第14話 狂乱する船の上で

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

挿絵画像


 豪華客船、クレスケンスルーナ。世界各国の資産家が集まり、それはそれは豪華なパーティを開いているという。私はその豪華客船の甲板で、海を眺めながら物思いに耽っていた。
 裏柳組当主、メラルドの“お願い”で、ホムラ連合と繋がって何かの計画を目論んでいる正体不明の組織の実態を掴む為に、私は色々と情報を探っていた。何故だかパステル、シンフォニー、スパルタ、ネルソンが揃ってイーズーへと向かってるこの隙に私は“お願い”をこなそうとしていた。
 情報を探っている内に、この豪華客船にホムラ連合の一部の幹部が密会している情報を掴んだ。しかし、一つ問題点があった。それは、先程言った通りこの豪華客船は世界各国の資産家が集まるのだ。私みたいな奴が乗れる程安くは無いのだ。だから、私はコバルトの力を借りようと思ったのだが、その為に理由を話す必要がある。勿論、ありのまま伝える訳にはいかず、私は“ホムラ連合の情報を掴む為に協力して欲しい”と頼んだのだ。

「それで、何か有益な情報は得られたか?」
「……コバルト……。いや、まだだよ。そう簡単に尻尾は掴ませてくれないみたい。……それよりもさ」
「何だ?」

 コバルトは相変わらず高圧的な態度を崩さず、手に持っているグラスの中のワインの口に含む。そんなコバルトに私は自らの身体を指す。この船の乗客は全員セミフォーマルなドレスコードを身に纏っている。無論、私やコバルトも例外では無い。

「わざわざこんな衣装で来る必要はあったの?それにこれは雄用だよね?一応私は雌なんだけどな」
「それは重々承知だ、承知の上でその服を着てもらっている。世界各国の資産家が集う豪華客船クレスケンスルーナでは、大規模なお見合いパーティが行われるんだ。だからフォーマルまでとは言わないが、セミフォーマルな服装で参加するのが礼儀作法だ。そして、雌として参加すると後々厄介になるんでな。まぁこの客船に乗れる様手配したんだ、それくらいの言う事は聞いてもらうぞ」
「まあ良いけどね、『へんげ』は私の得意分野だし」

 若干動きにくいのは否めないけれど、郷に入っては(船だけど)郷に従えとも言うし、そこは我慢だ。それよりも、この豪華客船がお見合いパーティに使われているというのなら、それはとても良い情報だ。この船に乗っていて、お見合いパーティに乗り気じゃないポケモンをマークしておけば、情報を掴めるかもしれない。勿論、それだけで解決出来るなら忙しないけど、それでも何も手掛かりが無いよりはマシだ。

「…………お前が欲しい情報ってのは何だか分からないが、お前もお見合いパーティに来た一匹って事を忘れるなよ」
「そうだね、そうだった。じゃあこんな所で海を見て黄昏てないでさっさとパーティ会場に戻らなきゃね」



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 パーティ会場に戻り、私は会場全体を見渡していた。コバルトの言っていた通り、会場は雄雌問わず良いポケモンを見つけようと躍起になっている奴等ばかりだ。それ故に、お見合い目的では無い、例えば私の様な奴に狙いをつけるのは容易だ。
 その中で一匹、特に怪しいポケモンを見つけた。質素なドレスを見に纏い、ワイン片手に同じ場所で突っ立っているニャオニクスだ。表情からは心境は読み取れないが、遠巻きに観察していても、微動だにせずただ一点を見つめている。その立ち振る舞いは「近寄るな」と雰囲気で醸し出しており、会場の雄達もそのニャオニクスには近寄り難い様だ。
 幸か不幸か、今の私は雄のケロマツという設定だ。表情を柔和なものにし、私はそのニャオニクスに近付く。

「先程から、随分と暇そうにしているね」
「………………ええ、こういう場所は、初めてだから……」
「ははは、緊張しているのかい?良かったら話相手になってくれないか、私もこの雰囲気に少し疲れちゃってね」
「……私で良いなら、どうぞ」

 妙に会話のリズムが狂わされるが、私はニャオニクスの隣に立ち、自分のグラスをニャオニクスのものへと近付ける。

「何はともあれ、乾杯」
「……乾杯」

 乾杯の音が鳴る。先程まであらぬ方向を見つめ続けてたニャオニクスだったが、今は私の目を見て不思議そうに首を傾げている。もしかしたら、ただ本当にこの場に誰かの付き添いで連れてこられた子かもしれない。

