第10話「過去も未来もスノーノイズ」

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 黄色い声が聞こえてくる。水中にいるみたいに遠くで響いた。長い耳をピンッと伸ばして聞き耳を立てる。たくさんいて甲高い声だ。その雰囲気は何だか聞き覚えがあった。町にいた頃、広場で近所のコドモたちが遊んでいた時のものに似ている。
 それを聞き取った瞬間に目の前が真っ白になる。なんとか目を開けようとしたが、あまりの眩しさにもう一度瞼を下ろした。

「ん、ん~」

 白い光に目が慣れてきて、改めて視界を確認する。一番に飛び込んでくるのは中心で黄色くともる太陽だった。次に快晴の空。
 そこで気がついた。ミミロルは仰向けに寝そべっている。地面は芝生でやわらかい。コドモたちの声を背景に暖かい風が、ふんわりとした体毛を撫でて心地良い。

「ビビっ! おはよう!」

 青空の横からにゅっと顔が入ってくる。

「おはよ……」

 とりあえず挨拶を返す。声はコドモっぽい印象だった。体を起こして、そのポケモンを見る。真っ白の体と端々にライトブルーの模様がある。ほっぺたは黄色く、尻尾はカールしていた。
 どこかで見たことのあるポケモンな気がするけど、覚えていない。

「大丈夫? どこか痛かったり、気持ち悪かったりしない?」
「あ、はい。たぶん……」

 特に異常のない自分の体をみて、周りを見る。広い草はらに木や石といった自然の物で作られた遊具のようなものが置いてあった。
 コドモたちが遊具を使って滑ったり、ゆらゆら揺れたりしている様子はあまりに和やかで、目が覚める前 ── つまり眠りに落ちる前 ── のことを忘れそうになる。

 しかしその先にある茶色の岩肌が、ミミロルを現実に引き戻す。それはミミロルの背後にもあった。触れると冷たくてゴツゴツしている壁が、コドモたちのいるこの場所を囲っている。
 天井はなくて太陽は拝めるものの、岩の壁はかなりの高さまでそびえ立っており、かなりの巨体か翼を持っているポケモンでないと上からの脱出は難しいだろう。

「やっぱり私たち捕まったんだ……」
「うん。あなたもバリヤードに連れてこられたんだよね」
「あいつバリヤードっていうポケモンなんだ」
「バリヤードは、捕まえたコドモたちをココにとじ込めてるの。バリヤードはここを遊園地って言ってた」

 そこまで聞いて、以前母から聞いた言葉を思い出す。

「あなた、名前は?」
「あたしはパチリスだけど、いきなりどうしたの」
「もしかしてだけど、ニコヤカ町のポケモン?」
「すごい。よくわかったね!」

── やっぱりそうだ。
 捕まえてるのはきっとコドモたち限定で、中には同じ町に住んでたコがいる。まさに母の言ってたことと同じだ。
 ミミロルが思い出した母の話とは、母と喧嘩して旅に出る時の『最近町のコドモたちが突然いなくなる事件が続いていて……』というもの。
 つまりそのコドモたち失踪事件の犯人がバリヤードということだ。
 珍しく脳が冴える。しかしその話の前後で母が触れていたあるポケモンの話については、嫌な予感がしたので思い出す前に記憶に蓋をした。

「どうしてニコヤカ町だってわかったの?」
「私もそこ出身だから、どこかで見たことある気がして」
「貴方もニコヤカ町なんだ。仲間が増えて嬉しいなぁ! あたしはパチリスだよ。よろしくね」
「うん。私はミミロル。色々教えてくれてありがとう」

 『ミミロルも』『仲間が増えて』というセリフから、他にも同郷のポケモンがいるようだ。一度心の底に叩き落としたはずの"イヤな予感"がさらに胸の辺りから這い上がってくる。
 しかし今はそんなことより気にするべきことがあるはずだ。

「ところでリオルってポケモンはここに来てる?」

 起きてからずっと気になっていた。この場所は広さはあるものの、全てではないが、だいたい空間の端まで見渡せる。
 しかしいくら探してもリオルの姿が見えないのだ。

「リオルってどんなコ?」

 リオルなら真っ先に名乗りそうなものなのに知らないようだ。嫌な予感の正体はこっちだったのかもしれない。いや、むしろ捕まったのはミミロルだけで、リオルたちが逃げられたとしたら良いことだが……。

