037 役に立たない僕なんかでも

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「僕……のろまで力もなくて、みんなの足を引っ張ってばかりなんです。こんな弱い自分が嫌で、どうにかしたいって思って……」

 パチン、パチンと囲碁を打つ音に、ライヤの透き通るような声が重なる。師範の自宅にある縁側で、あぐらをかきながら囲碁を打ち合う師範とふしぎ博士。ライヤはそんな2匹の隣にちょこんと腰かけている。
ふしぎ博士は、じっと囲碁盤の上に並ぶ白と黒の石を見つめ、黙り込んでいる。やっぱり囲碁よりも、将棋かオセロの方がよかったかな、なんて後悔しつつもライヤの話にはしっかりと耳を傾けていた。

「どうすれば、ミツキ達と同じように、前に立って戦えるようになりますか?」

 一番知りたい答えを問うように、ライヤはまくしたてるように抑えていた気持ちをふしぎ博士にぶつけた。ふしぎ博士はと言うと、顎元に手を置き考えるポーズをしている。ハタから見れば、ライヤの悩みを聞いているのか疑わしいところだった。
ちょっと間が悪かったかな。ふしぎ博士に魔法使いの仕事のことを相談するのは、あまりにも畑違いかな。ライヤがそう思った時、ふしぎ博士がようやく、慎重に口を開いた。

「ネズミの子は、カエルの子達のようになりたいのかのぅ?」

 それは、ライヤからするとちょっと違う気がした。ミツキ達のようになりたいかと言われると、少しばかり極端な答えになる。ライヤの根本的な問題は、戦い向きでない自分の特徴。ミツキのようなずば抜けた運動神経がなくとも、せめて他のポケモン並みに戦えるようになれればそれでいいのだろう。

「カエルの子はカエルの子以上の何でもない。もっと言うと、ハリネズミの子やキツネの子はカエルの子にはなれないし、カエルの子もまた、ハリネズミの子やキツネの子にはなれない」

 たぶん、この話の流れで言うならば、自分もミツキにはなれない。ふしぎ博士はそう言いたいのだろうと、ライヤは痛感する。

「じゃがの、ネズミの子。頭のいいお前さんなら分かると思うじゃろうが、お前さん達のチームはできることがバラバラだからこそ、成り立ってるとワシは思うのじゃ」

 ふしぎ博士の言っていることは、ライヤも分かっているつもりだった。全員が同じ能力に特化していれば、必ずチームとしてできないことが多くなってしまう。だが、奇しくもチームカルテットのメンバーは、できることや得意分野がバラバラだ。接近戦型のミツキ、遠距離攻撃を得意とするコノハ、オールラウンダーのモモコ。しかし、自分はのろまで、後ろから3匹のサポートをするばかり。仮に先陣に立ったとしても、あっけなく一撃で動けなくなってしまうほどもろい。

「ネズミの子も、ネズミの子だからこそできることがあるじゃろう」
「そうでしょうか……?」
「まぁ、ワシも魔法使いじゃないから分からぬが……。お前さん達を見ていれば分かるのじゃ」

 信頼を置いているふしぎ博士にそう言われたことで、ライヤは何となく元気が出てきた。大人の、ましてや付き合いの長い相手から言われると、妙に説得力がある。

「オレもそれは思った。そう焦ることねぇって」

 師範も続けて、ライヤを励ました。



* * *



「焦ることはない……ですかぁ」

 ふしぎ博士や師範の言葉を復唱しながら、ライヤはマジカルベースへと戻ってきていた。時間的にはまだ昼間、ミツキ達が帰ってくるまで時間が余っている。それまで、時間つぶしに楽器を吹くか本を読むかでもするか。そう思いライヤは、モデラートから書斎の鍵を借りられるかどうか聞くために、彼の部屋を訪れた。
しかし、モデラートはマナーレと取り込んでいる様子であり、今は声をかけられる状況ではなさそうだ。 

「そろそろチームカルテットも……の頃合いかな。ランクの昇格の時期も近いと思う」

 最初から話をしっかり聞き取ることはできなかったが、ライヤに____チームカルテットに関係のある話だということは分かった。扉を開けたりノックすることなく、ライヤは聞き耳を立てている。 

