9話ー5 ほら、笑って。

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読了時間目安:32分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

ムキムキ系男子タブンネ「本当に勘弁してくださいよ。5日間でコータスの爺さんが何度脱走してナースの皆さんをナンパして仕事の邪魔をしたと思ってるんですか。9回ですよ9回。監視カメラ確認したら4階の治療室の窓を開けて飛び降りるんですよ。手の施しようがないですよ。厳重注意ですよ。キツく叱っておいてください!」
ミル「え…あ…すみません。キツく言っておきます…。」


「小僧よ。生活には慣れてきたかの?」
「う……ん。まぁまぁかな。」

爽やかな森を包むコータスの家から南西に5km進んだ場所には綺麗な川がある。標高6000m級のユナイドリス山脈の雪解け水が流れる川だ。季節関係なく山脈の山頂は雪が降っているため、透き通った美しい川は途切れることを知らない。

毎日、大きなポリタンクを背負ってそこに行き、水を汲みに行く。
これが、カイトの日課なのだ。
カイトはしばらくの間学校へ行けない。偏見が消えない限り。
偏見は時間が経てば、忘れる。
だが
これはいつまで続くのか。
いつになれば学校へ行けるのだろうか。

だから、それまでの間、体を鍛える。自分の身を守れるようになるために。現実に負けない強さを鍛えなければならない。

誰かが僕を知っているかもしれない。
誰かが僕を叩くかもしれない。
それに対抗するために

鍛えなければならない。

5km走って川へ行って水を汲んで、5km走って家に帰る。それだけで一日が過ぎる。なぜなら帰りだ。たっぷりと水を入れたポリタンクは5kg。
初日は道に迷った。道が分からなかった。家に帰った時、時間は既に深夜の3時半だった。泣きながら家に帰った。じぃじも心配していたらしい。
ミルの話によるとこんな顔をしていたらしいよ。必死に探してくれてたんだって。僕も見たかったなぁ。




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二足歩行?!?!?!
思わずミルはツッコミを入れたそうだ。
ミルもこれを見たのは初めてらしいよ。


初日は道に迷って泣きながら帰ったけど、帰る道が分かればこんなの簡単になってくる。帰り道を鼻歌を歌いながら帰るくらいになった。余裕になってきた。しかし、日にちが過ぎるにつれて、じぃじはさらに大きなポリタンクを用意してくる。レベル2は15kg。レベル3は24kgだ。
レベル3になるとカイトの身長より大きいポリタンクになる。そのくらいの大きさになるとロープを腰にくくり着けて、引きずりながら進む。まるでピラミッド建設に必要な石を引っ張るかのように。でも、数日経てば慣れてくる。
毎日水を汲みすぎて家の周りはポリタンクだらけになってしまったので次のレベル。
レベル4はじぃじだ。じぃじ(80.4kg)をリアカーに乗せて12km先にある誰もいない少し大きな広場まで運ぶ。今までとは比べ物にならない。重過ぎる。しかもじぃじが『ほらほら! もっと速く! 素早く! 爽快に走らんか! ふぉっふぉっふぉ☆』とかいろいろ言ってくる。『ぬおーっ、まだかー、昼寝でもするか―』とか独り言をつぶやき始める。
広場はしぃんとしていてマメパトが「ぽぽっぽー」とつぶやく音しか聞こえない。地面は柔らかい芝生で滑って転んでも痛くないほどフカフカである。とはいってもベッドよりは固いけどね。広場にはなぜか錆びて古臭った滑り台がぽつんと一台だけある。滑り台ですい~としたかったがそんなことのために来たのではない。骨の稽古だ。“ほねこんぼう”の技を磨く鍛錬だ。
毎日死ぬほど腕立て伏せして素振りして実戦練習もする。相手は口に棒切れを咥えたじぃじ。口に棒切れを咥えただけで大丈夫なんだろうかと思っていたが、予想外だった。棒切れを咥えたじぃじの首がゴムみたいにくねくね曲げて襲い掛かってくる。速い。じぃじの首はバネでできているのではないかというほどだ。目で追えるが体が追い付かない。じぃじの攻撃を“ほねこんぼう”で防御し続ける訓練。これが難しい。じぃじの素早い攻撃に体が慣れるまで4週間かかった。長かった。毎日毎日カンカンカンカン骨と棒切れがぶつかり合う音しか聞いていなかった。長かった。攻撃を全て防ぐのに4週間もかかってしまうとは。
そして次はじぃじに攻撃を当てる訓練。殺す気で来いって言われたからじぃじを殺す気でやったが当たる気がしない。だって素早いし、軽くジャンプするだけで2m以上飛び上がるんだもん。80kgある体でどうやって飛んでいるのか理解できない。高速スピンがすばしっこくて攻撃が全く当たらない。結局、数週間一度も当てることができなかった。
「ふぉっふぉっふぉっ☆ あたらないぞ~それそれ~」
とか言う余裕もある。当たらないからと言って手を抜くと、じぃじが強烈な高速スピンをお見舞いしてくる。手は抜けない。そもそも自分を守るために鍛えているのだから。甘えちゃいけない。
この鍛錬
正直言って…


