24話 リオ

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

  ○

 僕は、変わりたかった。
 だけど、変われなかった。

  ○

 目を覚ますと、病室のベッドの上だった。ママが、座った体勢で頭をベッドに乗せ突っ伏している。手を伸ばそうとして、腕の違和感に気付いた。点滴だ。中の液体が真っ青なことを鑑みるに、恐らくオレン仕立て。
 不意に、様々な攻撃が蘇って来る。幼い頃のトラウマ、ローネを助けた大立ち回り、消えたマイナン、そして――
「そうだ、護れなかったんだ、イブのこと……」
 僕はポツリと呟いた。イブは、自分のことをニンゲンだって。きっと、嘘じゃない。あれは絶対に、嘘なんかじゃない。
「ううん……リオル、起きたのかい」
「……ママ」
「全く、なんて無茶してるんだいっ!」
 ママは、いきなり怒鳴った。
「だって、だって……強くなったと」
「あんたは慢心し過ぎなんだよ! ……あたしがどんだけ心配したと思ってるんだい。あんたのことを助けたあの時からさ……」
「ごめんなさい、ママ」
 ママは、強く僕を抱きしめた。
「リオ、あんたが無事でよかった」
 と、肩に雫が当たる。僕は照れたように「ありがとう」と囁いた。そして、僕はひとつ問う。
「ねえ、ママ」
「なんだい、リオル」
「あのね?」
 苦しかった。だけど、この苦しさがたぶん、それが本当だってことの証拠だった。






「僕って、ホントはメスなんだよね?」






 自分ですら忘れていた真実。僕は本当は、オスじゃない。
 ならずものに弄ばれて、メスとして大切なものを失い、オスのように、誰かを護れるように強くあろうとして、でもそうはなりきれない、ただの欠陥製品。中途半端なだけの存在。それが、僕だ。
 だからユキメノコのメロメロは効かない。僕がメスだから。
 ローネは本当にメスで、そしてきっと、イブは僕がオスだと勘違いしていたから。
 だからイブは僕とのお風呂を嫌がったんだ。その他のいろんなことだって、そうだと思うと納得が行くことばかり。
 ママは、お腹の袋の辺りを掻いた。空っぽな、お腹の袋を。
「思い出したのかい」
「ローネに、言われて」
 ママは頭を抱えた。それからしばらく後、「思ったよりダメージは小さそうだね」と呟いた。
「……そんなことより、辛いことがいっぱいだから」
「……ごめんね」

  ○

「ローネ、ちょっといい?」
 時間を少し巻き戻し、今日――実はもう、昨日らしい――の朝。みんながマイナンを捜しに公園を出て行ったタイミングで、僕はローネにそう声をかけた。
「……何」
「ねえ、ローネ。マイナンのこと、ちゃんと捜してる?」
「……だったら何よ」
「……捜してないんだ。イブの方が気になって」
「だったら何よ!」
「どうしてそんな風に無関心でいられるのっ?! なんで、そんなに薄情なんだよっ!」
「……じゃあさ、なんで。なんであなたは、そんな風に笑えるの。自分はメスだってこと、隠して」
 え、と僕は立ち竦む。
「なら、教えてよ。どうして、あなたはそんな風に笑えるの?」
 手を戦慄かせて、なんで、と呟く。ローネは構わず問いかけて来る。
「ねぇ、あなたはあたしたちにずっと隠して来たんでしょ?
 それなのに、どうしてそんな風に笑えるの?」
 え、それって、どういうこと? 混乱して、僕は彼女の方へと強く視線を向けた。目は、逸らされることなどなかった。
「お願い、教えてよ」
 どうして。
「知りたいの、全部」
 どうして、そんなに知ることを望むんだ。
「ねえ、なんで?」
 もうダメだ。僕はローネの前から、走って逃げた。
 これ以上は、耐え切れない。

  ○

 もう、消えてしまいたかった。僕には何もできない。そんな現実を、目の前に突き付けられて。
 お見舞いに来てくれたクラスメイトたちは、ローネが来ていないことを告げられた。
 奇妙な確信があった。きっと、ローネはイブに、あなたはニンゲンだと告げた。それからどうしていなかったのかはわからないけれど、でもきっと、ローネはイブのことを問い詰めて、そして消えた。
 ママはあの後、仕事だからといなくなってしまった。「あたしもできることをするから」と言って。
 ママは、きっと今も、マイナンたちを取り返すために動いているのだろう。
 ベッドにいるしかできない僕なんかとは、大違いだ。

 ねえ、とイブに問いかける。
「どうして、僕だったの?」
 こんなに仲良くなったのに。こんなに一緒にいたのに。
 お別れしないといけないなんて、聞いてないよ。
 僕、護れなかった。イブのことも、ローネのことも。お母さんのことも。
 なのに今、こうやってのうのうと生きてる。
 ねえ、なんで。なんで僕は、こうなんだ。
 ローネを返して。イブを返して。
 お願い、みんなのことを返して。

  ○

 その日の夕方にはもう、退院できた。オレンの実はやっぱり凄い。
 だけど、いくら体は元気になっても、心の中のことまでは解決してくれない。
 部屋に差し込む星の光がわざらわしかった。カーテンを閉ざし、電気を消す。真っ暗になった家の中で、僕は座り込んだ。
 こうやって1匹で過ごす事なんて、慣れっこなはずだ。ママが帰って来てくれるから、寂しくなんかない。そうやって過ごして来た時間の方が長いはずなのに。
「……そうだよね、僕、1匹じゃ何もできない。誰かを護ったりなんて、できないんだよ」
 庭に吊り下げられたサンドバッグ。それを殴りつけて何かをぶつけようという意志さえ、僕の中からは消えてしまった。僕は何もできない。弱い、半端ものだ。

