Episode 84 -Mountain current-

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読了時間目安:13分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 カムイたちチーム・澪標は、ミササギの故郷であるサイグウシティに降り立つ。一行はレギオン使いの手がかりを求め、この近くの山の奥地にある『水峰寺』へと歩みを進めるのだが……?
 石垣で固められた細く長い川が柳並木の間を慎ましく流れる音を耳に歩いていくと、かまぼこ型のアーチを描く橋が現れる。太ももをもたげてその橋の中腹まで登れば、黒い瓦屋根に白い漆喰の壁の家々が立ち並び、そのはるか先には大きな五重塔が目に飛び込んでくる。

ここは地上の山間の盆地に位置する古都・サイグウシティだ。この場所出身だというミササギは、懐かしさに目を細めながらも日傘の下で何ともだるそうな顔つきをしていた。


「はぁ……相変わらずここの夏は暑いわぁ……。夏の間だけ、アークに下ってのんびりしたいわねぇ。」
「この熱気……ミササギさんじゃなくても本当にバテてしまいそうね……。というか、アークは空にあるんだし下るって一体……?」

「あらま、何を言っとるんやカムイちゃん? このサイグウシティこそが、1000年以上の歴史を誇る一番の古都なんよ? ランジンも古い街やけど、こっちの街の原型は人間時代にまでずーっと遡るんや。せやからこっちが世界の中心。ここからやとアークもワイワイタウンも、どこ行くんも下るって言うんよ?」
「(カムイ、ミハイル、京の奴らはこの手の話題はアホみたくうるせぇし細けぇんだ……。取り敢えずそういうことで納得しとけ。)」

どうやらミササギのような生まれも育ちもサイグウシティのポケモンにとっては、この街こそが世界の中心ともいえるようだ。そんな彼女のサイグウシティ至上主義に顔をしかめながら、一行は街の地下を走る地下鉄に乗り込んだ。


「あんな街並みなのにメトロがあるんですね……。何か想像もつかないや。」
「あないに暑い中歩き回りたくはないやろ? サイグウシティの街並みは変わらずとも、時代は変わっとる。うちらは便利なもんは便利なもんでどんどん取り入れるんよ、せやからこの街は常に素晴らしいんや。」

「まあそれはいいとして、今回の目的地の『水峰寺』はコイツで行ける場所にあるのか?」
「この地下鉄で終点まで行くと山の登山口に出るさかい、そこからは歩きやねぇ。あの寺は観光名所でも何でもあらへんから、周りにポケモンはそうおらんとは思うわぁ。というか、荒れ果てて不気味な場所やから誰も行かんわ、そもそも。」

アークのものに比べると古く簡素な作りではあるが、地下鉄が古めかしい街の地下に走っていることに驚くミハイル。一方ミササギが語るには、今回向かう『水峰寺』なるダンジョンは山の奥に存在するらしく、観光客で溢れ返る古都サイグウシティにおいても、ポケモンがほとんど見当たらないようなスポットらしい。








 地下鉄に揺られること20分、終点の駅に着いた一行は電車を降りてホームに立った。地下鉄の駅といえどここまで郊外に来ると地上に出ており、周りには真夏の青々しい木の葉が日光を揺らすのが見える。

ここまで乗ってくる乗客はまばらで、市街地では満員だった車両からは、ポツポツと何匹かの登山客と思しきポケモンが降りてくる。


「ここから5合目くらいまでは登山道で、そこから尾根を下る形で獣道を進むのよね?」
「せやねぇ、道といってもかなり勾配も急やし、油断したら滑り落ちてしまうようなとこや。ま、山の中やから市街地よりかなり涼しいのは助かるけどねぇ。」

「あー、やっぱ山じゃねぇとな。あんな街中じゃ落ち着かねぇってもんだ。さてと、さっさとその目的の寺とやらに向かうとするぜ。もう時間も午後過ぎだ、日が暮れる前にせめて夜を越す場所くらいは見つけなきゃだしな。」

カムイとミササギ曰く、ここからは登山道と道なき道とを進むらしい。それ程険しい山ではないとはいえ、奥に進めば急勾配の自然そのままの坂もあるだろう。久々のホームグラウンドともいえる山地に生き生きとした雰囲気のシグレに対し、残り3匹は少し面倒臭そうに目前の山を見上げていた。


