第12話 平穏に立ち込む暗雲

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

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 湯煙の中、僕達は温泉に浸かっていた。ここは数ある温泉地の中でも、一二を争う場所、イーズー。僕ことメッソン、そしてパステルさん、シンフォニーさん、師匠……スパルタさんと共に、とある事情からこの場所に訪れていた。
 そのとある事情というのは今はさて置こう。現在僕は、ある意味窮地に立たされていた。

「ふむ、中々良い湯だな」
「こういう場所に来る機会中々無いもんねぇ〜……」
「……まぁ、悪くないな」

 僕以外の三匹方が歓談している中、僕だけは別の方向に目線を向けていた。のぼせている訳では無いのに、とても身体が熱い。原因は明白だ。

「所でネルソン、君はさっきからどうしてそっちを向いているんだい?」
「……風景を楽しむのも一興ではあるが、メンバー間の交流は大事だぞ」
「もしかしてネル、のぼせたの?」

 この温泉は混浴だから、一緒に入ってる訳だけどこのメンバーの中だと、僕だけ雄なのだ。そんな状況で恥ずかしくならない訳が無い。しかも、それを意識しているのが僕だけだというのが何とも情けないし、更に意識してしまうというもの。
 そんな僕の心情は露知らず、シンフォニーが僕の隣まで来て、顔を覗き込んできた。

「別に遊びに来た訳じゃないんだからね、ネル。ちゃんと目的分かってる?」
「わ、分かってますよ、分かってます……。このイーズーの地に、例の草が密栽培されているんですね?」
「ああ、ただしその情報が確かかどうかは知らないけどね。私の伝手を使って、さりげなく世間話として話を聞いたんだが、その話からここが怪しいと私は見た」

 シンフォニーがパステルの方に向く。仕事の話だ、恥ずかしがるのはやめだ。

「そいつの話によると、今まで貧乏であった家が突然お金を出す様になったらしい。不審に思ったそいつが少し調べてみた所、地下室を建てたという話があったらしい。しかも、そういう状況の家が複数あるという話だ」
「……本当なら、全て懲らしめてやりたい所なんだがな」
「うん、でも今回の目的は別。その草を栽培する様に頼んだ組織の実態を掴む、が今回ここに来た理由だね」
「とはいえ、そう簡単に教えてくれるとは思えないんですけどね……」
「ああ、だが無論当然諦める訳にはいかないね」

 パステルさんの言葉を皮切りに、僕達は立ち上がり、温泉から出て行くのであった。



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 その後、僕とシンフォニーさん、パステルさんとスパルタさんで分かれ、別行動を取っていた。密栽培をしている疑惑のある家に直接訪ねにいってもそんなもの教えてくれる筈も無い。それ故に、今回取る作戦は正義の名を捨てて実を取る。
 まずは別働隊のパステルさんとスパルタさんが“水レンジャーが密栽培をしている家を断罪しようとしている”という噂を流す。そうする事で、密栽培している家はその事実を隠そうと動くだろう。そこを僕達が捕らえ、密栽培をしていた事を秘密にする代わりに情報を聞き出す。
 何故僕とシンフォニーさんのペアかというと、それは水レンジャーとしての活動実績に関わる。言わずもがな、僕は水レンジャーになってからまだまだ日が浅く、シンフォニーさんは水レンジャーとしての活動歴は長いものの、基本的に仕事のサポートの為、名前が広く認知されていない。つまり、水レンジャーの統率者であるパステルさん、水レンジャーの剣術士であるスパルタさん達とは無関係である様に装う事で、情報を得やすい状況を作り出す訳だ。それに、シンフォニーさんはともかく、僕の不思議能力があれば潜入も容易いしね。(そういう点では、本当だったら僕と師匠のコンビが一番最適だったんだけど)

「だいぶ噂が流れてるみたいだね。そして、案の定焦ってるみたい」
「ええ、じゃあチャンスは今しかないですね。巨悪を掴む為に悪を見逃すのは、少し心苦しいですけど、行きましょう」

 僕達は密栽培疑惑のある家に忍び込む(不法侵入って点では僕達も悪)

「……あれ、手繋がなくていいの?」
「あっ、シンフォニーさんには言ってませんでしたっけ?僕、師匠のお陰で特定の範囲内だったら触れてなくても『とうめい』にする事が出来るようになったんですよ」
「そうなの?…………残念」
「…………?とは言え、音は師匠じゃありませんし聞こえてしまうので気を付けて下さいね」

 何故か若干不満げなシンフォニーさんは、手早く家を捜索していく。いくら透明化してるからとはいえ、家主がいるというのに何とも大胆な行動だ。

「オイ、噂は本当なのか……?」
「ああ、マジらしい。正義の味方、水レンジャーのリーダーであるパステルと、水レンジャーの随一の剣士、スパルタがここら辺を見たって奴もいる」
「ちっ、どこから情報を掴んできたんだ。とにかく俺達は無関係を装う為に勿体ねぇが例の奴処分するぞ」
「でもよぉ、大丈夫なのか?」
「言ってたじゃねえか、あの〜、何だっけなぁ、そうだ、ルデンって奴が“枯らしたりしたらまた連絡してくれ”って言ってたじゃねえか」

