予告状は食後のローズヒップと共に

しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
 
ログインするとお気に入り登録や積読登録ができます
読了時間目安:15分
「これがガラルの誇るジムチャレンジですか」


助手が自分のスマートフォンで、目を釘付けにして見ていたのは、ガラル他方の一大風物詩のジムチャレンジの試合映像だ。小麦色の肌の、頭にバンダナを付けたジムリーダーの青年と、背番号を背負ったユニフォームを着た若い少年が対峙している。熱の篭った観客の大きな歓声はポケモンが交代したり、技を繰り出す度にスタジアムを熱狂の渦へと落とし込んでいる。


「ほら大熱狂ですよ、ミスター」

「生憎だが、僕は熱い戦いは好まない性分でね」

「そうですね。というよりも戦えないんでしたね」

「う、うるさいな」


返しに詰まった怪盗を後目に、助手はスマートフォンを横画面にしつつ、ちらと窓の景色を見てみた。青空に映える穏やかな緑にながらかな山脈。朗らかに広がる田園風景。ガラル他方といえば、あのマクロコスモスが構える他の地方と争っても随一だろう、威風堂々たるポケモンリーグに、工場を中心に栄えた、ある意味生き物めいた巨大な蒸気都市が助手には思い浮かんだ。そのため、今、鉄道機関の上下運動に揺られながら彼女の目に映る風光明媚な叙景は、なかなか新鮮なものであった。


「景色はいいんだがな。ガラルは人が好かん」


つられて車窓へ目をやった怪盗が吐き捨てるように言う。助手は怪盗がやたらとこの地方のチャンピオンに文句を付けていたのを思い出した。無敵の強さを誇る最強のチャンピオン。僅か齢十で頂点に立った彼は今でも無敗神話を誇っている。助手はただそんな別世界の住人たるチャンピオンが画面越しに勝つ様を、そして彼の一挙一動が気に食わないらしい己が主を俯瞰するように見ていたのだった。


「探偵さん、どんな人なんでしょうね」

「さあな。が、どんな奴であれ僕らが勝つまでだ」


そう得意げに言う彼の指にはまたもや便箋が挟まっている。しかし、あの探偵から送られたものとは違い、真っ白な紙地にヒノヤコマの型の封蝋が押してあった。右下には丁寧な筆記体の文字で何か書かれている。達筆とも言えよう筆記体なので助手にはよく読めなかった。彼の性格と一連のシナリオから思い当たるものは一つのみ。


「ミスター、まさか」


助手の声に応じたように怪盗が優美に微笑む。


「そう、予告状だ。初めて使うな」

「今までこんな怪盗めいたことしてきませんでしたのに」

「今までとは訳が違うからな。普段なら警備を厳重にさせるだけだが、今回はもうネタが割れている上に相手が直接対決を望んでいる。僕が予告するかどうかなんて毛ほどの差しかない」


彼の長い睫毛が影を落としている。拭えきれない不安を隠すようにネクタイをしきりに触っていた。おろしたてだと言う、青みがかったグレーのスーツをぱっきりと着こなす彼は身内感情を抜きにしても十二分に映えていた。怪盗を見続けることに、なんとなく言いようのない隠微な感覚を覚えてしまった助手は、忘れようとスマートフォンに視線を落とした。画面では試合に勝ったらしいジムリーダーが、八重歯を輝かせて、絶妙に画面映えするアングルで映っていた。

車内に終点のアナウンスが響く。
車窓越しに、重厚さと貫禄を感じる深いネイビーブルーの城壁が取り囲む、城のような錚々たる街並みが見える。深沈とした歴史と共存する大都市、ナックルシティ。二人はその威容なる街に揃って一歩踏み出した。