楽しい。
やばい
楽しすぎる。


じぃじは一体何者なのだろうか。骨の振り方を細かいところまで指導してくれる。足さばきや呼吸法まで。実際にそれをやると、自分の体ほど大きな岩に少しだけ亀裂が…入った!
岩に亀裂が入るまで1年近くかかったけどね! じぃじに攻撃はまだ当てたことはないけどね!

そして一番謎が多い鍛錬が…座禅をして精神統一。頭の中をぜぇぜぇ動き回った後にやるから睡魔が襲って眠ってしまう。寝たことがじぃじにバレると「喝ゥゥゥゥゥ!!」と怒鳴って“かえんほうしゃ”を放って「あちちちちちち~!」ってなる。本当に熱いからね。いつもいつも尻尾が火傷するんだから。鍛錬は楽しいけど、この座禅が一番嫌いだ。じぃじは「この鍛錬が一番大切なんじゃぞ☆」っていうけど、そうとは思えない。
「座禅はの、集中力を高めたりストレス解消する効果があるのじゃ。鍛錬で一番邪魔になるのがストレスじゃ。ストレスがあっちゃ鍛錬にならん。真面目にやりなさい~何も考えずに~頭を真っ白にしてのぅ~」
って言ってるけどこれ自体が僕にとってのストレスだからね。

でも! でも!
これが終わったら家に帰って…キンキンに冷えたコーヒーミルクを飲む! 鍛錬後のこの一杯が至福の時だ。コーヒーのほろ苦さとミルクの甘みのバランスが最高すぎる! コーヒーが飲めるって大人になった気分! 頑張った一日のご褒美はこの一杯に限る! はぁ~ん最高!


僕がコーヒーミルクを飲み終わる時間くらいに「ただいまぁ」とミルは学校から帰ってくる。僕は学校に行っていないけど大丈夫。ミルに勉強を教えてもらっている。でもスパルタで厳しい。

はぁ、学校に行きたいなぁ。
内心、そう思っていた。



あっという間に2年の月日が流れて、カイトとミルは12歳になった。
カイトは。じぃじと対等に戦えるまでに成長していた。もう、岩なんか真っ二つにできる。岩に亀裂を入れるだけって簡単なのにどうして一年もかかっていたんだろうと過去の自分がバカバカしく思える。じぃじに攻撃を当てる訓練なんてとっくに終わってるよ。まだ、じぃじと真剣勝負をしてまだ一度も勝ったことはないけど、もう少しなんだ。もう少しのところでいつも負ける。まだじぃじは手加減しているのかな?

そんなある日だった。
いつものようにじぃじとタイマン。じぃじは棒切れではなくパイプ鉄を咥えた。
あ、じぃじが本気を出したんだって一瞬で分かった。じぃじが咥えているものは怖いけど、やっとここまできたんだという達成感が上回ってわくわくした。

