第8話「叫ぶプライド」

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「ではこうしましょう。お友達のミミロルさんを解放する代わりに、この雨林に住むと噂の幻のポケモン"セレビィ"さんを渡してください」

 自らをエンターテイナーと呼ぶ謎のポケモンは、オーバーな手ぶりで隣の透明な箱を指した。その中にはミミロルが閉じ込められている。

「セレビィって幻のポケモンの名前?」
「あぁ。俺たちはそいつを守るためにここにいるんだ。渡せと言われて、はいどうぞ。と渡すわけにはいかねえな」

 ケッキングは依然として寝そべりながら、それでいて怒気を感じさせる声だった。

「そうですか。それは困りましたねえ」

 わざとらしく眉をひそめ、指で顎を触る。

「ケッキングさん、あいつ倒したら幻のポケモンに会わせてくれるよね?」
「構わんが。おめえにやれるのか? リオル」
「まー見ててよ! ボク強いんだ!」

 リオルは自信ありげに拳を手のひらにぶつける。

「セレビィさんをいただけないと言うのなら仕方ありません。このままミミロルさんだけいただいて帰ることにします」
「そうはさせないぞ! ミミロルを返せ!」
「ワガママなコですね」

 リオルは前屈の姿勢をとり、地面を強く蹴る。ミミロルを閉じ込めている箱に狙いを定めて、コドモとは思えないほどのスピードで接近した。

「行くよ。ミミロル、壁から離れてて!」
「ホウ。箱を壊すつもりですか。試してみるといいですよ」
「行くよ。"はっけい"!」

 箱の中ではミミロルが彼の攻撃に備えてちぢこまっている。
 勢いよく押し出されたリオルの掌。しかし手は壁にぶつかる一歩手前で止まり、透明な壁に届くことはない。

「……どうしました?」

 刹那の静寂の間、バリヤードは拍子抜けしたようすでクスリと嘲笑をこぼす。箱の中にいるとはいえ、衝撃も音も来ないことに違和感を覚えたミミロルが恐る恐る目を開けようとした。次の瞬間だった。
 リオルの掌から黄色い攻撃が放たれる。その衝撃は突風のような圧となって、リオルを中心に吹き荒れた。バリヤードは風に押されて大袈裟にも尻餅をつく。
 ケッキングがその大きな目を見張るほどの威力。しかしそれほどの衝撃波のなかでミミロルを囲む壁はピクリとも動いていない。

「リオルのやつ、中々やるじゃねえか。だが……」
「あれっ、透明でガラスみたいだからすぐ割れると思ったのに」
「それは大きな見込み違いでしたね。リオルくん。このバリヤーは絶対に破れることはありませんよ」

 刹那、重厚な地響きが背筋を下から突き上げる。ビックリした二匹がその音の方向に振り向くと、起き上がったケッキングが拳を地面につけていた。

「侵入者よ。お前に一つ聞きてえことがある」
「ハイ。なんでしょう」
「俺の子分のポケモンたちがお前を追っていたはずだが、どうやって振り切った?」
「あの野蛮なお猿さんたちのことですか? あまりにしつこくて五月蝿かったので、全員ミミロルさんと同じようにバリヤーで閉じ込めておきました」

 その言葉を聞いて、ケッキングの眉間に四本の大きなシワが寄る。舌打ちをしながら、巨体がゆっくりと時間をかけて立ち上がる。彼の両足が地面を踏みしめた瞬間、地面が再び大きく揺れた。

「こんなポケモン一匹に捕まるようじゃ、あいつらもまだまだ鍛え足りんようだなァ」

 木よりも上の高さから深く息を吐き、その風圧で地面に張った水が吹き飛ばされていく。

「しかしそういうことなら仕方ねえ。俺が直々にお前を捕らえて、子分に持ち帰るとしよう」

 「リオル、離れてろ!」そう叫び、丸太のような腕を振り上げる。敵はとっさにミミロルを捕まえたのと同じバリヤーを自分の周りにも張り巡らせた。降り下ろした拳がその透明な壁に直撃した瞬間、リオルの攻撃とは比にならないほどの衝撃が辺りに走った。

「スゴいパワー! だけど……!」

 ケッキングの巨体から繰り出される攻撃を受けてもなお、バリヤーには傷一つついていなかった。

「流石にヒヤッしましたよ」
「無傷だと……!?」
「まったく、パフォーマーの話はちゃんと聞くものですよ。このバリヤーはどんな攻撃にも耐える最強の壁です。今までにこの壁が破られたことは一度しかありませんねぇ」

