45話 欲しかった言葉

しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
 
ログインするとお気に入り登録や積読登録ができます
読了時間目安:29分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「ただの風邪ね」
「か......ぜ...?」

ハクナの診断結果をトロンとした目でボンヤリと復唱するヒビキ。
今、ハルキ達はレベルグ救助隊ギルドの医務室にいる。
お墓参りに行った帰りに、突然倒れたヒビキを背負い、慌ててレベルグに戻り、現在に至るというわけだ。

「ここの所、色々とバタバタした日が続いていたし、その疲れが一気に出たんでしょうね」
「つかれ..です...?」
「ええ。 それに、あなたの場合は里の外に出てきてまだひと月も経っていないし、知らず知らずのうちに疲れをため込んでしまったのかもしれないわね」

周囲の環境変化で疲労を蓄積し、急に体調を崩すことは、人間でも起きていたことだし、ハクナの言う通り、疲れから風邪になった可能性は十分に高いだろう。
ましてや、ヒビキはまだ子供(僕とアイトも外見上は子供らしいが)ということもあり、蓄積できる疲労の限界値も少ない。
体調を崩すのも無理はないだろう。

「とにかく2、3日はゆっくり安静にしていることね」
「そ、そんなに...ですか!?」
「あら? 医者の私が言うことを信じられないのかしら?」
「....そ、そういうわけではないですが..」

ヒビキは熱による影響か、いつもよりも瞳を潤ませながらハルキ達の方を不安そうな表情で見てくる。
きっと、自分が休むことで僕達に迷惑がかかってしまうと心配しているのだろう。
ハルキが何か言おうとする前に、アイトがヒビキの所まで歩いていくと、ヒビキのおでこにデコピンをした。

「ばーか。 なに俺たちに気を使ってるんだよ。 病人....いや病ポケモンは大人しく寝てればいいんだよ」
「で、でも....きゅうじょのしごとは、どうするんです?」
「そのことなら、俺が団長として融通を効かせてやるから心配するな」

カリムが心配させないように笑って答えたが、それでもヒビキはどこか不安げな表情を浮かべたままだった。

「で、でも....」
「ああああ、でもでもうるさい! 風邪引いてる奴はゆっくり寝て治す! それが仕事なんだ! だから、お前が遠慮したり、気を使ったりすることなんて全然ない! わかった?」
「は、はい....です」

アイトがものすごい勢いで捲し立てたことで、その勢いに呑まれてヒビキはしぶしぶ納得した。 こうして、ヒビキは風邪を治すために3日ほど休むことが決まった。

「風邪といって侮っていると、重症化することもあるから、誰か1匹、部屋で看病をするポケモンを残すこと。 いいわね?」
「わかりました」
「何かあったらすぐに医務室に連れてくるのよ?」
「わかったよ~」
「あとそれから水分もしっかり取らせてね」
「わかりました! わかりましたから、はやく他のポケモンの診察に戻ってください」
「アイトの言うとおりです。 ここからは、僕らで何とかするので」
「そ、そう? じゃあ、私は戻るけど、少しでも変わったことがあったらすぐに来てね」
「は~い」

シャドー騒動によって、元々医務室のベッドは満室になっており、ハルキ達は寮の部屋でヒビキを看病すると提案し、ハクナがここまでヒビキを抱っこして連れてきてくれたのだ。
そこから、ヒビキの部屋である4号室の鍵を開けて、中にある備え付けの藁の上にヒビキを寝かしつけた。
ハクナは帰りがけに、ヒビキの看病について細かく説明をしてくれた。
心配してくれるのはとてもありがたいが、それで他のポケモンへの診察がおざなりになるのは問題なので、後ろ髪を引かれるような表情をしていたハクナには申し訳ないが、さっさと戻ってもらった。

「さてと、じゃあどうするか」
「とりあえず今夜は誰がヒビキの部屋に泊まって看病するかだよねー」
「う~ん。 とりあえずは交代制にしよう」

話し合った結果、ハルキ、ヒカリ、アイトの順に看病することになった。
ハルキ達は夕食をリンゴで簡単にすませ、ヒカリとアイトは一旦それぞれの部屋に戻ると、夜中に看病をするため、仮眠をとった。