じぃじが先制。超がつくほどの“こうそくスピン”でカイトに攻撃。表現するなら軽トラックアクセル全開でが自分に向かって突っ込んでくるようなものだ。しかしカイトは軽トラックと化したじぃじを避けない。カイトはヒットを量産するプロ野球のバッターのように、大振りせずに脇を閉めてコンパクトにホネ振って、打つ。じぃじの超高速スピンとカイトのホネが火花を散らす。カイトは歯を食いしばって鋭いじぃじの高速スピンをはじき返すッ!摩擦によってカイトの持っているホネには焼け焦げた跡が見える。 はじき返さたじぃじは体勢を立て直して鉄パイプを咥えてカイトに襲い掛かる。うねうねした首で独特な動きをするじぃじはまるでヌンチャクのようだ。これにカイトは応戦。ガキィン! ガギャン! と鈍い振動音。いつもとは違う鉄パイプの威力は桁違いだ。手が痺れる。リズム、息を整えるべくカイトはバックステップで後ろに下がる。させるかッ! と言わんばかりにじぃじはすぐさま“かえんほうしゃ”をカイトに放つ。カイトは避けない。あえてかえんほうしゃに向かって走り出す。そして当たるか当たらないかのギリギリでカイトはジャンプする! じぃじに向かって一直線! 「はぁぁぁぁっっッ!!」とカイトは両手でホネを握って渾身のスイングをする! じぃじは甲羅に籠って身を守る! じぃじは防御態勢だがカイトはそんなの関係なしに渾身の一発をぶち込む! ヅドュン! と妙な音がした。じぃじはノーダメージだ! 2年間鍛え上げられたカイトのパワーでさえもじぃじの甲羅には通用しない。

亀の甲羅はいびつだが6角形である。この6角形で成された“ハニカム構造”を知っているだろうか。ハニカム構造とは正6角形を隙間なく並べた構造で、一つの面に衝撃が加わったとき、その衝撃が他の面に効率よく分散されて、受ける衝撃が小さくなる。つまり、ダメージを吸収するのだ。むし&ひこうタイプのミツハニー、進化したビークインもこの美しい6角形、ハニカム構造が見られる。この構造は科学技術にも応用され、サッカーボールや建築物にも使われているのだ。

この鉄壁防御にホネが通用するはずもなくはじき返される。むしろダメージがあるのはカイトだ。「ゔっ…!」と衝撃でじんじんと痛む手をおさえて骨を離してしまう。その隙をじぃじは逃さない。ホネを拾う時間を与えず、じぃじは超高速スピンを繰り出す! 「っ……ッ!」カイトは避けるしかない。ホネなしではこの高速回転した鉄の剛球に成す術はない。ホネを拾うことができるまで避続けるけるしかないのである。しかし、超高速スピンを7,8回避けるとじぃじのスピードが落ちてくる。疲労が溜まったのだろう。チャンスだ。カイトは攻撃後の大きなスキを計らってホネを拾う! 拾おうとした! だがッ!「なっ?!」カイトは声を漏らす。じぃじの高速スピンがすぐそこまで迫っていたのだ!じぃじはこれを計らったのである。わざとスピードを遅くして疲労してきたのだと勘違いさせる。そしてホネを拾おうとしたのを隙に全速力の高速スピンを繰り出したのである! ホネを拾うこともできずカイトは、体を大きく後ろに反って避けようとするが、この超高速スピンを頭にかすめてしまう…! 掠めただけとはいえ全速力のスピンである。カイトは4m吹き飛ばされ倒れる。だが、すぐに立ち上がる。痛いなんて言っている暇はない。じぃじがトドメをさしにくるッ…! このままじゃだめだ! 避け続けたらいつか当たってしまう…! どうすればいい?!

答えは一つ。
受け止めるしかない。

じぃじは超高速スピンでトドメを刺しにきた! カイトは大きく息を吸い込んで、よしっ
「こいっ!」
カイトは叫んで中腰で構える。勝負ッ!! そして高速スピンとぶつかるッ!!! ギャルルルルルとじぃじから凄まじい回転音が聞こえて怖い…! 手が擦れて痛い…熱い!! でも! これだけは止める!
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
叫ぶ。
この回転はいつになったら止まるんだ! 止まってくれ! 止まってくれ!
叫ぶ。
叫び続け、叫び続けていたら、気が付いたら、



止まっていた。
「うおぁぁぁぁぁぁぁ!!」
雄叫びを上げる。
そして回転を失ったじぃじを、
80kgもある剛球を、10m、いやそれ以上だ。
真上に投げ飛ばした!
「ハァッ…ハァッ…はぁっ…」
呼吸器が荒れる。舞い上がった砂煙を吸って「げほっげほっ」を咳する。
じぃじが地面につくまで時間がある! その隙にホネを拾って、汗を拭く。
そしてじぃじがゴスン! と地面に落ちた! ひっくり返った状態でじぃじは上手く身動きができていない! 弱点の腹が丸見え…! 今がチャンスだっ!! 今しかない!

