Ep.45 サブリミナル・ラヴ

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読了時間目安:26分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください




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 始まりがあるという前提を理解していたはずなのに、なぜ終わることを推測できなかったのか。


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 リリオシティは俗に図書館都市と呼ばれている。つまるところ、図書館という施設が大量にのさばっているというか、いや、そういった先入観が横行していると言った方が説明がつくかもしれない。
 まあ、結論だけを述べると、リリオシティはそれだけではない――図書館だけしか施設がないわけではないのだ。
 ユリエルはとある日の昼間、そんなリリオシティの一角をふらりふらりと歩いていた。
 どこか田舎を想起させる地味めの服装と毛染めの一つも体験したことのない様を体現している傷みのない黒髪を三つ編みに結い、その素朴さをより一層際立たせていた。
 そして、その隣にはそんなユリエルとちょうど対比になるような美しいポケモンがふわりふわりとその裾をなびかせていた。
 生物学、その内のポケットモンスターの枠の中で、彼女はサーナイトと称されるポケモンだ。ただ、どこから見てもわかる点が、通常のサーナイトと異なる点があり、頭部と腕が緑ではなく淡いターコイズブルーで、胸部のツノが少し橙色を帯びていた。そして何より、目の部分に刻まれた傷跡が痛々しく、俗っぽく言えば残酷味のある美しさを放っていた。それでもやはり、美しかった。
 彼女の名は、デーヴァと云う。過去に疵姫と呼ばれ、叡知の化け物として歴史に爪痕を残していた。だが、疵姫はもうこの世には存在しない。彼女自身が存在させないことにしたのだ。一人の少年の死と引き換えにして。
 今ここにいるのは、ちょっぴり周りより賢い、人の言葉を介するなんの変哲も無いポケモン……ただのサーナイトである。
 誰かがそれを認めずに恐れ慄こうとも、彼女はそういった生き方をすることを選んだのだ。それもやはり、一人の少年の死をきっかけに。
 そんな二人が歩くのは、件の騒動が沈静化した後の、平和を取り戻した街並みだ。
 だが、街並みの中に溶け込めて居ない理由が一つだけある。
 二人とも、何処かで泣き喚きでもしたのか、目の下に赤みが宿っていた。
 だけれど、それでも二人は世界に抗おうと穏やかな表情を作っていた。
 もう泣くのは止めだ。これから先を如何に笑えるか、それだけを描いていこうと決めていたからである。それだけの理由があれば、彼女達が前を向くことを否定できる者などこの世界にはいない。そもそも、世界そのものに否定権など無いのだから。

「デーヴァ、気は楽になった?」
『……ええ、そうね。あの子の笑顔を確かに見たから……それだけでワタシは救われたと思いたいもの』
「そう……だね。あたしももう大丈夫だから。何も気にせずに行こう」
『そうね……とびっきりオシャレなの、選びましょう。うふふ』

 デーヴァもユリエルも、互いに顔を合わせることはなかった。まだ気まずさが残っていることは流石に否めないが、理由はそれだけではない。
 何より今日は快晴だった。それだけで二人は空を見上げながら言葉を交わすことができたから。
 そして、二人がこれから向かっているのは決して公園や図書館などではない。ましてやポケモンジムに行くわけでもない。
 服屋。
 流石に、この街にデパートだなんて大規模な店は無いのだけれど、それでも衣服を買うだけの店くらいなら存在している。
 何故唐突に服屋を目指しているのかといえば、それこそ理由は一つだ。

「ルイヤくんが退院したら、どんな服着せたいか、イメージはあるの?」
『それはもうてんこ盛りよ。ワタシのオシャレセンスを侮ったら……死ぬわよ』
「殺傷能力の付与されたオシャレセンスは愛が足りないよ!」
『いえいえ、むしろ愛しか存在しないわ』

 今は病棟で療養中の少年、ルイヤの為に服を買おうというのが二人の目論見だった。
 ルイヤ。
 自らの記憶と引き換えに、デーヴァから世界を、世界からデーヴァを救い出した、絶対にありふれてはいけない類の小さな勇者だ。
 ルイヤはその図書館都市での騒動の最中に、旅立ちの時から愛用していた(愛着はない)衣服を毒液で溶かされていた。その為、現段階では病衣を着ているから大丈夫ではあるものの、退院した後に着る衣服が無いのである。
 デーヴァとしてもユリエルとしても、流石に勇気と人情にあふれていそうな少年を裸体で旅に連れ出すのは罪悪感があり、まあ、それは建前であるとして、恩があって好意を寄せている男の子に自分好みのカスタマイズを施せる一世一代の大チャンスが巡ってきたということで、やたらめったら張り切ってしまっていた。