「こいつを届ける前に腹ごしらえするか。長旅で疲れただろ」

「そうですね」


助手は特に疑問なく同調し、二人は駅から近いカフェテリアに入った。怪盗は席を案内されるとどっかりと座り込み、助手はすごすごと向かいに座る。やけにスカートの丈が短い女性店員がやって来て注文を聞いたので、怪盗はイングリッシュマフィンを、助手はフィッシュアンドチップスを頼んだ。


「こりゃ、食事はカロスの圧勝だな」


重たそうなマフィンを手でちぎって、ひと口食べた怪盗が言った。中からトマトやレタスが覗くイングリッシュマフィンは、紳士淑女に合わせたガラル式のハンバーガーなのだろうかと助手は一人で考えていた。


「ガラルとカロスの代理戦争なんて、ミスターには荷が重すぎますよ」

「何を言うんだか。相手は探偵としては無名に等しい。しかし僕はどうだ? もはや僕を知らないカロスの人間はいないと言っていいだろう。つまりこれは僕にとっては戯れさ」


相変わらずの微笑みで紅茶を口に含む。助手は見慣れた様子に呆れつつ、普段なら主人の食の好みであまりありつけない、チキンナゲットをゆっくりと口付けた。なかなか悪くないチープな味だと助手は思った。


「そんなに調子に乗ってると、なんと言いますか、みがわり持ち光の粉オニゴーリとかに惨敗して痛い目見て欲しくなりますね」

「極悪過ぎるだろ」


本当に僕の助手か? と尋ねる怪盗にいつもの涼しい顔で返す助手。いつも通りの全く可愛くない助手に怪盗は鼻を鳴らす。そしてナプキンで口元を拭った。


「ミスター、まだ付いてますよ」

「え? 悪いな。これだからガラルは嫌いなんだ」


助手は少し席から立ち上がり、向かいに座る怪盗の口元に付いたマフィンのゴマを丁寧にも手で取ってあげた。怪盗が少し恥ずかしそうに頭に手を回している。


「君のそれ、美味しいのか? やけにありがたそうに食べるが」

「私にとっては、珍しいのです」


食べますか? と訊いた助手に怪盗は特に何も気にせず頷く。助手がフォークで刺したナゲットを、そのまま口で受け取ろうと動いた。と、その時。


「仲良しか!」


溌剌とした声が響いた。ナゲットを食べようとしていた怪盗も口を閉じ、声の方へ見遣る。


「カップルか!? 貴様ら! こんな光景をこの女性にフラれ続けてはや三年の私に見せつけて精神攻撃する気だなさては!?」


二つ隣の席からやってきた青年が、喚き散らすように言って、そしてハンカチを噛んでいた。怪盗も助手も固まり、その青年を見据える。ナゲットが刺さったままのフォークが無造作に置かれる。海のような深い蒼の瞳は鋭く怪盗を睨んでいる。跳ねたくせっ毛の金髪に蒼眼。二人はこの男の正体を確信する。男はブラウンチェックのコートにシルクハットという、いかにも英国紳士な出で立ちだ。


「おいおい、そちらから会いに来てくれるとはな。ガラルも意外と隅に置けないな」

「キース・アンドールフィ……! 私も貴様には会いたくて仕方がなかったぞ」

「ほう? そりゃどうも。人気で困るところだよ」


キース・アンドールフィ。それは怪盗の旧名に間違いなかった。睨み合う二人。片方は微笑み、もう片方はやたら憎悪のこもった余裕のなさだった。助手はサーナイトの入ったボールを手にしつつ、これ以上人を集める前に止めようか逡巡していた。


「はいはい。お二人さんそこまでな。続きはうちの事務所でゆっくりしようや」


制止を込めたであろう乾いた手の音が鳴る。二人は同時に振り向くと、黒いマントに身を包み、口端にパイプを銜えた頑丈そうな男がいた。丸太のような太い脚と、左目の眼帯に視線が行きそうになる。男の隣には丁寧に礼をするゴチルゼルもいる。