――――――――――――――――――――

窓から差し込む太陽の光の眩しさにヒビキは目を覚ました。
一晩ゆっくり寝たから体調は元通り!
..........とは、いかないようで相変わらず頭はボーっとするし、なんだか鉛がついたかのように体が重く感じる。

「おっ! ヒビキ、起きたか。 どうだ体調は?」
「アイト....くん? なんでここに?」
「ああ。 あの後、みんなで交代しながらヒビキを看病するって話になってな。 今は、俺がその役目ってわけだ」

ヒビキの意識はハクナに運ばれている辺りで既に途絶えていたため、今のアイトの話と周囲の光景から寮の部屋で看病してもらっているのだと理解した。

「あっ、ちょっとごめんなー。 どれどれ」
「えっ! なななななっ...!! 」

アイトはヒビキの額に乗せてあった濡れタオルをどかして、ヒビキの額と自分の額に手を当てて、熱がないかを確認しているようだ。
ヒビキはそのアイトの行動にビックリし、顔を真っ赤にしながら口をパクパクさせていたが、アイトはそんなことには当然気づかない。

「うーん。 やっぱり一晩で下がるもんでもねぇか。 ちょっと待ってろ。 今、タオルを冷たいのに取り替えてやるからなー」

アイトはヒビキを優しく藁の上に寝かしつけると、氷水が入った小さな桶にタオルを入れ、タオルが吸収した余分な水分を搾り取るとヒビキの額の上に乗せた。
熱がこもった今のヒビキにとって濡れタオルの冷たさは適温で、とても気持ちがよかった。

「どうだヒビキ?」
「きもちいいです~」
「そいつはよかった。 あっ、そうだ。 さっきヒカリとハルキがオレンの実を少し混ぜたすりリンゴを持ってきてくれたんだが、食べれるか?」

アイトが差し出してきたすりリンゴはオレンの実が混ざっていることもあり、少し青みがかかっていたが、とてもおいしそうだった。

(しょうじき...しょくよくはあまりないです。 だけど、これならたべれそうです)

「なんとかたべれそうです」
「そっか。 それなら、ほら口開けろ」
「っ!!??」

ヒビキはすりリンゴの入った容器とスプーンを受け取って、自分で食べるのかと思っていたのだが、アイトはスプーンですりリンゴを掬うと、そのスプーンを直接ヒビキの口まで運び食べさせてあげようとしていた。

「ん? なんだかさっきよりも顔が赤い気がするな。 起き上がったことで熱が少し上がったか? 無理して食べても仕方ないし、今は止めておくか?」

アイトがそう言って、スプーンを引っ込めようとしたのを見た瞬間、ヒビキは無意識にそのスプーンに食いついた。
口の中にリンゴの甘味とオレンのみ独特の色んな味が絶妙に噛み合い、とても甘くておいしいすりリンゴの味が染み渡った。

「お、おい。 無理して食べなくてもいいんだぞ?」
「だいじょうぶ...です! それに、きのうからなにもたべていないので、おなかすいてるんです!」
「そ、そうか。 それならいいけど」

アイトはいつも以上に前のめりに、食いついてくるヒビキに少し困惑していたが、熱の影響でテンションが少し高くなっていると解釈し、そのままトロンとした目のヒビキの口にすりリンゴを食べさせていった。

「ごちそうさまでーす」

ヒビキが満足げな表情で完食を伝える言葉を発したのを合図に、アイトがコップになみなみと注がれた水を差し出した。

「一応、単体で水分もとっといた方がいいぞ」
「ありがとう...です」
「あと、熱だして寝ていると汗もかくから、一度体を拭いた方がいいかもな」

ヒビキは水を一気に飲み干し、アイトの発言を聞いて、慌てて自分の体を確認すると、所々汗で湿っていることに今更ながら気づいた。

(ま、まさか! 汗を拭くのもアイトくんがするのでしょうか? でも、アイトくんはおとこのこですし、それってつまり......ですうううう!)

