第5話 星の意志と深緑の力

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 
 「どういうこと? 渡せって」
 「そのままの意味だ。 分かってくれるな?」
 
 お互いがお互いを見つめ合う。 目を逸らしてはいけないような、張り詰めた空気が漂う。
 
 「......ごめんなさい、渡すことは出来ません」
 
 ユズは真剣な眼差しで申し出を拒否する。 フィニは笑ったままではあるが、目は少し怒っているように見えた。
 
 「......何故だ?」
 「あなたの事情を私は知らない。 けど、どちらにしろこれはタツベイ君達家族の物です。 私達は、探検隊としてこれを彼にちゃんと届ける義務がある。 何より、私はちゃんと渡してあげたい!」
 「うん......約束したの。 バシーンと拾ってくるって! ......何かあるなら助けるよ。 でも、これはどうか諦めて欲しい」
 
 ......フィニは激怒するかと思いきや、高らかに笑う。
 
 「......ハハッ! 流石は探検隊といったところか。 己の信じる正義のために、か......ククッ、面白い」
 
 「だが」と言って、自分の大きく鋭利な爪をブン!と振る。 それは何を表すのか。 2匹は身構える。
 
 「俺の目的は『それ』だ。 他のポケモンのもの? ハッ! 関係ないね。 ......力づくでも、奪う」
 
 その目は、どこまでも強くギラついていた。

 
 
 
 フィニの先制によって戦いの火蓋は切られた。
 
 「[メタルクロー]!」
 
 走りながら襲い掛かってくるが、これは2匹とも回避。 硬度を増した鋼の爪は空気を切り裂く。 当たればひとたまりもないだろう。 恐怖が体を走る。
 
 「......っ、[スピードスター]!」
 
 キラリは輝く星々を放つ。 この技は相手に必ず当たる上に、彼女の特性の[テクニシャン]で威力が底上げされている。 まさにキラリの十八番とも言える技だ。
 
 「中々だな......だが!」
 
 鋼の爪に、それは容易く弾かれる。
 
 「嘘っ!?」
 「俺の力、舐めんじゃねぇぞ!」
 
 うろたえるキラリに、フィニの爪が迫る。 その時、葉の刃が彼を襲った。 とっさに爪で防御する。 撃ったのはユズ。 [はっぱカッター]だ。

 「キラリ! 大丈夫!?」
 「う、うん! ありがとう!」
 「......ちっ、1匹ずつは無理があるか......なら」
 
 フィニは足に力を込める。
 
 「[じならし]」
 
 地を強く踏み鳴らす。 その度に地面に強い振動が起き、2匹を襲う。 全方位への攻撃を、避ける術などない。
 
 『うわあぁっ!』
 
 立っていられない。 2匹はその場で転んでしまった。 ......そして、フィニの狙いはそれだった。動けない相手への容赦のない攻撃が、まずはユズを襲う。
 
 「ぐあっ!」
 
 飛ばされ、木へと叩きつけられる。 衝撃で、視界が少し歪む。
 
 「ユズっ......うあぁっ!」
 
 キラリも問答無用で攻撃を受ける。 ......アメジストを持っているのはキラリだ。フィニはじりじりと倒れているキラリに忍び寄る。
 
 (待って......)
 
 ユズの心に絶望が忍び寄る。 体が動かない。 このまま、キラリがやられてアメジストが奪われるのを、黙って見ているしか無い。
 自分には、もう何も出来ない。
 
 (ここで......終わり、なのか......?)
 

 
 ーーその時、キラリの歯軋りのような音が響いた。
 
 「渡して......たまるか......!」
 
 キラリは弱りながらも、強い意志の宿った言葉を放つ。 意味は無いかもしれないけれど。
 
 「ほう。中々の執念だな。 何故諦めねぇんだ?」
 「約束したの......」
 「約束? そんな曖昧なものが力になるとでも?」
 「......なるよ」
 
 キラリは、フラフラとしながら立ち上がる。
 
 「タツベイも、おじさんも、私達を待ってくれてる。 そして、ここまで一緒に来てくれた、大好きな『友達』がいる」
 
 ユズはハッとして前を見やる。 キラリは、そのまま言葉を紡ぐ。

 「その思いを裏切りたくなんかない。 だから諦めたくない。みんなを笑顔にしたいの......」

 1つ間を置く。 すうっと息を取り込み、叫んだ。

 「......太陽になりたいの!!」
 
 
 ......ドクン。
 
 ユズの胸が波打つ。 何かが、自分の中で湧き上がってくる心地がする。 ざわつくような妙な感じ。 だが、気持ち悪いものではない。
 ユズは静かに立ち上がる。
 
 「ふん! くだらねぇ......石をよこせッ!!」
 
 フィニの攻撃。 避けられないと感じたキラリは、きつく目を閉じた。ーーその時。
 
 
 
 
 「[げんしのちから]ッ!」

 岩がフィニの方をめがけて放たれた。 流石にこれは爪では防げない。 彼は後ろへ飛び退いた。
 
 「......っ、お前......」
 
 フィニは、少し恐怖を感じる。 目の前に歩いてきたのは、何らこれまでと変わりのない1匹のチコリータだ。だが、とてつもない気迫を感じる。 先程までは無かったものだ。
 
 「ユズ......?」
 
 当然、キラリも違和感を覚える。 ユズは、無言でキラリにニコリと微笑んだ。......そして、フィニの方へ突撃する。
 
 「っ! [メタルクロー]!」
 
 ユズはひらりとそれをかわす。 先程までと違い、動きが軽やかだ。 連続攻撃を何度も回避し続ける。
 
 「[はっぱカッター]」
 
 焦るフィニの一瞬の隙を突き、ユズは大量の葉の刃を放つ。 少し当たってフィニは顔をしかめるが、すぐに防御体制に入る。 強度は増しているようだが、これでは爪による防御を破ることは出来ない。 そんな中でもユズは放ち続ける。......そう、「大量に」。
 
 立ち込める砂煙。 勢いを失わずに飛び回る大量の葉。
 そう、これは......
 