 またわざとらしくジェスチャーを加えながらお喋りを始める。彼が自分のバリヤーの凄さを語っている間、リオルはそれを聞くわけではなく。こそこそと小声で誰かに話しかけていた。

「マーシャドー、聞こえる? ソコにいるんでしょ?」
「うん。いる」

 ソコとは、リオル後ろにあるの影のことだ。彼の影のなかには、二匹の身に何かあったときのためにマーシャドーというポケモンが潜み、旅に同行していた。

 ミミロルが捕まり、ケッキングの攻撃すら通用しなかった。この絶望的な状況で彼に助けを求めることにしたのだ。

「ねぇ、どうしよう。このままじゃミミロルが連れていかれちゃうよ」
「一応作戦があるにはあるけど、聞きたいか?」
「うん」
「あまりオススメしないけど」
「いいから早く!」
「僕の作戦は二通りだ。ミミロルを今助けることは諦めて、捕まるか。ミミロルを今助けることは諦めて、逃げるか」
「はぁ!?」

 マーシャドーの返答に思わず大声をあげるリオル。ケッキングが怪訝そうな顔で一瞬こちらを見る。しかし幸いエンターテイナーはまだバリヤー自慢話に夢中の様子だった。
 小声でマーシャドーとの話を続ける。

「だからオススメしないって言ったろ」
「何言ってるの!? 捕まるか逃げるかって……ボクたちを守るために来てくれたんじゃなかったの!?」
「守るためさ。あのバリヤーは壊せそうにないし。戦ってもどうしようもない。だったら逃げて、ミミロルはオトナが助けてくれるのを待つべきだ」
「じゃあ『諦めて捕まる』の方は? 絶対ダメだよ。本当に助けようとしてる?」
「ああ。むしろ僕はそっちの方が良いと思ってる。かなりリスクは高いけど」
「えぇー……」

 リオルは淡々とした口調で続けるマーシャドーの話を聞いていて、本当に味方なのか不審に思い始めていた。

「じゃたマーシャドーはどうしてそう思うの?」

 マーシャドーは論理的に説明を始める。
 まず一つ目に挙げたのは「僕が"ふしぎだま"を持っていること」
 "ふしぎだま"とはマーシャドーが護身用に持ってきた不思議な玉で、知っている場所に一瞬でワープできるという秘密道具だ。
 マーシャドーがそれを持ってリオルの影のなかにいる限り、ミミロルとリオルが一緒にいればいつでも逃げられるはず。それが彼の言う一つ目の理由。

「はず?」
「たぶん大丈夫だと思うけど、どんな攻撃も効かない無敵のバリヤーの中では"ふしぎだま"を使っても外に出られない可能性がある」
「な、なるほど……」

 続けてマーシャドーが挙げた二つ目の理由は「捕まっても殺されるリスクが少ないと思うこと」
 敵の目的はわからない。しかし敵はずっと『セレビィを出さないならミミロルだけでも貰っちゃうよ』と言い続けてる。つまりあわよくばミミロルも欲しいと思っているのだ。
 もしそうじゃないなら『セレビィを出せ。さもなくばミミロルを殺す』と脅迫してきてもおかしくない。
 マーシャドーは、もしミミロルとリオルが捕まっても、逃げるまもなく殺される可能性は薄いと考えたのだ。

「そして三つ目。最後の理由は、君たちがオトナ嫌いだってこと」
「え?」
「今ふしぎだまを使って逃げれば、リオルだけは確実に助けられるだろう。しかし捕まったミミロルのことはオトナに任せるしかなくなる」

 リオルには、その話の意図がいまいちわからなかった。それはまだマーシャドーのことをよく知らず、普通なら『両方捕まるより、片方だけでも逃げた方がマシ』と言うべきところだからだ。

「でもボクだけでも確実に逃げるべきなんじゃ……」
「そうか? もしそうなれば君は、ミミロルが助かるかどうかもわからないまま待つしかなくなるし。無事に助かったとしても、もう二度と自由に冒険することは許されなくなるだろう。それは君たちにとって最悪だと思うが」