両手をほっぺたにあてながら、そんなことを考えていたら、自分の顔が熱さで沸騰しているんじゃないかと思うくらいに熱くなったような気がしてきたヒビキ。
これが漫画だったら、まさしく頭から湯気が出るような描写がされている事だろう。

「アイトー、ヒビキ起きたぁ~?」
「おお、ヒカリ! ちょうどいいところに来た。 実は今からヒビキの汗を拭こうと思っていたところでな....」

ヒビキが顔を赤くしているタイミングでヒカリが部屋の扉を開けて入ってきた。
ヒビキは慌てて、顔が赤くなっていることを悟られないようそっぽを向く。
そんなヒビキをヒカリはチラ見しつつ、アイトの話を聞いた。

「....というわけなんだ。 さすがに放っておくと体が冷える可能性もあるから拭いた方がいいんだが、こういのは、いくら風邪をひいているからって異性がやっていいもんじゃないだろ?」
「なるほどねー。 わかった。 まかせて! じゃあ、予定通り日中は私に任せて、アイトはハルキと一緒に依頼の方をよろしくねー」
「サンキュー、ヒカリ! じゃあヒビキ、また後でな!」

アイトはヒビキに手を振ると、先ほどヒビキが食べ終わったすりリンゴの入っていた容器を片手に持ち、部屋から出ていった。

「よし! じゃあ、さっさっとおわらせちゃおうか!」
「す、すみません...」
「気にしなぁい! 気にしなぁい!」

申し訳なさそうなヒビキにヒカリは笑って答えた。
それからヒカリは、濡れたタオルで簡単にヒビキの全身を拭いてあげると、最後に乾いたタオルでヒビキの体毛に絡み付いた水分を拭き取ってあげた。

「はい! おしまい!」
「あ、ありがとうございます...」

ヒビキはふらつきながらもヒカリに頭を下げてお礼を言う。

「わわっ! 風邪引いているんだから、そんなことしなくていいよ! ほら、横になって」

ヒカリは慌てて、今にもそのまま倒れてしまいそうなヒビキを両手で支えると、そのまま藁の上にそっと寝かせ、オデコに冷えたタオルを置いてあげる。

「ハァ...ハァ...ご、ごめんなさいです。 わたしのせいで....みんなにめいわくかけていて...」
「誰も迷惑なんて思ってないよー。 最近、あんなことがあったんだもん。 そりゃあ疲れもたまるし、体調崩してもおかしくないよ」
「でも....」
「でも、は禁止。 アイトも言ってたでしょ? 余計なことは考えないで、今はゆっくり休んでいてよ! 救助の仕事とかなんて気にしないでさー」
「......はい」

ヒカリは努めて明るく振る舞ったが、ヒビキの表情は晴れなかった。
みんなに迷惑をかけないぐらいに強くなりたい。
ヒビキはそう思いながらも、今はヒカリの言う通り、変な事は考えずに目を閉じて眠ることにした。

「おやすみー、ヒビキ。 大丈夫! ヒビキはまだまだ強くなれるよ」

(ありがとう..ヒカリ...ちゃ....ん)

ヒカリの「強くなれる」という言葉に安心した、ヒビキの意識は再び夢の中に沈んでいった。

「......寝ちゃったか。 フフッ、ほんと君は彼と似ているよ。 考えすぎて寝込むところなんて本当にそっくりだ。...君はまだ強くなれる。 ぼくが保証するよ」

どこか懐かしげな表情と共にヒカリは呟いた。

――――――――――――――――――――

「.....んん」

次にヒビキが目を覚ましたのは日が傾き、辺りがオレンジ色に染まった夕暮れ時だった。

「あっ、起きたんだね。 具合はどう?」
「....ハルキくん」

窓際に座っていたハルキはパタンと本を閉じると、ゆっくりヒビキの元に近づいてきた。
きっと窓から差し込む、わずかな夕日の光で読書をしながら、寝ているヒビキを見守っていたのだろう。

「具合はどう?」
「あさよりはマシですが、まだすこしボーっとするです」
「そっか。 朝と同じだけど食べられそう?」

ハルキはすりリンゴの入った容器を差し出しながらヒビキに問いかける。

「大丈夫です。 ありがとうです!」

ヒビキは今できる精一杯の笑顔を浮かべながら、ハルキからすりリンゴを受けとる。
返事だけだと、また朝のような事になりかねない。
いくら、まだ子供だと言ってもヒビキの年齢は11歳。
さすがに今朝の行いが恥ずかしいと思うぐらいの羞恥心は持ち合わせている年頃だった。
ヒビキが食べ始めたのを確認すると、ヒビキに渡した容器よりも少し大きめの容器に入ったすりリンゴをハルキも一緒に食べ始めた。