「リオルは、えっと……青っぽい体で、頭の横に変な黒いフウセンみたいなのがぶら下がってる……」
「あー、あのコ。いるよ」

 今ので伝わったらしい。あの頭の房が変だと思うのは、ミミロルだけでは無かったらしい。
 それはさておき、さっきまでよりパチリスの声が暗い。

「何かあったの?」
「ううん。そういうわけじゃないんだけど、遊園地のルールでね」
「ルール?」
「バリヤードに歯向かったり、遊園地から出ようとしたコドモはオシオキ部屋に入れられるの」
「じゃあまさかリオルは……」
「まだその中だと思う」

 まぁ彼のことだ。飛び起きた瞬間から脱出しようと無茶したことは容易に想像できる。

「でもあのコはルールを破ってないのに、最初から部屋に入れられてたんだよね。あんなの初めて」
「リオルはバリヤードに捕まるとき暴れてたから、嫌われてるのかも」

 暴れてたというかバリヤードの自慢のバリヤーを、リオルは自力で突破してしまったのだから警戒されて当然だ。

「あともう一匹別のコがいたよ。グレーのポケモン、あのコもミミロルの友だち?」
「あー……どうだろ」

 今思えばたしかに、リオルと一緒に戦ってたあのポケモンは誰なのかわからないままだ。彼も一緒にいるのか。

「せっかくだから会いに行く? 部屋の中と外じゃ話せないけど顔は見れるよ──」
「──いや、いい」

 つい食い気味に言ってしまった。ミミロルのせいで捕まってしまったようなものなのだから、リオルには会わせる顔がない。
 パチリスは即答に目を丸くしている。

「じゃあ遊園地を見に行くのはどう? ここにある遊具とか、遊んでるコドモたちと仲良くなれるかも」
「わかった」

 立ち上がってパチリスの後ろについて歩く。和気藹々とみんなが遊んでいる様子を横目に肩を竦めた。楽しそうだとは思うものの少し苦手な雰囲気だ。コドモたちの笑い声は、そんな自分を嘲笑ってるように聞こえる。

 周囲にビクビクしながら歩いているうちに、パチリスの背中にぶつかる。

「ご、ごめん」
「最初はココ」

 パチリスは緑と茶色の境界線を前に立ち止まった。その先には草原ではなく、大きさも長さもバラバラな四角形の薄茶色の木の板が敷き詰められていた。
 そしてその上には謎のポケモンが立っている。背丈こそミミロルよりもほんの少し背が高い程度だが、佇まいは只者ならぬ職人感を醸し出していた。冷ややかな目に射抜かれて息を飲む。

「こんにちはコマタナ、"プリケ"が欲しいんだけどまだ残ってる?」
「…………新入りか……」
「いや『新入りか』じゃなくて」
「プリプリケは残念ながらない。隣のポケモンは新入りだな」
「うん。新しく来たこのコはミミロルだよ」

 コマタナと呼ばれるポケモンが改めてこちらを見る。全身に刃物のような物がついているだけでなく、その目つきは鋭くて、見られただけで怖気付いてしまいそうなほどだ。

「み、ミミロルです。よろしくお願いします」
「うーん。プリケが無いとなると困ったね。どうしよっか」

プリケが何なのかわからないミミロルにとっては話にまるで着いていけない。

「問題ない。次の"カリ"の日は今日だからな。君は運が良かったぞ」
「ほんとう!? じゃあ丁度良いじゃん!」
「ああ。くっくっ、俺の刃がエモノはまだかと飢えてやがるぜ」
「え……カリ、エモノ、ど、どういうこと?」

 ついていけない話の中から耳に飛び込んでくるのは不穏な言葉の数々だった。カリ、刃、エモノ? まさかあの全身の刃でここに住むポケモンを殺すとか。そんなことないよね? だってここ遊園地だし。そんな残酷なこと……。