 まさか冷静なマーシャドーがそんなことを言うとは思っておらず、リオルは少し驚く。ましてやそれは二匹の安全よりも、コドモの我儘を考慮した考えだった。
 マーシャドーは、その間も暖かい色の眼でリオルのことをじっと見つめている。

「さぁどうする。どっちを選ぶかは君に任せる」
「あのね、マーシャドー」
「何だ。質問でも?」
「ボク君のことを誤解してたみたいだよ。ごめん」
「さっさと決めろ」
「あ、うん。ごめん……」

 リオルは覚悟を決めて唇をギュッと結ぶ。

「答えはもちろん決まってるよ。"ボクたち"でミミロルを助けよう!」
「やっぱり茨の道を行くか。流石は"開拓者"だな」


 リオルは影のなかに向けていた意識を囚われのミミロルに集中させる。その隣では未だに自称エンターテイナーがバリヤーの自慢話を繰り広げていた。

「生半可な攻撃は通じませんよ! なにせワタシのバリヤーは、かの有名な開拓者"ルカリオ"ですら破れなかったのですから」
「ルカリオ……?」

 その単語を耳にした瞬間、リオルの目の色が変わる。

「リオル、どうした。まずはあいつを油断させて捕まらないと」
「作戦変更するよ。マーシャドー」
「は? いきなり何を──」
「今ここでボクがあのバリヤーを壊してミミロルを助ける!」
「おい待て、それが出来ないから僕と作戦を立てたんだろう!?」

「道を切り拓くのが、"開拓者"だ!!」

 さきほど見せたわざ"はっけい"と同じ感覚で、しかし今度は両手を胸の前で向かい合わせる。
 それはリオルが父ルカリオに何度も教え込まれた"はどうだん"というわざの構え。そしてミミロルと何度も練習した"きあいだま"の構えでもある。


「はーっ!」





 一方で閉じ込められているミミロルは、透明な箱のなかで一人うずくまっていた。バリヤーによって音は遮断されており、ミミロルが何を言っても何を叫んでも外にいるリオルたちには届かない。

 助けを呼ぶ声は届かず、絶対にその箱から出られないと悟った。その時、胸から湧き上がってくる不安と恐怖で頭がいっぱいになり、必死に壁を叩いた。
 届かぬとわかっていても叫ぶのをやめられなかった。声が届かないことで見捨てられて、忘れられてしまうのではないかと不安になった。
 しかしそれと同時に、ミミロルは心のどこかで「外に聞こえなくて良かった」と安堵していた。

 リオルの前ではいつも見栄をはって嘘をつき、それで"師匠"だとか"スゴい"と持て囃される。そんな彼に「助けて」と叫ぶ姿なんて見られたくない。

 思えば探してくれた母のことも、忠告してくれたハクリューのことも傷つけて、自分勝手に飛び出した結果こわいポケモンに捕まる。まるで自業自得だった。今さら「助けて」なんて言えるわけない。
 しかしそう思っていても、外でリオルが助けようとしてくれている様子を見て喜んでしまう。そんな自分もまた嫌いだった。

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

 大声で泣きわめいてもバレないだろうが、地面にうずくまってすすり泣く。泣いているところすら見られたくなくて、腕で顔を覆い隠した。
 堂々巡りをしていた思考が、ふとした瞬間、立ち止まった。「いっそのことこのままどこか遠くに連れ去られて、殺されてしまえばいい。それも天罰なんだろう」
 そんな考えに思い至った。その時だった。
 ふと視界のはしに、見覚えのある光が見えた気がした。といっても涙で滲んでろくに見えなかったが、ミミロルはそれに強く惹き付けられて顔をあげる。

 何度ぬぐっても溢れてくる涙をその度に拭いて、最後に涙が無くなってからももう一回目を擦った。最後の一回は、視界に映るものが見間違いじゃないことを確認するため。


「できた……!」


 リオルの両手の中に浮かぶ黄色い光。
 ── それは、渾身の力で作ったエネルギーのかたまりを発射して攻撃する強力なわざ。
 リオルが何度挑戦しても生み出すことすらできなかったわざ。
 ミミロルはいつでもそれにすがり続けてきた。そして今もなお、何もなかったミミロルにとってそのわざが唯一の希望となる。 ──

 リオルはミミロルを助けるために、初めてそのわざを成功させた。


「"きあいだま"!」


 放たれたわざの軌道は、ミミロルをとじ込める障壁へと真っ直ぐに ──。

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