第6話 “光の尖兵”(1)

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 恐怖とは何か、父に聞いたことがある。
 父は答えた。これから身をもって恐怖を知ることになるだろう。
 僕は訊ねた。それが何なのかも分からないのにですか。
 再び父は答えた。恐怖を味わえば自ずと分かる。その声は、あまりにもおぞましい。

 僕に物心がつき始めた頃、父は経営の傾いた小さなポケモン牧場を買い取った。
 お世辞にもきれいな場所とは言えなかった。建物はボロボロ、草木はボーボー。馬小屋のポニータは虚ろな目を浮かべて佇み、牛舎のミルタンクは苦しそうに呻きながら横たわっていた。
 父は言った。レノード、今日からここがお前の家だ。もしもお前が彼らの助けになりたいと思うのなら、お前が彼らを世話してやりなさい。
 ポケモンに興味を持ち始めた子供にとって、ここは最高の贈り物だった。

 父は多忙のため牧場に足を運ぶことは少なかったが、近くの村の助けもあり、牧場の再建は順調に進んでいった。
 僕はもっぱら傷ついたポケモン達の世話に注力していた。ポニータの燃え盛るたてがみをといて、ミルタンクの身体をブラシで磨いて、とにかく彼らを元気にしようと日夜頑張っていた。
 その甲斐あってか、ふた月も経つ頃には、牧場のポケモン達はすっかり元気に立ち直っていた。

 牧場に来て半年が経つ。
 僕は親友とも呼べるポニータの背に跨って、広大な原っぱを駆け抜けていた。力強い脚力で地面を蹴り、大きな崖もひとっ飛びで越えていく。まるでポニータと一緒に風になったような気分だ。蹄が音を立てる度、ポニータが「もっと遠くへ行こうよ!」と誘っているような気がした。
 僕には確信があった。きっとこの先、ポニータとどこまでも走っていける。僕たちに限界なんてものはないんだ、と。

 牧場の周りを走って、戻ってくると父が待っていた。
 父は満足そうに微笑んだ。この牧場は素晴らしい、ポケモン達に活気が戻っている。よくやったな、さすが私の息子だ。心から誇らしく思うぞ。
 僕は無邪気に照れていた。厳格な父に褒められることなど滅多にないから、余計に嬉しかった。
 その時はまだ、父が僕のことを称賛してくれているのだと信じていた。だが、父はまだ微笑んでいた。何かを期待しているかのように。
 浅はかにも、僕はポニータから離れて父に駆け寄り、訊ねてしまった。どうしたの、と。
 父の微笑みが薄らいだ。

「そろそろ、引っ越しをしようと思うのだが」

 その一言で、牧場でポケモン達を世話した少年は死を迎えた。表情から子供らしい笑顔が消えて、人形になった。
 父はしばしば僕を連れて引っ越しをする。僕達がそこにいたという、すべての痕跡を跡形もなく消し去ってから。
 それは父の仕事のせいだ。そして、僕にそれを継がせようと思っている。逆らえば父に殺されるか、見捨てられて、父を追う者に殺される。幼いながら、僕には選択肢がないことを理解していた。

 腰の光線銃に手を忍ばせる。冷たく無機質な感触だ。ポニータの暖かい背中とはまるで違う。
 感じるな。考えるな。父の期待に応えるんだ。
 僕は、薄ら笑いを浮かべてポニータを呼んだ。
 ポニータは何も知らずにすり寄ってきた。その頬に優しく触れる。ブルルと息を荒くして、ツンとした獣の臭いが鼻を突いた。
 僕は大好きなポニータの眉間に、残酷な武器を突きつけて。

「ごめんね」

 真っ赤な閃光と共に、親友を灰に変えた。親友だったものが、風に吹かれ、流れていった。僕はそれをただ見送っていた。
 振り返ったとき、僕は恐怖を知った。
 一部始終を見ていたミルタンクが固まっていた。何が起きたのか、理解が追いついていないようだった。しかし僕が近づいていくと、ガチガチと歯を鳴らして半狂乱になって逃げていった。

