5.5話 “ミュウツーのお楽しみ”

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 その鎧は、奴にとってただの拘束具でも、俺には自由への切符だった。
 かつてロケット団がミュウツーを支配するため設計した鎧は、時代を経て、エンジニア・ブライスの手によって俺専用の神経リンクインターフェースに生まれ変わった。つまり俺の意識をシステムに繋いで、仮想空間に送ることができる。なにやらブライスは他にも機能を加えようと画策しているようだが……。
 とにかく、おかげで俺はこの鎧を着ている時だけ、精力尽き果てるほどの全力を出すことができた。船の中で同じことをすれば、俺の周りはチリも残さず蒸発するだろう。運良く生き残ったとして、ウルトラホールに放り出されて、脳がとろとろに溶けてしまうだろう。誰もそんな結末は望むまい。

 今日もまた鎧を着て、電脳世界の海に身を投じる。現実と虚構の境界を越える瞬間は、水面に思い切りダイブするような感じだった。意識が身体を離れ、気がつくと、俺は無限に広がる青空の真っ只中にいた。
「今日も来たの?」
 幼女のように甘ったるい声で、くすぐる様に先客が言った。彼女はミュウの姿をしているが、この景色同様に本物ではない。電脳世界に生きる1と0の集合体。プログラムが俺の脳に見せる幻影だ。
 しかしその存在感は圧倒的だ。可愛子ぶった仕草とは不釣り合いなほど、静まり返った水面のように闘気が研ぎ澄まされている。強者の証だ。
 ブライスは俺に匹敵する強さのキャラクターを作った、と言っていた。だとしたら、こいつは奇跡の産物だ。
「また笑ってる。変なの」
 拳法を構える俺を見て、ミュウはくすくす笑った。
 笑っている?
 頬を触って初めて自覚した。そうだ、俺は笑っている。
「俺と対等に戦える奴は、もはや地球上には存在しない。この半世紀、かつてのゲノセクト戦争以来、俺はずっと俺自身を抑え込んできた。どんなに怒りを感じようとも、世界を滅ぼす力を世界には向けなかった。だから嬉しいのだ、たとえ虚構でも貴様のような強者に巡りあえたことが!」
「私が? 君と対等?」

 空気が震えた。
 いや、自分の心臓の鼓動?
 違う。
 ミュウの全身から、途方もなく巨大な力の脈動、そのわずかな片鱗が漏れた。それだけだ。
「どちらが上かは、すぐに分かる」
 ひとつ腑に落ちないことがある。
 俺が見据えるこの幻影は、あくまでブライスが作ったプログラムだ。しかしこうして前にすると、時々それを疑いたくなる。

「HP判定、双方とも初期値を1万ポイントに設定。一本勝負だ、行くぞ!」
 本当にこいつは、テンプレートのあり合わせでブライスが作った存在か?
 拳を交えて念動力をぶつけ合い、大空を真っ二つに引き裂いて、俺は虚構の世界で背後に迫る死を実感する。かつての大敵、ゲノセクトを思い起こす。だが、すぐに色褪せる。
「こんなものか、貴様の力は!?」
「こっちのセリフ!」
 俺が大海原を持ち上げて大海嘯をぶつけると、奴は太陽から奪った光の大鎚を振り下ろし、昼を夜に変えた。奴ごと空間を引き千切ろうとすると、奴は時間を歪めてまんまと逃げた。俺が月を呼んで地球に落とそうとすると、奴は月を木っ端微塵に粉砕した。
 赤黒いマグマに覆われて、青い星の美しさなど見る影もなくなった。おそらくステージの耐久度が緩く設定されているのだろう。ただ現実味のないこの世界で、唯一対峙するミュウからはリアルな鼓動を感じる。経験豊かで老獪な王に弄ばれている気さえしてくる。

「お前……何者だ?」

 拳を真正面からぶつけ合い、硬直するさなか、俺はついに聞いた。
 奴はニヤリと笑うだけで直接は答えなかった。かわりに、奴はこう言った。

「今は君を愉しませるためのプログラムだよ」

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