第2話 謎のチコリータ

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 

 ーー大丈夫。大丈夫だよ。
 
 私はずっとあなたの味方。
 
 
 ......だから、絶対にーー

 






ーーもう、昼になっているようだ。暖かな藁布団。 窓から当たる日差し。 そして、そこにちんまりと眠る小さなポケモン。 そこにいるだけでまどろんでしまいそうな空間の中で、そのポケモンは微かに意識を取り戻す。
 
 「......ううん......」
 
 少しずつ意識が覚醒していく。 そのポケモンーーチコリータは、目をかいた後に少し伸びをして立ち上がった。 そして不思議そうに辺りを見回す。
 
 「ここは......?」
 
 危険そうな場所ではない事を確認し、彼女はほっと息をつく。 だが、自分自身の中に、大きな違和感を感じていた。 その中の理由の1つはもう明らかになっている。......全く思い出せないのだ。自分の記憶を。 名前を。
 
 (私って......誰だっけ......?)
 
 
 
 
 「あ、起きた!」
 
 チコリータの目覚めに気付いたキラリが彼女に駆け寄る。
 ......それに、チコリータがどれだけ驚愕してるかも知らずに。
 
 「良かった〜! あなた、家の前に倒れてたんだよ? 一体どうしたの? ここらじゃ見ないポケモンだけど......」
 「......え? ......ポケモン??」
 
 チコリータはキラリの言葉を遮る。
 
 「え? なんで驚くの? あっ、もしかしてポケモンじゃなくて妖精さんとか!?」
 
 キラリは目を輝かせて聞くが、チコリータはそんなこと構いもしない。 右に振り向く。左に振り向く。 そして下を向く。 前足を上げてみる。 頭の葉っぱを手に取ってみる。......その度に、チコリータの顔が青ざめていった。
 
 「ぽっ......ポッ......」
 「ぽ?」
 
 パニックが止まらないチコリータは体を大きく震わせ、遂には叫んだ。
 
 
 「ポケモンになってるうぅぅ!?」
 
 
 
 
 
 
 
 「......落ち着いた?」
 「うん......ごめんなさい」
 「別に良いって〜......流石にビクッたけど」
 
 取り敢えずという事で、2匹はお茶を飲んでゆっくり話す事になった。 それまでチコリータは意図せずに「どうしてどうして!? 私人間なのにー!」と喚きながら弱い葉っぱカッターをパニック状態で撒き散らしていたため、部屋は葉っぱだらけだ。 だが、ひと段落したら掃除するかとキラリは楽観的である。
 
 「ところで......人間って本当なの? 人間なんて御伽話の中にしかいないものかと......」
 「ええっ!?」
 「......でも信じるよ! ポケモンになってるってあんなパニックになってるポケモン見た事ないもん」
 「う......ごめん」
 「だから別に良いってー! あなた、真面目ってよく言われない?」
 「さ、さあ......?」
 
 チコリータは少し困ったような顔をする。 少し会話が途切れ、キラリはソワソワが止まらない。 話を切り替えた。
 
 「で......本当に何も覚えてないの?」
 「うん......人間だった事以外は正直何も覚えてない」
 「覚えてない!? もしかして名前も!?」
 「うん。考えてもさっぱり」
 「そっか......ん?」
 
 キラリは少し間を置き、鼻をひくひくさせてから言った。
 
 「ねえ、君、ゆずみたいな香りだねぇ!」
 「ふえっ!?」
 
 突然の予期しない言動。チコリータの顔は驚きに満ちた。 自分自身でもそんな事感じないのに。
 
 「あっ変な意味とかじゃないよ! 私、元々鼻が良いの! 他のポケモンも、海とか山とかいろんな香りがするんだよ! で、君はゆずの香り!」
 「そ、そうなんだ......」
 
 その時、キラリはピコンと閃いた。
 
 「ねえ! 名前だけど、『ユズ』ってのはどう? ゆずの香りだからユズ!」
 「えっ!?」
 「私種族名とかよく分からないし......名前ないのも不便でしょ? 仮の名前って事で、しばらくはいいと思うけど......
 どうかな......嫌かな?」
 
 何故だろうか。 チコリータの胸に、暖かいものが込み上げる。 記憶が無いからか、少し自分の感情に説明をつけるのが難しい。だが。
 
 ......そうか。これが、嬉しいって事だよね。
 
 
 「......そんな事ない。ありがとう!......あっ、名前聞いてない......」
 「えへへっ、そうだったね! 私はキラリ。 よろしくね、ユズ!」
 「......うん!」
 チコリータ改め、「ユズ」は、キラリに屈託のない笑顔を浮かべた。
 
 
 
 
 
 「あっ......そうだ!」
 
 キラリはそう言うや否や押し入れの中からスカーフと花のブローチを2つずつ取り出す。
 彼女はその内の1つ、水色のスカーフとピンクの花のブローチをおもむろにユズの前に差し出した。
 
 「......キラリ? これって......」
 「......実は、ユズには頼みたい事が色々あるの。 でも、いきなり全部は言いたくない。 だから......今は1個だけお願い!」
 
 キラリは思いを振り絞るように言う。
 
 「私と、友達になって下さい!もしなってくれたらこれ着けて欲しい!」
 
 
 
 
 
 ユズは答えない。 ダメだったかと不安がる。
 
 「あっ......友達ってお揃いのものとか着けそうじゃん? だから......その......えっと......嫌なら良いんだけど......」
  
 ユズはクスッと笑い、少し間を置いて言った。
 
 
 「キラリ、あの、言いづらいけど......願い、2つになってるよ」
 
 
 
 「......あ」
 
 良いムードが思い切りぶち壊される。 だが、2匹は大笑いした。 昨日のうっかりとは違い、心が本当に暖かくなった。
 
 「あー、笑った......死ぬ......」
 「うん......キラリ」
 「うん?」
 「......こちらこそ喜んで!」
 「ーーっ、ありがとう! ユズ!
 じゃ、それじゃあ早速......」
 
 2匹はそれぞれスカーフとブローチを身につける。 キラリはユズとは真逆の配色だ。
 
 『これからよろしく!』
 
 どちらからともなくそう言い、また2匹は笑った。

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