「しかし、何というか不思議な感覚を覚える場所ですね……。ただの山中じゃないというか……何だか、荘厳な雰囲気さえ感じさせるような……。」
「ここはサイグウシティに最も近い霊山として、古うから信仰の対象になっとるんや。はるか昔から、不思議な霊力の宿る地として地元の住民に信じられてきたんよ。」

「またそりゃ、カザネの野郎がいたら食って掛かりそうな内容だな。あの小僧がいなくて助かったぜ。」
「言えてるね……でも敢えて科学的にいうならば、市街地より気温が涼しくて、都会の喧騒から離れてるからってのもあるのかもね。何か不思議と懐かしい感覚をも覚えるよ。」

カムイが言うように、山が都心から離れた位置にあることが、この荘厳で涼し気な雰囲気を感じさせてくれる空気の原因かも知れない。とはいえ確かに、理屈では説明できない精神の奥底に作用する何らかの力もこの山には存在するのだろうか? 

何といっても、ここは不思議な出来事が毎日のように起こるポケモンたちの異世界なのだから。


一行は覚悟を決めて上り坂の続く坂道に足を踏み入れる。地面には明るい茶色の土に、ところどころ黄金色の木漏れ日が輝いて揺らめく風景。ふと足を止めて頭上に目を向けると、杉並木の細くささくれた幹が天上まで伸び、そこから生えている細かく枝分かれしたような葉っぱが、どういう訳だか遠目からでもよく見える。

ひんやりとした空気に肌を撫でられ、木材と土が混じったような香りが鼻を掠める中、シグレたちはただひたすらに山を登っていく。木陰に遮られて涼しい山中とはいえ、慣れない坂道と真夏の暑さで幾筋もの汗が染み出しては流れていくのが感じられる。


「ふー……もうそろそろ1時間以上歩いたんじゃないかな? 思ってたより坂が険しいよね……。」
「ま、その分早く高所まで辿り着けるってもんだぜ。それにこんな程度で音を上げてちゃ、山の男は務まらねえしな。」

「うちは山の男になるつもりはないわ……。ぼちぼち5合目まで着くさかい、そこで一息入れましょ。」
「やったぁ、ボクもう喉も乾いたしお腹もペコペコですよ……。やっとお昼ご飯だぁ!!」

ミササギに促され、ミハイルは嬉しそうに歩くペースを早め出した。カムイとシグレは顔を見合わせて呆れた表情を見せると、ミハイルの後を追って釣られるように歩調を合わせる。


やがて5合目に辿り着くと、そこには簡素ながら広場のような場所が存在し、その端には御影石で作られたベンチが慎ましく並んでいた。ミハイルたちは早速そのベンチに腰掛け、ミササギお手製の弁当に手を伸ばす。


「あー、やっぱりミササギさんの料理は最高だよー!! 作り置きの弁当でもこの味なんだもん!!」
「まあ、ミハイルちゃんったら、褒めても何も出ぇへんよ? でも嬉しいわねぇ。」

「ところで、この山は何だか妙なんだよな……。確かにここは山だ、地図で見ても、こうして実際に足を運んでも間違いなく山だが……。香りが違ぇんだよ。」

ふと、箸を休めたシグレがそのように呟いた。他の3匹は突拍子もないシグレの一言に、ぽかんとした様子で首を傾げている。


「うーん……ここってどう見ても山じゃない? 香りだって、土と木の匂いばっかりで完璧に山中にいるって感じ。」
「そいつは間違いねぇよ、確かに山の匂いもする。だが、どこか変わった匂いもすんだよ、あまり経験したことねぇような……。」

「ひょっとしてやけど、海の香りちゃうかねぇ? うちもよう集中したら、何かそないな気がしてきたわ。山の香りがひしめき合う中、一筋の磯の香りが横を通り抜けていく……何かそないな気配があるんよねぇ。」
「んー? ミササギさんの料理の香りじゃないですかそれ? ほら、海苔とか昆布とかだって入ってるし。」

山で生き抜いてきたシグレと、料亭の女将として厨房に立ち続けてきたミササギには、何か海を思わせるような場違いな香りが感じられたようだ。一方のカムイとミハイルは、相変わらず腑に落ちない様子を見せている。











