9話ー4 ちっぽけな僕たち

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読了時間目安:12分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください


ミルが開けっ放しにした玄関のドアをカイトを閉めた瞬間。
「………!」
ぐぅぅぅぅぅぅゥゥゥゥゥゥ~!
夏の甲子園球場で試合開始と言わんばかりに、腹のサイレンが高鳴った。

「‥‥‥よしっ!!!!」
ミルがいなくなった後にカイトは冷蔵庫へ突っ込んだ。
カイト選手! 三塁ベースを蹴ってホームへ! 冷蔵庫にへッドスライディング!
タッチの判定は……セーフゥ!!


おなかすいたーーー!!!!
2日間寝てる間、なにも食べてないもん!!

‥‥‥2日間飲まず食わずのくせにここまで元気でいられるのはカイトだけだろう‥‥‥。
「おおおおおお!!!」
冷蔵庫を開けると美味しそうなチーズケーキやシュークリームなど美味しそうなものがいっぱい! 全部手作りなのかなこれ! すごい! よだれが止まらない!
「いっただきまーす!!!」

おそらくカイトが目覚めてすぐに食べれるように大量に用意してくれていたのだろう。すべて手作りだ。

「ごちそうさんさんまー!!! おいしかったーー!!」
わずか15分で冷蔵庫にある

チーズケーキ 1台
オボンの実パイ 一台
プリン 4個
シュークリーム 5個

をペロリとおいしく食べてしまった。
口についたポイップクリームを手で拭って
手についたホイップクリームを舐めた。

育ち盛りなカイトの食欲は異常である。

いっぱい食べたし遊びに行こう! ‥‥‥おっとっと!外に出たらダメだったね。
ドアを開けようとしたカイトは急停止する。


………ってまず、ここってどこ?
カイトは階段をドタドタ駆け上がって二階の二匹の寝室であろう場所に大きな窓がある。そこから見える景色は‥‥‥
「………え。」
ここは森。モリモリモリモリ。
コータスの家は高い木に囲まれた場所にあった。あたり一面は全て木。5分散歩しただけで迷子になってしまいそうである。カイトは窓を全開に開けて森の新鮮な空気を思いきり吸った。

こんな森、僕の町の近くにあったんだ。

ここはナイロシティから15km離れた誰も訪れようとしない静かな森『ラフォーレ・オブ・ニェート』である。非常に覚えにくい名前だ。ってか別に覚えなくてもいい。だが秘境の森とでも言っておこう。

外は鳥ポケモンのさえずりさえも聞こえないほど静かだ。しかし、耳を澄ませると微かに水の流れる音が聞こえる。川があるのだろうか。上を見上げると木から漏れた日光が差し込んで、温かい光がカイトの心を癒してくれるようだった。

うわー、あったかい‥‥‥。
あくびをする。
昼の心地よいぽかぽかとした太陽はカイトを眠りの奥底へ誘った。









‥‥‥て‥‥‥!
は‥‥‥おき‥‥‥!
おー‥‥‥ろーーーー!!!!


んんん? 何か声が聞こえるなぁ‥‥‥。


「おー‥‥‥ろって‥‥‥しょ‥‥‥!!」
「はぁ‥‥‥ー‥‥‥き‥‥‥!!!!」

??? まぁ、いいか。


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「起きろって言ってるでしょーーがッ!!!!」
「うわっ?!」
「はぁ‥‥‥はぁ‥‥‥爆睡しすぎでしょーー!! 何分起こしたと思ってんの!!」
「あ‥‥‥ごめんね。」
「‥‥‥‥‥‥はぁ‥‥‥まったく‥‥‥。」
ミルは頭を抱えて深くため息をつく。

「食べた食器は片付けてないし、床で寝るし、ほんと馬鹿ね。」
「あ!」
カイトはハッとして言う。



「師匠は大丈夫なの?!」

「てっきり食器の片づけ忘れていたから片付けに行くのかと思えば、そっちね‥‥‥。」
ミルは大きくため息をする。

「命に別状はないわよ。安心して。それと食器は全部洗っておいたから、感謝しなさい。」
「いろいろとありがとうね!!」
カイトは腰から頭まで一直線になるように背筋を伸ばし、ぴったり30度の角度の完璧な敬礼をする。
「‥‥‥そこまでしろとは……いってないけど‥‥‥まぁいいわ。」