「私の名前は……リオン。資産家というにはそれ程財力がある訳では無いが、よろしく頼むよ」
「私は、メスクス……貴方は、とても優しい。正直言うと、心細かった。誰も話しかけてくれないし、寂しかった」

 それは君が近寄り難い雰囲気を醸し出しているからだ、と思わず指摘しそうになったが心の奥にしまう。それにしても参ったな、これはハズレかもしれない。
 私がそんな事を思っているとメスクスは私の手を握り、語りかけてきた。

「……ここは、少しうるさいから。私の部屋で、話そ?」
「えっ?それは……」
「…………ダメなの?」

 メスクスの手を掴む力が強まる。正直、この子に関しては恐らくハズレだと私の勘が言っているからさっさと切り上げて次に行きたかったのだが、まるで心臓を鷲掴みにされる様な得体の知れない恐怖を覚え、私はメスクスの誘いを承諾し、メスクスの部屋へと向かった。
 とんだ誤算だ、こんな事に時間を使ってる暇は無いというのに。私の心中は露知らず、何だか上機嫌な様子のニャオニクスは私を自分の部屋へと通す。乗客には一匹一部屋与えられていて、しかも広さは暮らすには充分過ぎる程だ。……そしてお見合いが目的だからか、ベッドはダブルベッドとなっている。

「今、飲み物淹れるね。何が、良い?」
「じ、じゃあコーヒーでお願いするよ」
「分かった」

 鼻歌交じりに、メスクスはコーヒーを淹れ始める。そんなメスクスの様子に、私は若干気圧されながらも、机の上に置いてある書類が目に止まる。何というか、この場所に似つかわしくないというか、そんな書類だ。確認してみたい所だが、そんな事をしてしまってはメスクスにバレてしまう。

「はい、コーヒー」
「……ああ、ありがとう」

 淹れて貰ったコーヒーを口に含む。なんて事の無い、普通のコーヒーだ。

「……それで、貴方はどうしてこの船に?」
「親の命令って奴だよ。お前もそろそろ良い相手を見つけろってね。それで渋々来たんだけど、君は?」
「私は、仲間に一緒に来て欲しいって頼まれたから」
「…………仲間?」
「あ、えっと、友達……?」

 メスクスの言動は、ハズレであろうという私の推測を疑いを持たせるには充分な材料であった。そもそも、先に挙げた書類と良い、怪しい場所がちらほら見受けられる。そうなると、是が非でもその書類を確認したい所なのだが……

「……すまないが、シャワーを浴びてきてもいいかな?久しぶりに服を着て、汗が気持ち悪いんだ」
「そんな……シャワーだなんて……うん、いいよ。そっちにあるから……」

 私の言葉に突然そわそわし始めたメスクスに、少し疑問を抱きながら私はシャワールームへと向かう。

「さて、と……」

 そしてすぐさまメスクスのいる部屋へと引き返す。

「……えへへ、シャワーだなんて、リオンさん、大胆だなぁ……」

 枕を抱き抱えてジタバタしているメスクスは私には気付かない。何故なら私は鍵へと『へんげ』しているからだ。私のへんげは別のポケモンに変幻するだけでなく、物体であろうとも変幻出来る(流石に鍵くらいまでの小ささに限るけれども)とはいえ当たり判定は元のままだし、メスクスから見たら今鍵が動いている状態なのだが、地面に注視しない限り気付かないだろう。それに、今メスクスは枕に頭を埋めて足をバタバタさせている。
 その隙に私は机の上の書類へと目を通す。

『親愛なる君へ。これを見ているという事はきっと君はメスクスを誑かし、部屋へと連れて行ってもらった結果だろう』

 戦慄が走った。この文章は、メスクスに宛てたものではない。私の様な相手に向けたものだ。これで大分怪しいゲージが上がってきた。しかし、それでもまだ不十分だ。もしかしたらメスクスの親が、メスクスの性格を踏まえた上で書いたのかもしれない。
 私は気付かない様に書類の続きを捲る、その瞬間。

『あっと驚け』
「うわっ!?!?」

 まるで電撃が走ったかの様に私は飛び退く。何が起きても声を出さない心構えであったのに、私の意を反して私は大声を上げてしまった。
 メスクスは顔を上げる。そして、私と目が合う。すぐさまシャワールームに戻り、冷水が出たと言い訳しよう。それで難を凌げるかもしれない、と私はシャワールームへと引き返そうとした。しかし、私の眼前に飛んできたナイフがそれを拒んだ。

