29話 僕はバカだから

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

  ◇

 カズオが何かを入力する。そのあまりの手の速さに、あたしは茫然としていた。彼が指をさす。あたしはそちらを向いた。
「え……何、これ?」
 そこにはなんと、リオがいた。箱の中に、リオが。消えては現れて、現れては消えて。必死に走っている光景。
「ど、どうやって……」
 もう驚かないつもりだった。けれど、さすがのあたしもこれには動揺してしまう。
「監視カメラ。離れた場所の映像をここで見られる」
 機械音がそう伝えた。
「彼がここに来たということだ」
 あたしは絶句した。リオ、何がどうなってこっちに来たのだ。
 そのカメラとやらに、慌てたようなニンゲンの映像が映り込んだ。リオを探しているのだろうか。
「行かなきゃ……」
 あたしは呟いた。機械がそれを拾い上げて、妙な音を放つ。カズオが何かを打ち込み、音が鳴る。
「駄目だ。ローネも狙われているんだから。ここにいられるのも、全部イブのワガママでしかない」
「わかってるけど……」
 しばしの後、「落ち着くんだ。リオのことはイブには伝えた。イブがきっとなんとかする。ローネが飛び出してもややこしくなるだけだ」と音が鳴る。
「……だよね。ごめん」
 あたしはへたり込む。なら、あたしは何をすればいいんだ。イブのために、やれることをやると大見得切っておいて、あたしはこの監視カメラとやらを眺めているしかないのか。
 リオは、画面のあちらこちらを行ったり来たりと駆けまわっている。そして、その画面のひとつに、イブの姿も現れた。
 カズオが何かを入力し始める。何をしているのかは教えてくれない。声は聞こえなかった。
 あたしはそれを、眺めることしかできない。

  ○

 おっと危ない。前からニンゲンの気配を感じる。僕は慌てて道を戻り、角を曲がって隠れた。口を抑えて、息が漏れ出ないように。すたすたと歩き去るのを眺め、僕は安堵の息を吐く。
 さっきからずっと、こんな感じだ。
 とにかく、イブを見付けないと。それか、ママと合流するか。何にせよ、誰がボスなのかもわからないのに僕だけでどうにかできる訳がない。
 イブ、どこだ。

  ◇

 カズオの入力につれて、イブが何か反応しているから、恐らくは連絡を取っているのだろう。きっと、リオの居場所を教えているのだ。だけど、リオはどんどん動いていく。イブが追い付くよりも、速く。
「今いる場所を教えてるんだったら、絶対意味ないよ、カズオ。リオはじっとしてられる奴じゃない」
 カズオは入力を止めた。
「地図はないの? リオの居場所がわかるような地図があれば」
 カズオはまた何かを入力した。すると、画面にマップが現れた。監視カメラの映像は、画面の外側に追いやられて、どの画像がどこを指すのかの対応が直線で引かれていた。
「今あそこをあっち向けに走ったってことは、もっと先の、あそこの角にイブを誘導して」
 カズオは勢いよく入力を済ませる。
「ポケモンのすばしっこさ、舐めないでよね」
 あたしの声が変換され、カズオの手が止まった。
「……カズオ?」
 しばしの後、カズオはゆっくりと手を動かした。平坦な音で言葉が伝わって来る。「なんでもない」