「ただ、本当にチームカルテットでいいのでしょうか。ミツキとコノハは血の気が多いですし、モモコも喘息のハンデが大きすぎる。何より……」

 マナーレは少し間をあけてから、言いにくそうに言葉を続ける。ミツキ、コノハ、モモコとくれば後は。ライヤは扉越しからごくりと息を呑み、マナーレの言葉を待つ。

「ライヤは戦いにはとても不向きです。正直……ランクを上げるのは難しいと思います」

 この時、ライヤの周りだけ世界が停止したかと思った。

「うーん、ライヤもいいところいっぱいあると思うんだけど……厳しいかな?」
「今、ミュルミュールはどんどん手ごわくなっています。ミュルミュールだけでなく、ここのところポケモン達も暗黒魔法の影響で凶暴化しているご時世です。魔法に頼れない戦いで、ライヤは圧倒的に不利だと思います」

 ライヤはこれ以上聞くに耐えられず、階段を駆け下りてしまった。自分だけが昇格できないかもしれない、まさかそこまでは考えられていないだろうと信じていた。
 だが、現実はライヤが思っていた以上に残酷だった。マナーレの頭をひねらせるほど、自分はデキの悪いのろまピカチュウだったというのか。それに、魔法使いが戦うべき相手はミュルミュールや闇の魔法使いだけではない。一般ポケモンを相手にする上で、魔法なしで戦う実力も身につけなければいけない。自分に対する嫌悪感で、ライヤの頭の中はグチャグチャに引っかきまわされたようになっていた。

「はぁ……はぁ……!」

 マジカルベースの本部から飛び出し、海岸へと足を運ぶ。幸い、周りには魔法使い達はおらず、聞こえるのは風の音と自分の荒い呼吸だけ。海に向かって全力で叫びたい気分だったが、何をどう言えばいいのか分からない。ひとしきり走ったライヤは、乱れた呼吸を整える。それでも、マナーレの言葉を思い返すたび、また心がぐらぐら揺れたような感覚になる。世界がひっくり返ったような気になるとは、このことを言うのだとライヤは実感した。

「ふぅん、魔法使いとはいえどもしょせんはまだまだ子どもだな」

 ふと、背後から聞き覚えのあるオッさんの声。今度はふしぎ博士ではないことに、ライヤは気付いていた。警戒しながら振り向くと、不敵な笑みを浮かべているグラーヴェがそこにいた。

「な、何のようですか! また悪さをしに来たんですか?」
「今日はせっかくだから、お前で遊んでやる。スピリットが輝きを失っているのは分かっているんだぞ?」

 まさか____察しがついたライヤは、身の危険を感じて逃げ出そうとする。しかしながら、ライヤの足の遅さではグラーヴェを引き離すことは難しい。ギュン、と音を立てながら、グラーヴェがライヤ目掛けて口から糸を吐く。糸はグラーヴェの思い通り、ライヤの右足を絡めとる。まだ完全に治っていない足を引っ張られ、ライヤは痛みに耐えるかのように顔をゆがめた。
そして、これが大きな命取りとなる。

「な、何するんですか!」
「お前のスピリット、解放するがいい!」

 こうしてライヤは、やすやすとグラーヴェが放つ黒い波動を浴び、スピリットを奪われてクリスタルに閉じ込められていく。胸元には、スピリットを抜き取られた印の黒い星模様が浮かび上がっていた。

「うわぁああああーッ!」

 グラーヴェは抜き取ったライヤのスピリットを見つめてはご満悦。この光がうっすらと消えかかっている魂を使い、ポケモン達の愚痴を発散させながら負の感情から生まれるエネルギーを集める。クライシスからすれば、ポケモンのミュルミュール化はギブアンドテイクという認識だった。
ポケモン達の愚痴を発散させる代わりに、魂を抜き取る手はずがある。そしてついでに、得られるエネルギーはもらっていく。

「ミュルミュール、お前の思いをぶつけるがいいッ!」

 グラーヴェがライヤのスピリットを掲げると、大きな地球儀のミュルミュールが生まれた。球体の周りには、ふわふわと白い雲が漂っている。生まれたてホヤホヤのミュルミュールは、本物の地球儀のようにくるくる回っていた。まるで、今までのろまと言われ続けていたうっぷんを晴らすように。