……っ?!
じぃじはひっくり返った状態のまま高速スピンを繰り出してカイトに突っ込む! 不意な攻撃に避ける暇もなくカイトはホネではじき返す! 「くぅっ」と必死にはじき返してカイトの手の握力は限界だった。握っていることで精一杯。もう一度この高速スピンをはじき返すことは不可能だ。手に力が入らずパワー負けする。

手のことを気にしていたら、じぃじは既に体制を立て直していた。
「…………ふぉっふぉっふぉっ☆ やるのぅ☆」
気が付けばじぃじは身をかがめて攻撃態勢に入っていた。

……っ!!!

策はない。っていうか、考える暇はない。そもそもカイトは策など一切考えていない。
手は限界。体力も底をつきかけている。

だからこそ、カイトは無防備に突っ込むのだ。
策や戦略なんかどうでもいい。考えている暇があるなら攻撃を仕掛ける。戦略はパワーでねじ伏せる。いかにもカイトらしい馬鹿げた戦闘スタイルだ。
カイトはコータスに向かって走る!


じぃじは動かない。
カイトとじぃじの距離は近くなる。
5m、4m、3m、2m……!
じぃじに向かって走る!
まだじぃじは動かない!
「ぉああああああ!!!!」
体力限界が近い。これが最後だ。
カイトは雄たけびを上げてほねこんぼうを振りかざす!

「……完敗じゃよ。カイト。」



「……え???」
振りかざしたほねこんぼうがぴたりと止まる。
「……どゆこと?」



「ふぉ~っふぉっふぉっふぉっ☆ 強くなったのぉ~☆ まさか12そこらの小僧に垂直投げ上げ運動をされるとは思ってもいなかったわい☆」

「えぇ……僕…勝ったの…?」
「はぁ~、その通りじゃよ。ワシァ疲れて一歩も動けん。」
じぃじはふぁ~っとため息をついて生い茂った芝生に両手を広げてうつむけに倒れる。さすがの97歳ジジイにも体力の限界がある。しかしながらここまで動けるのが不思議だ。

「(;´Д`)ハァハァゼェゼェ………小僧よ、
スッ( -`д-´)ここまで修行してきた意味が分かるか?」

「……え?」

「小僧は何のために修業をしたんじゃ?」

「自分を……守るため……?」
「そうじゃ。その通りじゃ。でもな、理由はほかにもあるんじゃ。」
じぃじはウンウンと頷いてまた話す。
「自分を守る力も大切じゃ。でも、もっと大切なものがある。

誰かを守る力じゃ。

誰かが助けを求めたとき、逃げずに助けに行けるかどうか。そこで助けることができるかどうか。ワシァ…助けたいと思っても助けることができなかったとこが何度もある。…守りたいと思っても守ることができなかったことが手で数えきれないほどある…。そんな悔しい自分にはなってほしくない。そう思って小僧に修業させた。」

「………。」
じぃじは一体、何者だのだろう。

「そして、ワシァ自分の持ってる力を利用して誰かを傷つけたこともある。」

「………!」
じぃじは…一体……何者なんだ……?!

「カイト、小僧が手に入れた力は、他の誰かを簡単に傷つけることができる。殺すことだってできる。気が付けば…あっという間にな。だから、この力は、自分を守るため、誰かを守るためだけに使いなさい。必要以上に傷つけたり、罪なき子を傷つけることは絶対にするな。男の約束じゃ。わかったな? もし、これが守れないなら小僧に生きる資格はない。」

「……うん…! わかった…!」
一度後悔があるカイトにとって、この約束は絶対に守らなければならない約束である。簡単に解釈すると、守れないなら死ねといっているのと同じである。

「いい返事じゃ。小僧は落ち着きがないから気持ちが荒れやすい性格なんじゃ。気持ちが荒れて手が出ないように座禅して精神統一をするために修業をしてたんじゃが…全くやる気がなかったじゃろ。ばかやろう。明日からまじめにやれぃ。」

そ……その修行に…そんな大切な意味があったのか…!