  ○

 代わり映えのしない光景。それでも集中力だけは切らせない。さすがの僕でもそろそろ疲れて来た。
 それでもまだ走る。イブと、速く会いたい。イブ、どこにいるの、イブ、イブ……。
 ふっと、ローネのにおいを感じた。その瞬間、足が止まる。だけど、違う臭いに混じっているような気もする。僕は鼻をくんくん鳴らしながら、ゆっくりと足を進めた。
「……ローネ?」
 ポツリと問いかけてみる。返事なんて、かけらも期待していなかった。だけど、その角から、「リオ……?」と声が聞こえる。知らない声だった。
「誰だっ!」
 僕は警戒して、構える。僕のナマエを知っているポケモンなんて、こっちにはそうはいないはずだ。
「……誰?」
 改めて問い直す。名乗る代わりに、その声はこう問うて来た。
「9×9は?」
 それで、僕は電撃に撃たれたように立ち竦む。全ての緊張は解けて、その拳を緩めた。
「……は、はちじゅういち」
 呆けたように、九九の最後を飾る問題の答えを唱えた。
「い……イブ?」
 現れたニンゲンは、ニコリと笑みを浮かべ、そして少しかがんで僕のことを抱きしめた。体毛のない肌は、だけど確かな温もりを持っていた。イーブイの頃より何倍も大きいけれど、それは確かにイブだった。僕はもう、確信していた。
「……リオ。まさか、こっちに来てくれるなんて思ってなかった」
 ありがとね。
 ……えへへ。
「ところで、何があったの?」
 体を離したイブは、いきなり声のトーンを真面目なものに戻す。僕もそれに答えた。
「……ミミロップを倒して、こっちに来たの。なんとかして止めないと。ママが、今も戦ってる」
「参ったなぁ……」
 イブが頭を掻いた。
「よし。もうことは始まってる。今やるしかない。トギリさんを止めよう」
「トギリ?」
「私たちの上司で、誘拐の主犯。いろいろ考えたけど、説得するしかないよ、もう」
「説得できるの……?」
「わからないけど、考えてる暇もない。駄目ならその時だよ。ついて来て」
 イブは立ち上がり、歩き始める。僕もそれについて行きながら、尋ねた。
「考えないの……?」
「考えてる途中だったけど、隙がなさ過ぎて。リオのお陰で踏ん切りがついた。勇気を持たなきゃ」
「……タイミング悪かった?」
「ううん、ありがと。私も、お陰で覚悟を固められた。直接話すよ。
 リオがいると、勇気が湧いて来るの」
「そっか。よかったぁ。ところで……ローネとマイナンは無事?」
「ローネは。私が保護してる。今は戻ってる時間はないから会えないけど、大丈夫だよ。マイナンは……まだ見付けられてない。ごめん」
「……そうだよね。ローネが無事なだけでも喜ばなくちゃ」
 それきり、僕たちの間に言葉はしばらくなかった。
 時たまイブが、何かを呟いた。それは僕には理解できない言葉だった。
「私たちの協力者に連絡を取ってるの。大丈夫」
「連絡? それだけで取れてるの?」
「うん。凄いでしょ」
 頭の上に大きなハテナマークが浮かんだ気がした。テレパシーか何かだろうか。
「……さて、着いたよ。リオ、ちょっといい?」
「何?」
「ダメージ受けてたりしない?」
「……ちょっとさっき攻撃された頭が痛い」
「じゃあ、ちょっと待ってね……」
 イブが何かを取り出し、僕に何かを吹きかけた。少し沁みた。
「これ、何……?」
「お薬。すぐによくなると思うよ、リオの回復力なら」
「これが?! お薬……なのか」
「これが人間の凄さってとこだよ。それじゃあリオ……行こうか」
 イブの顔が引き締まる。僕も、まっすぐにイブを見つめ返し、頷いた。
「うん」

  ◇

「……ねえ。イブとリオは何をしようとしてるの?」
 カズオの手早い入力。次いで、「トギリに直談判するつもりだ」と聞こえた。
 あたしはへたり込んでしまう。あの2匹は、もう本丸に突撃するつもりだ。
「……大丈夫なの?」
 なんとか絞り出す。カズオは肩を竦めた。あたしは頭を抱える。
「大丈夫なの……?」
 今度は、イブたちに向けて問いかけた。当然、返事なんてないけれど、それでもあたしはそちらを見つめていた。

