09.要人救出ミッション

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「――お前、それはどうした?」
堂々と地下通路まで向かうと、当然ながら黒ずくめたちに足止めをくらった。大丈夫、想像していた通り。無表情を顔に張り付けながら、あらかじめ考えておいたセリフを口にする。
「路地裏に隠れてここの様子を窺っていたので、とりあえず気を失わせましたが……どうしましょう?」
目の前の2人の男はあたしの顔をちらりと見てからすぐに視線を戻した。奴らが注意深く観察しているのは、あたしが肩に担いでいるフードで顔の隠れた少年――シルバーだった。
もぞり、とあたしの首の後ろで温かなものが動いたような気がした。おーっと大人しくしとけよ、お前今気絶してることになってるんだから。そりゃ確かにお腹は苦しそうだけどさ、普通に肩に担ぐよりはマシな持ち方してるはずだよ?
なんて言ったっけな、ファイヤーマン――確か消防士なんかが使うやり方でシルバーを担いでいる。担ぐ相手のお腹を自分の首の後ろ辺りに持ってきて、右手右足をそれぞれ自分の両肩にかけて、まとめて自分の右手で掴む。つまりはシルバーの身体をショールのようにあたしの肩に掛けているようなものだ。もしくは、かつて流行っていたらしいプロデューサー巻きのような。このやり方だと自分の左手は使わずに済むから、おんぶするよりも断然動きやすい。それにおんぶだとあたしの顔の横にシルバーの顔が来てしまい、万が一フードが取れてしまった場合にも対処がしにくい。ファイヤーマンなんとかで担げばシルバーの顔は常に俯いた状態で、この点でも都合がよかった。
……なぜあたしがその方法を知っていたのか。それはまあ、プロレスのおかげだ。プロレスには相手を担いでそのまま地面に落とす技がいくつもある。やんちゃだったころの自分、ありがとう。
ゆっくりと呼吸をしながら男たちの返答を待つ。見たところあたしの言動を疑っている様子はないし、少年の正体を気にしている様子もない。あたしはロケット団の下っ端、シルバーはその辺で怪しい動きをしていた見知らぬ少年。その設定をそのまま受け取ったらしい。
「そうだな……あの爺さんと一緒に縛っとけ。場所はわかるな?」
「はい、すぐに向かいます」
少しの安堵感を悟られないよう気を張りながら、軽く頭を下げる。すると目の前の男たちはわざわざ道を開けてくれた、彼らからの指示もあることだしさっさと通り過ぎてしまおう。早足で地下へと続く階段を下る途中、ふと左肩に温かな空気が触れる。安堵のため息。そこでようやく、あたしの顔から無表情が剥がれて行くのを感じていた。

「よっと……大丈夫? 苦しくなかった?」
「問題ない」
人っ子ひとりいない地下通路、それでも誰かに見られていないか十分に確認してからシルバーを肩から下ろした。問題ない、そう口では言っていてもシルバーはこっそりお腹をさすっていた。……うーん、やっぱ無茶させちゃったかな。
「……随分慣れてたな」
何故かあたしの足元を見ながら、シルバーがそう呟いた。あたしに話しかけてるんなら、せめてちゃんと顔を見て言ってほしい。
「そう? 担ぐのはともかく、運ぶのは初めてだったから心配してたんだけど」
「いや、ロケット団のフリが」
ただの強がりのようなものかと軽く流しかけていると、ギョッとする言葉が投げかけられた。シルバーの視線の先は変わらぬまま、あたしの足元。顔を隠した今の状態ではその表情を読み取ることはできないけれど、この交わらない視線から何となく読み取れるものがあった。
だからこそ、あたしは少しおどけたように答えてやる。
「え、嘘!? 嫌だなそれー……」
「少なくともあいつよりは誤魔化すのがうまい」