 「......っ、まさか......!」
 
 目くらまし。 そう呟いた時にはもう遅かった。 後ろに回っていたユズから、大きな岩石の攻撃をモロに食らう。
 
 「ぐわっはぁっ!」
 
 倒れる......というほどではないが、それなりにダメージは受けているようだ。 苦しそうにユズの方を見る。
 
 「......まだやりますか?」
 「なっ......!?」
 
 ユズはわざと挑発的な言葉を投げかける。 自分の方が圧倒的に有利なことを示すために。
 
 「......ちっ、確かにまずいか......畜生」
 
 フィニは木の上に飛び移る。
 
 「えっ......!」
 「勘違いすんな! 今は退くってだけだ! ぜってー奪ってやるからな......覚えとけ!」
 
 彼は木から木へと飛び移り、そのまま見えなくなってしまった。 暫くぶりに、森に静寂が戻る。
 
 「......ふぅっ......」
 
 ユズは目を閉じ、大きく息を吐く。 少しの間消えていたいつもの彼女の顔が、ここで戻って来た。
 
 「......っ、ユズー!」
 「えっ......うわっ!?」
 
 キラリは、ユズへと思い切り抱きつく。 キラリの顔は、喜びと驚きがごちゃ混ぜになっていた。
 
 「凄い凄い凄い凄い!! 最高だよユズー!」
 「ちょ......待ってキラリ......少し苦しい......」
 「ああっ、ごめん! でも今はムギュってさせてー!」
 「ええっ......うう」
 
 森は、まるで紅葉したかのように紅く染まっていた。 アメジストも、美しい赤紫色に輝く。
 
 「ごめん......キラリ、そろそろきつい......」
 「えー、まだ物足りない......って、もう夕方じゃん! ごめんユズ! 帰ろっ!」
 「ま、まずはタツベイ君にアメジスト渡さなきゃだよね!」
 「うん! よーしっ、走るぞー!」
 「体力回復早い......ちょ、ちょっと待って!」
 
 2匹は街の方角へ走り出す。
 ーーさあ、早く帰らなければ。 日が沈み、月が顔を出す前に。
 
 
 
 
 
 「おお、お帰りじゃよ〜......不機嫌じゃのう」
 
 ぶすっとした顔で帰って来たフィニ。 そんな彼を差し置いて、優雅に紅茶を飲んでいるジジーロンがいた。
 
 「で、どうだったかの?」
 「どうだったっつっても......ダンジョン寄って、探検隊が石持ってて、そんで、戦って......」
 「負けた。 イコール任務失敗」
 「......俺の言葉をハッキリ代弁すんな」
 
 ジジーロンの近くにいるのは、ジト目で無表情のピカチュウ。 彼女の容赦無い物言いに、フィニは少し冷や汗をかく。
 
 「あ、そうじゃフィニ。 あの石はハズレみたいじゃ」
 
 ......少しの間、時計の針の音だけが響いた。
 
 「......は?」
 「うん、ハズレじゃ。」
 
 また、少しの沈黙。 そして、フィニは急に叫んだ。
 
 「ハズレェェェェエエ!? ちょっと待てじじい、何でそれを伝えてくれなかったんだああ!? 結構遠くまで頑張って行ったんだぞ俺!!」
 「だって、気づいた時もうあんた出てたもーん」
 「それだけかよ......くっそじじいぃぃ......!」
 
 フィニはジジーロンに対して、怒りの炎を燃え上がらせる。 やろうと思えば襲うことも出来そうだ。
 
 「......どちらにしろ、失敗したのは事実。ただの探検隊に負けた事も。 これは私達にとっては不運。失敗したけどハズレだったから自分は幸運だなどと思うのは不謹慎」
 「......やめろやこの根暗ピカチュウ。 お前結構俺の心の奥の弱いとこ突いてくるから嫌いなんだよ......」

 フィニは力無くうなだれる。 ジジーロンが机に紅茶を置いて聞いた。
 
 「......フィニ。その探検隊とやらはどんな奴らじゃ?」
 「あ? 2匹組の、初心者っぽい奴らだったぞ......往生際がめちゃくちゃ悪いし、それに」
 「それに?」
 「......1匹。 俺がそいつの仲間にとどめをさそうとしたら、急に反撃してきやがった......なんだよあいつ。 戦い慣れている感じがした......気迫がやばくなったんだよ。 歴戦の猛者、みたいな?」
 「なるほどのぉ......」
 
 ジジーロンはまた一口紅茶を飲み、息を吐いた。
 
 「フィニ。余計なことは喋っとらんな?」
 「ああ。石をよこせとだけ言った」
 「ならば良かろう......早急に摘むべき芽ではない」
 
 窓の外に浮かぶ月を、3匹は見上げる。 決意のこもった瞳で。
 
 「なんとしてでも見つけ出す......!」
 「私達が求める『依り代』を」
 「そして......『あの方』の求める世界を築く」
 
 月は、ただただそこに浮かぶばかりだった。

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