「ミミロルだったか?」
「ひゃ、ひゃいぃっ!」
「しっかり離れときな。俺に近づくと無傷じゃすまねえぞ」
「ひっ……」

 こ、こいつ── マジだ!
 自分の腕の刃物を見つめるあのうっとりとした目!
 きっと遊園地って言う甘い言葉で、コドモを誘っておいて血祭りにあげるとか。あの体の赤い部分は、切り刻んだ獲物の返り血で赤く染まったとかそういうのだ。
 思えばパチリスがやたら親切な時点で気づくべきだった。 今やあの笑顔すら恐ろしい。
 早く逃げなければ……。

「すみません。私ちょっと用事を思い出して」
「待て、プリケが手に入るまでは逃がさないぞ」
「ヒィッごめんなさい! どうか命だけは!」

 死を覚悟してミミロルは祈るように手を合わせて目をつぶる。突然命乞いを初めた彼女にコマタナとパチリスも困惑して、あたりは気まずい沈黙に落ちた。

「うわあああああ! コマタナ、助けてくれ!」

 その沈黙を破ったのもまた、命乞いに似た悲鳴だ。
 ミミロルのものでは無い。それを聞いたミミロルは思った。(あぁ。血祭りが始まった……)と。
 カサカサと草を分けてくる足音が、自分にぶつかる前に止まる。

「ゾロア、丁度いいところに来たな。」
「ナイスタイミングだよ!」
「あ? 何でパチリスがここにいるんだ?」
「ゾロアこそどうしてここに?」
「オレはまたあいつに追われてるんだ。もうすぐここに来るから匿ってくれ」
「わかった」

 会話の内容が気になってミミロルがおそるおそる半目を開くと、殺されるどころか知らないポケモンが増えていた。そのポケモンはゾロアと呼ばれてコマタナと慣れた様子で話している。

「あれ? 血祭りは?」
「ん、誰だこいつ」
「このコが新しく入ってきたコだよ。ミミロルっていうの」
「へえ、オレはゾロアだ。ヨロシク」
「よ、よろしく、おねがいします……」

 初めましてのポケモンと話すことにまだ慣れず、ぎこちない挨拶になる。それが気に障ったのか。ゾロアが神妙な顔でミミロルを睨みつけた。

「ごめん……なんか変だった?」
「いや、別に」

 やたら気にしていた割には素っ気なく返事をし、コマタナと何やら話している。

「ゾロアはいつもあるポケモンから逃げてるの。特技は色んなものに化けることで、化けるって言うのは変身みたいな感じの──」

── パチリスが紹介しているまさにその時、ゾロアが「どろんっ!」と言って白い煙を発する。

「ほら、こんな感じで」
「すごい……本当に変身した……!」

 煙が晴れればその前までゾロアが立っていた場所には、ゾロアではなくテレビが現れていた。ずっしりと重たそうなブラウン管である。

「なんで変身したの?」
「こうやって隠れてるんだよ」

 テレビがこんなところにある方が明らかに怪しいだろう。と思ったミミロルだが、話の通りゾロアを探す声が近づいてきて、とっさに口を手で覆った。

「あれ~? ゾロアくんどこに行ったんだろう……」

 ミミロルはトタトタと歩いてきたそのポケモンに見覚えがあった。色まで柔らかそうな山盛りの体毛に身を包んでおり、その見た目に合うおっとりとした雰囲気の喋り方をしている。たしかメリープというポケモンだ。
 メリープは首を傾げてキョロキョロしている。

「コマタナさん。ゾロアくんを知らない? こっちに来てると思うんだけど」
「さぁ知らないな」
「あら、どうしてこんなところにテレビが」

 案の定怪訝な目でゾロアが化けているテレビを睨みつける。動くはずのないテレビが心無しか震えた気がした。

「テレビは拾ったんだよ」
「そうなんですか! 電気を流せば観れるかしら?」
「いやいや、点くわけないだろ」
「しかしやってみなければわかりませんよ」
「そんなことよりメリープさん。見て! こちら新しく遊園地に来た友だちのミミロルさんだよ」