「これ、ハルキくんとヒカリちゃんがつくったんですよね? とってもおいしいです! ありがとうです」
「どういたしまして。 確かに今朝のすりリンゴは、僕とヒカリで作ったんだけど、今、食べている分はアイトが一人で作ったんだよ」
「え? そうなんです?」
「「俺にも作れる」 って聞かなくてね。 あいつは、最低限の料理はできるけど料理が得意ってわけじゃなくてね。 この通り結構な失敗をして、それを僕が処理しているってわけなんだよね。 ハハハ…」

ハルキは苦笑いしながら自分が食べている分のすりリンゴに視線を落とす。
ヒビキもその視線を追って、ハルキのすりリンゴに目を向け、自分が食べている分とハルキのを見比べる。
どちらも、食べやすいようにすりおろしてあるものの、まず色が全然違った。

「僕とヒカリは味が喧嘩しないよう、体力をつけるためのオレンのみをリンゴに少し混ぜるだけのレシピにしたんだけど、アイトは色んな成分があった方がいいと思ったんだろうね。 キーのみやチーゴのみ、ヒメリのみやモモンのみを使っていたよ。 アイトの気持ちはわからなくもないけど、病人にこのカラフルな味はちょっと厳しいという事で僕が食べる事にしたんだ」

つまり、ハルキが食べているのは、アイトがすりリンゴを作る過程で、できた失敗作というわけだ。 ハルキの説明を聞いてヒビキは納得した。

「あの…それ、わたしにもすこしたべさせてもらえないです?」
「え? 構わないけど....無理に食べなくてもいいよ?」
「だいじょうぶです! それにしっぱいさくだとしても、アイトくんがきもちをこめてつくってくれたんですよね? なら、わたしがたべないと、もったいないです!」

ヒビキは無意識のうちに、先程よりも自然に微笑みを浮かべられていた。
その事に気がついたハルキは、観念したように口元を緩め、無言で自分が持っていた容器をヒビキに手渡した。
ヒビキは容器を受けとると、スプーンでカラフルなすりリンゴを掬い上げ、一気に口のなかに入れる。
口の中には甘かったり、苦かったり、しぶかったり、酸っぱかったりと様々な味がぶつかり合いながら広がっていく。
でも、ごちゃごちゃした味でも、最後には不思議と何か暖かいものが残った。
ヒビキはさらにもう一口食べる。
またぶつかり合う味。
そして、最後に残る味とは違う何か暖かいもの。
これは一体なんだろう........

「食べられないってほどじゃないけど、おかしな味でしょ?」
「はい。 でも、なにかさっきたべていたほうとはちがうきがします」
「違う?」
「はい....」

ヒビキは最初にハルキが渡してきた方の容器をみる。
味の整い具合なら断然、あちらの方がいい。
だけど、あのすりリンゴには食べた後に暖かいものを感じることはなかった。

「こっちのほうが、なんだかあたたかいきもちになるんです。どうしてそうかんじるのか、わからないですが....」
「あー、たぶんそれはアイトの気持ちの問題だね」
「アイトくんの...きもち、です?」
「うん。 料理にだけ言えることじゃないけど、純粋に誰かを強く思ってする事は時として不思議な結果をもたらすんだ。 それは科学的に根拠なんてないけど、僕はそういう『意思の力』のようなものが、この世界にはあると思っているんだ」
「おもうきもち、ですか....」
「そう。 今、食べているすりリンゴは、たぶんアイトがヒビキの事を必死に思いながら作ったんだと思う。 でも、最初にヒビキに渡した方は、味がおかしくなったからアイトがヒカリと僕からレシピを聞いて、それをそのまま作っただけなんだ。 もちろん、そっちにも思いはこもっていると思うけど、「味が変にならないように。 レシピ通りに作らないと」 って余計な気持ちも混ざっていたのかもしれないね」