「デーヴァ。一応、いーちーおーう、言っておくけれど、最終決定権はあたしだからね」
『ユリエル……ワタシ、アナタの首を刎ねる結末だけは避けたいのよね』
「ほお……あたしとオシャレバトルするつもりなのかな?」
『オシャレはバトルじゃない……ラブソングよ』
「ぐぬぬ……詩的に素敵に最適解を……。ま、まあ、意味わからないし収拾つかなくなりそうだから、取り敢えず店に入ろうか」
『あら、もう着いたの。心の準備がまだ周回できてないのだけれど』

 非生産的な会話をしながら歩いていると、気がつけば右手に見えるのは服屋らしき建物だった。
 図書館都市の風景に馴染まない木製の立て看板や若干浮き気味のカラーリングの建物はどうやら自動ドアではなく、ドアノブを捻って中に入るタイプらしい。
 絶妙に軽度の胡散臭さがあるけれど、寧ろこんな都市っぽい景観の街にこれだけ勇気を出したデザインで店を構えているのだから、それこそ犯罪の匂いが絡んでいることなどなさそうではあった。
 扉を開いて中に入ると、外観より広めな店内が視界に飛び込んできて、あちらこちらに陳列されている衣服の大群が一目でわかった。奇抜なデザインで押すのが店のスタンスなのか、中々個性的な服がユリエルとデーヴァに衝撃を与えた。

「か……」
『か……』
「よくわかんないけど、かっこいい!」
『理解が追いつかないけど、かっこいい!』

 ユリエルはたちまち気分が高揚したのを理解した。
 この衣服の海の中から、大好きなルイヤに自分で選んだ服を着せられるのだと。
 デーヴァはすぐさま胸の高鳴りを確かに理解した。
 この衣服の海の中から、自分好みの少年像を構築して、しかも恩返しができる。
 だが、一つだけ問題がある。二人とも、自分で服を選びたいのだ。済し崩し的に二人でここに来たのは良いものの、選びたいのは自分なのだ。
 つまり、ルイヤのファッションの最終決定に際して、互いが邪魔になるということ。

「ねえ、デーヴァ」
『ねえ、ユリエル』
「……悪いけどルイヤくんの容態を確認してきてくれない?」
『……申し訳ないけれど、ルイヤの為にお菓子の買い出し行ってきてくれない?』

 ここで初めて二者の視線が交錯する。
 ここで引いたら、負けだ。
 自分の、ルイヤに捧げている想いが、否定されるのと同じだ。

「やだなあ、デーヴァ! ルイヤくんは空腹のリスクより衣服がないリスクの方が大きいんだよ。だから今すぐ服を買うことが必要不可け……」
『あーらあらあらあら! 何を言い出すのかと思えば! ルイヤは今頃ジェノと盛りあっているはずよ。もう回復の兆しにあるんだから! そう、ワタシ達の知らない世界にはジェノルイの需要があるはず……』
「……」
『……』

 暫し沈黙。拮抗する譲れない意思。
 焦りの混じった作り笑いで、牽制し合う。
 だが、結局はこういうことになってしまうのだろう。

「よーし、じゃあこうしよう。交渉しよう。お互いにルイヤくんに似合う一式をチョイスして、店員さんにどちらが流行りに乗れてるかをジャッジしてもらおう! それで勝敗を決めよう!」
『あーそうそうそうそう! それでいいと思うわ! むしろワタシがオーバーキルしちゃいそうで怖いんですけど〜? まあ、ユリエルがそう言うなら? オーバーキルも吝かではないと言いますか〜! 後悔しても遅いわよ?』

 二匹の女豹が遂に睨み合い始めた。
 齢十三の少年の為に選ぶ服でこんなにも戦火が激しくなってしまうものかと、例えばジェノならそう思うだろうけれど、衣服の費用はジェノが負担しているのだ。金銭の授受の時点で既にその辺はどうにでもなれと無関心を決め込んでいる。
 だが、そんな二大勢力と直角に交わる角度から、予想だにしない刺客が舞い降りた。