「ミュルミュール!」



* * *



 同じ頃、チームカルテットがほうきに乗って山岳地帯から急いでいる様子でマジカルベースに向かっている。コノハが魔力を感知できることで、マジカルベースの近くで誰かがミュルミュール化したことが分かったのだ。 

「ミツキ! モモコ! もっとスピード上げて!」

 コノハの呼びかけで、ミツキとモモコはさらにスピードを上げる。魔法のほうきがオーバーヒートしないか心配になるほどに。
 なぜこんなにも切羽詰まっているかというと、仕事を休んでいるライヤのことが気がかりだったからだ。もし、何事もなければライヤがマジカルベースにいる可能性はとても高い。 もしかしたら、ライヤの身に何かあったのかもしれないのだ。実際、コノハが感じ取ったミュルミュールの魔力は、ライヤの魔力と何となく似ていた。
幸いにも、チームカルテットはすでに依頼を終えてこれから星空町に帰るつもりだった。すぐにライヤの安否を確認したいところだ。

「ほんっとにコノハ、ライヤのことになるとカッカするんだよなぁ」

 ほうきのスピードをさらに上げながら、ミツキはつぶやく。ミツキのつぶやきを耳にし、モモコはあるひとつの仮設を立てる。つくづく自分でもこういう発想に至るのは女子特有だと、分かっていても。

「それって……もしかして……!」
「まぁそういうことだ。それより今はライヤが心配だ。俺達も急ぐぞ!」



 チームカルテットがマジカルベースの敷地に戻ってくる頃には、すでに海岸でミュルミュールが暴れていた。地球儀から雷を連発し、砂浜には焦げ臭いにおいがただよう。グラーヴェが空からの気配を感じ、上を見上げる。チームカルテットの姿を捉えると、「来たか」という顔をする。
魔法使い____よりにもよってチームカルテットが帰ってきたのはやっかいかもしれないが、今のグラーヴェからすれば好都合だ。 仲間のミュルミュール化は、魔法使いなら誰であってもショックなものだ。

「ライヤ!? 何でアンタがミュルミュールになってるのよ!?」

 真っ先に声を上げたのはコノハだった。コノハは誰よりも早く着陸すると、ほうきを砂浜に放り投げてライヤのもとへ駆け寄る。いつかと同じように、コノハはクリスタルの中のライヤに呼び掛ける。しかし、クリスタルの中のライヤは目を開くこともなければ、言葉を返すこともない。ミュルミュールを浄化しない限り、ライヤは元に戻らない。
かつての自分と同じ目に遭ってしまったことに、ミツキはひどく心を痛ませる。モモコもまた、自分の仲間がまたしてもこんな目に遭っていることにショックを隠し切れない。感傷に浸る間もなく、グラーヴェの声がミツキ達の耳に入ってくる。

「どうだ? 仲間がミュルミュールにされた気持ちは」
「グラーヴェッ! よくもライヤを……ッ!」
 
 歯をギリギリと噛み締めるコノハのその形相は、普段の可憐な女の子らしいそれとはかけ離れていた。ポケモン達の心、ましてや自分の大切な相手を利用された怒りが、十分すぎるほどに押し出されている。ミツキとモモコも顔を強張らせていることには間違いないが、コノハの感情の高ぶりはフォルテシモどころではない。フォルテシシモと言っても言い過ぎではないだろう。

「ライヤ、絶対助けるわよ!」

 チームカルテットは各々のウェポンを構えると、戦闘態勢に入った。コノハが距離を取ってステッキから輝く炎を放つが、ミュルミュールからなる雷によって相殺されてしまう。このミュルミュール、身体を回転させながら雷を乱れ撃ちすることができるようで、四方八方に雷が飛んでくる状況を作りだしていた。そのせいで、チームカルテットはむやみやたらにミュルミュールに近づくことができない。特に接近戦を得意とし、雷に弱いミツキにとっては圧倒的に不利だ。 
 雷を上手いこと避けて、隙を見つけられないかとミツキはミュルミュールへの接近を試みる。しかし、ミュルミュールに気を取られていると、必ずどこかでロスが生じる。特にミツキは猪突猛進型であるせいか、自分の背中を気にすることがおざなりになってしまいがちだ。回転しながら飛んでくる雷が、ミツキの背中を貫いた。