そう言って、シルバーは俯いたままあたしの足元からも視線を逸らした。これ以上話すことはないらしい。
このまま無言で立ち止まっていても仕方がない、ひとまず先へと進むことにしよう。黒ずくめに身を包んだあたしの後ろを、シルバーは黙ってついてくる。……やっぱり、この格好が原因だよなあ。胸元のRの辺りを撫でながら、あたしは思い出す。
シルバーを担ぎ上げる提案をする前、あたしがロケット団の制服に身を包んだのを見てあんな反応をした理由を少しだけ話してくれた。それは簡単だ、つい最近同じようなことがあったからだった。つい最近、というよりほんの十数分前。シルバーが最初にラジオ塔へ踏み込んだ時、そこには黒ずくめのヒビキがいたらしい。2人がいくつか言葉を交わすとヒビキの正体が見張りのロケット団にばれてしまい、とりあえずその場は乗り切ったものの応援を呼ばれてしまった、というのがあのラジオ塔に向かっていた大量のロケット団員の真相だったようだ。その後ヒビキはそのままラジオ塔の中を進み、シルバーは増援が来る前にラジオ塔を脱出した。――シルバーの場合、単にヒビキと同じ行動を取りたくなかったというだけな気がするけれど。それが今はあたしと行動を共にしている。しかも、ヒビキと同じように黒ずくめの格好をしたあたしと。
シルバーからの説明では詳細がかなり省かれているようだった。そもそもなぜヒビキはロケット団の制服を着ていたのか、そしてそれをどう手に入れたのか。そのほかにも色々。その中でも特にあたしが気になるのは、シルバーがヒビキを見つけた際のシルバー自身の反応。『少なくともあいつよりは誤魔化すのがうまい』というシルバーの話からも推測するに、ヒビキはロケット団に変装していたにもかかわらずあっさりとシルバーに見破られ、事を追及しようとするシルバーをうまくかわすことができなかったということだろう。そしてそれを下っ端に目撃され、正体がバレた。
シルバーは、ロケット団の格好をしたヒビキに何と言って追及したのだろう。友達というわけではないだろうけれど、少なくとも知り合いではある少年がロケット団の制服を着ているのを見て、シルバーは何を思ったのだろう。
「お前、場所はわかるのか?」
ふと、後ろのシルバーから声がかけられる。
「いや、けど一応当てはある……ん?」
当てならあったはずだった。なぜか人のいない地下通路、その場所へは簡単に辿り着いた。なのに、目の前の光景はあの時とは異なっている。
「ここか?」
目的地の前で立ち止まったあたしの隣にシルバーが並んだ。
「……ドアが進化してる」
「はあ?」
あたしの呟きに心底呆れたような声が漏れた。隣を見れば思った通り呆れ顔、をしているらしいシルバー。これくらいは簡単に想像がつく。
「前はここ、普通のドアだったんだよ」
あたしは覚えている。何の変哲もないよくあるドア、よくあるステンレス製のドアノブ。鍵のかかっていないドアのその先へ進もうとすると、背後から現れた男。その男は確かにドアノブの鍵穴に鍵を差し込んだはずだ。それなのにどうだ。鍵穴はあれど、ドアノブが見当たらない。鍵穴があるのは壁で、ご丁寧にカバーまで被せられている。ならドアの方はどうなったのかというと、もはやこれはドアというよりシャッターだ。ドアノブも取手も付いていない。恐らくこれは鍵穴に鍵を差し込むと自動でガラガラと開く、そんな仕組みの扉だろう。
「どちらにせよ、鍵がないんじゃ入れないな」
「うーん……」
カバーを外して鍵穴を確認したシルバーと一緒に、暫し考えこむ。さて、この先へ進むにはいったいどうしたらいいか。あいにくあたしはピッキングなんてものできないし、そもそもこれってそういう手段で何とかなるやつなのか? となればチョウジのアジトでもやったようにレアコイルのラスターカノンでぶち破るか……いいや、それではここまで大人しくしていた意味がない。壁を破壊する音を聞いて、地下通路の中だけでなく外からもうじゃうじゃ黒ずくめが湧き出てくるはずだ。そうなったらシルバーの正体がばれないように庇うのはさすがに難しい……。
