第7話「顔が汚れるよりも嫌な予感」

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山を下ったミミロルとリオルは、雨が降り続けるという雨林を目指す。その道中で森を歩きながら、なんでもない雑談をしていた。

「ミミロル見て、このきのみ初めて見たよ」
「リオル。そんなことも知らないの?」
「知ってるの? さっすがミミロル」
「常識でしょ」

 嘘をついた。ミミロルは見栄をはって知ったかぶりをしているが、実際は見たこともないきのみである。

「これなんていう名前のきのみなの?」
「えーっと、リュー……の実」
「おぉ、リューの実! よしっ覚えた!」

 そのきのみの本当の名前はネコブの実だ。
 ミミロルはあまりに素直に騙されるリオルを見て、罪悪感を覚えた。

「……ごめん。嘘だからすぐ忘れて」
「ええ!?」

 驚いて固まったリオルは、少し時間を開けてから口を尖らせた。

「ミミロルってよくウソつくよね。どうして?」
「うーん……」

 なぜウソをつくのか。リオルの質問が妙に引っ掛かり、考えてみるが特に理由は思い付かった。

「あんたすぐ騙されるから、わるいポケモンに騙されないよう私が嘘ついてあげてるの」
「……それもウソだ!」
「これは嘘ってわかるんだ」
「も、もうダマされないぞ」
「でもリューの実は本当だよ」
「あれっ、そうだったの?」
「だから嘘だって」
「うああー! ミミロルのウソつきー!」

 からかいながら、後ろから着いてくるリオルを見た。するとその瞬間、踏み込んだはずの足がぬかるんだ地面から滑り出した。

「うわっ!?」

── ドシャッ!!

「だいじょうぶ、ミミロル?」

 ぬかるんだ地面で足がすべり、背中から転んでしまったようだ。痛む背中をさすりながら体を起こすと、全身が泥だらけになっていることに気づく。

「うーっ、サイアク」
「きっと嘘ついたお仕置きだよ」
「うるさい……」

 リオルから手を差し伸べられるが、ミミロルは彼の前で盛大にコケたことが恥ずかしくて顔をそらす。しかし自力で立ち上がりたくとも、泥に体が埋まって上手く力が入らなかった。

「あー、もー!」
「ボクが手伝うから掴まって」
「いらない!」
「その方が簡単に立てるよ」

 ムキになって助けの手を拒絶する。しかし立ち上がろうと力を込めるほど、ぬかるんだ地面が崩れて沈んでいってしまう。

「ほら、ね。はやく」
「……」

 ミミロルは自力で立てないことを悟り、真っ赤になった顔を隠しながらリオルの手を掴んだ。リオルはニッコリと笑ってミミロルの手を握り返す。そして「せーの」という掛け声でミミロルの体を力いっぱい引っぱる。

「ミミロルおもい!」
「お、オンナのコに重いとか……」

 いじけているミミロルの体が、ようやく持ち上がる。しかしあと少しと言ったところで、今度はリオルの足が滑り、体が地面から離れた。

「あれ?」
「うわああああああああっ!」

──ドチャチャッ!

 さっきと同じように次はリオルの方が背中から地面に転ぶ。隣では引っ張られた勢いで前方に放り出されたミミロルが顔から泥に突っ込んでいた。

「あちゃー」
「うう、んぐ、う……」
「ごめんミミロル。だいじょうぶ、じゃなさそうだね」

 ミミロルの体は、明らかに大丈夫じゃない状態のまま ── うつ伏せで泥に沈んだまま ── 小刻みに震えている。

「……ぅ……」
「え、今なんて」
「もぅやぁーー!」

 そう叫びながら泥のなかに顔を上げる。地面にはうっすらとミミロルの顔の型がついていた。顔をあげたミミロルは、そのまま動かなくなり、目を擦る。

「泣かないで、ごめんミミロル!」
「な、ないてない……」

 しかしミミロルにはリオルの声が届いていないようだった。ミミロルは涙と泥のついた目を擦り、頭を振って泥を振り落としてから、もう一度目の前の光景を確認する。

「ねぇリオル」
「ごめん。ボクのせいで……」
「そうじゃなくて、見て」
「え?」

 ミミロルが顔で指した方向を見る。
 そこあったのは、"雨が降り続ける雨林"だった。風景が目に映った瞬間、二匹は直感的にそこが目指していた場所だとわかった。
 大地が水に沈み、木が生える密度は先ほどまでの森と比べてゆとりがある。

「ここがムウマの言ってた場所かな」

 二匹は顔を見合わせたあと、慌てずに手を取り合って立ち上がる。そして恐る恐る水面に近づく。
 空を見上げるとそこには青空はなく、白い雲がかかっていた。そして水面がその白さを映し出すことで、文字通り雲の上にいるような不思議な感覚に陥った。