 パチリスがミミロルを手で指すと、メリープもすごい勢いで体をこちらに体を向ける。その凄まじい圧にビクッと体が跳ねた。

「まぁ! 新しいポケモンさんがいらしたのですか!?」
「えっ。えっと……ミミロル、です」

 メリープの興味の逸らし先として、いきなり紹介される。突然のことに戸惑うミミロルに、彼女は何やら興味津々な視線を向けた。

「ミミロルさんって言うんですね……!」
「はい……。あのっ。どうか、しましたか」

 舐めまわすような彼女の目線はゾロアの時とは違って輝いていた。

「あなた、モフモフしてそうですねえ!」
「え?」
「特に腰周りがモフモフで気持ちよさそうです」
「な、なに?」

 瞬きもせず輝いた眼を向けたまま、ジリジリと近づいてくる。

「うふふふふ」
「ちょっと待って」
「失礼しまぁ~す!」
「きゃああああ」

 お腹周りのクリーム色の体毛がついている部分目がけて突進し、押し倒す。

「もふもふ」
「相変わらずだねー。メリープさん」
「も~何!?」
「気持ちいいです~」

 倒したまま体重をかけ、お腹に顔をうずめてモフモフを堪能するメリープに少し苛立つ。

「楽しんでるところ悪いがメリープ、ミミロルのベッドを作らなきゃいけないんだ。毛を切らせてくれ」
「あっ! なるほど!」

 メリープがパッと頭を上げて、コマタナの方に駆け寄る。そこでようやく話が見えてきた。どうやらメリープのモフモフの毛をプリケと読んでいて、ベッド──つまり遊園地における寝床──を作るためにそれが必要ということらしい。
 ミミロルはリオルとの旅の最中野宿も何度か経験しているため、別に無くても構わないと思ったが、たしかに天井が無い空まで吹き抜けの空間だと雨風を凌ぐすべが必要だ。
 そうこう思っているうちに、ミミロルの前では毛刈りが始まっている。コマタナが巧みな手つきで、長い体毛を適当な長さに切り裂いていく。その度にシャクシャクと鳴る音は軽快で心地いいが、同時に止まることのない彼の刃の切れ味には少し恐怖を感じる。

 コマタナの手捌きに見とれて、あっという間にメリープのモフモフのボリュームが最初の二回りほどまで減っていた。
 地面にはプリケが山盛りに積もっていて、木の板が敷かれている理由がわかった。おそらくプリケをもらすことなく、ポケモンたちのベッドに使う為だろう。

「ミミロルさん。私の大事なもふもふプリケです! 大切に使ってあげてくださいね!」
「う、うん。わかった」

 コマタナとメリープからプリケを受け取り、改めて遊園地を見て回ろうとコマタナのトリミング場を後にする。
 "コマタナのトリミング場"はパチリスが勝手に付けた名前で、メリープ以外にも体毛が伸びやすいポケモンは彼に手入れしてもらうことが多いらしい。ちなみに"メリープの毛=プリケ"もパチリスが付けた名前だ。

「メリープもあたしたちと同じニコヤカ町出身なんだよ」
「へぇーそうなんだ」
「ニコヤカ町出身のポケモンは、他にもいて例えば──」

 他にもいる同郷のポケモンとは。何故パチリスが会話を止めたかといえば、その答えが丁度目の前に現れたからだ。

「良いところに来たね。ちょーど今あなたのことを紹介しようとしてたの」

 バリヤードがコドモをここに集めて閉じ込めていることから母の言葉を思い出して、薄々わかっていたけど、相対するのが怖くて目を逸らし続けていた。ずっと前から。
 母は『イーブイちゃんが、行方不明になった』と言っていた。

「紹介するね。このコはエーフィ、彼女もニコヤカ町のポケモンなんだよ」
「エーフィ……」

 耳慣れない名前を、一音一音確認するように呟く。

「で、新しく来たこっちは──」
「ミミロルでしょ。知ってる」
「えっ、そうなの!? そっか。同じ町に住んでたんだもんね。知ってるコもいるよね」
「ミミロルの方は、覚えてるかわからないけど」

 ドキッと胸の奥が飛び上がった。彼女の言葉に内蔵をチクリと刺されたようだ。そしてジワジワと痛んでくる。

「進化したんだね……イーブイ」
「うん。久しぶり」

 忘れるわけがない。あの日、"不完全なきあいだま"を親友に直撃させた時のことを。いつまで経っても上達しないきあいだまも、母との溝が増す日々も、全てあの日から始まったのだから。

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