そうやって思考を巡らせ、とりあえず開かない扉に耳を当ててみて向こう側の様子を探る。ひんやりとした金属の感触越しに何か……コツコツと、何かが近付いてくるような音が聞こえた気がした。
扉から飛び退き、後ろで腕を組んで考え込んでいたシルバーを引っ掴んで強引に担ぐ。うぇ、と小さく呻きが漏れていたけれどそれどころではない。
しっかりとファイヤーマンなんとかの体勢に持って行けたところで、目の前の扉が開いた。対面したのはもちろん、嫌というほど見覚えのある黒い帽子を被った男。黒ずくめ。目の前のあたしの顔を見て、次に、あたしが担ぐ少年を見やる。
「どうした、そんなところで突っ立って……って、お前か」
さも知り合いであるかのように声を掛けられて、そこでようやく思い当たった。多分この男、チョウジのアジトで同じ仕事に就いていた奴らの中のひとりだ。さて、こいつはその中の誰だったっけか。さっぱりわからない。
頭の中にたくさんの黒ずくめを並べる作業は早々に終わりにして、まずは軽く一礼、無表情を張り付けた顔を上げてあたしはまたロケット団の下っ端になる。
「この少年を爺さんと一緒に縛っておけ、と言われたので現在向かっている途中です」
「爺さん……ああ、倉庫にいる奴か」
そう言って男は自らの背後を振り返る。倉庫。この扉の中が倉庫なのか、先に進むと倉庫があるのか。とにかくこの中が怪しいというあたしのカンは当たっていた、ということだ。
「なら、早く行け」
「はい」
男は開いたままの扉をくぐり抜け、頭を下げるあたしの横を通り過ぎていく。その姿を目で追おうとして、シルバーに右手で背中をたたかれる。なんだなんだ、と視線を戻すと、そこには今まさに閉じようとしている扉が。急いでその中へと潜り込んだ。
背後で扉が閉まる音を聞きながら、一安心。危ない、せっかくのチャンスを無駄にするところだった。ここからも気を引き締めて行こう。
そう、自分に気合を入れ直していたところで、担がれたままのシルバーが呟く。
「お前……本当にロケット団やってたんだな」
――それには答えず、あたしは歩き始めた。さらに地下へと潜る階段をただただ進む。冗談めいた言葉を返すのは簡単だったけれど、今はなぜかそれができなかった。
だって、あたしは彼に自分の行動の理由を説明することができない。お前の父親を捜すためにロケット団のフリをしているだなんて、絶対に言えなかった。

―――――…………

地下通路からさらに地下へと潜った先の光景は、チョウジのアジトを思い出させた。ということは当然、ロケット団の姿もたくさん見えるわけで。あたしたちは口を閉じたままひたすら奥へと進んでいた。
ひとまずの目的地は、爺さんが縛られているらしい倉庫。爺さんって誰だろう。ブラックリストの内容を思い返すにしても、この少ない情報だけでは特定するのは無謀なことだ。今回の事件に関わりのある人物であるという期待だけはしておこう。
そして向かうべき倉庫の場所だけれど、まあ当然わからない。今歩いているこの通路を進んでいけばきっと辿り着けるだろう、そう楽観視して奥へ奥へと潜り込む。この通路はやけに入り組んでいて、壁のスイッチを押すと仕切りが動いて通ることのできる道が変わる仕組みらしい。こんなの絶対自分では動かしたくないな、と目の前で黒ずくめがスイッチを操作しているのを盗み見ながら心の中だけでため息を吐いた。