 透き通った水で体についた泥を落とす。
 足元を見るとそこに茶色の地面はなく、雑草が水面から頭をだしていた。分厚い草の層が土との間にあるおかげで、体が沈まないようだ。
 ミミロルはもう一度顔をあげ、小さく呟く。リオルの言ったことに遅れて返すように。

「絶対そうだよ」
「だってこんなにキレイ」

 ミミロルたちが神秘的な風景に見とれていると、その耳に微かな音が聞こえてきた。
 ミミロルが普段丸めている片方の耳もピンと張って、音をキャッチしようとする。

「なんの音だろ……」
「えっ、音なんて聞こえないよ?」
「そう? すごく小さい音。遠くの方から聞こえる」
「すごく耳良いんだね」
「他のポケモンよりはね。とりあえず進もうか。いってみればわかるかも」
「ラジャー!」

 ポケモンが一匹もおらず、あまりに静かな世界にぼんやりとした不安を懐きながら、水の雲を揺らして進む。

「ねぇリオル」
「どうしたの?」
「本当にここにいるのかな。ムウマの言ってたポケモンが」

 より深い林の中へ歩きながら、ムウマの話を思い出していた。
 林では雨が止むことなく降り続けており、その最奥には世にも珍しい"幻のポケモン"がいると言われている。
 ポツポツと弱い雨で水面が波打つ。

「それも行ってみればわかる! でしょ?」
「そうだけど……はぁ……」
「どうしてため息!?」

 リオルの言う通り確認してみなければ何もわからず、ここまできた以上それをしない理由もない。しかしミミロルは、幻とまで称されるポケモンが本当に存在するのか。その話に期待を持ちつつも、半信半疑でいた。
 そんな風に不毛な思案に集中していた、次の瞬間ミミロルの体がビクッと跳ね上がる。

「ガハハハハハ! 一日に二度も侵入者が現れるとはなァ!」
「ふわっ! 何! 何今の声!?」
「誰の声だろ? この先から聞こえる」

 森全体にまで届きそうな声は二匹の進行方向から聞こえる。リオルが見た"この先"には大きな木とポケモンが見えていた。

「ど、どうする?」
「行こう!」
「でも今私たち侵入者って呼ばれたし。危ないポケモンかも」
「それも行ってみればわかる! ゴー!」
「危険だったら行ってからじゃ遅いじゃん!」


 ミミロルの話を聞く前に勢いよく走り出してしまうリオル。ミミロルは「もう!」と怒りながらヤケになってそれを追う。その先に佇む見上げるほどの木は近づくほどその大きさが増していく気がした

「チビども、よくここまで辿り着いたな。ガハハハ」
「は、はじめまして、リオルです。ほら、ミミロルも」
「えっ。あぁ、私はミミロル、です……」
「礼儀正しいチビどもだな。ケッコウなことだ」

 そのポケモン巨大な幹の前に横たわってミミロルたちを見る。その場所は分厚い枝葉が屋根になって雨が当たらないようだった。

「あ、あの……」
「おめぇら、"幻のポケモン"ってやつを見に来たんだろう?」
「えっ、どうしてそれを?」
「わざわざここに来るようなやつぁ皆それが目的だ」

 ケッキングはダルそうに頭をかきながら、ミミロルたちを見た。横たわっていても、二匹にとっては見上げるほどの大きさだった。

「もしかしてあなたが幻のポケモンですか?」
「ガッハハハ。そこのチビ、ミミロルって言ったか? おもしれえことを言いやがる。俺が幻のポケモンに見えるか?」
「ちょっと思ってたのと違うかも……」
「ガハハ。だろうな。俺はケッキングってんだ。お前らの目当てのポケモンじゃねえよ」
「今は留守だがな。俺はケッキング、この辺りを縄張りにしてる」
「ケッキング、よろしく!」

 リオルが元気いっぱいに挨拶をするのにたいして、ケッキングは腹をかきながら挨拶を返す。指一本を動かすのにも怠そうに唸り声を出していた。

「でもそっか。幻のポケモンは今いないんだね……」
「ただまぁ、言っちまえば俺も幻のポケモンみてえなもんだぞ」
「どういうこと?」
「俺の存在を知るポケモンはすくねえからな。それが何故だかわかるか?」
「……?」

 ミミロルとリオルが返答に困って顔を見合わせていると、ケッキングは力の抜けて垂れ下がっていた顔を引き締め、真剣な表情を作った。寝そべったままでも強く引き付けられるその目力にミミロルたちの体が一気に緊張する。

「俺のことを知るポケモンがすくねえ理由……それは……」
「ゴ、ゴクリ」
「俺がずっとここで寝転がってるだけだからよ。この雨林に雨が降り続けるのと同じようにな! そもそも出会うポケモンがすくねえわけだ。ガハハハハ!」
「なっ、なんだ……あはは」