ハルキの言葉を聞いて、ヒビキはなぜかまた顔がすこし火照ってきたように感じた。 だけど、同時にとっても嬉しくて、気付いた時には笑っていた。

「今日の夜はアイトが看病にくるから、お礼を言ってあげて。 きっと喜ぶと思うから」
「はい! かならずつたえるです!」

こうして、暖かい気持ちを胸にヒビキはもう一眠りすることにした。
はやく治して、みんなに元気な姿を見せられるようにと。

――――――――――――――――――――

ふと夜中に目が覚めると、ハルキが夕方話した通り、アイトが部屋の隅で壁を背に腕を組ながらうつら、うつらしていた。

「あ、アイト....くん?」
「..ぁあ! わりぃ、ちょっと寝ちゃってた」
「きにしなくていいです。 アイトくんのつくったすりリンゴとってもおいしかったですよ」
「ホントか! それはよかった。 味が変になっちまったから心配してたんだよー」

アイトは心底嬉しそうに笑って見せた。
しかし、ヒビキにはそれよりも気になることがある。

「あの....なんでそんなにはなれているです?」

アイトのいる位置はヒビキが寝ている場所とは反対方向の壁付近だった。

「あ、いや。 気づくの遅いかもしれないけど、俺ってほのおタイプだからさ。 あんまり近くにいると下がる熱も下がらないんじゃないかなーと思ってだな..」
「そんなことないです!」

ヒビキは掠れた声で叫んだ。
アイトが自分のためにしてくれた行為なのはわかっている。
ほのおタイプだから、基礎体温が高くて逆効果になるんじゃないかって事を心配したという理由もわかる。
客観的に見て、その対応が間違っていないのもわかっている。
でも....でも!

「アイトくんがそばにいてくれるとわたしはあんしんします。 だからそばにいてください! おねがいしますッ...」
「...わかった」

赤い顔をしながら、そんな表情で頼まれたらアイトも断ることはできなかった。
静かにヒビキの寝ている隣に腰かけると、ヒビキがアイトの右手を両手でぎゅっと握ってきた。

「....ぃ。 ごめんなさい」
「えっ...?」

アイトはヒビキの方を見ると、ヒビキはアイトの右手を両手で握るとそこに顔を埋めていた。
時折、右手に少し濡れた感触を感じながらもアイトはその手を無理に振りほどこうとはしなかった。

「わたし...わたしが......なにもできないから....みんなに..めいわくを....」
「誰も迷惑にだなんて思ってねぇよ」
「みんなそういってくれるんです....でも、もしかしたら、わたしが...そう.....いわせてるんじゃないかって....おもって」
「そんなことないって」
「わかって..いるんです。 わかっているです。 ......でも、みんなやさしいから....そうなんじゃないかって......そうかんがえたら、わたしは....あしでまといなんじゃないかって...」

顔は伏せていてどんな表情をしているかわからないが、肩を震わせ、涙でぬれたような声色で話されたら、表情なんて見えていなくてもわかる。

「そんなことを....かんがえる......わたしが......いやで、いやで....でも、そのかんがえはきえてくれなくて....」

風邪を引くと体が弱って、心も弱くなると聞いたことがある。
ここは下手に否定しないで、吐き出すものは吐き出させてやろう。
そう判断したアイトは右手を上げ、ヒビキの顔を無理やり持ち上げた。
ヒビキの顔は、突然の事に驚いた表情をしていたが、目元は赤く腫れ、口元はくしゃくしゃに歪んでいた。
アイトはすかさずヒビキを両手で抱き締めてあげる。

「え? あ、アイト......くん?」
「いいからそのままじっとしていろ」

困惑するヒビキに構わず、アイトはヒビキを抱き締めながら、優しく頭を撫でてあげた。
自分が幼い頃、母にやってもらった時と同じように。
ヒビキも最初は困惑していたが、アイトに優しく頭を撫でられる度に、だんだん溜めていたものが込み上げて、ついには声をあげて泣いてしまった。