  ○

 扉を開く。1匹のニンゲンがそこには座っていた。イブは何かよくわからないことを話しかける。ニンゲンはこちらを向いて立ち上がると、「ようこそ、人間の世界へ」と僕に向けて話しかけて来た。
「ブラックボックスはなし、君の言葉で話そう。構わないな? イブ」
「……はい」
「私はトギリ。人口増対策プロジェクトのリーダーだ」
「僕はリオ。……なんて言えばいいの?」
「……ただの一般ポケモンよ、ご存じの通り」
 イブの注釈が、なんとなく情けない。でもどうしようもない。僕はただの小2だ。
「さてと。話は何かな?」
「……わかってるクセに」
 僕の言葉を遮って、イブが口を開いた。
「単刀直入に聞きます。なんで誘拐なんてバカなことしたんですか?」
「なんで……か。逆に問おう。どうしてそこまでポケモンに肩入れするんだ?」
 ふと、イブが笑みを浮かべた気がした。チラと顔を見ても、その表情は真剣なままだったけれど。
「決まってる。優しいポケモンが多かったからです」
「聞いた話と違うな。イブ、襲われたんじゃないのか?」
「……でも、助けてくれたポケモンがいました」
「子どもの純朴さが判断基準か?」
「……私の体験、ちゃんと伝わってますか?」
「ああ。カズオからしっかり聞いた。それを判断した上で、私はこう考えているのだよ。
 和解よりも、征服の方がふさわしい、とな」
「……考え直す気は、ないんですね」
「ああ。イブ、ひとつ話をしよう」
「……なんですか?」
「初めに甘くすれば、民は付けあがり、幾度となく反乱を起こすだろう。その制圧のために流れる血は計り知れない。初めに厳しくすれば、民は恐れ、反乱など起こさないだろう。
 どちらの方が流れる血が多い?」
「『君主論』の内容を語っても無駄ですよ。あの作者は、本当は共和主義者です。現実に即してどうにもならないからこそ、あの本を著したにすぎません。力を持った絶対的君主を肯定し、その枠組みの中で最良の支配を探した本です。
 あなたのプロットで誰が君主になるんですか。あなたはあくまで人口増対策プロジェクトのリーダーであり、この外に支配力は及ぼせないはずです。
 そして、私が語るのは人間とポケモンの共和です。彼の思想を語るなら、このぐらい押さえておいてください」
「……弁が回るな、さすがイブだ。私が見込んだだけあるよ。対面でのプレゼンなら、誰にも負けないだろうな」
「……大勢を前にすると駄目なことは、私だって自覚済です。でもそんなことは関係ない。本筋を逸らさないでください」
「……まぁ待ちなさい。『君主論』を引いたのは、「共和は理想でこそあれ、現実にはならなかっただろう?」ということだ。あくまでも理想論に過ぎない。力で劣る我々が、ポケモンと対等になろうとすればどうなる? あっけなく蹂躙されるに決まっている。だからこそ、こちらは高圧的に出なければなるまい」
「……お互いに力は持ってる。それぞれ別の力だよ。人間の技術、ポケモンの技や能力。それを釣り合わせつつ、互いのために恵みあえば、問題はないはずです!」
「ほう……ならばお前を襲ったような悪意が他の人間を襲った時、イブ、お前は責任を取れるのか?」
「自衛のためのボールを――」
「ならば、そのボールを人間が悪用しない保証がどこにある?」
 イブはぐっと言葉を詰まらせる。
「イブ。お前の意見はあくまでも正しい。どこまでも正しい理想論だ。だが、しょせんは机上の空論だ」
 イブは黙り込んでしまった。俯いて、唇を噛む。僕は少し手を上に持ち上げて、そっとイブの手に触れた。
「いいポケモンも、いい人間も、当然いる。だが、全てがそうではない。その悪意に対して、どう向き合うつもりだ?」
「……僕が捕まえる」
 思わず声を出した。イブがハッとこちらを向く。
「悪い奴は、僕が捕まえる! 捕まえてみせる! ボールがなんなのかはわかんないけど、ニンゲンを襲うような悪い奴は、僕が逮捕してやるんだっ!」
「……リオ」
「もちろん、今すぐは無理だけど……でも、僕は、警察になる! ママみたいに、強くて優しい警察になって、悪い奴を捕まえるんだっ!」
 少しの後、イブが呟いた。
「そうか、法整備。そうだよ、それを犯罪にすればいい! もちろん、他者を襲うのは、ポケモンの世界ではもう犯罪だった。だけど、ボールを使うのも、犯罪にすればいい。有事の時には、正当防衛として処理できる!」