 ルデン、生憎聞いた事の無い名前だったけれど、手荒な真似をせずに聞けたのは良かったと言えよう。その名前からもしかしたら何か分かる事があるかもしれない。そうなると長居は無用だ、さっさとこの場所から出ようと思いながら、シンフォニーさんの方に振り向くと……シンフォニーさんは非常に動揺した顔で身体を震わせていた。

「し、シンフォニーさん……?」
「詳しくは後で話す……とりあえずここから出るよ」

 シンフォニーさんが僕の手を引き、足早に家を出ていく。そして、集合場所として設定しておいた旅館に向かう道中で、重々しい顔をしながらシンフォニーさんはポツリポツリと話し始めた。

「……ルデンは、世界三大財閥の一つ、リューデン財閥の当主にして、一代で世界に名を轟かせたマネジメントのスペシャリスト。バルト財閥が表世界の最大財閥なら、リューデン財閥は裏表に通じる財閥。ルデンを敵に回してタダで済んだ者はいないと言われる程の脅威。ある時期から、突然当主の座を投げ出し失踪したという話を聞いて以来、その名を聞いた事はなかったけど……まさかここで聞くとは思わなかったよ」
「そ、そんなにヤバい奴なんですか……?」
「うん、ヤバい。どんな目的で行なってるか分からないけど、きっとロクでも無い事には違いない……」

 シンフォニーさんの言葉に、僕は思わず唾を飲み込む。自分がなんという安全圏にいたのかと、痛感させられる。
 
「……とりあえず、この事はパス達に報告しなきゃ……」
「何を報告すると言うのかな?」

 旅館に戻り、自分達の部屋の扉を開けた瞬間、そこには杖をつき、まるで自分の家の様に寛ぐデンリュウがいた。

「ふーむ……仕方のない事だが、どれも古臭い旅館だ。古き良き旅館、だなんて言われているけれども、古い物に価値など無い」

 そう言ってそのデンリュウは、飾ってあった壺を杖で払い、地面へと叩き割る。
 僕の直感が告げていた。こいつはヤバい、この状況は、ヤバいと。水レンジャーに入ってから、危なかったと思う経験はいくつもしたけれど、それの比では無い程の恐怖が、その身に押しかかる。

「……シンフォニーさん、この方は……」
「……お察しの通り、こいつがルデン。でも、どうしてここにいるんだ……!?」
「その名の通り、私がルデンだ。どうしてここにいるという質問に関してはこうお答えしよう。“水レンジャーが密栽培を取り締まろうとしている”情報を掴んだからだ。当たり前だろう、カモフラージュとはいえ、このビジネスを潰されては困るものでね」
「カモ、フラージュ……?」
「そう、カモフラージュ。詳しくは言わないし、言う必要も無いから言わないが、私がリューデン財閥を捨ててまでも成し遂げるべき事の、隠蓑」

 ルデンが立ち上がる。僕達は構える。

「その為に、私は血で血を洗う結果になっても構わない」

 ルデンが一気に僕達との距離を詰める。そして杖を……いや、杖に仕込まれていた刃で、僕達を纏めて真一文字に斬り払う。

「流石にこの程度じゃ、殺せないか」

 僕は身を引いて、シンフォニーさんは屈んでその攻撃を回避した。しかし、本気で向けられた殺意に、僕はその身を強張らせていた。

「……ネル、覚悟して。ボク達もこいつを殺す覚悟でいかないと、ボク達は死ぬ」
「殊勝な心構えな事だ。ただし、間違えている。君達が私を殺す覚悟であろうとなかろうと、君達は死ぬ」

 話し合いが通じる余地は無い。一瞬の気の緩みが死へと繋がる、その名の通り死戦が始まろうとしていた。



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 そして、ほぼ同時刻。別働隊のパステルとスパルタも、ネルソン達と同じ真実に辿り着いていた。その帰り道での事。

「さて、と。ルデンが関わっているのなら、さっさと帰って作戦会議と洒落込みたい所なのだけれども」
「……どうもそうはいかないみたいだな」

 パステルとスパルタに相対する様に立ち塞がる、ザングースとクチート。彼等はパステル達を生気の無い瞳で見つめている。どう考えても、仲良くしましょうという様な雰囲気では無い。

「私の名前はシロモフ、ルデンの命により、お前達の始末に来た」
「俺の名前はクロカチ、ルデンの命により、お前達の始末に来た」

 まるで双子かの様にシンクロして話すシロモフと名乗るザングースと、クロカチと名乗るクチート。シロモフは先端に小さな刃がついた縄を、クロカチは紅く異様な雰囲気を醸し出す槍をその手に持っていた。

「全く……恐ろしいものだね。水レンジャーきっての剣術士であるスパルタに対して、強気でいられるとはね」
「……貴様も戦うのだぞ」
「無論、当然。不思議能力の出し惜しみも無しだ、生きるか死ぬかの大舞台。盛り上がっていこうか」

 余裕そうな言葉を発しながらも、表情は真剣そのもののパステル。いつも通り、普段の様に敵を斬らんとするスパルタ。
 そしてルデンの刺客、シロモフとクロカチ。それぞれの思惑が交差しながら、戦いの火蓋は切られた。
次回は長い、きっと長い。

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