「ぐあっ!」

 雷に打たれた反動で、ミツキは砂浜に倒れこむ。代わりに次はモモコがミュルミュールへの攻撃を試みる。ミュルミュールの周りに、いくつもの風の刃を発生させてみたらどうだろうと試してみる。 そうすれば、無理に近づかなくてもそれなりにダメージを与えられると思ったからだ。
しかし、これは大きな落とし穴だった。ミュルミュールが回転することによって、風の刃はキィン、キィンと金属のような音を立てて跳ね返される。跳ね返ってきた風の刃は、全てモモコに返ってきた。
自分の大きな魔力を受ければどうなるか、そう考えるのは難しくない。モモコもまた、身体のあちこちを切りつけられ膝をついていた。
 いつも戦線で活躍しているミツキとモモコが、よりにもよってのろまピカチュウのライヤが素になっているミュルミュールにやられてしまうとは、なんと皮肉なことか。1匹取り残されたコノハは、危機感を感じていた。

『……僕は、のろまな自分が嫌いだ……』

 ミュルミュールが力なくつぶやいたのは、そんな時だった。

『僕は足も遅いし力もない、世にも珍しいのろまピカチュウだ。それでもポケモンの役に立ちたくて魔法使いになった。なのに、なのに……何も変わっちゃいない』

 ぎゅっ、とコノハは思わずステッキを握りしめた。その言葉があまりにも切実なものであり、コノハの心をもきゅぅ、っと音を立てて締め付ける。ミツキとモモコも、倒れていながら顔を上げて声に耳を傾けていた。つらつらと述べるように、ミュルミュール____を介したライヤの心の声は続ける。

『せめて、並みのピカチュウぐらいの運動神経が欲しかった。なのに僕は、のろまってだけで誰の役にも立てない!』

 ライヤは賢いがゆえに、自分のできないことも十分に分かっている。できないことに向き合おうとしているのはライヤのいいところではあるが、全てがいい方向にいくワケではない。 仲間達と比較することで、情けないと自分に卑屈になってしまった。その気持ちが、ライヤをミュルミュールにしたのだ。

「何バカなこと言ってんのよ!」

 このオタチごっこに歯止めをかけようとしたのが、コノハだった。いつものはぎれのいい声を張り上げているように聞こえるが、ミツキとモモコにはすぐに分かった。これは悲痛な叫びだ。大きな目をうるうるとさせているコノハの顔から見て、すぐに察することができた。
コノハのすごいところは、誰かのために全力で笑ったり、怒ったり、泣いたりできること。自分のドツボにハマっているライヤにとって、強く心に響くものだろう。

「アンタは自分が思ってるより立派なポケモンよ! お願い、信じて!」

 ミツキとモモコも、よろよろと立ち上がりながら続けた。

「全くだぜ……ライヤ。お前さ、何度も俺の相談にも乗ってくれじゃねえか。的確なアドバイスまで添えてよ」
「ライヤ、言ってくれたよね。魔法使いにもいろんなポケモンがいるって。身体弱くてもいいって言ってくれたの、ライヤじゃん!」

 3匹の必死の訴えに、ミュルミュールの身体の回転ががくんとスピードを落とす。雷も、まるで消えかけの線香花火のようにぼと、ぼとと砂浜に落ちていく。ミュルミュールの戦意が喪失しているのだ。今が浄化のチャンスと、3匹は踏んだ。 
ここでもコノハが真っ先に、ステッキからフルートに持ち替えてミュルミュールに近づいていく。

「ライヤの浄化、アタシにやらせてもらっていい?
「うん!」
「頼んだぜ」

 ミツキとモモコに背中を押され、コノハはミュルミュールに向き合う。アタシの愛で、どうかライヤを浄化できますように。そうフルートに願いを込めて、コノハは演奏を始めた。フルートからは、その意志に違わない力強さをまとった炎の渦が発生し、ミュルミュールを包み込む。