ガシャン、重い音を鳴らしながら壁が動く。そうして現れた新しい道に黒ずくめが吸い込まれるのにあたしも付いて行く。道がわからないのならば、わかっている奴に付いて行けばいいだけだ。大体目的地が同じであろうロケット団員に何となくあたりを付けて、さもそれが当然かのようにその後ろを歩く。堂々としていれば案外気付かれないものだ。帰りで困らないように来た道とスイッチの操作だけは忘れないように気を付けながら、何度か付いて行く対象を変え、あたしたちはようやく倉庫らしき場所にまで辿り着いた。

――いた、あの人だ。段ボール箱がそこかしこに積まれた道をさらに奥へと進んでいくと、身体中を縛られて床に転がされている壮年の男性を発見した。その横には椅子に座って男性を監視しているらしいロケット団員の姿も見える。
「……行くよ」
独り言でも呟くように小さく話しかける。返答はない。気絶したふりを続けるシルバーの規則的な呼吸音を聞きながら、あたしはまっすぐロケット団員の目の前へと躍り出た。
「この少年をここで縛っておけと言われたのですが」
縛られた男性をぼうっと眺めていたらしい黒ずくめの顔が上がり、目が合った。深く被ったハンチング帽の中は暗く、どんな視線が向けられているのか全く見えない。……やっぱり苦手だな、この帽子。ロケット団の不気味さが増してる気がする。
「上の奴から聞いている。ほら、これで縛っとけ」
そっけない言葉と共に何かを放り投げられる。空いている左手で受け止めると、それはロープとガムテープ。すでに縛られている足元の男性を拘束しているものと同じものらしい。ロープで体を縛って、ガムテープで口を塞ぐ。ここに辿り着くまでの近未来的な仕掛けに比べると随分原始的なものだ。
とりあえず指示通りに動くため、肩に担いだシルバーを床に降ろす。これ以上身体を痛めないように、ゆっくりと慎重に。ロケット団に顔を見られないよう、一緒に担いできた荷物でさり気なく隠すのも忘れずに。そうしてあたしはまずガムテープでシルバーの口を塞ぐため、一旦ロープをシルバーの顔の横あたりに置き、ガムテープを左手に持って――――。
「――――んなわけあるかーい!」
勢いよく立ち上がり、何も持たない右手で思い切り黒ずくめの顎のあたりを薙いだ。いわゆる鉄槌打ちというやつだ、握り拳の小指側でガツンとブッ叩く。普通に正拳突きをするよりも小さな動きで結構なダメージを与えることができる、お得な技だ。おまけに顎みたいな固い部分を殴ってもあんまり手が痛くならない!
奇襲を仕掛けられた男は鉄槌の衝撃で大きくのけぞり、高く積み上げられた段ボールの山へとダイブした。当然山は崩れてしまったけれど、中身は軽い物ばかりなのか派手な音も鳴らず男へのダメージはほとんどないだろう。段ボールによる即席ベッドに倒れ込んだ男は何やら呻いている。目でも回っているのか。今の内だ、叫ばれて人を呼ばれると面倒だからさっさと口を塞いでしまおう。そのための道具はこの男が渡してくれた。
「おい、これ……」
用済みとなったガムテープを放り投げると、背後からシルバーの声。同時にロープの握られた手が後ろから伸びてきた。ナイスタイミング。振り向かずにロープだけ受け取り、反撃をされないよう男の上に馬乗りになって、とにかくぐるぐる巻きにする。そこでようやく正気を取り戻したらしい男が何とかもがこうとしているけれど、もう遅い。こちらを睨みつけているのが気になったからハンチング帽をさらに深く被らせることにした。これで男の暗い目元は完全に隠れ、心なしか黒ずくめの不快さも紛れてくれたような気がする。
「よし、じゃあそこの爺さん助けてさっさと……」
言いながら振り向くと、あたしが投げ捨てたガムテープを拾って立ち尽くしているシルバーがいた。……あれ? 今日あたしずっとこんな反応されてない? もしかしてドン引かれてる? いやこれ怖がられてるって方が合ってるな!! 大丈夫、怖くないよ! 多分!