「いいなぁ、いいなぁ! 楽しそうだなぁ、楽しそうだなぁ! ウチも混ぜてほしいですなぁ!」
「……えっ」
『……誰?』

 ユリエルとデーヴァがその声に気付いて振り向くと、そこには雰囲気に似合わない薄桃色のワンピースを着た少女が立っていた。
 肩まで伸びた紺色の髪と、何を見据えているのかわからないクレイジーな目つき、何に興奮しているのか若干赤みを帯びた頰、小動物と形容するのはあまりにも危険因子っぽく覗かせた八重歯。
 だが、返事ではありそうだが、この場に限っては悪人っぽい殺気はなかった。
 ユリエルはこの少女を知らなかったが、デーヴァは即座に何かに気付き、件の惨劇で能力の安定化が難しくなった『ペンテコステの洗脳』を使ってその少女に探りを入れた。
 答えは、簡単だった。

『ユリエル……この子、ディアブロ団とかいう組織の構成員よ。トレボルシティって場所で……何か心当たりはない?』
「……えっと、もしかして……ルイヤくんが鉢合わせになった人……?」

 ユリエルがそう呟くと、その少女は「話が通じるなら丁度良いや」とでも言いたげに両手をパン、と打ち鳴らした。

「いやあ、たまたま入った店でルイヤ君の名前が聞こえたから気になって秘技インビジブルショートワープを使ったんだけど、その通りで良かったよ! 初めまして、疵姫さんに……三つ編みちゃん! ルイヤ君と逃避行経験者のイミコちゃんでーす! よろしくぅ!」

 そこに立っていたのは、ディアブロ団の琥珀部隊第二小隊の自称一番槍、イミコその人であった。


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 ディアブロ団は悪の組織だ。
 誰もにそう認知されているのか、そういう話で納得のいく説明をしてしまおうだとか、そもそもそれがナンセンスだということを、例えばヨリカは知っていた。
 何をもってして悪の組織であるか。それは悪党を名乗るものがそれを悪の組織と呼んだ時がそれなのだろうと彼女は定義してみる。明確な最適解であるかなんて勿論知らなかったけれど、それでも、自らを悪党と謳うような琥珀が脳裏をよぎる度に、ヨリカは自分はそんな悪党に背中を押されてここに立っているのだと……そう思った。
 そんなヨリカは、とある人物に呼び出されていた。
 下手な前置きこそ意味をなさないし無駄かもしれないが、呼び出したのは反転の司教と呼ばれているディアブロ団の柱の一つ、ユダという男であった。

「はあ……何か無意味に億劫っスね」

 ヨリカは大きく、それもわざとらしく溜息を吐き出した。ちなみに溜息は溜めた息と書くが、実際のところ溜息なんて突発的に出てくるものであって、溜めに溜めた息が満を持して吐き出されるといった感動的なことなんてそうそうあるものではない。
 そんな頭の悪い話はともかく。
 理由はおおよそわかっていた。
 疵姫を巡って様々な想いが交錯したとされる、リリオシティでの一幕だ。
 ディアブロ団は伝承に語られる特異的なポケモン、疵姫の強奪を目的として、大きな作戦を展開していた。
 ヨリカは琥珀部隊を離れて真紅部隊の一人としてその作戦に参加することになっていたわけだが……色々と、うまくいかなかった。
 それを、今から語ることになるのかと思うと、やはり溜息が出るのだった。
 ディアブロ団の本拠地には大きな礼拝堂のような大部屋がある。
 ヨリカはユダから間接的にそこに呼び出されていた。

「……だ、誰もいないっスけど」

 その大部屋には人の気配は無かった。ヨリカは静かにキョロキョロと周囲を見渡してから、胸に手を当てた深呼吸をする。
 以前に彼とは会ったことがある。だけれど、あの異様な雰囲気はどうも受け付けない。この色付かない世界でどろどろと蠢くヘドロみたいな、見ていて良い気分にはならない、そんな感じ。
 そんな風に思い返した、その時だった。

「クククククククククク……さて、来ましたか。ヨリカさん」
「っ!」

 居た。確かにこの部屋にはユダが、その男が居た。それも、ヨリカが来るより前から。
 だけれど、知らなかった。知ることができなかった。存在を……認知できなかった。
 背中に寒気がこみ上げる。
 振り向くと、そこには灰色の修道服のようなものを見に纏った壮年の男が立っていた。かなりの長身で、本来ならそこに居るだけで気づかないはずがないのに、ヨリカはずっと、それに気付けなかった。
 そして、その足元に恐ろしい……悍ましいものを見つけてしまう。