 ああ、そうか。
 これが恐怖なのか。

 僕はドタドタ走るミルタンクの背中に狙いを定めて……。






地球暦2115.11.24

 ウルトラホールにおけるテメレイア帝国の国境を越えて、早くも2週間が過ぎていった。何事もなく航海は順調に進んでいるが、その静けさが不気味に思えてきた頃合いであった。
 本当にここがテメレイア帝国の領域なのか、はじめは疑う声が多かった。しかし航海の途中、いくつかの世界を訪れて痛感した。
 帝国領に入ってからというもの、立ち入った世界はことごとく焼け野原にされていた。灰色の空が世界を覆い、海は干上がり、焼かれた真っ黒な大地が地平線まで続いていた。わずかに生き残っていたポケモン達は、話しかけても半狂乱で逃げていくか、襲いかかるか、魂の抜け殻のように何もしないかのいずれかであった。
 テメレイア帝国は近い。死屍累々の世界が、それを告げているようだった。

 ある日、ベベノムはぼんやりと通路の窓から外を眺めていた。ウルトラホールという深海のような空間で、虹を帯びた粒子が音楽に乗せて泳いでいるような、美しい景色が流れていく。
 このところベベノムはずっとこの調子だ。ミオはそばで見守りながら思案顔を浮かべた。
 いつも船の誰かに興味本位でちょっかいを出していた悪戯っ子が、やけに大人しくなった。故郷が近づいているのを感じ取っているのだろうか。
 テメレイア帝国のこと、考えれば考えるほど恐ろしくなる。
 帝国は迷子のベベノムを受け入れてくれるだろうか。受け入れたとして、やはりベベノムにも戦いを強いるのだろうか。
 ベベノムが世界を焼き尽くす様を思い浮かべると、ミオの表情に陰りがさした。
 そんなの、なんか嫌だな。

「ねえ、アルビー」
「ベベノ?」
「もし……もしさ、帝国に帰るのが嫌だったら、ここに残ってもいいんだよ」

 なんだったら、今すぐここに残りたいって言っても。
 僅かばかりの期待を込めてみたものの、ベベノムはキョトンと首を傾けていた。
 ああ、そうか。そりゃそうだよね、やっぱり家が一番か。ミオはガックリと肩を落とした。

 そのとき、光よりも速く航行していたプロメテウスが急停止した。窓の外を流れていた景色がピタリと止まり、けたたましい警報サイレンが流れ始めた。

『警戒警報! 総員、戦闘配置につけ』



 ブリッジ。
 非常警報の報せを船中に流して、ウォーレンは船長席から立ち上がった。
 スクリーンに映る一隻の船を見据えて、戦闘を覚悟する。

「レーザーアレイ、照準セット。いつでも攻撃できます」
「シールド出力は100パーセントを維持」

 相次ぐ士官の報告には待機を命じて、ウォーレンはシラモに訊ねた。

「テメレイア帝国の戦艦で間違いないのか?」
「かつてメガロポリス船を襲った武器と、エネルギーの波長が一致しています。船長、あれがテメレイア帝国の戦艦です」

 合理的で確たる証拠を重んじるシラモが、珍しく断言した。
 しかし奇妙なことに、お互い目視できるほど近づいているにも関わらず、帝国艦は沈黙を守っている。てっきり向こうからの先制攻撃もあり得ると思っていた。あるいは、奇襲攻撃を狙っているのかもしれない。
 ウォーレンは戦艦を見つめたまま手で合図を送った。

「あの船をスキャンしろ、攻撃能力を知りたい」

 恐ろしい分析結果がスクリーンに出てきた。
 高出力の素粒子兵器に、惑星規模の破壊をもたらす原物質弾頭。プロメテウスの兵装ではとても太刀打ちできない。
 ともすると、不意打ちする意味があるだろうか。攻撃してこないのは、他に理由があるに違いない。
 ウォーレンは訝しげに目を細めて言った。

