二話

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読了時間目安:7分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 子供たちを布団に入れ、自分も横になる。とりあえず子供たちが眠りにつくまでは、とラナは思っていた。
「……ママ、一緒に寝てもいい?」
 こっそりラナの布団に潜り込んできたのは、ナズナ。
 昼間は二人の相手をしていたので、あまり彼女に気を向けてあげられなかった。ラナはそのことを気にしていた。
「いいよ」
 その言葉を聞いたナズナは、若すぎる母の身体にそっと抱きついて、目を閉じた。ラナはそんな彼女の背中を優しく撫でてやる。
 アオイと違って、彼女は髪を長く伸ばしている。柔らかく、しっとりとして、梳くと指に絡みついてくるような、そんな髪。彼女はその髪をあまり切りたがらない。普段、あまり自分の意見を言わない彼女にしては珍しく、これだけは頑なに譲ろうとしないのだ。

 ラナはナズナはもちろん、子供たちみんなが眠っているのを確認して、そっと布団から出る。
 白いゆったりとしたシャツ、黒いショートパンツに着替え、その上に黒いジャケットを羽織る。耳にはピアス、首には三日月のチャーム。子供たちの前では絶対に見せないような姿。見られたら、怖いお姉さんだと思われることだろう。だから、夜の姿は見せられない。
「最後まで一緒にいられなくて、ごめんね……」
 ラナはそう呟くように言い残して、重い鉄の扉の向こうに広がる闇の中へ出て行った。


 ルチルシティの七番街。無法者が集まる野蛮街として知られる場所。その一角にある廃ビルの地下に、ラナの目的の場所がある。

「よぉ、待ってたぜ。奥のステージが空いてる」
「ありがとう」
 入り口のカウンターで客に酒を振る舞っている、屈強なスキンヘッドのこの男はここのオーナーで、腕にサメハダーの刺青があることから、常連にはシャークの愛称で親しまれている。
 ラナは彼に愛想よく微笑み、言われた通り、奥のステージへと向かう。
 若い女の子がこんなところに来るだけでも珍しいのに、彼女はさらに特別だった。彼女が通った後には、挑戦者か観客か、彼女のバトルに心を奪われた男たちが列をなしていく。

 ラナはステージに上がり、男たちの群れに呼びかける。
「今日の相手は誰から? 楽しませてくれるといいんだけど」
 すると、真っ先にステージに上がってきたのは、筋肉隆々の、しかしどこか爽やかな男。
「挨拶がわりに一勝負といこうか」
 この男、テオドールはラナが来るまでは賞金王だった。彼は汚い欲望のためではなく、彼女と同じくバトルを楽しむためにここにいる。だから、彼女も彼を気に入っていた。
「いいわね。早速始めましょう」

 この違法カジノ、“リブロ”で行われる“デュエル”と呼ばれるバトルは普通のバトルとは一味違う。ただのバトルではなく、賭けバトルなのだ。
 かつての賞金王と、現在の賞金女王とのバトルだ。賭けるのはもちろん、持ち寄った財産の半分。さらに、観客が賭けた金の二割はバトルの勝者の取り分だ。

「さぁ、出番よ、フェル」
 ボールから飛び出した彼は、高く跳び上がり、炎を体からほとばしらせながら勢いよく着地した。なかなかの演出家だ。
「オレはこいつだ。いけ、ゴンタ」
 強者の重圧感を纏わせながら登場したのは、彼の相棒のゴロンダ。強面だが、咥えた葉っぱがチャーミングだ。
 お互いにステージの端に立ち、そこに備えられた機械を操作する。画面上の“Ready”と書かれた部分をタッチし、お互いに入力が済むと、機械からスタートの合図であるブザーが鳴った。

「フェル、マッハパンチ!」
 フェルは合図とほぼ同時に、音速の拳を繰り出す。
「あてみなげだ!」
 その巨体に似合わぬ身のこなしで拳をかわしたゴンタは、繰り出されたフェルの腕を掴み取った。そのまま投げようとするが、やらせるわけがない。
「フレアドライブ!」
 全身に炎を纏い、掴まれた腕を無理やり振りほどいてゴンタの体勢を崩す。そして身体に捻りを加えて拳を構え直し、爆炎を上げながら勢いよく突き出した。
「バレットパンチで受け止めろ!」
 崩れた体勢からも弾丸のような拳撃を繰り出せるのはさすがだが、そんなやわなパンチじゃ受け切れるはずもない。バレットパンチは簡単に打ち負け、フェルの拳はゴンタの腹部にめり込む。と、瞬く間に業火に包まれながら、重々しい巨体がいとも簡単にステージの端まで吹き飛んだ。
 “デュエル”のルールとして、ノックダウン以外に、ステージの外の地面に触れると敗北となる。ダメージの上でもステージの上でも、アンナはテオドールを追い詰めていた。
「休ませないわよ。マッハパンチ!」
 その言葉通り、フェルはぐんぐん距離を詰めて、仕留めるつもりのパンチを繰り出してくる。
「アームハンマー!」
 それを間一髪、ゴンタは上から叩きつけて防いだ。両の拳を組んで振り下ろした一撃。並みの相手なら、これで決まってしまうだろう。
 しかし、フェルを懐に入れてしまった時点で、勝負はついていた。地面に打ち付けられたフェルは、アッパーを繰り出しながら飛び起きる。それを皮切りに、激しいボディブローを何度も何度も、速く、強く打ち込んだ。その拳、一撃一撃は目で追えない。とどめのストレートブローで、ゴンタはステージから弾き飛ばされ、巨体を引きずって場外に倒れ込んだ。
「インファイトか……。派手にやってくれる」
 テオドールは気を失っているゴンタをボールに戻し、参ったとばかりに拍手を送ってくれた。

『ウィナー、ゴウカザル!』

 機械からけたたましい音声が響き、ラナはフェルの元へ駆け寄った。
「お疲れさま。ありがとう」
 彼女の笑顔は、彼女の手持ちポケモンにとって最高の癒しになる。
 ラナはフェルをボールに戻し、賞金を受け取った。実際、喫茶店のアルバイトだけじゃ生活していけない。ここで稼いだお金のほとんどは生活費になる。子供たちのために貯金も作っておきたいし、稼げるだけ稼いでおきたかった。


 午前三時を回る前には店を後にして、自宅へと急ぐ。子供たちが目を覚ます時には、ラナは家に帰っていなければならない。でないと怪しまれてしまう。
 帰ったら、まずは静かにシャワーを浴びてタバコの匂いを落とし、再び布団に潜り込む。 睡眠時間もある程度確保しておかないと、翌日の生活に支障をきたし、これも怪しまれる原因になる。
 子供たちには真っ当な暮らしをさせてあげたい彼女は、夜の賞金女王としてのラナは知られたくなかった。目が覚めた頃には、また三児の母としてのラナになるのだ。そうやっていつも、二つの顔を使い分ける。
 ……いつまでこんなこと続けるんだろう。どっちの顔が、本当の自分なのだろう……。

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