ep.1 初めての遭遇

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《牧ノ月10日》

 少年はタウンマップを広げてみる。勢いよく飛び出したものの、次の目的地を確認しておかないと、迷子になってそのまま遭難、なんてことにもなりかねないからだ。それくらい、冒険の旅というのは危険なものである。トレーナーズスクールでも、耳にオクタンができるくらい聞かされていた。

「この道を進んでいけば、カイヤシティに着くのかな。カイヤシティにはジムもあるし、今からわくわくしてきちゃうなぁ」

 タウンマップをカバンにしまいこんだ少年は、整備された林道を進んでいく。この道を進んでいけば、次の街までは間違いなくたどり着ける。今までトレーナーズスクールへ通うために何度も通った道だ。
 しかし、少年はちょっとした好奇心から、脇道に入り込んでいってしまった。

「こういう草薮の中に、ポケモンがいるんだよね……」

 その予想通り、少年の前に野生のポケモンが現れた。木の根元で丸くなって昼寝をしている。大きな丸い耳と、額に三日月模様の特徴的なポケモン、ヒメグマだ。
 少年は藪の中からわくわくしながら、そろそろと近づいていく。

「早くも新しい仲間ゲットの予感……!」

 そんな時、少年の足元からパキンと音がした。枝を踏み折ってしまったのだ。ほとんど気にならないような微かな音だったが、野生に生きるものにとってみれば、その微かな音こそが外敵の接近を感知するための手がかりなのだ。
 耳聡く反応したヒメグマは、音のした方へ視線を向けた。少年と目が合う。少年は敵意がないことを示すために無理矢理に笑ってみたが、その引きつった笑みは逆効果だったようだ。
 ヒメグマは甲高い鳴き声をあげて、茂みの中へ駆けていく。

「逃げられちゃったかぁ……残念」

 なんてため息をついた少年はふと息を飲む。茂みの中から、まだ甲高い声が鳴り止まないのだ。一体どうしたことかと辺りを見回す。すると、重々しい振動音が聞こえた。それは少しずつ、こちらに近づいてきているようにも感じる。まるで、大きな生き物の足音のような音だ。

「ちょっと待って、まさか……」

 少年の悪い予感は的中した。茂みの中から姿を現したのは、お腹に白い輪のような模様のある大きなポケモン、リングマだった。ヒメグマの進化形で、大木をも一薙ぎにするほどのパワーを持ったポケモンである。そして見るからに、相当お怒りな様子である。
 逃げなきゃ。少年の頭は正しくそう認識している。ただ、身体が動いてくれない。足の震えが止まらない。ただただその場で震えているだけの少年に、リングマの鋭い爪が振り下ろされる。

(ヤバいっ……、死……!)

「……灼いて、シャーリー」

 不意に、紫炎の一閃が少年の目の前を焼き尽くした。視界が開けると、リングマの姿はなく、代わりに一人の少女の姿があった。

「……君、トレーナー?」

 前開きのパーカーのフードを深々と被ったその奥に、眩しい金髪と鋭い紫の瞳。背丈は少年と大して変わらないのに、少年には、彼女が只者ではないと感じさせられた。

「は、はいっ、まだ、駆け出し、ですけど……。あっ、えっと、ありがとうございましたっ!」

「いーよ、お礼とか。……トレーナーなんだったら、自分のポケモンで戦いなよ」

 ほとんど表情の変わらない彼女の言葉は、少年にはやけに重く感じた。トレーナーズスクールで学んだことを全く活かせなかった不甲斐なさ。野生のポケモンを前にしても、自分のポケモンで応戦することすらできなかった情けない自分に腹が立った。
 それにもし、あのまま誰も助けてくれなかったら、少年はどうなっていたかわからない。それを考えると、少年には返す言葉がなかった。

「……君、トレーナーには向いてないかもね。……長生きしたいなら、街の中で大人しく暮らしたら?」

 そう言い残して、少女は消えるように去った。その姿があったところを、彼は泣きそうになりながらしばらく見つめていた。

(いいんだ。僕はこれから強くなって、ジムを全部制覇するんだ。それで、ローランに勝って、チャンピオンになるんだ!)

 共に旅だった親友の名を思い起こしたことで、少年の心には再び火が灯り、また前を向いて歩き出す。

◇◆◇◆◇◆◇◆

 しばらく歩き続けていると、陽も落ちて、辺りは暗くなってきた。足元も少し先も、よく見えない。さすがにこんな中を歩くのは危ないと思った少年は、ここいらで野宿することに決めた。

(寝てる間に襲われたり、しないよね?)

 少年は、森の中でも特に大きな木の根元に、今夜のキャンプを構えることにした。リュックサックを降ろし、ようやく、彼のパートナーとなったポケモンをボールから出してやる。

「出ておいで、レイ」

 ボールから出て来たラルトスは、少し伸びをして、パートナーである少年を心配そうに見上げた。

「さっきはごめんね、出してやれなくて。トレーナーに向いてないってさ。……そうなのかな」

 先ほどの少女の言葉が耳に残る。振り払っても、ラルトスの顔を見ると、彼を信じられなかった、彼と戦うことを選択肢に入れなかった自分が、どうしても情けなく感じられてしまうのだ。
 そんな少年を慰めるように、ラルトスは持ち前の超能力で手元を少し輝かせて、暗くなった雰囲気ごと、辺りを明るくしようと機転を利かせた。