「わぁ...わたしは......よわいです。 だから....こんかいも......みんなきずついた........ですっ」
「うん」
「みんなと......さとをでれば......なにか....かわるって......おもって、いました....でも! ......なんにもかわらなかったです…」
「ああ。 今はそうかもしれないな」
「こんかいの....そうどうで......わたしのために....アイトくんがけがをして......でも、わたしはなにもできなくて......けっきょく、ハルキくんとヒカリちゃん......まじかるずのラプラさんたちに、どうにかしてもらいました......」
「そうだな」
「きゅうじょたいにはいってから......わたし、ずっとかんがえていたんです....どうすれば、みんなのやくにたつのかを。 ......でも、こんかいのシャドーさんのいっけんで......どうすればいいのかさらにわからなくなって........よるもねないでずっとかんがえて....それでもっ!........わからなくて...」
「...ヒビキ」

思えばシャドーと戦った時も、ヒビキは泣いていた。
あまりにも自分は無力だと。
目の前で自分以外が傷ついているのに自分には何もできないんだと。
そう言いながらずっと泣いていた。
いくら周囲が気にするなと言っても、悩んでいる時に、自分が無力だと思い知る事が立て続けに起きれば、悩まずにはいられない。
それに、ヒビキはアイトやハルキのように精神は大人ではない。
まだ子供なのだ。
アイトやハルキは今までの経験から、答えに辿り着くためのヒントや考える選択肢がある。
だが、ヒビキにはまだそういったものが足りない。
その結果、抱え込んで、考えて、悩んで、それでも自分には何ができるかわからなくて。
そんな堂々巡りの思考を中断することすらできないほど追い込まれていた。
そこに肉体的疲労も重なり、風邪を引いてしまったのだろう。

「アイト...くんっ! ......わたしは、どうすればいいんです? ........わたしには、もう....わからない.....わからないです......うっ.....うっ...」

部屋にはヒビキの咽び泣く音だけが響く。

(こんな時、ハルキならなんて声をかけるだろうか。 素直に「そんなことない」と励ますのが正解なのか、それとも違う励まし方をするのだろうか)

どうにか言葉を紡ごうと考えるアイトの視界にふと1冊の本が映った。
それはヒビキが魔法を見せてもらった日にみんなに渡した日記。
ヒビキが寝ているときに勝手に少しだけ読んでしまった。
もちろん無断で読むことへの罪悪感はあったが、部屋でやることなく暇を持て余していたアイトには我慢はできなかった。
日記の内容はアイトの正体を疑いつつも、なにも聞かずに話してくれるのを待っているみたいな事が書いてあった。

(そうだ。風邪を引いている中、あいつが必死に自分の言葉で話したんだ。 なら俺も誰かの言葉じゃなく、拙くてもいい。 自分の言葉で、話さないとな)

アイトはそう決心すると、ヒビキの頭を優しく撫でながら静かに話始めた。

「ヒビキ。 お前が俺やみんなの事をすっごく大事にしているって、よくわかったよ。 ありがとな」
「そ...そんな、おれいをいってもらえるしかくなんて......わたしにはっ..!!」
「ヒビキ。 お前はすごいよ。 まだ子供だっていうのに、親の制止を振り切って外の世界に出たんだ。 立派だよ。 もし、外に出たことで後悔する時が来ても、それは外に出たからこそ知れたことで、悔やむ必要はないんだ」
「......うっ...うっ..」

泣きながらもアイトの言葉に耳を傾けるヒビキ。

「なあ、ヒビキ。 俺達はまだまだ未熟で、迷って、悩んでばかりかもしれない。 でも、それは誰かの役に立ちたいって思っているからこそ、悩むんだ。 そもそも悩み事なんてものは、誰かを助けたいと思いから出てくるものなんだから」

そう。 たとえ助ける相手がいなくて、自分自身の悩み事だったとしても、それは結果的に自分を助けるために悩んでいるという事だ。

「この世界に悩んでいない奴なんていないよ。 みんな、心のどこかで後悔や不安と一緒に悩みを抱えている。 だからさ、お前が悩むことは悪いことじゃなくて、むしろ、誇るべき事だと思うんだ」
「...グスッ..ほこる....べき......ことぉ?」
「ああ。 だって、悩むってことはその事に納得できてないから、何とかしようと足掻いているってことだろ? 前に進もうとしている事の何が悪いんだ?」