「‥‥‥。」
「‥‥‥。」

二匹の沈黙が始まってしまう。この気まずい空気を変えようとしたのは

「私の師匠、ほんとバカげてるよね。」

ミルだった。

「‥‥‥私ね、小さい頃の記憶があまりないの。コータスが言うに、私は捨て子だったらしいの。4歳の頃に引き取ってくれて、6年間ずっと親みたいに育ててくれたの。欲しいものをねだった時に『ふぉっふぉっふぉ☆ ええぞ~。ミルが二十歳になったら100倍にして借りを返すんじゃぞ~☆』って冗談交じりに言ってね、いつも優しかったの。ちょっかい出すのが好きで見かける美女を見ればナンパしまくるクソチャラいクソジジイだけど私、尊敬しているのよ。」
ミルが自分の話をしてくれた。

「何をおねだりしたの?」
「参考書よ。40冊くらいかしら。あと小説たくさん。」
「チョットナニイッテルノカワカンナカッタ」

「……まぁ。アンタも分かるでしょ? ちょっかいジジイでムカつくかもしれないけど、見知らぬ誰かのために命かけてまで尽くしてくれる。無関係なのよ? 無関係な私を助けてくれたの。バカげてるでしょ? でも、すごいと思わない? 普通そこまでしないわよ。だから私、尊敬してるの。師匠って呼んでるの。」

‥‥‥そうだったのか‥‥‥。
納得できる。僕が見たものは間違いじゃなかった。“信じろッ!”って言葉はコータスの心の奥底の熱い思いだったんだ。

ミルは手をパンと叩いて
「はいっ! 私の話は以上よ。今度はカイトの番。何があったのか教えて。」

気になることはあったが、僕は教えてもらった以上、話さなくてはいけないと思った。
だから話した。




「な………なによそれ………。聞いてる私も吐き気がするわ……。」
ミルは想像以上に動揺していた。
「だから…大人は信用しないって言ってたのね…。友達を怪我させちゃったのも、そういう理由だったの……。」

急に、カイトは自分の首を押さえて息苦しそうに荒い呼吸をし始めて、うずくまってしまう。
「カ‥‥‥カイト‥‥‥どうしたの‥‥‥?」

僕は思い出してしまった。
全て思い出してしまった。
リザードンから受けた制裁を再び思い出してしまった。
寒気が襲う。
息ができない苦しさを思い出す。
手加減ナシの暴力を思い出す。
打ち付けられた背中が再び悲鳴を上げる。

「はぁ‥‥‥。はぁ‥‥‥。ふぅーふぅー‥‥‥。」
カイトの呼吸が少しづつ落ち着いてきた。

「ごめんなさい。聞くべきじゃなかったわね。」

「ううん。いいのいいのー。その代わり、誰にも言わないでね。」

「ええ、約束するに決まってるでしょ。」

「…………。」

「…………。」
しぃんとした空気がカイトを不安にさせる。

「私のこと、疑ってるでしょ?」

「……え…?……いや…」
「気を遣わなくてもいいのよ。そのくらい分かってる。」
横に目を逸らしたミルはこう言った。

「私、視界に自分の傷跡があるのは嫌なの。背中の裏でいいかしら?」

「………?」
どういう意味なのか分からなかった。
でも、すぐに理解した。

ミル“も”ナイフを手に持った。
「……?! なにしてるの?!」
「実はね、私、あなたを疑ってたの。町でカルマのことを聞いて……あなたを悪い奴だと思っていたの。袋叩きはやりすぎだとは思ったけど……もし私、あなたを見つけたら、町の誰かに言おうと思っていたの……。最低よね。ごめんなさい。あなたの事情も知らずに……。友達を怪我させてしまった理由も知らずに……。」

「そっ…! そんなこと謝らなくていいんだよ…! 僕ぜんぜん気にしてないよ…!」

「もし、私が街の誰かに言ってしまってたら……そう考えると…許せないの。私のせいで…死ぬかもしれないんだよ…?! 私自身が許せないの。流れてきた噂話を鵜呑みにしようとしていた私が許せないの。だから……間違えたことを繰り返さないようにしたいの。」