「…………」

 ペテロ。かつて真紅の司教だった、この作戦でフェードアウトしたはずのヨリカの元上司。
 ボロ雑巾みたいな服を着せられ、口に布切れを喰まされて、喋ることもままならない。足首と腕を麻縄のようなものできつく拘束されていて、身動きも取れないままに足場に転がっている。
 何より恐ろしいのは、その双眸は開いているにも関わらず、そこから生気を感じ取ることができず、何も喋ろうとすらせず、ぐったりしているのだ。恐らく、下部構成員を送り込んで捕らえたのだろう。

「ユダさん……これは一体……!」
「クククククククククク……彼女は言っていました……すべては結果主義だと。結果を残したものだけが評価されるのだと。ならば……この体たらくは、こうなるべきなのでは?」
「そんな……」

 結果主義。
 確かに、かつてペテロと名乗っていたこの少女はそう謳っていた。その末路が、私情に呑まれた暴走とディアブロ団からの脱退。
 ユダは、それに然るべき対価を見出そうと言っているらしい。
 ヨリカは、理解できなかったわけではない。ペテロは確かに、事実上組織を裏切った。成果を残せなかった。自分の言葉に自分で咎められた。
 だけれど、既にディアブロ団ではない彼女をわざわざ捕らえてまでそんな粛清を施すことに意味などあるのだろうか。
 それこそ、ヨリカ一人に対する見せしめなんて無意味だし、それを言うならヨリカやリノンだって同じ報いを受けていたっておかしくはないはずだ。

「クククククククククク……さて、談笑は終わりです」

 ユダはそう言って、ペテロを『床に寝かせたまま』、礼拝堂の椅子に腰掛けた。そして、ヨリカにもそうするように促す。まるで、ペテロなんて始めからいなかったように。或いはそれを既に命のない……ディアブロ団として命のない置物と定義するように。

「談笑が終わったので、談笑を始めますか」
「……え?」

 ユダが意味のわからない言葉を重ねて、両手を静かに組んだ。
 ヨリカは緊張と恐怖と虚しさの混在したわけのわからない感情を拗らせたままに、ユダの方を向く。この男は、何をしたいのだろう。

「ヨリカさん。結論から言うと……ワタクシは貴女を心配しています」
「し、心配……?」
「ディアブロ団に拾われて、いきなり……あろうことか琥珀部隊の奇人揃いの部隊に配属され、組織の方向性も掴めぬままに真紅部隊の大きな計画に参加させられて、正直、普通の団員のムーブではないと、そう思います」
「それは……まあ、大変っスけど……」

 ユダと会うのは二回目だ。ガムビエルが報告しているのかもしれないが、そんな一部始終を察していることに対して、やはり気持ち悪さが拭えない。上司として把握しているのは美徳だとは思うわけだが。
 だが、ユダはヨリカの予想だにしない領域まで踏み込んでくる。

「そして、世界に色が見えない。生き物が無機質に見えて、存在を認知できない。すべてに現実感がない。何もかもが背景に見える。……それらを含めて世界を見据えるのは、さぞ苦しいことでしょう」
「……っ!」

 ゾワッと、寒気が駆け抜ける。
 その話は。その話だけは、誰にもできなかったはずなのに。
 それこそ……琥珀の少年にしかしていないはずなのに。
 どこからそれを知ったと言うのだ。ヨリカは目の前にいるサングラスをかけた壮年男性に気持ち悪さと恐怖でいっぱいになった。
 だが、ユダは話を進める。

「ですが、貴女のその特異性は世界のピースとしては十分すぎる。どうです、よろしければ個人的にワタクシのラボで……」

 ユダがそう言った瞬間だった。

「待った。話はそこまでだマッドサイエンティスト」
「おや……琥珀の司教」
「……ヨハネ、さん?」

 気付けば、部屋の隅から目付きの悪い金髪の少年が歩いてくるのが見えた。
 琥珀の司教、ヨハネ。
 威圧感のある三白眼は、ユダを心底蔑むような雰囲気を醸し出していた。

「悪いな。俺ぁ人の話を傍聴して意見陳述する趣味があってよぉ……さっきから聞いてりゃ好き勝手言いやがって。テメェは何様なんだ、ユダぁ」
「おやおや、酷い言い種ですね。好き勝手しているのは貴方の方では? 知っていますよ。ラボへの不法侵入」
「黙れ。話をすり替えるな。論点は俺が動かしてんだよ」

 ヨハネが語気を強めると、ユダは我儘な子どもを扱うように軽く口角を上げて肩を竦めた。
 ヨハネはそんなことに構いもせずに、ヨリカを椅子から立たせると、自分の元に引き寄せた。