「燃えたぎる炎のように! 『純愛のワルツ』!」

 ライヤへの思いを込めて、コノハはワルツを奏でる。炎よりも熱い愛に包まれたミュルミュールは、コノハの願いが届いたのか、スピリットへと戻っていく。

『ハピュピュール~』
「クッ……この状況は実によくないな」

グラーヴェはバツが悪そうに、その場から姿を消した。ユウリに時間がないと言われておきながらこの失態は、非常にマズいと危機感を感じたのだ。グラーヴェがいなくなったのを見届けると、チームカルテットはすぐにライヤにスピリットを戻した。
クリスタルがすぅっと消え、ライヤの身体は地面に落ちていくように倒れていく。

「ライヤ!」

 ライヤが倒れる前に、ミツキがすぐに介抱する。とはいえ、ミツキも手負いの状態であり、ライヤを抱えるにはバランスを取るのが難しい。なんとかライヤを支えながらも「おぉっと」とよろけている。
ライヤの右足には、包帯の上からグラーヴェのものと思われる糸が巻き付いている。もしかしたらケガでもしているかもしれない。そう思いチームカルテットは、ライヤを保健室まで運んでいくことにした。



* * *



 ずいぶんと長いこと深い眠りについていたのだろう。ライヤがゆっくりと重いまぶたを開けたのは、空が夕焼けを彩っている頃だった。保健室のベッドの中で、痛む頭をうずめながら何があったのか記憶をたどる。海岸でグラーヴェと遭遇して、転ばされて、スピリットを抜かれて____昼間の記憶が、すぅっとよみがえってくる。

「……そうか、僕はミュルミュールに……」

 一度ミツキのミュルミュール化を目の当たりにしていたとはいえ、まさか自分もミュルミュールになる日が来ようとは。だが、あの時の自分の心は隙だらけだった。スピリットが輝きを失っていたと言われても納得できる。
それと同時に、魔法使いでありながらミュルミュール化を許してしまった自分自信に、ライヤは納得がいかなかった。こんなの、思い描いていた理想の自分とは違う。また情けない案件を増やしてしまった。またミュルミュール化しそうな勢いで、ライヤは自己嫌悪に陥っていた。

「あ、気が付いた?」

 保健室の扉から、ひょこりとライヤを見つめる影が見える。女の子の声だった。
ライヤは重たい頭を抱えながら、客人あらぬ客ポケの姿を捉える。ライヤにとっても意外といえば意外な魔法使いの姿が、そこにあった。

「具合はもういいの?」
「えっ、あ……はい」
「足のケガは?」
「あ……今はそんな痛くないです」

 モモコだった。それも1匹で保健室に入り込んできている。ミツキとコノハが一緒ではないのは、何か意図があるのかもしれない。戸惑いを見せるライヤをよそに、モモコは彼のいるベッドのそばまで来ると、近くにあるイスにちょこんと腰かけた。
ライヤはまず、今1番に言いたい言葉をモモコに告げた。その声色は、いつも以上にしゅんと萎れており、何て言えばいいのかまだ迷いを感じているものだった。

「その、さっきはごめんなさい……」
「いいよいいよ、ライヤは悪くないんだから」

 モモコはライヤの気持ちを受け止めてやっているが、自責の念が強いライヤは、すぐに心を安らげることはできなかった。いまだにモモコに顔向けできない。あんな醜態を晒してしまったのだから。
だが、モモコからしてみれば、ライヤの心の声を聴いた以上は放ってはおけなかった。

「聞こえたよ、ライヤの本当の気持ち」

 開口一番に、モモコはそう切り出す。血の気が多く、猪突猛進なミツキとコノハに加え、ルーキーのモモコ。必然的にしっかり者に見えていたライヤだが、彼もまたポケモンの子。自分達と同じように悩んでいた。
状況や立場は違えども、自分の悩みを1匹で抱え込んでしまうこと、そして身体や体質の特徴で悩む気持ちはモモコも分かっていたつもりだった。
ここまでくれば、多少は開き直ってもいいのかもしれない。そう思ったライヤは、自然と自分の苦しみをはっきりと口にしていた。