「ラッセル・エインズワース。このお坊ちゃんのお守り役だ。ま、お前さん達のことだから説明するまでもないだろうがな」


眼帯の男はそう言うと、金髪の青年の背中を叩き、そして胸に手を当て丁寧に頭を下げた。隣のゴチルゼルがつられてまた礼をする。怪盗は男のやけに丁寧な対応に不穏さを抱いていた。それは助手も同様だった。


「続きってのは何のことだ。僕はこれをお前達に届けたらもう用はない」

「おお、すげぇな。見たまんまのスカした男じゃねーか。まあそう言うなよキース。お前も騒ぎ立てられるのはごめんだろ?」


眼帯の男に予告状を突きつけ、睨んだ怪盗だったが、ボールから直ぐにでもサーナイトを出そうとしていた助手を手で止める。不安を抱えた助手が不思議そうに彼を見ると、大丈夫だと言うように微笑んだ。眼帯の男、ラッセルが予告状を受け取ると、感心したように声を上げた。


「うちの事務所が信用ならんなら、近くの喫茶でも何でもいいが……とにかくうちのお坊ちゃんがお前に話があるんだとよ」

「私はお坊ちゃんじゃありませんよ所長! 何度言えば分かるんです!」

「だってお前、こいつを呼ぶ為にあんだけ嫌ってた財閥動かしちまったじゃないの」


怪盗をそっと親指で指すラッセルに、何か言い返したかったらしい金髪の青年が悔しそうに口ごもらせた。怪盗と助手は何をするでもなく、その様子を見守った。


「ま、安心しろよ。お前さん達を今捕まえたら怒られるのはこっちだからな」


豪放磊落といった様子で笑うラッセルと、静かに道を指し示すゴチルゼルにつられて、席を立った怪盗と助手。カフェテリア内は既に小さな注目の的になってしまっており、助手は胃が痛む思いで黒のドレスを着た少女めいたポケモンについて行く。





「改めて自己紹介しよう。所長のラッセルだ」


男は貴族めいたスーツの胸ポケットから名刺を取り出し、怪盗に寄越した。ラッセルとは斜め向かいに座る怪盗はそれを隣の助手に見せてやると、満足そうに名刺入れにしまった。ジャズ調の穏やかなBGMが流れる店内は、さっきとは違い、通い慣れた人々しかいないのか、客人は誰も彼も自分の作業に集中していた。


「そんで、隣のこいつが挑戦状の」

「レスター・レヴィングストンは私だ。こいつらが調べてない筈がない。さっきのゴチルゼルは私の助手だ」


ラッセルの隣に座っていた金髪の青年、レスターが立ち上がり、ハットを胸に一礼した。座ると再び怪盗を睨み、セピアの蝶ネクタイを弄った。


「自己紹介どうも。こちらも必要か? それが英国紳士スタイルというなら吝かでないが」

「必要ない。貴様らのことはこのナックルシティやチャンピオンのダンデの事よりも熟知している。カロスの小賢しい怪盗、怪盗ファントムとその助手の女」

「おっと、まだ予告状を見て頂けてないようだな?」


金髪の青年、レスターは切り捨てるように説明口調でそう言ったが、怪盗の遮った言葉を聞いて、怪訝そうに、スーツのポケットから予告状を取り出し見るラッセルを見た。


「はあ、微笑みの怪盗……? なんかまたキザな名前付けてんな」

「何故だ、改名する意味が分からん」


予告状に書かれた差出人名を見合わせて、各々反応を示すラッセルとレスター。そんな二人に怪盗はその名を体で表すように微笑みかける。


「怪盗はエンターテイナーだからな。人々に微笑みを振りまく意と」


怪盗は綽々と芳醇に香るローズヒップティーを嗜む。


「僕の一番欲しかった宝の名だ」


そう言って助手を見遣る怪盗。その笑みはこれ以上ないほどに優美で弛たんでいた。頭に疑問符を浮かべ呆然とするレスター。一方で若干頬を染めて俯く助手を見て納得したらしいラッセル。