「?! やっ…やめてよ…! 僕のためにそんなことしなくていいよ…!」

スッ…
ミルはナイフで自分のしっぽの裏に…浅く、切り込みを入れた。
浅くとはいえ、血は垂れる。



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「………!」


あぁ……ああぁ…そこまでしなくたって…
でも、この子は本気なんだってことがよく分かる。信じなきゃ、何も始まらないよね。



手を差し出すミル。
僕も手を出して

がっちりと握手をする。

「ミル・コサインよ。ミルって呼んでね。よろしく。」
「カイト・ペイン。カイトでいいよ。……よろしく…お願いします…。」
もう一度自己紹介をする。

「な~に緊張してるのよ。タメ口でいいのよ。…てかさっきまでタメ口だったくせにぃー。歳はいくつ?」
「10だよ!!!!」
「ちょっつ?!…急に大声出さないでよ! びっくりしたじゃん!」
「めんご♪」
カイトはウインクをする。

(タメ口でいいよって言った直後にこの態度は……)
「アハハハハハ! 面白い子ねぇ!」
ミルは思わず笑った。
「私と同い年ね! よかったぁ~。年上だったらどうしようか心配してたのよっ!」

「えっ、同い年なの?! さっき参考書いっぱい持ってるとか言ってて賢そうだから17か18くらいだと思ってた!」

「へぇ~、私ってそんなに賢く見える? お姉さんに見える? もっと『賢い』って言ってもいいのよ~! 言いなさい!」

「………?」

「…ていうのは冗談よ……。あ、言い忘れてたけど、師匠は緊急入院してるわ。残念なお知らせだけど左手は無事じゃなかったらしいわ。医者から聞いたんだけど師匠が自分で刺した場所が神経脈だったらしいの。」

「‥‥‥!」

「脈神経の手術は成功したけど、少しだけ麻痺が残っているらしいの。左手は動くけど…過酷なリハビリが必要なんだって…。」

「‥‥‥‥‥‥。」
僕はどんでもない迷惑をかけてしまった。
カイトは下を向いてしまう。


「まぁ落ち着いてよく聞いて。師匠からの伝言があるわ。

ふぉっふぉっふぉ☆ 小僧よ、こんな左手怪我っただけのジジイに“怪我させてしまってごめんなさい”なんて言ったらぶっ殺すぞい☆ 自分で刺して自業自得じゃからな。ふぉっふぉっふぉ☆ ワシが家に帰った時は“病院食は不味かった?”とか“ナースのお姉さんは可愛かった?”、“ナンパは何回成功した?”とか、どんどん質問するんじゃぞ! 分かったなァ?

‥‥‥だって。」
ミルがコータスの口調を真似して言った。

「とんだエロジジイね。いままで師匠って言ってた私が馬鹿だったわ。」
ミルは目を細くして言った。

「じゃぁ、これから『じぃじ』って呼ぶことにするのはどう?」
カイトからの提案。

「……なにそのアイデア。」

あっ…まずいことを言ってしまった…。
「あっ…その…えっと…」
カイトは慌てる。新しい言葉を探す。


「最高ね!」
「…え?」
「ナイスアイデアよカイト! これからずっと『じぃじ』って呼ぶことにしましょうよ!」
思った以上にウケがよかった。









「ぬぁーっ!復活したぞい☆」
入院して5日が経った昼。ようやく退院できるようになった師匠は欠伸をして、家に帰ってきた。

「おかえり!………凄い………!たった5日で退院だなんて………!」
カイトは玄関へ猛ダッシュして師匠…じぃじを迎えた。

「そうかのぉ~?」
(はい~? ケンカを売ってるのか~? 小僧は二日寝込んだだけで完全復活しよったくせにぃ)

と言いたいところだがコータスは怒りの感情を抑えて

「じゃが、最近の若いモンには敵わんよ! ふぉっふぉっふぉっふぉっふぉっ☆」
(ぬおおおおおおお~! ちきしょ~!!! ワシが若かったころはこんな怪我なんぞ4秒で治せるのに~!)

コータスよ、それは言いすぎである。

「あ、そうだった。じいじー。質問していい?」

「じぃじ?! じぃじとはなんじゃ!じぃじとは!師匠と呼ばんか! ……それで?なんじゃ?」

「ナースのお姉さんは綺麗だった?」

「あぁ、その質問かの。」
コータスは答えた。

「……男じゃった………グスン。」
どうやらオスの筋肉ムキムキのタブンネが看護していたようだ。
最近、男の看護師も増えているようだ。
「くやじ~! 美人のお姉さんがよかったのにぃ~!!!」
じぃじは涙目になった。

女好きのジジイよ、ざまぁみろである。



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