「小僧みたいなマヌケしてる性格じゃと『あぁ~明日の晩飯はなんだろうなぁ~』とか『休日は何しようかな~一日中昼寝しようかな~』とかどうでもいいことを考えるのが効果的じゃろうな。ワシァがそうだったからの。」

「へぇ~」
明日やってみよっと。

「小僧よ。」
「なに、じぃじ。」

「来月から学校へ行きなさい。」

「……えっ」

「小僧は強くなった。これ以上ワシァとバトルする価値もないだろう。」

「で…でも…僕…学校には行けな…」
「苗字を変えなさい。」

「えっ……苗字?」
「そうじゃ。それだけで偏見は嘘のように消えるんじゃ。」
「ほんとに?」
「小僧は2年前に起きた殺害事件の件数と犯人、その事件の詳しい内容を全部覚えてるか? ワシァ覚えてない。頭から離れない事件だったとしても、事件に無関係な連中は2年も経てば誰も覚えていないのが普通じゃ。」

人の噂も七十五日という言葉がある。出回った不確かな噂は一時的なもので自然に忘れ去られてしまうという意味だ。しかし、覚えている者もいるかもいるかもしれない。そのために苗字を変えるのだ。
2年も経って苗字も変わっていたら誰も覚えていない、気が付かないのだ。傷を負わせてしまったヒトカゲやそれを見ていたゼニガメを除いては。

「苗字変えるのはどっちでもいいよ。どうせなら名前を変えたほうじゃいいんじゃない?」

「名前は絶対に変えさせんッ」
急にじぃじは怒鳴った。

「名前は小僧の父さん母さんが考えて考えて考え抜いて名付けたんじゃからな。名付けられた自分の名前に誇りを持てッ。親の愛も知らずに“どうせなら”だの“どっちでもいい”だのテキトーにものを言うんじゃないッ!」

「う……うん…。」
まさかここまで怒るとは思わなかった。

「そ…それで…苗字は何にするの?」

「えぇ……そいつァ小僧が決めなさい。」
「わかんない! じぃじがつけて~」
「えぇ……。そういうなら…どんな苗字が似合うか考えてたものがいくつかあるんじゃが…ワシァがこれいいなぁと思ったのは」


カイト・ペイン。


「ペインってどういう意味?」
カイトは首をかしげる。

「“痛み”じゃ。」
「……?」
「誰かの痛みを、苦しみを知る、分かち合える優しい子になりなさい。って意味じゃ。」

「………。」
「……………。」

「ほぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! すごいねその苗字! それにするよ!」
「えぇ……。即決していいんか?」
「うん! じぃじが決めたなら僕はそれにするよ! 文句もなにも言うことはないよっ!」

まったくぅ……こいつってヤツはほんとに……

じぃじは口元を緩める。

「よぉォしっ! 決まりじゃな! カイト・ペイン! それが小僧のフルネームじゃ!」
「うん!」


こうして僕の12歳からの学校生活が始まった。ナイロシティから少し離れたミルと一緒の学校でに行って勉強した。最初は僕の噂知ってるんじゃないかと怖かったけど全然。誰も覚えてないっぽい。安心した。とはいっても僕は勉強は好きじゃない。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?! アンタ12になってまだ分数の約分もできないの?! ほんっっと信じられないわ! 一から全部頭に叩き込んでやるわ!」ってミルに言われるもん。
「えー、べつにいいじゃんー。将来それどこで使うの?」
「どこって…どこにでも使うわよ!!!!!」

「えー、だからどこでー?」
「どこで使うかって? えーっと………うーんと…………………あ“-ッもう!! そんなのいいから早くこの問題解きなさい!」
ミルが強引だから困っちゃうよ。じぃじも「勉強ができないならできないでよろしい。でも他人にバカにさてたくなきゃ勉学に励めぃ」って言うし。矛盾してるじゃん。あーもういやになっちゃうよ。学校から帰って広場で修行するほうがよっぽど楽しいよ。
じぃじは平日の昼頃になると街へ飲みに行く。そして深夜にベロベロになって帰ってくる。酔って帰ってきたじぃじの話を聞くと、通りすがりの美女を見つければ即ナンパしに行くらしい。かなり成功率が高いんだとか。15%くらいって言ってた。じぃじは自慢げに言うけど15%って高いのか低いのか基準がよくわからない。ナンパ成功したときの食事代は割り勘なんだってさ。ケチだね。