「外観から推測すると重装備の戦艦のようだが、兵器と思しき装備にエネルギー反応がなさそうだな」
「それどころか船中がシステムダウンしているようだぜ」科学ステーションを受け持つユキメノコが言った。「兵器やシールド、航行システム、何一つ動いちゃいねえ」
「遭難しているのか?」
「みたいだな。かろうじて生命維持装置が稼働しているが、じきにリアクター制御が止まって大爆発を起こすぞ」
「猶予はどのぐらい?」
「そうだな……長くはないかも」

 ユキメノコに視線が集まっていく。フワッとした言い方は科学者の彼女らしくない。
 当の彼女は肩をすくめた。

「動力の仕組みが分からねえんだから、しょうがないだろ」

 ドォン……。
 花火のように、帝国艦の一画が爆発を起こす。再びユキメノコは注目の的になった。

「リアクターのオーバーロードを検知したぜ、原物質弾頭に引火したら私らも危ないぜ」
「爆発規模は?」と、シラモ。
「直径およそ2万kmほど。ただちにワープライド航行で逃げることをオススメするぜ」

 ウォーレンはまだ退避命令を下さない。
 気がかりがあるのだろう、顎を撫でて考え込んでいた。

「生存者は?」
「スキャンでは生命反応なし」戦術士官のアシレーヌが答えた。「戦艦内部にポラリトン・エネルギーを確認しました。センサーが妨害されています」
「センサーを調整しろ」ウォーレンは身を乗り出して言った。「グラビトン・バーストを照射すれば、ポラリトンを回避できるかもしれない」
「調整中です」

 テメレイア帝国艦に二度目の爆発が起こった。リアクターから過剰なエネルギーが溢れ出している証だ。
 シラモは振り返って言った。

「船長、一度ここを離れましょう。もう間もなく帝国艦が爆発します」
「いや、現在位置を維持しろ」
「船長?」
「生存者がいる可能性が僅かでも残っているなら、誰であろうと助けにいく。君が虚数世界でギラティナを助けたようにな」
「状況が違います、あの時は確証がありました」
「報告書を読む限り、そうは思えない。我々は地球連合艦隊の一員だ、艦隊は目の前で遭難している人を見捨てたりしない」

 シラモが不満そうに口を閉じると、入れ替わりにアシレーヌが報告する。

「センサーの調整が完了、1名の生命反応を検知しました」
「帝国艦のリアクター制御が崩壊!」ユキメノコが声を荒げた。「エネルギーが指数関数的に増幅してやがる!」
「ハーレン少尉、生存者をロックして医療室に転送しろ!」ウォーレンは聞き間違いのないよう声を張り上げた。「操舵手、転送完了したらただちに発進だ!」

 隣り合う戦術ステーションのアシレーヌと、操舵席のエルフーンが巧みに連携する。タイミングの勝負だ。転送と爆発の僅かな合間に発進するよう、事前に発進手順を済ませなければならない。
 この神業とも呼ぶべき操縦を、エルフーンは器用にこなしていく。アシレーヌの手元をチラリと見やり、タイミングを見計らう。
 今だ!
 エルフーンはコンソールに発進命令を入力した。

 ワープライドエンジンにエネルギーが流れていく。もう発進は止められない。
 アシレーヌは音楽を奏でるようにパネルを操作する。発進までの時間をリズムで捉える。
 5、4、3……コンピュータに完了の文字が浮かんだ。

「転送完了!」
「帝国艦が爆発しました!」

 テメレイアの戦艦が大爆発を起こして、スクリーンが真っ白になった。と同時に、プロメテウスは衝撃波を突き破り、ウルトラホールの彼方へと飛び去っていった。
 まさに間一髪だ。幸運の女神とクルーに感謝しなければ。ウォーレンは深く自分の椅子に腰を落とし、天を仰いでため息を吐いた。

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