「あーっと……ほら、あたし小さいころからヤンチャでさ! 何となくわかるだろうけど! それとロープありがとう、タイミング完璧だった」
無理やり自分にフォローを入れてからシルバーの肩を軽く叩く。余計怖がらせてしまわないように、本当に軽く。あたしのゴーグルで隠れている顔色はどうにか和らいだだろうか。見えないシルバーの表情を頭に思い浮かべつつ、未だ床で転がっている男性の元へと向かった。あたしを見上げるその視線には若干の恐怖が混じっているようだ、身体は縮こまり瞳は不安げに揺れている。しゃがみ込んでまず口を塞いでいたガムテープをゆっくりと剥がすと、早速自由になったそこから掠れた言葉が零れ落ちた。
「……君は、ロケット団じゃないのか?」
うわ、嫌なこと聞かれたな。けれど今のあたしの格好とそれにそぐわない今の行動からすると当然の疑問だった。ここでイラついていても仕方がない。
「説明すると長くなりますね……とにかく、今からロープも解くんで、じっとしててください」
言いながら男性の身体を転がし、後ろにまわされたまま縛られていた手首から解放することにする。ロケット団の制服に取り付けてある黒いポーチから折り畳み式ナイフを取り出し、手早くロープを切る。旅の途中も愛用していたものだから扱いもお手の物だ。手首が、足首が、身体があっという間に自由になっていく。そうやって完全に解放された男性は立ち上がり、スーツの汚れを軽く払っている。目立った怪我がないようで何よりだ。
「おい、誰か来てるぞ!」
いつの間にこの場を離れていたのか、シルバーが駆け寄ってくる。彼が指差すのは丁度あたしたちがやって来た通路の方向、つまり帰り道だ。まさかあたしたちのことがばれているわけではないはず、けれどこの状況を目撃されてはまずい。早くここから立ち去らねば。
「動けますか? さっさとここから逃げましょう!」
「あ、ああ……」
言いながら黒いポーチからいくつかボールを取り出す。チョウジのアジトの時と同じだ、ポケモンたちの力を借りて無理やりにでも脱出してしまおう。脱出するだけならば少々暴れても大丈夫、とにかく捕まらずに遠くまで逃げ切ってしまえばいい。今回は連れが2人もいるけれど、何とかなる、はず。
つい先ほどまで縛られていて身体が動かしづらいだろうと男性の手を引くと、少しの抵抗があった。立ち止まって後ろを振り向く。
「逃げるなら、こっちの方がいい」
「え?」
男性は高く積み上げられた段ボール――の後ろ、隠されるようにそこにあったもうひとつの通路を指し示していた。
「でもそっち、もっと奥の方に行っちゃうんじゃ……」
来た道はしっかりと覚えている、だからあたしが間違えているわけではない。そもそもこんな通路、今の今まで全く気が付かなかった。そんなあたしに男性は少し笑って、ばちこんと星でも舞いそうなウインクを決めて言った。
「コガネに住んで長いからね、地下通路もその昔ただの不良の溜まり場だったころから知ってるんだ」
だから早く。……迷っている時間はなかった。ついでに言うとツッコミを入れる時間もなかった。つい視線を逸らすと、先程の男性の行動が見えていなかったらしいシルバーがあたふたとこちらと通路の方を交互に見ているのが目に入った。本当にそこまでロケット団が迫っているらしい、あたしは急いでシルバーを手招きしてこのお茶目な男性の言うとおりに進むことにした。

―――――…………

「それにしてもこれ、どこへ向かってるんですか? ロケット団の姿も見えないですけど」
段ボール箱の山に隠されていた通路の先は、さらなる通路。ただ人影がどこにも見当たらない。一応辺りを警戒しながら男性の後へと続く。
「ロケット団についてはわからないなあ……ただここについてのことならある程度わかるよ!」
「はあ……」
言っている内容とは裏腹に、何とも信用し辛い。この人結構年取ってるはずなのに、何だこのゆるゆる具合は。どこかの社長さんと言ってもいいような身なりをしているからギャップが物凄い。道に迷っている様子はないから本当にこの倉庫については詳しいらしい、けれど。