月火水木金やっと終えて宿題をやらずにじぃじと静かな広場に行って動きまくる。新しい技を教えてもらったりバトルしたりで楽しい。勉強なんかよりこっちのほうがいい。机に座っているだけじゃつまらない。
修業の休憩中に
「じいじー!! じいじが死んだら僕たちってどうすればいいのー?」
「えぇ………そ…その発言にワシァ傷つくのぅ……。どうすればいいって……自分で考えなさい。」
「えーっ。わかんないー。僕は父さんより偉くなれるならなんだっていいかなー。」
「ほぉ…ずいぶん偉大なことを言うのぉ。」
「父さんをを知ってるの?」
「持ちろんだとも。セン・ロッツォはこの国を救った男じゃからな。」
「救うだなんて言いすぎじゃない? みんな英雄英雄って言うけど僕は大嫌い。」
「………。セン・ロッツォは英雄じゃぞ。それを超える気かの? 本気で言ってるのか?」
「うん!」
「………ほほぉ。」
固く手を握りしめて
「父さんだけは負けたくないね。英雄だろうが何だろうが知らないけどそれくらい超えてやるよ。」
いつもとは違う真面目なカイトの顔。
「……フフッ。」
これにじぃじは笑う。
……ワシはなぁ、小僧のそういうとこが好きなんじゃよ。

「小僧の父さんは国家公務員じゃ。小僧の勉強レベルじゃ到底無理じゃな。」
「……えっ。」
「でも、可能性があるものが一つだけあるぞ。」
「……それってなに?」

探検隊じゃよ。
探検隊も国のために仕事をする国家公務員じゃ。
勉強嫌いでも、小僧自身の運動センスで賄える。
小僧が父さんと対等な立場に立てる。父さんを超えることができるかもしれないぞ。

「僕の将来の夢、決まりだね。」
即答である。
「ふぉっふぉっふぉっ☆ 早いのぉ☆」
カイトにしかできない。カイトらしいこの判断力。
ふぉっふぉっふぉっ☆ お前の父さんによく似ているのぉ。

「それじゃぁさっそく家に帰って勉強じゃな☆ ミルにしごかれてきなさい。」
「うわーーーーーーーーーーーー!!! いやだーーーーーーーー!!!!」










クリスマスの夜がやってきた。
毎年この日は贅沢にパーティをするのがお決まりだ。サンタさんからプレゼントをもらうもの今年で最後である。カイトはサンタさんに何をお願いしたのかな?

ふぉっふぉっふぉっ☆ もう準備はできているぞい☆(ワシァがサンタさんだということはカイトには内緒にするんじゃぞ☆ みんな分かったな?)

今まではミルがケーキ作りをしていたけど、今年はカイトも一緒にケーキを作ったんだって。

「……ねぇコレ…作りすぎじゃないの?」
じぃじにあれこれ作ってくれと受注文の多い料理店長ミルは言われた通り、料理35品を全て作った。

「良いではないか良いではないか! 友達も呼んでるし食べきれんくてもカイトが全部食ってくれるじゃろ! こんなのよゆーじゃろカイト?」
「うん!」
「ふぉっふぉっふぉっ☆ さすがカイトじゃ☆ 食いしん坊じゃの☆」

ガチャッ
「よぉ“じぃじ”の爺さんや~」
「おじゃまするゾ~」
「おぉ! 美味そうな飯じゃのぉ~! さすがミル姉さんや!」
「よっ! 腕前シェフ!」
毎年クリパ(省略するな)をするときはじぃじが友人やら知り合いを招待する。だから毎年、15~20匹の爺さん婆さんで家がギュウギュウになるのだ。

「ふぉっふぉっふぉっ☆ ワシァの名前はいつのまにか“じぃじ”になってるらしいのぉ。まぁそんなことは置いといて、はじめようか。」

そして日付が変わる時間くなるまで食って飲んで喋って踊ってどんちゃん騒ぎをするのだ。

酔っぱらった時のじぃじの絡みはちょっと面倒だけど、楽しいんだよね。おじいさんおばあさんが面白い話をしてくれるんだ。それと漫才もあるよ。プロのお笑い芸人かと言わんばかりにオチが最高でおなか抱えて笑ってるんだ。