 それから今度は急な坂を下り、尾根をゆっくりと降りていく一行。足元は舗装はおろか、土さえも多量の落ち葉に埋もれて見えないような最悪のコンディションであり、気を抜けば急斜面を滑り落ちる羽目になりかねない。

他のメンバーが恐る恐る着実に進む中、シグレはひょいひょいと身軽に降りながら、先でカムイたちを待つ形になっていた。


「おい、そんなにおどおどと降りるこたぁねぇだろ!! 滑り落ちても死にやしねぇよそんくらい。」
「あんたと一緒にしないで!! こっちはか弱い女の子なのよ? 全く、シグレはデリカシーのかけらもないんだから……。」

「ああ……? 石橋だが襟足だが知らねぇが、早く降りて来いよー!! 悠長にやってちゃ日が暮れちまうぜ……。」

そのときミハイルが足を滑らせ、尻もちを付きながら数m下に滑り落ちた。幸いすぐに近くの木につるのムチを絡みつかせたためブレーキがかかったが、ミハイルは痛そうな表情を見せている。


「ミハイルちゃん、大丈夫!? 怪我はない!?」
「いたたぁ……何とか大丈夫です、ちょっとお尻の辺りを擦りむいただけ……。」

「ちょっ、ミハイル何それ!? お尻が真っ赤じゃない!! 早く止血しないと……!!!!」
「うへっ!? な、何これ!? こんなに血が……!?」

驚きの声を上げるカムイとミハイル。それもそのはず、ミハイルの尻尾周辺が真っ赤に染まっていたのだ。カムイが慎重にミハイルの元に駆け寄るが、一瞬ぐにゃりとした生温かい感触が足の裏にあった。


「ひゃぁっ!? 何これ、足が真っ赤……!! 足元に一体何が……!?」
「どうしやがった!? 何か問題でもあったかよー!!」

今度はカムイの足の裏まで真っ赤に染まっていた。シグレが2匹のところへ駆け上がって行く間、カムイは恐る恐る足元の落ち葉を払い除けた。


「あれ……? 別に何もないや……足を切ったりするようなものもないし、一体どうして……。」
「分かったよカムイ、この泥だ!! 触っただけで手が赤くなる……。それにこの匂い、酸化鉄が混じってるんだ!! これが血みたいな赤い色の正体か……。」

「本当だ……。それに少し温かい感じもする。ひょっとして、酸化鉄の含まれた温泉が染み出してるのかな?」

そう、ミハイルが足を滑らせた地点のぬかるみに多量の酸化鉄が混じった水が含まれていたらしく、そのせいで2匹は身体に赤い色が付いたようだ。


「まるで血が湧き出る地獄の土地みたいやねぇ……。こんなん聞いたことも見たこともないわ。」
「まあ、本物の血で濡れてる訳でもねぇし問題はねぇだろうよ。ひとまず、日が暮れるまでに寺に向かうぞ。」

ミササギたちはこの場所の特殊な自然地形に面食らった表情を見せつつも、シグレに促されるまま、ゆっくりと再び足を進め始めた。


目的地が見え始めた頃、辺りは既に薄暗くなり始めていた。時計は既に午後6時過ぎ、日の長い夏とはいえ、深い山中にあるため西日さえも木々が遮り、辺りは一面塗りつぶしたような紺の影に染まっていた。


「うわぁ……これを登らないといけないのか……。膝がガクガクになっちゃいそうだよ……。」
「君はまだいいでしょ? 私なんてなおのことしんどいよ、ミジュマルの身体だと脚が短いんだもん……。」

「ま、これ以上深入りしてもどうにもならねぇからな……。今日はこの階段近くで野宿することにするか。」

目の前に見える石の階段は、見上げるのが精一杯なくらい遠くまで続いているようだ。こんなものを目の当たりにすれば、誰もが精神的に圧倒されてたちまちやる気をなくしてしまうだろう。

さしものシグレもこの階段には少しうんざりした様子を見せ、階段近くに身を寄せて野宿することを提案する。他のメンバーも待ってましたとばかりにその声に同調し、一同はキャンプをその場に張り始めた。


「ほう、図らずもこの場所を訪れたのが奴らとは……。これも因果、全てはあるべき姿に納まっていくということか……。」

何者かが夜闇に紛れ、シグレたちを見つめてそう呟いた。やがてその影はどこかへ姿をくらまし、シグレたちの目の前に飛び出してくることはなかった。


(To be continued...)

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