「僕はのろまで、みんなが大変な戦いをしているのにサポートしかできなくて……。それがすごく辛かったんです」

 ミツキの言っていた通りだ。ライヤにはライヤにしかない、いいところがあるハズなのに、自分がのろまであるという事実に囚われ続けている。下手に「そんなことないよ」とも言えないし、「じゃあ頑張れよ」と言うのも無責任な気がする。ライヤは十分に頑張っているのだ。
頑張っていて、でも今の状況に満足していないライヤに、どんな言葉を投げかけるのがいいのか。こうした局面に正解はないからこそ、言葉の交わし合いは難しい。

「そっか、サポートしかできないのが辛かったんだね」
「はい……」
「でも、そのサポートがあるから、わたし達安心して戦えるんだよ」

 もし、この言葉がライヤの地雷を踏んでいたらどうしよう。そんな不安に駆られながらも、モモコは続けた。

「それに、ライヤって作戦考えるのも上手いし、どんなに土壇場でもいつも落ち着いて声かけてくれるよね。あれ、すごい助かってるんだよ。わたし、あんな上手い段取り考えられないよ」
「そうでしょうか……?」
「そうだよ!」

 ここまで言葉を並べているが、モモコ自身はまだまだ楽器や魔法に関してはアチャモ並み。だが、誰かの心に踏み入る勇気と寄り添える優しさに関しては、他の魔法使いに引けを取らない。実際、モモコと初めて会った夜。ライヤもまた、ミュルミュールを相手に直接会話を試みるモモコのポテンシャルに目を光らせた。いざ、自分が落ち込んだ時に接することで、改めて実感させられるものだ。

「前に、モモコに『魔法使いにもいろんなポケモンがいるから』って言ったのに、僕が励まされることになると思いませんでした」

 ようやく、ライヤがモモコの方を向き、にこやかに笑っていた。口調こそじょうだんめかして言っているが、この立場の逆転はライヤにとっては予想外だった。モモコもまた、ライヤがやっと1日ぶりに笑ってくれたと思うと、嬉しくなった。
すると、ちょうどいいタイミングか、またも保健室に魔法使いが入ってきた。今度はミツキがコノハを連れて。

「ライヤ、大丈夫か?」
「ミツキ、コノハ。来てくれたんですね」
「あたりめーだろ」

 へへっ、と歯を見せて笑いながらミツキは答える。ライヤの表情が明るいものに戻ったことで、ミツキもホッとしていた。

「ミツキもコノハも、ありがとうございます。 コノハの声、しっかり聞こえてきましたよ」
「なっ____」

 ライヤがいつもの穏やかな微笑みで、突然そう言いだすものだから、コノハはかぁっと耳まで顔を真っ赤にする。

「と、当然よ! プリティ魔法使いのコノハちゃんの、ありがたーいお言葉を聞き逃してたんだとしたら、『ドルチェ』のケーキ1ホールおごってもらうところだったわ!」
「ぺ、ペナルティが高すぎます!」

 1日ぶりに和やかな掛け合いをし、チームカルテットの4匹に笑顔が戻った。きっと、明日からまたチーム揃って頑張ることができる。そう思っていた矢先。



「ヌホーッホッホッホ! グラーヴェが役立たずだから、リベンジに来ちゃったもんねー!」



 やたら特徴のあるその話し方。遭遇したのは指折りで数えるくらいだが、そのインパクトはものすごく強い。声が聞こえてきたのと同時に、ライヤ以外の3匹の様子がおかしくなった。
まるで、何か不思議な力で締め上げられるように身体が動かないのだ。チームカルテットはこれをエスパータイプの中でも強力な技『サイコキネシス』によるものであるとすぐに分かった。まさかと思いながら、ライヤが窓の外に目をやる。視線の先には、サイコキネシスの主でもあるネロちゃんがそこにいた。同じくサイコパワーで窓を開け、ミツキ達を自分の元に引き寄せる。