「ちょ……ヨハネさん?」
「ユダ……調子に乗ってんじゃねえぞ。人の情報弄んで悦に入ってんじゃねえ、ふざけんな。ヨリカは俺の保護対象だ。好き勝手に保護欲騙った言葉並べてパパってんじゃねえぞ」

 ヨリカはキョトンとする。「ヨリカは俺の保護対象だ」。何気なく発せられたその言葉だが、その意味を理解して、頰が熱くなる。
 ヨハネは、団員としてじゃなくて、一人の人間として自分を尊重して、厚意を向けてくれていた。今までも、今も、きっとこれからも。
 そんな彼になら、ヨリカは自分の身を委ねても大丈夫なのだと、気付かされた。
 そして、核心に至る。自分の居場所は、彼なのだと。
 ユダはそんな二人を見てから、面白いものを見れたとばかりにニヤリと笑う。

「そうですか。それは出すぎた真似をしましたね。クククククククククク……!」
「待てよ。そこの元駄犬もそうだ。これ以上テメェが好き勝手に保護りやがっていいもんじゃねえ。俺が後で野に放つ」
「ご自由に」
「ヨリカ、行くぞ」

 ヨハネはペテロを片腕で担ぎ上げてから、ヨリカの手を引いて、礼拝堂を去って行った。
 ユダは、そんな彼らの姿を椅子に座ったまま見送って気味の悪い笑みを浮かべている。

「琥珀の司教。彼は本当に面白いピースです。立場さえ違えば、彼こそが正義のヒーローだったのでしょうね。まあ、正義のヒーローなんて、実に馬鹿馬鹿しい話ですが」

 そう言いながら、椅子から立ち上がる。

「そして……あの駒は、疵姫の救済と引き換えに記憶を、ですか。あの人にも連絡しておかないといけないですね。どんな反応をするか、楽しみでなりませんね。クククククククククク……!」

 礼拝堂に、その笑い声は響かなかった。


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「あなた、ディアブロ団なの!?」
「まあまあ、落ち着きなされよ〜。今日は完全にオフだし、ウチはヨハネ様がいるからディアブロ団をやってるわけだしぃ」
「ヨハネ……!」

 ユリエルとデーヴァの目の前に現れたイミコと名乗った少女は、ニタニタ笑いながらそんな風に言う。ディアブロ団であることから、良い奴ではないことだけは確かだが、ユリエルの中では『ヨハネがいるからディアブロ団をやってる』という言葉に少々思うところがあった。
 疵姫を巡る一連の騒動の中で、それは最終決戦も踏まえてだが、ヨハネという少年は終始救世主みたいな役回りをしていた。完全に、野次馬だとか嫌な邪魔者だとか、そんな風にはとても見えなかった。
 ユリエルも、実際に救われた一人だから。

(ヨハネ……あの人は、本当に悪い人なのかな)

 そんな疑念が、ずっと残っている。
 だからこそ、今この場に限ってはイミコを強く糾弾する気持ちにはなれなかった。

「じゃあ……イミコさん」
「イミコちゃんで良いよ!」
「イミコさん」
「んおおおおお、ブレないね〜!」
「ふ……服を……」

 無意味で無価値な抵抗感が、言葉を詰まらせる。けど、それでもルイヤのことを知ってくれていることを少しでも嬉しく思える自分を、否定したくなかったから……だからこそ、イミコに言葉をかけた。

「今からルイヤくんの服を選ぶんだけど、良かったら一緒に選んでくれない?」
「ニタァ〜! うんうん、一緒にクレイジーなのを選ぼうねぇ!」
「……デーヴァも、それで……良い?」

 デーヴァは、少し間を置いてから、苦笑いをした。ユリエルは、正直なところルイヤのお荷物のような存在なのだと思っていたけれど、自分が巻き起こした騒動で何をしていたか、そして、今何を考えていたのかを察したところで、随分と強い子なのだと理解したから。
 それを否定しようと思う意味もなかった。
 そこからは、俗っぽく言えば女の子の時間というやつだ。好意を寄せてる男の子に、どうか似合う服を選んであげたいという気持ちだけを振り翳して、服の海の中から、思いを込められる一着を吟味していく。
 ユリエルは、不覚ながらそのひと時を、イミコとデーヴァと自分という歪な組み合わせで過ごすことを楽しく感じていた。自分にも沢山友達がいたら、多分こんなことも沢山あったのだろうと思うと、胸が締め付けられると同時に温かくなっていた。
 それに、ユリエルはこれまでの旅で女の子とこういうことをすることがなかったので、新鮮と言えば新鮮であったことだろう。

