 ユズはボソリと呟く。 今日の自分達にはぴったりの言葉なのだろう。 強大な相手を前にして、何も出来ない。 同じくらいの時に結成した探検隊とも、実力的に劣る。
 
 そして、それは必然的なことで。 ただ、力が無いってだけで。 チームにしても。 自分自身にしても。
 
 ......大事な相手が目の前で倒れているのに、それを助ける力が無いだけで。
 
 助けてくれた大事な相手を、支えてあげられる力も無いだけで。
 
 
少しだけ暗くなったと思ったら、雲が太陽を遮ろうとしていた。 それは、太陽の輝きを遮断する。完全にとは流石に行かないが。
 それを見てユズは乾いた笑いを漏らす。
 
 「......私みたいだね」
 
 そう言って、再び歩みを進めた。 不思議と、足取りがさらに重くなっていくのをユズは感じた。
 
 
 
 
 
 
 「......うーん」
 
 もう、夜になってしまったのだろうか。 キラリは目覚め、むくりと体を起こす。 その時、自分の体に包帯が所々巻かれていることに気づく。 ユズの方を見てみるが、彼女もその様だ。 その時キラリは、自分達が置かれた状況にやっと気づく。
 
 「そうだ、私......ああ、やっちゃったなぁ......」
 
 ユズが自分を止める声は聞こえていた。 だが、あの時のキラリにはその言葉は『届かなかった』のだ。 もし耳を傾けていたのなら、力任せに突っ込まなければ、もしかしたら違う結果になっていたかもしれない。 何より、ユズに苦労をかけることもなかった。 キラリは俯いて悔やむ。
 
 「ユズに、迷惑かけないようにしなきゃ......これ以上は」
 
 そろそろ梅雨が来るのだろうか。 空には雲がかかっており、月など見えなかった。 どんよりした空は、キラリの心を癒すことはなかった。

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