「それに、元々この倉庫が繋がってたのは地下通路じゃなくて…………」
――言いかけたところで、目の前に人が現れた。何か声を上げる間もなく、目の前の少女はあたしたちを指差し言い放った。
「――ロケット団!! 覚悟しいや!!」

「――――アカネちゃん!? えっ、なんでここに!?」
一呼吸遅れて、何とか驚きを口にすることができた。そう、目の前であたしたち――いや、あたしを指差してそう言い放ったのは間違いなくアカネちゃん。かつてバトルをした、コガネシティのジムリーダーだった。あたしたちをここまで案内した男性もあたしの横で立ち止まっているシルバーのことも目に入らないようで、アカネちゃんはただあたしを睨みつけている。
「うちの名前は知っとるみたいやな。せやけど馴れ馴れしいのは気に喰わん、大人しゅううちらの餌食になりや!!」
「あああ! 待て待て待て!!」
悪い笑みを浮かべてモンスターボールを取り出したのが見えたところで、あたしは慌ててハンチング帽を剥ぎ取りアカネちゃんに近付いた。ああもう、この格好のせいなのはわかってるけど、最近こんなのばっか!!
「あたし! リン! ジム戦の後に一緒にランチしたリンです!! えーと、ほら!!」
顔の半分を覆う前髪を片手で上げ、いつもヘアピンが刺さっている場所で固定する。視界が明るい、これでいつものあたしの顔だ。そこでようやく、アカネちゃんの目が大きく見開かれた。
「……ええ!? リンちゃん!?」
「そう! 久しぶり!」
よかった、覚えてくれてた! 再会にあたしたちは喜んでいた――けれど、アカネちゃんが嬉しそうな顔をしたのは一瞬だけで、すぐに不安げなものに変わる。
「リンちゃん、まさかやけど、ロケット団やったん……?」
「違う違う……ああいや、確かに今はロケット団の格好してるけど、これには深い深ーいわけがあって……!」
ああー、全く説明が難しい! どこから話せばいいんだ! 言葉に詰まっていると、軽く肩が叩かれる。
「アカネちゃん、大丈夫だ。この人たちは私がロケット団に捕まっていたのを今しがた助けてくれたところなんだよ」
あたしとアカネちゃんの間に入るように躍り出たのは、あの男性。にこにこと温かな笑みを湛える様子に、アカネちゃんがまたその目を丸くさせた。
「あれっ、局長さん!? 何でここに!?」
「局長さん?」
この2人は知り合いだったらしい。聞こえてきたこの男性の呼び名をそのまま聞き返せば、アカネちゃんは戸惑いながらも男性を指差した。
「そ、そうや? この人、ラジオ塔の局長さんやねん」
「ええっ!?」
なんだそれ、初耳だぞ!? 男性――もとい、ラジオ塔の局長を見れば、きょとんとした顔と目が合った。あれ、言ってなかったっけ。そう言いたげな表情だ。……そろそろこの人にちゃんとツッコミ入れるべきな気がしてきた。それも激しめのやつ。
「うーん……なんやわからへんけど、わかったわ。つまり、リンちゃんはうちらの味方なんやな?」
腕を組んでひとり頷き、アカネちゃんがまっすぐ視線を投げて来る。それを受けてあたしは急いで首を縦に振った。
「そう、そういうこと!」
「やったらええわ! はあー、安心したー!」
笑顔で胸を撫でおろすアカネちゃんを見て、あたしもほっと一息つく。とにかく誤解を解くことができてなによりだ。
「局長さん助けたってことは、今逃げてるとこやんな? せやったら、一緒に行こ! いつまでもこんなとこおったらまたロケット団に捕まるで!」
「うん……ってアカネちゃん、どこ向かうつもり?」
「どこ、って……そんなんコガネ百貨店に決まっとるやろ?」
「コガネ百貨店……?」
コガネ百貨店。もちろんあたしも行ったことのある、ジョウトでいちばんの商業施設。……いやいや、ジムリーダーがいるのになんでそんなところに。普通コガネジムとか、ポケモンセンターとか……ああ、ポケモンセンターはもうダメなんだっけ。
考えが顔に出ていたのか、アカネちゃんがあたしを見て首を傾げた。
「えーと……もしかしてリンちゃん、知らんかった? ここ、丁度百貨店の真下やで?」
「――えっ?」
――――なんだって? コガネ百貨店の真下??