 それから、一時間後。
 そう、女の子が服を選ぶのは、最短で一時間はかかるとネットの情報に記されている。

「……イミコさん」
「三つ編みもとい、ユリエルちゃん」
『二人とも……このコーディネートは……』

 最高だーっ!
 なんて、三者で叫ぶように言い放った。
 実際のところ、その服の組み合わせは致命的に絶望的だった。
 少し生地の優しめなカッターシャツのような白い服の上に、背広のような大きな襟の付いているグレーの上着、黒いズボンはサスペンダーのようなもので肩から吊り下げられており、ついでに靴も見繕って、男が履くには中性的なロングブーツのような紺色のものを用意した。
 正直に言うと、ダサい。だが、元々のルイヤの服装だって個性的なまでにダサかったのだ。そこで余計なフィルターが掛かったのか、或いはこの女子達にオシャレセンスが欠落していたのか。
 それは誰にもわからないけれど、最終的には会計の際に店員さんに笑いを堪えられるというお約束の展開となった。
 少し硬めの紙袋にニュー衣装一式を仕舞ってもらい、ユリエル達は店の扉を開いて外に出た。

「ふー、無事に選べたね! イミコさんもありがとう!」
「いえーい、いえいえ! ウチも楽しかったのでノープロブレムだにょん! これからルイヤ君に渡すの?」

 そこで、イミコが「ルイヤ君は元気ぃ?」などと言うものだから、ユリエルとデーヴァは気まずそうに目線を逸らす。
 恐らく、イミコはルイヤが記憶を失ったことを知らない。例え、ユリエルの知らないところでどんな形で出会っていようと、それが敵対であろうと、記憶が無いことを伝えてはいけないとユリエルは思った。
 ルイヤにいきなりこの子を会わせるのも良くない気がしたから。
 そこで、デーヴァが気を利かせて言葉を回す。

『イミコ、申し訳ないけど、ここでお別れね。ワタシとユリエルはちょっと寄らなきゃいけないところがあるから。服、選んでくれてありがと』
「んー、えぇー……あー、うん。残念だけど、用事があるなら仕方ないかぁ。うん! またね!」

 イミコはそう言うと、モンスターボールからオンバーンを呼び出して、それに跨る。

「二人とも〜、また遊ぼうね!」
「うん……ありがとうね」

 イミコはそのまま、空に消えていった。この先会うかどうかはわからないけれど、もしかしたら敵同士かもしれない。ユリエルはそんなことを考えてから、過去を振り返る。
 やはり、自分も強くならなくちゃならないなと、強く思うのだった。

 その後、病院に向かって、ルイヤの病室に戻ってきたユリエルとデーヴァ。
 ルイヤは病衣のまま、ベッドの上でニコニコとしていた。

「ねえ、聞いてよ二人とも! 明日退院だってさ、ぼく!」
「えっ、本当!?」
『良かった……本当に』

 脳は日常生活を送るのに問題なく機能するらしい。そして、肉体の疲弊も回復して、ただ一つ足りないのは、それまでの記憶だけだった。
 それでも、ルイヤは前に進むことを決めたのだ。
 だから、ユリエルもデーヴァも、もちろんジェノも。
 過去のルイヤの影をなぞることは、やめようと思っていた。
 ユリエルは、本題を忘れそうになっていたが、買ってきた服の入っていた紙袋をルイヤに差し出す。

「はい、ルイヤくん!」
「……ん? 何かな、これ」
『アナタの新しい服よ。ユリエルと買いに行ってたの』

 ルイヤは、その紙袋をまじまじと見つめた後、それを抱き留めて、静かに目を閉じた。

「ありがとうね……二人とも」
「えっ……中身まだ見てないじゃない」
「違うんだ。こんな抜け殻みたいなぼくの為に、こんなに厚意的に何かをしてくれる誰かがいることが……凄く、嬉しくてさ。何か、こういうことを言うのは恥ずかしいけど」

 ユリエルはデーヴァと顔を見合わせてから、クスリと笑った。
 こんな顔をしてくれるのが……ルイヤなのかもしれない。
 きっと、ユリエルに優しくしてくれたルイヤがそうだったように。
 あの時、疵姫と対話してくれたルイヤがそうだったように。
 服を選べて、良かった。心からそう思う二人。
 だが、ルイヤは退院時に着替える時に複雑な笑みを浮かべることだろうことは言うまでもなかった。
 入院生活も、空白期間も、もうすぐ幕を下ろす。

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