「お熱いねえ」

「そんなことないさ。僕らはただの怪盗とその助手でしかない」

「ねっぷうと口で言いながら、実際にはくろいきりを命じる奴が何を言ってんだか」


お互いに微笑み、相手を見遣るラッセルと怪盗。
おおよそ、自分にはフォローしきれない腹の探り合いが始まったことが助手には肌で分かった。緊張で顔が強ばるのを感じた。


「で、僕に話ってなんだよ。ダブルラージ君」

「き、貴様! よくも私が自分の名前で一番気にしているところを!」


レスターはまたもや白いハンカチを取り出しては噛み、きつく怪盗を睨んだ。怪盗は余裕たっぷりに紅茶をあおっている。本当に呼ばれたことがあったのか、と助手は静かに考えていた。


「簡単な話だ。私は全てにおいて貴様に勝利する! 推理もポケモンバトルも! 紳士としてもだ!」


レスターは立ち上がり、怪盗を指差し溌剌と宣言した。怪盗が実に愉快そうに笑う様を隣で助手は見ていた。


「何故、最初に貴様の場所が分かったと思うかね? それは貴様を張っていた、という訳ではなく、貴様ならナックルシティのあの店を選ぶだろうという確固たる確信があったからだ。ドンカラスもそうだ」

「ほう? 要は僕の熱烈なファンってことか。生憎だが会いに来るファンはお断りだね」

「ああ、そうだとも! だからこそ許せんのだ! 貴様のような女性を泣かせる男が世間にもてはやされ、しかも! し・か・も! こんな美人にお世話されているなんてそんな事実がな!」


助手を指差したレスターは、心底悔しそうに歯ぎしりして言った。助手は今まで続いた緊張感が途切れたのを感じ、ポカンと呆けて瞬きした。


「つまり嫉妬、ですか?」

「おい、助手の君! 刺さることを言うんじゃないよ!」

「嬢ちゃんナイスツッコミだぜ」

「所長! 貴方まで!」


泣きつくレスターに、呆れつつ背を叩いているラッセル。そんな二人を見てなんとなく自分たちに近い親近感を覚えてしまいそうになった助手は、首を振り、思考をリセットする。


「そんな訳だからこの迷探偵を宜しくな、怪盗」

「まあいいだろう。遊ぶには適していると判断した」

「許せん……許せんぞ、キース・アンドールフィ!」

「フッ、精々僕と助手のガラルハネムーンを羨んでおくんだな」

「そんなものありませんが」


囂々とした会合は、これにてお開きとなった。レスターは別れる最後まで恨めしい眼差しで怪盗を見ており、それに終始怪盗は肩を竦めていた。





「なんだか愉快、いえ、騒がしい人達でしたね」

「だが、あいつの言ったことが本当なら油断ならないぞ。こちらの行動パターンを読んでくる奴ほど厄介な敵はいない」


最も、読んで来ない敵なんてもはやいないのだが、と怪盗は付け足した。二人は宿泊するホテルがある温泉街、キルクスタウンに向かう為にアーマーガアの空を飛ぶタクシーでガラルの空を飛んでいた。風に揺られながら、広大なワイルドエリアが一望出来る。


「怪盗ファントム、やめちゃうんですね」

「やめるも何も僕はその名を名乗ったことがない。マスコミと民衆が勝手にそう呼んだだけだ」


艶のある黒髪に、夕空の緋色が差している。
琥珀の瞳は随分と愉悦に彩られていた。


「微笑みの怪盗としての初仕事だ。いつも通り頼むよ、助手」

「心得ております」


やがて白い化粧土の雪道が見えてきた。ナックルシティとは違う、深々と冷え切った空気は、異郷での新たなる一歩を踏み出そうという二人に差し向けたようだったが、互いの顔を見て安心したように微笑む二人には関係ないことであった。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想

 この作品は感想が書かれていません。