「……ふふっ、まあ、歩きながらちょっと説明しよか」
固まってしまったあたしを見たアカネちゃんは、今度はこらえきれなかった笑みをいくつか零していた。

―――――…………

つまりは、こうだ。
ラジオ放送からロケット団による声明が流れたとき、アカネちゃんはコガネ百貨店の中にいた。丁度お昼時でジム戦も休憩時間だったらしい。放送を聞いてすぐさまラジオ塔へ向かおうとすると、そこへロケット団がやって来た。他の施設と同じように占拠するつもりだったのだろう。そこでアカネちゃんはコガネシティのジムリーダーとして、町を守るため、コガネ百貨店の中にいる人やポケモンの不安を取り除くため、たったひとりで大勢のロケット団を相手したのだ。しばらくしてロケット団退治を終え、今度はラジオ塔へと向かうためにこの地下倉庫から地下通路へと行く途中にあたしたちと遭遇した、ということだ。ちなみにこの地下倉庫は元々コガネ百貨店のもので、偶然地下通路の近くにあるもんだからついでにつなげてしまったらしい。この存在を知っているのはコガネ百貨店の一部従業員とコガネシティの一部お偉いさん、当然ラジオ塔の局長やジムリーダーも知っている。けれど現在はほとんど使われておらず、だからこそロケット団に乗っ取られてもすぐに気付けなかったわけだ。
その話にうんうんと相槌だけ打ちながらアカネちゃんの後を付いて行く。丁度話が終わるのと同時に目の前に扉が現れた。よくあるステンレスのドアノブの付いた、本当によくあるドア。いよいよこの先がコガネ百貨店に繋がっているということだろう。立ち止まったアカネちゃんはひと段落付いたとばかりに大きく伸びをした。漏れ出た声には僅かに疲労が滲んでいて、たったひとりでのコガネ百貨店防衛がどれほどの労力を要するものだったのかが窺える。
「いやー、さすがのうちでもひとりでぎょうさん相手にするんはきつかった! せやから、警察来てくれたときはほんまに助かったわ!」
「……警察!?」
何の前触れもなく放り込まれたその言葉をそのまま突き返す。けれどアカネちゃんはそれを相槌の代わりと受け取ったのか、特に気に留めることもなく続けた。
「あっちゅう間にロケット団蹴散らしてしもたからなあ、数が多いとちゃうわ!」
あっはっは、と笑うアカネちゃんに対し、あたしはさぞ引き攣った笑みを浮かべていたことだろう。……なんてこった、警察仕事してるよ! まずい、いやまずくはないんだけどまずいぞこれは。そろそろ冷や汗でもかきそうなあたしに、アカネちゃんはまだ気付かない。
「ちゅーわけで今ここにおるわけやけど、まずは局長さん百貨店まで届けるんが先やな。警察も居るし今はあそこが安全やろ。ほんなら早よ行こ、もうあと階段上るだけ……」
「待って!」
「……どないしたん?」
このままコガネ百貨店まで連れて行かれそうになって、慌てて止める。ダメだ、今あそこに行って警察と鉢合わせるわけにはいかない。必死に考えを巡らせながら、慎重に言葉を選んだ。
「ごめん、アカネちゃん。あたしたち、行かなきゃなんないから」
「あたしたち……そこの君も?」
そこで初めて、アカネちゃんがシルバーについて言及した。シルバーもコガネジムに挑戦しているはずだけれど、さすがにこの格好では思い出さないか。振り向くと後ろのシルバーが身動ぎした。近寄ってその肩に手を置き、少し力を入れて抑え込む。
「こいつ、連れてくとこがあるから」
な、とシルバーに笑いかけると、黙ったままぎこちなく頷く。あたしはさらに続けた。