 真剣な面持ちになったかと思えば、大声で笑いながら語られるだらしない理由にがくりと力が抜ける。

「ところでさっ、その留守にしてる幻のポケモンに会うことはできないの?」

 リオルがケッキングを見上げながら背伸びをする。

「できないことはねえ。ただ今は幻のポケモンを狙うやつが縄張りに侵入してきていて、危険だから逃がしてるんだ」
「狙うやつ……!? そんなことが……!」

 ミミロルは、ふと胸が嫌な感覚に襲われて落ち着かなくなる。それと同じようにいつかの誰かの不吉な台詞を思い出していた……。
 そんなミミロルをよそに、リオルとケッキングはどんどんと話を進めていく。

「そいつを捕まえるか、縄張りからいなくなって安全が確認できれば、会わせてやれるかもな」
「じゃあボクたちがそのポケモンを捕まえてくるよ!」
「待ってリオル! 危ないことは……」
「でもミミロルだって幻のポケモンさんに会いたいでしょ?」
「そりゃまぁ、そうだけど……」
「ねぇケッキングさん。それなら良いでしょ?」
「あぁ構わねえよ。ガハハ。それは俺らとしても助かるってもんだ」
「ちょっと……!」

 後先考えずどんどんと話を進めてしまうリオルに頭を抱える。ミミロルがそうなるのも仕方がないことだった。
 リオルは戦いにも慣れていて、いざとなれば影に隠れているマーシャドーが助けてくれることも知っている。それに彼にとってミミロルは"きあいだま"が撃てる師匠ということになっている。

 しかし実際のミミロルは"きあいだま"は成功しない上に、それ以外に使える技もない。実質的に戦う術がないのだ。
 それだけじゃなく、ミミロルの胸中には正体不明の嫌な予感が今も勢力を増している。胸の奥のざわめきが胸を圧迫するように近づいてくる。

「すでに俺の子分たちがこぞってそいつを捕まえようとしてるが、帰ってきてないのをみるにまだ苦戦してるらしい。どうやらかなり強敵だぞ。気を付けろよ」
「望むところだよ!」

「リオル! 話聞いて!」
「わっ、ごめん!!」

 息巻くリオルを落ち着かせようと声を張り上げた。その時だった。

「あんたちょっと調子に乗りすぎ…………えっ……?」

 嫌な予感は的中した。体がピクリとも動かなくなる。

「どうしたの、ミミロル?」

 ざわめきが体中を満たして、目の前で喋っているリオルの声すら聞こえなくなっていた。
 非常事態を知らせるように心臓が激しく鼓動を打ち鳴らす。呼吸が荒くなる。

「どうなってるの、これ……」

 リオルは目を疑った。ミミロルがピンク色の光に包まれ、ふわふわと空中に浮き上がっていくのだ。


「お話中に失礼しますよ!」

「誰だ!?」

 即座に声がした方へ振り向く。それと同時に、浮き上がったミミロルが同じ方向 ── 声の主がいる方 ── へ引き寄せられていった。

「ミミロル!!」
「リオル……!」

 リオルはミミロルの手を掴もうとするが、小さな体では到底届かない。

「はじめまして、みなさん。ワタシはサプライズを届ける生粋のエンターテイナー。手始めにこのミミロルちゃんは、ワタシが貰っちゃいました!」
「いや! 離して!」

 エンターテイナーと名乗る謎のポケモンは、ミミロルを自分の隣まで移動させる。地面についたミミロルは見えない壁に囲まれ、逃げる隙もなく透明な箱に閉じ込めてしまった。

「ミミロル! どういうこと!?」
「あいつが例の幻のポケモンを狙ってこの雨林に入ってきたポケモンだ」
「あのポケモンが……!!」

 ケッキングが寝そべったまま落ち着いた口調で、しかし明らかに怒気が混ざった声で言う。

「よくもまた俺の前に顔を出せたもんだな。そのコは幻のポケモンじゃねえぞ。目ん玉まで透明になっちまったか?」
「もちろんワタシの主目的は、幻のポケモンをテイクアウトすること。しかし思いがけず可愛らしいポケモンさんをお見かけしたため、彼女もいただくことにしました」

 エンターテイナーはケッキングの言葉など全く意に介さない様子で、ミミロルが入った透明な箱を肘おきにした。
 そのなかではミミロルがなにかを訴えながら必死に壁を叩いている。しかし壁はびくともせず、声も壁に遮断されて外には全く届かない。

「無駄ですよ。どれだけ攻撃しても出れませんし。声も聞こえません」
「そうはさせないぞ。ミミロルを返せ!」
「ほう。これはまた勇ましい少年ですね」
「ケッキングさん! 約束通りボクがあいつを捕まえるよ!」
「リオル、こういうときこそ冷静に、だ」
「はて、そんなにこのお友達が大事ですか?」

 リオルは拳を強く握り、戦闘の体勢に入る。たいしてエンターテイナーは手を顎に添え、少し考えたあと指を一本立てた。


「ではこうしましょう。ミミロルさんを解放する代わりに、この雨林に住むと噂の幻のポケモン"セレビィ"さんを渡してください」

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