「ッ!」
「…………」

 メスクスの相貌は私を見据えている。そして私自身も、自分の不思議能力の効果が消えている事に気付いた。

「……ねぇ、もしかして、嘘だったの?」
「な、何がだい……?」
「とぼけないで、私を誘うフリして、私の仲間の情報を盗み出すつもりだったんでしょう……?」
「…………バレたらしょうがないね、そうだよ。その通りだ、君が私の求めている情報を持っているかどうかはまだ分からないけど、私が情報を欲しがってるのは事実だ」
「嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐きッッッ!私に微笑んでくれたのは何だったの!?退屈そうな私に微笑んでくれる王子様じゃなかったの!?私を誑かしたのね!?私が単純な雌だと思って、私を誘ったのね!?シャワーを浴びるだなんて言って私を期待させておいて全て嘘だったのね!?私のトキメキも、私の恋心も!全て貴方にとってはタダの情報を得る為の餌でしか無かったのね!?許さない……許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない輪廻転生しても赦さないッ!何度殺しても赦さないッ!私の愛を無碍にした罪を贖えッッッ!!」

 メスクスから放たれた謎の衝撃波に、私は思いっきり吹き飛ばされ壁に叩き付けられる。

「がはっ……!」
「痛い……?苦しい……?でも、貴方が私に与えた苦痛はこんなものじゃないわ……。私の傷付いた心に『ひれい』して……貴方にダメージを与えるわ」

 十中八九、これは不思議能力によるものだろう。そして、『ひれい』という言葉から考えるに自身の受けたダメージに比例して、相手にダメージを与える不思議能力と推測出来るが……精神的ダメージも込みならとてもキツい。見ての通り、メスクスは自分で勝手に傷付くタイプだ。私としてはメスクスを誑かした覚えは無いし、そもそも私は雌なのだが、それを言った所で火に油を注ぐ結果になるだろう。
 私は立ち上がる。しかし、ダメージは濃い。あの攻撃を何発も喰らってしまっては私の身体が持たない。どうにかして、メスクスの攻撃を回避しなくては……

「死んでも尚償えッ!」

 考える暇を与えず、メスクスは第二波を放つ。私は一縷の望みにかけて、ベッドの上の毛布を私とメスクスの間に盾の様に展開した。毛布なんかで強力な衝撃波を防げそうにも無いが、驚く事に衝撃波は私に届かず、毛布も吹き飛ばずただ地面へと落ちる。

「…………ッチ」

 メスクスが沢山のナイフとフォークを構える。どうやら正解だった様だ。私が吹き飛ばされ叩きつけられた壁を除いて、一度目の衝撃波の時に吹き飛んだのは私だけだったのだ。つまり、メスクスの『ひれい』は、与えられたダメージをダメージを与えてきた相手にしか返せないと踏んでの行動だった。だからこそ、毛布で私とメスクスの間を挟む様にすれば、衝撃波は毛布に阻まれ、私には届かない。

「……私の不思議能力が分かったからって、調子に乗るなよ……私の傷はこんなものじゃないんだからッ!!」

 メスクスはナイフ、フォークを私に向けて投げ付ける。私はそれを丁寧に避けていく。勿論、ひれいの衝撃波には注意しながらだ。
 メスクスは地団駄を踏み、私を睨み付ける。『ひれい』の力がある以上、長期戦になってダメージを蓄積する様な真似は避けたい。ここは短期決戦で決着を付ける。
 先程の毛布を蹴り上げ、メスクスの視界を覆う。メスクスは一瞬虚を突かれたが、すぐさま毛布をナイフで切り裂く。だが、一瞬だけでも時間を稼げれば良かったのだ。

「なっ!?何処に行きやがった、あのすけこまし野郎ッッッ!?」

 全く酷い言われようだ。何て事無い、私は再び鍵に『へんげ』しただけだ。先程は何故か不思議能力が解除されてしまったが、それは恐らくあの書類を書いた主の仕業だろう。不思議能力自体が使えなくなった訳じゃない。案の定、私の事を見失ったメスクスは辺りを見渡している。

「……ま、正当防衛って事で」

 そんなメスクスの頭を部屋の調度品で殴ると、メスクスは地面へと倒れた。不思議能力は強力な反面、どうやら自分自身はそれ程鍛えていなかったみたいだ、どうにかそれに救われた形になる。
 脅威も取り除いた事だし、さっさとここから出る……前に書類の残りのページを一応確認しておく事にした。

「…………これは!」

 そして、そこには凄まじい情報が載っていたのであった。

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