「あと、局長さんはアカネちゃんが助けたことにしてほしい。あたしたちがここにいたことは、できれば内緒で……」
……今のあたしたちが警察と鉢合わせることは、あってはならないことだ。シルバーはそもそもポケモン泥棒として警察に追われているはずだし、あたしの方もいろいろ事情がある。理由はともあれ一時はロケット団に属していたわけで、それがなくとも今回の事件の関係者として取り調べを受けることとなるだろう。そこでボロが出たら。あたしがこの世界の人間ではないとばれてしまったら。――それだけは絶対に避けたい。
改めてアカネちゃんと向き直る。腕を組んで暫し口を閉じていた彼女は、やがてにやりと笑みを浮かべていた。
「……なんやうちらに言えへん理由があるんやな。ええよ、わかった。局長のことは任しとき、秘密もちゃんと守る」
せやから安心しいや! そう言ってドンと胸を張るアカネちゃんは大層頼もしく見えた。何ならこの薄暗い地下の中で後光まで差しているように見える。
「ありがとう……!」
思わず両手を合わせて拝むように頭を下げてしまった。理由も聞かずにこんな頼みを聞くなんて普通ならありえない、それでもアカネちゃんは聞いてくれた。だからこそ本当のことが言えずに申し訳なく思ってしまう。本当にごめん、そして……ありがとう。
「ほなもう行くわ。気い付けるんやで!」
顔を上げるとアカネちゃんは既に局長と一緒にドアの向こう側に立っていた。その奥に見える階段に向かいながら手を振るアカネちゃんにあたしも手を振り返す。局長もそのあとに続き、けれどすぐにこちらを振り返った。閉じかけていたドアに手がかけられ、局長はあたしとシルバーとを交互に見ながら口を開いた。
「――リンさん! そしてそこの君も……ありがとう。この恩は忘れない、絶対だ!」
その言葉に何か返す前に、扉は閉じられてしまった。コツコツと階段を上る足音だけがドア越しに聞こえてくる。あたしとシルバーはどちらからともなく顔を見合わせ、この何とも言えない空気感にあたしだけ小さく噴き出した。
「よーし! とりあえず警察にしょっ引かれるのは回避できたな!」
誤魔化すようにわざと明るく言い放ち、くるりと身を翻しドアを背に立つ。それに倣ってかシルバーも体を反転させ、溜息を吐いた。
「……で、どうするんだよ。簡単には抜け出せそうにないぞ?」
「お、そっちも気付いてた?」
お互い目線はまっすぐ向けたまま、意識を集中させる。今聞こえるのは背後の2つの足音のほかに、前方からいくつか。バタバタと落ち着きのないそれは、奴らが走ってこちらへと向かっている証拠。局長の代わりに縛っておいたあの下っ端のことがばれたか、それとも――とにかく、時間はあまりない。ひとまず帽子を深く被り直した。
「ま、あとは脱出するだけだし……ここは素直に強行突破と行きますか!」
数歩前に進み、軽くストレッチを始める。それからいくつかのモンスターボールを手に持ち、シルバーを振り返る。彼の手にあるのもモンスターボール、考えることは同じだ。さらにその口元には笑みのようなものが浮かべられているような気がして、あたしは少しだけほくそ笑む。満面の笑みとは言えないけれど、まずまずだ。
「とにかくあたしが前でぶっ飛ばすから、何が何でも付いて来いよ!」
「わかってる!」
足音はさらに近付いてきている。けど大丈夫、あたしたち、逃げるのには慣れてるんだ。頭の中に逃走経路を思い描きながら、モンスターボールのボタンを押した。

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