「ありがとう、レイ。また明日から頑張ろうね」

 少年はラルトスと一緒に、母の作ってくれたお弁当を食べて、寝袋の中で眠りに落ちた。明日が楽しみで眠れないかもしれないという不安を一蹴するくらい、初めての冒険に疲労が溜まっていたのだった。


《牧ノ月11日》

 陽が昇ってすぐに目が覚めた少年は、懐でまだ静かな寝息を立てているラルトスをそっとボールに戻し、出発するために後片付けをする。冒険するうえで、自然を大切にするのも重要なことだ。

「さて、今日も頑張ろう」

 誰に言うでもなくそう呟いた彼は、タウンマップを広げて大まかな現在地と、そこからカイヤシティへの道のりを確認し、出発した。

◇◆◇◆◇◆◇◆

 歩き続けてようやく、まだ森が続く中ではあるが、遠目で街の存在がわかるほどにまで近くにやってきた。途中、何度も野生のポケモンと遭遇したが、今度は臆さず相棒のラルトスと共に戦い、ボロボロになりながらもここまでやってきた。
 陽が傾いてきたころ、今夜の宿を見つけようと適当な木の根元に腰掛けて、タウンマップを広げる。

「この距離なら……明日には着けるかな。手持ちのキズぐすりもあと少しかぁ。なんとか間に合いそうでよかった」

 野生のポケモンと戦って傷つく度にラルトスを治療してきた少年は、手持ちのキズぐすりの数も心もとなくなってきていた。これからは、できるだけ戦闘は避けながら進もう。そう思っていた。

「おい、ボウズ! お前、トレーナーだろ?」

 不意に背後から声をかけられ、はっと振り返ると、大柄なスキンヘッドの男が立っていた。口ぶりからして、彼もトレーナーなのだろう。この後の展開は目に見えていた。

「そう、ですけど……」

「トレーナー同士が出会ったら、やることは一つだよなぁ?」

「えっと……握手、ですかね?」

 見た目からして強そうな相手ということもあり、何とかバトルを避けようと、わざととぼけてみるが、そううまくいくはずもなかった。

「握手、してもいいぜ。その後はもちろん、バ・ト・ル、だろぉが! ガハハハハ!」

 男が大きな声を出したので、少年は少し怯んでしまった。しかし、彼も腹を決め、ポケットから相棒のモンスターボールを取り出す。

「やる気になったか。いいぜ! 出てこい、ゴロウちゃん!」

 トレーナーの見た目に合わず可愛らしい名前を付けられたポケモンが、ボールから出てくる。

(あのポケモンはたしか……ミズゴロウ、だっけ。みずタイプか。相性は悪くない。大丈夫)

「レイ、お願い」

 少年もラルトスを繰り出し、臨戦態勢になる。

「おい、ボウズ。オレ様の名はバッカス。ボウズの名前は?」

「僕は、クロード。いずれチャンピオンになる男だ。覚えとけ!」

 柄にもなく強がって見せたクロードは、先手必勝と言わんばかりに、早速ラルトスに指示を出す。

「レイ、チャームボイスだ!」

「みずでっぽうで迎え撃て!」

 レイの愛らしく鳴いた声をかき消すように、ゴロウちゃんは水を勢いよく振り撒く。お互いの技は拮抗して、お互いに届く前に霧散してしまった。

「ゴロウちゃん、たいあたり!」

「かげぶんしんだ!」

 レイはいくつも分身を作り出して、突進してきたゴロウちゃんを混乱させる。どれが本物かわからずに手あたり次第に突っ込む際に、ゴロウちゃんは木に激突してしまう。ここがチャンスだと思ったクロードは、すかさずレイに指示を出すと、レイもこのタイミングを待っていたかのように、間髪入れずに技を繰り出した。

「ねんりき!」

「ゴロウちゃん!」

 木にぶつかった衝撃でフラフラしているところに、強い念波を受けたゴロウちゃんは、なすすべなくその場に倒れ込んだ。戦闘不能だ。クロードとレイの勝利である。

「やったぁ! 勝ったよ、レイ!」

「なんてことだ、負けちまったのか……」

 初めてのバトルに勝利したクロードは、バッカスから賞金を受け取り、握手を交わす。

「ボウズ、いや、クロード。なかなかやるじゃないか」

「ありがとうございます。楽しかったです!」

 レイをボールに戻し、その場をあとにしようとするクロードを、彼の肩を掴んでバッカスが引き留めた。まだ何かあるのだろうか。そんな不安を覚えたが、振り返った先にある彼のニコやかな笑顔を見て、少しほっとする。

「クロードよぉ、このままカイヤシティに行くんだろ? オレ様も行くつもりなんだよ。でも今日はこの辺で休もうと思っててさ、良ければ一緒に、どうだ?」

 今出会ったばかりの人を信用できるのか? でも、万が一野生に襲われたときでも、二人でいれば怖くないかもしれない。結局彼は、バッカスと共に夜を過ごすことにした。

◇◆◇◆◇◆◇◆

「こんな成りをしているが、実はオレ様もまだ旅に出たばかりでな。恥ずかし話、さっきのが初めてのバトルだったんだ」

 横になりながらバッカスの話を聞いていて、クロードは意外なことの連続だった。彼のような大人でも、これから初めて旅に出るということもある。バトルが初めてだってこともある。何より、大人だからって強い、子供だから弱いということはないのだ。そう思ったら、何だか安心して、クロードはそのまま眠りについてしまった。

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