「……なるほど。だがそれは、我々ニンゲンの利益を損ねることになる。そも、こちらの世界のポケモンはどうするんだ? 確かに、一定の知性は認められる。だが、そちらのポケモンとの文明水準は比較もできないだろう?」
「確かに、技術を育んだのは人間だけだった。でも、今からでも遅くない! 教育から何からいろいろと整備していけばいい! こっちのポケモンにだって、確かな知性がある! ……言葉がわかるからこそ、私にはわかるんです。彼らは、人間の技術に興味を持っている」
「では、ならばポケモンが人間の技術を学んだ時どうするんだ? その時均衡が崩れるのではないか?」
「……私が見て来たのは、誰かのために、全力を尽くす姿だった。誰かを思いやる力だった。
 私は、それを信じています」
「それこそ、理想論の域を出ていないだろう?」
「理想論じゃないっ! ……私の見た範囲からかき集めた情報からの、帰納的推測です」
「どれ程の範囲だと言うのだね?」
「確かに、その範囲は狭かったかもしれない。だけど、私たちは確かに心を通わせられた!」
「それを理想論と言うのだ!」
「……そうかもしれない。でも、じゃあこちらから尋ねさせてください。ポケモンたちを支配に置いたとして、全てをその支配下に置けますか? あの膨大な数を全て捕獲できますか? こちらのポケモンですら、そんなことできないのに?」
「可能だ。そのための開発も行っている。お前たち以外でだがな」
「マスターボールを大量生産して、全てを捕らえると。そうなった場合、なら彼ら全員を養うことは可能ですか?」
「土地ならば増える。食料生産はポケモンにしてもらえばいい」
「そうした結果、彼らの文明は潰えます。彼らから学ぶこともできないんですよ」
「何を学ぶのだ? ポケモンなら我々の世界にもいる。技術力は我々の方が上なのだろう?」
「……私は、語学の天才。そう言ったのはあなたです。事実そうだった。だからこそわかる。違う言葉の中には、違う文化がある。確かにこちらの世界のポケモンと、向こうの世界のポケモンの語彙はそう変わらなかった。けれど、ほんのわずかな差異は、確かにあった。そこを補いながら生きていくには、そこそこ大変なぐらいには。
 どうしてその差異が生じたのか、そう言った文化的研究を行うことには、間違いなく価値がある」
「それがどう利益に繋がる?」
「学問というのは、利益のためだけにやるものじゃない」
 駄目だ、ついて行けない。この2匹の話している、言葉はわかっても中身がさっぱりだ。
「ねえっ!」
 僕は声をあげる。
「……僕はバカだから難しいことはわかんないけどさ、僕、ニンゲンとも仲良くなりたいんだ。イブと、もっと仲良くなりたいんだ。だから……トギリ? あなたを止めたいんだ! 誘拐なんてやめて! そして……仲良くなろうっ!」
 トギリは虚に突かれたように僕の方を見つめて、そして笑った。
「シンプルだな。だが甘い。仲良く? それこそ理想論だ」
 そう言って、彼は紅白のボールを手に取った。
「誘拐犯相手に仲良くなりたい? 笑わせる」
「もちろん、マイナンたちのことは返してもらうよ。だけど、それでも! イブのことを信じたいんだっ!」
「リオ……」
 繋いだ手に、力がこもった。だが、トギリはまだ言い返す。
「イブのことは信じればいい。だが……我々の恐れるようなことをお前に見せれば諦めるだろうな。このモンスターボールというのは、ポケモンを軽く洗脳し、そして捕まえた人間の言うことを自発的に聞かせるようにするアイテムだ。今回はその洗脳効果を高めたからな……」
 そう言って、彼はボールを放り投げる。そこから、突然1匹のポケモンが現れて、僕たち2匹は揃って絶句する。僕はなんとか、これだけ絞り出した。
「嘘……でしょ?」
「どうだ? 仲良くなんてなれないだろう? 同じことだよ。お前が私のことを信頼できないように、私もお前たちのことを信頼しきれない。であれば、力の差でねじ伏せるのがよい。簡単な演繹ではないか? だからこそ、ここでお前たちを倒させてもらう」
「……この、人間の恥さらしっ!」
 イブが叫ぶ。







 そこにいたのは、ママだった。

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