無茶苦茶な言い分ではあるが、考え方次第で悩むことは前に進もうとしている証拠にもなる。

「ヒビキ。 お前は弱いから....ってよく言っているよな。 でも、それは自分で思っているだけで、案外回りはそう思っていないかもしれないぞ。 それに、ヒビキにはすごい所、あるじゃないか」
「え? ........ううん。 うそです! ....きっとみんなあしでまといだっておもっているです! ....アイトくんだって......やさしいから....そういってくれているだけです!」

ヒビキは抱かれた体勢のまま首を左右に振り、アイトの言葉を否定する。

「そうか。 じゃあ、俺が思うヒビキのすごいとこをこれから言っていくな」
「そんなの...ないです....」
「1つ、いつも笑っているとこ。 2つ、何かすると必ずありがとうと言ってくれるとこ。 3つ、相手に対して素直にすごいと言ってあげられるとこ。 4つ、『伝説のイーブイ』になるっていう夢があるとこ。 5つ、いつも丁寧語で控えめなとこ。 どうだ? もう5つもヒビキのすごいとこあるぞ?」
「......アイトくんのいっていることは、すべてあたりまえのことです」
「6つ、ここまで上げた内容を当たり前だと思っているとこ」
「なっ!?」
「7つ、ちゃんと俺の話を聞いてくれているとこ」
「だから、それはあたりまえのことです!!」

ヒビキは突き放すようにアイトに叫んだ。だけど、アイトは話続ける。

「ヒビキ。 お前が当たり前だって思っていることは、みんなにとっては当たり前じゃない時だってあるんだ。 例えば俺は、お前のように相手に対してすごいなんて言えないぞ? 称賛を声に出して相手に伝えるって事はわりと難しいんだ。 それを当たり前だと思ってやっているヒビキは俺からしたら、十分すごいんだぜ」
「そ、そんなこと...いわれたの....はじめてです」

ヒビキの声から涙が消えて、少し照れたような声になった。

「ヒビキ。 確かにシャドーの騒動で色んなポケモンが怪我をした。 そこでシャドーとの強さの差に打ちのめされるのもよく分かる。 だけどな、弱いって事を1人で抱え込むな。 誰かに話してみれば、もしかしたらその重荷を訳あってくれる奴もいるかもしれない」
「....アイトくん」
「お前が自分を弱いと思うなら、俺が傍で一緒に強くなって自信をつけさせてやる。 大丈夫。 お前はひとりぼっちじゃないんだ。 もっと俺やハルキ、ヒカリを頼ってくれ! な?」
「は、はいです!」

アイトと顔を合わせたヒビキの表情は先程よりも晴れたような笑顔が浮かんでいた。
自分はひとりぼっちではない。
その言葉はヒビキにとって、すごく嬉しい言葉であった。
きっと、今のヒビキが1番欲しかった言葉はこれだったのだろう。

「さあ! わかったら、風邪なんて早く治して、みんなに元気なところ見せような!」
「わかってるです! あっ、そういえばアイトくん、もしかしてわたしのにっき、よんだです?」
「あっ、いや、ええーと」
「アイトくん!!」
「....よみました。 すみません」
「もう! ........でも、こんかいだけはゆるしてあげるです」

さっきの雰囲気とはうってかわって、部屋には悲しみの声は消え、明るい声が響いていた。

「ハルキ。 入らなくていいの?」

窓から差し込む月の光を背に、夜空よりも少し明るい青い瞳が問いかけてきた。

「最初はそのつもりだったけど、もうその心配はなさそうだからね。 ここはアイトに任せるのが正解だよ。 さあ、僕らももう寝よう。 ヒカリ」

先ほどとは違い、少し濃い青の瞳をした青い『少年』は穏やかな笑みを浮かべると窓辺に立つ、黄色いでんきネズミポケモンにそう声をかけて自室に戻っていった。
1匹廊下に残された黄色い『少女』は、壁に寄り掛かりながら目を閉じて、目の前の扉の奥で楽しそうに会話する2つの話し声を聞き、満足そうな笑みを浮かべるとゆっくり自分の部屋に戻っていった。
これにて第3章シャドー編、終了です。
1章、2章とはうって変わって終始シリアスな展開でしたが楽しんでいただけたでしょうかね?
第4章からは、また明るい雰囲気に戻る予定なのでお楽しみに!

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想

感想の読み込みに失敗しました。

 この作品は感想が書かれていません。