それにしても不可思議なとこが一つだけある。あの食いしん坊のカイトが、〆のケーキがおなかいっぱいで食べられないのだそうだ。“デザートは別腹”という素晴らしい言葉があるのにもったいないことだ。明日食べるらしく冷蔵庫に入れてあるが、じぃじやミルに食べられないか心配である。

楽しい時間は過ぎるのが早い。現実とは悲しいものだ。気が付けば時刻は深夜になってパーティタイムは終わってしまった。後片付けをしてじぃじ、ミル、カイトはスヤァと眠った。

おっと、間違いである。じぃじとミルは寝たふりをしていたのだ。この後に大事な行事があるからね。


(ジングルヴェル♪ ジングルヴェル♪ 鈴がっ鳴るゥ~♪ ふぉっふぉっふぉ、ふぉふぉっふぉっふぉっふぉふぉっふぉっふぉっふぉっふぉ☆ フゥ~↑☆ ジングルヴェル♪ ジングルヴェル♪ 鈴がっ鳴るゥ~♪ きょぉは~ワクワクゥなクリスマス♪)
小声でじぃじは歌いだす。

(はいはいストップストップ。カイトが起きちゃうでしょ。それと少し歌詞が違う。)

(歌詞なんてどぉでもいいんじゃよォ~☆)

酔いつぶれたじぃじは面倒で対処しきれない。ミルは頭を抱えてため息をついてしまう。

(はいはいわかったわかりました。それじゃぁプレゼントおいてさっさと撤退しましょ)

じぃじは(しょ~がねぇなァ~)とぐっすり眠ったカイトの枕元にささっと起こさないようにそっとプレゼントを置いてリビングへ撤退する。


「くぁ~!! サプライズ後に飲む焼酎は旨い! ふぉ~~っふぉっふぉっふぉ☆ カイトも大人になったのぅ~☆ もう12だなんてびっくりするわい☆」
「まだ飲むんですか…」
クリパは終わったというのにじぃじの酒が止まらない。

「あ、そうだ、ほれっミル! クリスマプレゼントじゃ!」
「えぇぇぇぇぇぇ?!」
“ほしいものはないからクリプレはいらない”と言ったミルだが思わぬプレゼントに驚いてしまう。
「ほれっ! さっさと開かんかい!」
「こ……これは……万年筆…!」
「ふぉっふぉっふぉっ☆ ミルはもう大人みたいなもんじゃからのぅ。それにしてもこれ高かったんじゃぞ~」
「あ……ありがとうございます…!」
「かいとはのぅ、鉄腕アムロの合体フィギュアが欲しいっていうから販売当日の行列に並んで買ってきたぞ。カイトはまだまだ子供じゃのぉ。」
「い……いつの間にそんなことしてたんですか…てか万年筆といい、じぃじって何者なんですか? じぃじって金持ちなんですか?」
「んぁ? ワシァ生涯現役じゃよ。」
「え…?」
「97歳でもまだまだ動けるからのぅ。平日は仕事してるぞ。」
「働いてるんですか?! だっていつも深夜にベロベロに酔って帰ってきてるじゃないですか?!」
「仕事終わりの一杯くらいいいじゃんか~」
「飲みすぎ!!!! いつも面倒なんですよ!!! それで、何の仕事なんですか?」
「ふぉっふぉっふぉっ☆ 内緒じゃよ☆」
「そこ内緒にします…?」
「ええじゃんかええじゃんか☆ 内緒にしたいことくらいあるんじゃよ☆」
「えぇ……それってどうなんですか? 稼げるんですか?」
「働いたことのない奴が仕事の価値を決めるのはどうかと思うぞ。給料や報酬で仕事を決めつけるヤツは最低だということを覚えておきなさい。」
「…は…はい……!」
「ふぉっふぉっふぉっ☆ 頭脳は大人でもまだまだ半人前じゃの☆ 精進しなさい☆」
「はい…精進します…」
「ワシァが死んだらお前らは自分の力で生きなければいけんのじゃ。覚悟はあるかい? 金はな、思っている以上に重いぞ。金はな、欲が絡むと恐ろしいぞ。」
「………!」
「ふぉっふぉっふぉっ☆ 金の大切さや重みは大人になればよく分かる。知るのはその時でいい。口で教えるほど金は簡単じゃないからな。金に困ることなんか当たり前にある。ふぉっふぉっふぉっ☆ たくさん苦しんで学べ☆ 苦しんで金の重みをウンと知るんじゃぞ~☆」
じぃじの人生経験が語るこの重さ。ミルはしっかり受け止めようとしている。しかし受け止めきれないのが現実である。