「お前、いつかのイカ野郎!」
「ヌホーツ! イカじゃないやい、ネロちゃんだもんねー!」

 ネロちゃんは顔を真っ赤にしながら訂正する。

「もうっ! どっちでもいいわよ!」
「こんな時間に来るなんて、ほんっとしつこい!」
 
 女子コンビが抗議の声を上げている最中、ライヤも窓から飛び出してくる。ケガは引いておらず、右足を引きずったままだった。一見すると足手まといのライヤを見て、ネロちゃんはニヤリと意地悪そうに笑う。

「とにかく、グラーヴェから話は聞いてるからな? そこののろまピカチュウは、のろますぎて手も足も出ないってな!」
「アンタ! その言葉取り消しなさいよ!」
「うるさいもんねー!」

 即座に噛みついたコノハの、生意気な口を塞ぐかのようにネロちゃんはサイコパワーをさらに強める。同じく捕まっているミツキとモモコも巻き添えを食らい、サイコパワーに苦しんでいる。

「ユウリ様はチームカルテットに狙いを定めているけど、オレっちはそこののろまピカチュウも狙う理由が分からないなぁ。ま、この3匹さえひねりつぶしちゃえば、あとはこっちのモノだもんねー!」
「くそっ……!」
「うぐっ……!」

 手も足も出ないまま、苦しんでいるミツキ達の姿を見てライヤは危機感に駆られていた。ウェポンを構えて、ネロちゃんに向かい打ち、仲間達を助けなければ。
そう思いウェポンを手元に出そうとするが、ハッと我に返る。自分ものろますぎてまともに戦えるワケでもない。今の自分では、仲間達を助けることができない。あまりにも残酷な現実を、ライヤは思い出した。

「ライヤ、逃げなさい……!」

 絞り出すようにコノハが口にした言葉に、ライヤは信じられないと言わんばかりに目を見開く。仲間が捕まっているこの状況で逃げるなんて選択肢は、自分の中にはなかった。

「アンタ、ケガもしてるし……ここで立ち向かったら、みんな捕まっちゃうわ……」

 コノハにこんなことを言わせておいて、自分は何もできない。役立たずの魔法使い。
ライヤという魔法使いは、いつまでもそれでいいのか。今ここで逃げてしまえば、確かに自分の身は守れるかもしれない。だが、仲間を見捨てて逃げることは、自分が望んでいることかと言われればまた別の話だ。

____ライヤ、言ってくれたよね。魔法使いにもいろんなポケモンがいるって。

____お前さ、何度も俺の相談にも乗ってくれじゃねえか。的確なアドバイスまで添えてよ。

____ネズミの子も、ネズミの子だからこそできることがあるじゃろう。

____アンタは自分が思ってるより立派なポケモンよ! お願い、信じて!

 モモコの、ミツキの、コノハの。自分に投げかけてくれた言葉が頭の中でリフレインする。昼間のふしぎ博士の言葉までもが重なってきた。話を聞いてくれた大人や、身を挺してまで自分のことを思ってくれた仲間達のために、できることをしたい。
自分は何もできないのろまピカチュウ、それ以上でもそれ以下でもないとずっと思い込んでいた。だが実際は違ったのかもしれない。1回ミュルミュールになって、ようやく分かったような気がした。

(役に立たない僕なんかでも、今の僕だからこそできることがある。それを教えてくれたみんなを、助ける力が欲しい)

 ライヤは願った。今まで思い描いていた、理想の自分の姿。その理想をいきなり完璧に実現させることはできなくとも、少しずつ近づいていくことはできる。もし、そのための力が今あるのならば。

「僕に、僕に力を下さい!」

 すると、ライヤの心に反応するように、彼の胸元からレモン色の光が放たれる。もっと正確に言うと、魔法使いの勲章の位置だ。予想していなかった事態に、チームカルテットのメンバーのみならず、ネロちゃんも目をくらませて驚いている。ライヤの勲章から現れたのは、何らかの武器____ウェポンだろうか。いつも使っているウェポンと同じような魔力を、コノハは感じ取っていた。