 護る。ずっと、それだけを生きる意味として生きて来た。それを否定されてしまったら、じゃあ僕は。僕は、どうやってこれから先、生きて行けばいいんだ。
「……消えたい」
 僕の生きる意味なんて、もうどこにもないじゃないか。それなら、僕は――

 包丁を手に持つ。それからそれをお腹に当てる。死んでしまえばいい。そんなことを思いながら、僕はその手に力を……
 込められなかった。そんなことすらできない程に、僕は弱かった。涙が溢れて来た。
「どうすればいいの……僕、僕……ねえ、お母さん、なんで僕なんて護ったの……」
 包丁を転がして、僕は床に寝転んだ。気分が悪い。僕を壊したあの2匹のことがフラッシュバックする。
 その度に、股の辺りを不快感が襲った。

 それからずっと、眠っていたらしい。ママに揺さぶられて僕は目を覚ます。
「リオル、こんなとこで眠ってるんじゃないよ! それに……あんた、自殺しようとしてただろう?」
「……だって」
「だってじゃない! あんたのお母さんが命がけであんたを護ったんだよ?! その命を投げ捨てるなんてしちゃ駄目だ!」
「……でも、じゃあどうやって僕は、恩返しすればいいの? 誰の事も護れない、僕みたいな弱いポケモンは……」
「おっと、それは……マイナンたちを取り戻すしかないんじゃないのかい?」
「無理だよ」
「あんたがそう言うならそうだろうね」
「……無理じゃないの?」
「……あんたがその気なら。あたしは、あんたのことを弱いとは思わないよ。少なくとも、ゴーストタイプ以外相手には、まぁまぁのバトルができる。そのぐらいのポケモンだと思う」
「……ユキメノコは、ゴーストタイプ」
「リオル! たかが相性の悪いポケモンに負けたぐらいでそんなに落ちこまないの! 誰だって戦いたくないタイプのポケモンはいるんだ。それを覆せる程の実力は、よほどじゃないと身に付かない!
 リオル。わかってるだろう。いろんなポケモンがいる。向き不向きもある。あんたは、ユキメノコとのバトルには向いてなかった。でも、ノーマルタイプ相手なら、いい勝負ができるだろう。違うかい?」
「……わかんない」
「あたしが保証する。あんたは強いよ。だから、提案しようと思ったんだけど、あんたがそんな感じならなしだね」
「え?」
「食いついて来るんなら、あんたはバトルをすることになるよ。それでも構わないかい?」
「……うん。聞きたい。何か、僕にまだ、できることがあるの?!」
 ママは、新聞を広げた。キリキザンが小学2年生の風俗に入れあげていたことが発覚してやめさせられたと一面にでかでかと書いてある。
「これ」
「チョロネコのことさ。でも本題は、これじゃない。
 これを暴き立てたのは、あたしが昔助けたことのある、カクレオンさ。だから、あたしの所に情報が来た。一緒に暴き立てたミミロップが、チョロネコのことを襲っていたってさ。ミミロップは、キリキザンの秘書だ。
 きっと、こいつがチョロネコを攫ったんだろうね」
「……どういうこと?」
「金でも握らされたのか、権力に目が眩んだのか……ミミロップは、キリキザンを失脚させた。キリキザンは、有能だったそうだからね。少なくとも対外問題では。それが消えれば、ニンゲンはこちら相手に有利に交渉できると踏んだってとこかな」
「……それで、秘密を知ったローネを……」
「ってとこだろうね」
 許せない。僕はそのミミロップというポケモン相手に憎悪の感情を抱いていた。
「……タイマンならそんなに強くないけれど、囲まれてしまってなんとか逃げ出した。これがカクレオンの言い方だった。リオでも、タイマンならなんとかなるかもしれない。どうだ、やるかい?」
 一瞬、迷う。僕なんかが行って、足手まといにならないか。
「リオル」
 ママが、僕を見て頷いた。
「だけどあんたは、やらなくたっていい。誰かを護れるように。それが自分の生きる意味だから。そう言ってるけどね。
 あたしは、あんたと出会えてよかったと思ってる。他の誰かがあんたのことをいらないと言ったとしても、あたしにはあんたが必要だった。
 いてくれてありがとうね、リオル」
 ママを見上げる。その優しくて、それでいて強い瞳。
 ああ、と思う。
 僕は、こうなりたいんだ。僕は僕で、それだけでいいと、力強く言い切れる優しさ。
 僕を助けてくれたのが、ママでよかった。
「ポケモンは、誰かに助けられながら生きている。護るってのは、1匹でやることじゃない。みんなで、護り合うんだ。ごめんね、教えるのが遅くなって」
「ううん、いいよ。ありがとう、ママ」
 だからこそ、僕は決める。
 僕は、イブやローネと一緒に変わりたい。
 僕のことを大好きだと言ってくれたイブと一緒に。
 低能と言いながら、それでも勉強に付き合ってくれたローネと一緒に。

 僕は、2匹のことが大切で、一緒にいたい。
 3匹で、前に進みたいんだ。

「やるよ、ママ」

 ママは、ニコリと笑った。
5章 リオとローネとイブ 完

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