「……それにしても……この机にかぶさってる箱は何なのじゃ?」
「あ…それ私も気になってました。」
「誰かが時限爆弾でも仕掛けたのかね?」
「そっ…そんな危ないこと言わないでくださいよ…!」
「…開けるか…。」
「そうですね。」
じぃじは…被さった箱をそっと…開けた…!
その中身は…!


「「…………!!」」
唖然した。
「おっ……おおおおぉぉぉぉ…!」
「おぉぉぉぉぉぉぉ…!!!!」
両者、唖然。そして、しーんとした時間が数秒流れる。

「「ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……!」」
「す…すごいのぅ…!」
「すごいですねこれは…!」


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「まさかこの97歳のジジイにクリスマスプレゼントをくれるとはなぁ。こりゃぁ一本取られたのぅ…!」
「“おなかいっぱいでケーキ食べれない”って言ったのもこういうことだったんですね…!」
「「………。」」
「優しいヤツじゃのぅ。カイトって生き物に嫉妬してしまうのぅ。ワシはカイトのこういうとこが好きじゃなぁ~」
「私もです。あ、恋愛対象ってことではないですよ。私、イケメンで強くて優しくて成績優秀で高収入がタイプですから。カイトは論外です。」
「ふぉっふぉっふぉっ☆ わかっとるわい。」


ジジイよ。それはカイトに失礼である。




翌朝~
「やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!! 鉄腕アムロのフィギュアだぁぁぁぁぁぁ!!!!サンタさんありがとぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

そのはしゃいでいるカイトの姿を、じぃじはにっこり笑って眺める。

「そ~らをこ~えて~♪ ららら宇宙のかなた~♪ あむろ~いきます~♪ エンジンの限り~♪」

「ふぉっふぉっふぉっ☆ 将来が楽しみじゃのぅ☆」
歌いだすカイトにじぃじは微笑んだ。









それから5年が経った。時の流れは速すぎる。流しそうめんなど比ではない。ジェットコースターよりすさまじいのだ。カイトとミルは17歳になった。じぃじは102歳である。カイトは相変わらずバカである。テストは赤点が基本。ミルの熱烈な指導にヒィヒィしながらなんとかやっている。探検隊になるための勉強もちょっとだけやってるんだってさ。そして以前より遥かに強くなっている。カイトは猛特訓の結果、引き締まった体、柔軟な筋肉を手に入れた。筋トレよりも柔軟運動を徹底的にやる。無駄な筋肉をつけず、ケガをしない体を作るためだ。涙が出るくらい厳しい柔軟ストレッチを毎日毎日やる。その結果、カイトはバレリーナのような体や筋肉のしなやかさを手に入れたのだ。180度に開脚できるようになり、バク転も楽々とできてしまう。その羨ましい体はすべて努力でできているのだ。しかし、勉強はダメダメである。

今も昔も楽しく過ごしている。
これもじぃじのおかげだ。



しかしッ……!!



5月15日の夜だった。
僕がおなか痛くてトイレに行こうとした時だった。
トイレには電気がついていて誰かいるのかなと思ってノックをした。でも返事がない。電気の消し忘れかな? と思ってドアを開けようとしたけどカギがかかっている。「だれかはいってるのー?」といっても返事はない。中から物音がする。誰かがいるのは確かだ。ドアに耳を近づけると
誰かが唸ってるのが微かに聞こえた。
「!!」
僕は誰が中にいるのか直感で分かった。
「じぃじなの?! ねぇ!」
返事がない。聞こえるのは唸り声。
僕はドアを蹴り飛ばした。何かやばいと感じたから。
ドアを蹴り飛ばしたら…見苦しいものが待ち構えていた。

じぃじが倒れていたのだ。
大量の吐血と血便で周りは血だらけだった。
「じぃじ?!」


この楽しい毎日は終わりを迎えようとしていたのだった。

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