第5話 “沈没船”(8)

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 誰しも永遠に孤独のまま生きることはできない。影の王と呼ばれるギラティナでさえ、それは耐えがたい苦痛だった。
 反転世界でディアルガと戦ったあの日、ギラティナはふたつに別れた。ディアルガが切り取った未来は、廃棄物のように世界の外へと追い出されたのである。
 ウルトラホールの最下層を流れる暗黒世界に堕ちたギラティナは、それから永い永い孤独の日々を過ごしてきた。
 音もなく、光もない。匂いもなければ、いくら飛んでも風を切る感覚さえない。呼びかけても誰もいない。虚しい無の空間が永遠に続いていた。
 孤独は初めてのことではない。世界が生まれたばかりの頃も、真っ暗で誰もいないところだった。目には見えなかったが、しかし兄弟の存在は感じていた。次元の壁を超えて、お互いを認め合っていた。ここでは、何も感じない。
 放り込まれてからものの数秒で、ギラティナは全面的に降伏した。始祖アルセウスから与えられた縄張りをくれてやってもいい、とにかくこの地獄から解放されたかった。
 しかし、それを聞き届ける者もここにはいなかった。
 死ぬこともなく、生きることもなく、ただ存在する日々が十年続く頃には、ギラティナは壊れていた。ひたすら無心で、何もない世界を漂い続けていた。

 元の世界から切り離されて、半世紀が経つ頃。
 ギラティナに初めての変化が訪れた。天からうっすらと光が射して、頬を照らしたのだ。
 それは常夜の空をすーっと横切っていった。半世紀ぶりに尻尾がピクリと動いた。とにかく無我夢中で光へと引き寄せられていく。だが身体は想像以上になまっていて、思うように飛ぶことができない。
 光が遠のいていく。このままでは見失ってしまう!
 ギラティナは触手のような翼を、その光へとめいっぱい伸ばした。
 そして、掴んだ。

 ギラティナが掴んだものは、たやすく引きずり込むことができた。自分よりも遥かに大きな金属の塊だった。
 耳をすませば悲鳴のようなものが聞こえてきて、とても安堵した。小さな窓から覗き込むと、中でたくさんの何かがせわしなく蠢いていて好奇心を唆られた。
 初めて仲間ができた。そんな気がした。
 だが、新たな仲間はとても脆かった。身体が徐々に崩壊して、三日が経つと、金属の塊もろとも塵のように崩れていった。
 とても悲しかったが、すぐに立ち直れた。これが一度きりではないはずだ、きっと次もある。
 ギラティナは天を見上げては、時折通りがかる光を捕まえ、孤独を癒していた。

 そして、来たる2115年。
 いつものように、彼は光へと手を伸ばした。



 ブライスは呆然としていた。
 人気のまばらな夜間の食堂で、フォークに巻いたパスタが口の手前で止まっている。運び先の口は開きっぱなし、まるで彼女の周りだけ時間が止まっているようだった。
 向かいに座るシラモは神妙そうに眉を上げた。

「食べないのですか?」
「いや、その……今の話って、なんスか?」
「ギラティナの生い立ちに関する推論です。量子パターンの特徴が地球のそれと一致したことから、地球出身であることは間違いありません。しかしあなたがたの歴史データを紐解いてみても、ギラティナが行方不明になった事例はありませんでした。そこで……」
「いや待ってください」

 ブライスは慌ててパスタを頬張り、水で流し込んだ。

「なにかの小説かと思ったっスよ!」
「変でしたか?」
「もうちょっと情緒的な描写を取り入れたら化けそう……じゃなくてですね」
「では何が問題なのですか?」

 実直に聞かれても、どう答えたものか。
 普段お堅いメガロポリス人が、そんな独創的で想像力豊かな文を書けるなんて思わなかった。なんて本人には言えない。なにより失礼極まる。

「なーんにも問題ないっスよ、万事オッケーっス」
「根拠となった詳細を聞きますか?」
「いえ、もう十分っス。大事なのは過去よりもこれからのことっスよ、ギラティナを小さくしたのは良いけど、元に戻せないままなんですから」

 ふむ。
 シラモはシナモンスティックの皿に手をつけた。

「ギラティナの容態は、その後どうですか?」
「小さくなったまま、ポケモンボックスの中でスヤスヤ眠ってます。ドクターもこのままで問題ないだろうって」
「それは何よりですね。我々の手で元の大きさに戻す方法を見つけていきましょう」
「いやあ、いっそのこと、小さいままの方が可愛くていいかも」
「……なぜだか、ベベノムといい、ギラティナといい、この船は小さなポケモンばかり拾うようですね」
「好きで拾ってる訳じゃないっスよ。まあ、後から好きになるんスけどね」

 ポリポリ。
 スティックを齧りながら、シラモは冷ややかな視線を傾ける。
 まあいいでしょう、と言わんばかりに席を立った。

「ではそろそろ失礼して部屋に戻ります」
「はーい、お休みなさいっス!」
「ブライス少佐も早く寝てください。明日が休みとはいえ、生活リズムを乱しては疲労を和らげることはできません」
「分かってるっスよ、でも丸一日何も食べてなかったからお腹が空いてしょうがないんス。もれ食べたら寝ますから!」
「きっとですよ」

 彼女の口元からフッと笑みがこぼれた気がした。
 シラモは颯爽と踵を返して去っていく。遠のく背中に、ブライスは言いたかったことがあった。

「副長、また明日!」
「えぇ」

 シラモの振り向く視線は星のごとく流れ、扉の奥へと消えていった。
 むふ、むふふ……変なニヤケ顔が込み上げてくる。ブライスはミートソースで汚れた口をフニャリと曲げた。
 なんだか心地いい気分だ。大仕事がひとつ終わった後、こうして友達を見送るのがとても楽しい。
 仕事も、挨拶も、独りではできなかったことばかりだ。できるとこんなに嬉しいだなんて、想像もしていなかった。
 この船に来て本当によかった。膝の上でスゥスゥと寝息をたてているオオタチを撫でて、ブライスは穏やかに目を細めた。



 これは、人類未踏のウルトラホールに向けて航海を続ける勇敢な船の物語。
 この船に乗ると、誰もが新しい発見をする。発見は、必ずしも世界の向こうにあるものではない。どれだけ遠く、どれだけ速く進もうとも。
 異なる文化、異なる生命、誰も見たことのない現象に出会い、あらゆる出来事との関わりの中で、私たちは自分の中に答えを見つける。

 新たなフロンティアは、そう、ここから始まるのだ。
 たとえ、この先にどんなに残酷な試練が待ち受けていたとしても。


To be continued...

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