「あれって、ライヤのウェポンよね……!?」
「でも、何かいつもと違うよ……?」
 
 ライヤのウェポンといえばバットなのだが、光が形作られたものはどうやら違うもののようだ。
細長くしなやかな、三日月型のボディを持つそれは、弓だった。眩しいぐらいに黄金に輝くそれには、先端にクローバーの装飾がある。シャムルスフェールと同じ形をしているそれから、まぎれもなく弓がライヤのウェポンであることが分かる。
ライヤは目を丸くしており、一瞬迷いを見せるも、すぐに状況を把握した。何らかの理由で自分のウェポンが変わり、今の自分はこれを使って戦う必要がある。
ライヤは決意したようにがしっ、と弓を手に取るとゆっくりと構えの体勢に入った。弓は今まで使ったことがなかったが、自分の心の一部でもあるからか、身体が勝手に動いているようだった。

「『レント』!」

 この弓は魔法の弓らしく、魔力でできた矢を放つようになっている。ライヤが放った矢は雷をまとったものであり、力強さが伝わってくる。のろまピカチュウが放った矢とは思えない、でんこうせっかの速さで弓は空中を横切る。 油断していたネロちゃんの胸元を、矢が貫通した。
ネロちゃんが悶え苦しんだ反動で、ミツキ達のサイコキネシスによる拘束が解けた。身体の自由が効くようになったミツキ達は、ウェポンを構えてネロちゃんに向き直る。

「どーするよ? まだ戦うか?」
「ぬ、ヌホッ! 今日は作戦も立てなかったゲリラライブだもんねー! 次はもっととっておきのお土産を持ってくるから、覚悟しておくがいい!」

 ネロちゃんは捨てセリフを吐くと、せかせかとその場から姿を消した。ネロちゃんがいなくなって間髪入れずに、チームカルテットの視線は瞬時にライヤに切り替わった。

「ライヤ、そのウェポン……」
「ぼ、僕にも何が何だかさっぱり……」

モモコに尋ねられても、ライヤとしてはこっちが聞きたいと思っていた。無我夢中でウェポンを扱ったものの、魔法使いのウェポンが変わった前例は聞いたことがない。

「すげぇな。ウェポンが変わる魔法使いなんて、聞いたことねぇよ」
「ともあれ、ライヤはアタシ達を守ってくれたのよね」
「本当に……僕が……」

 確かに、どんな形であれライヤがチームカルテットの窮地を救ったことには変わりない。ライヤも悲願だった、仲間を守るための力で闇の魔法使いに立ち向かうということを叶えることができたのだ。
本当に自分がやったのか、ライヤは手に持った弓をじっと見つめながら喜びをかみしめている。無意識にも、ライヤは喜びのあまり涙をこぼしていた。それぐらい嬉しそうにするものだから、ミツキ達も自分のことのように嬉しく感じた。

「今まで見てきた中で、1番カッコよかったわよ! 助けてくれてありがとっ、ライヤ」

コノハは高揚感を隠さずにそう言うと、ぴょんと飛び跳ねるようにライヤに抱き着く。ライヤはしどろもどろになり、今度は照れから顔を真っ赤にしている。それでも最後には、遠慮がちに笑顔になった。ミツキとモモコは、ライヤに抱き着いたコノハの気持ちを察しており、目を合わせて面白そうに笑っていた。



* * *



「初めて見たよ。まさかウェポンが変わることがあるなんてね」

 マジカルベースの本部の2階。机の上に置いてある、空色の水晶玉からチームカルテットの様子を見る影が2つ。モデラートとマナーレが、魔法の水晶玉から一部始終を見ており、目を丸くしていた。
ライヤのウェポンが変わる現象は、モデラート達も初めて見たものであり、いかに大きな出来事であるかを示される。

「私も初めて見ました、マスター。しかし、何故ライヤが?」
「ライヤは自分を変えたいって強く願った。その願いが具現化して、ウェポンを変えたんじゃないかな」
「チームカルテットはやはり、イレギュラーの集まりということには間違いなさそうですね。しかし、マスター……」

 マナーレは水晶玉から視線を離すと、今度はモデラートの手元に視線を移す。さすがのマナーレも、モデラートの手元を見てはジト目にならざるを得ない。

「そのクリームパン、何個目ですか?」

モデラートはクリームパンをもぐもぐと頬張りながら、「13個目」と幸せそうな声で答えた。

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