11話 マイナンが心配って、どういうこと?

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

  ○

「ふあぁ……。ママは……また置き手紙か」
『昨日もまた帰りが遅かったので、朝は起きられないと思います。
 メニューは書いておくのでこれを参考に特訓してください』
 僕はそれを見ながら、サンドバックの吊るしてある庭へと出て行った。一通り技を繰り出し、少しずつフォームを修正していると、イブとローネが起き出して来る。
 ローネがこちらに出て来た。
「……やっぱあんたって、こういう方面は凄いね」
「えっへん! ありがとう!」
 そう答えると、なぜかローネは小さく笑う。どうしたの、と問うてみても、「あんたって純粋でいいよね」としか返ってこない。
 まあ、確かに僕は純粋なんだろうけど、どういうことなのか本当によくわからなかった。
「で、さ」
 不意に真顔に戻ってローネは言う。

  ◇

 リオに、ナマエについて調べてみようと思うと伝える。少し時間はかかったが、リオは思ったよりすんなり理解してくれた。
 ナマエ。それが使われている場所を探すことはイブの過去のとっかかりになる。だから調べてみたい。どう足掻いても7かける8が56になるよりは難しいと思うのだけれど。
「わかった。イブには秘密、だよね?」
「もちろん、お願いね」
「でもにしても、ローネも天才!」
「あ、ありがと」
 唐突に褒められて面食らう。それから「ま、あんたよりはマシってだけよ」と付け加えた。
「むぅ、せっかく褒めたのに酷いよ」
 あたしはふああとあくびする。
「ま、リオは練習再開したら? そっち方面が凄いのは確かだし」
「何の話してるの?」
 不意にイブの声が聞こえる。あたしは「リオって運動方面はホント凄いよねって話」と切り返した。リオに言わせるとさっきの疑惑がばらされそうで危なっかしい。
「あのホルード、あそこでも腕力だけならトップクラスだったはずなんだけど、それを伸しちゃうんだから凄いよねって」
「あの時はイブがいなかったら負けてたけど」
「年齢差を考えなさいよこの低能」
 リオは少しの後に、「確かに」と呟いた。
「うん、僕強い!」
「うん、リオは強いよ。と、ところでさ、ごはんできたんだけど……」
「わかった、食べよう」
 あたしは言って、悦に入るリオを引っ張りながらリビングに入った。

  ○

「おはよー、シシコ、ミミロル」
 朝の挨拶をして合流し、5匹で学校への道を歩く。ローネは1匹イブについて考えているのか上の空だし、イブは多少の引っ込み思案であんまり話さないけれど、仲良くこうやって歩くのも少しずつ日常になりつつある。
「それにしても、リオル、昨日は大丈夫だった?」
 ミミロルが僕にそう尋ねる。あー、と僕は苦笑い。
「大丈夫だったよ。疲れた……」
「の割には元気そうだったけどな!」
 シシコが笑いながらそう言って、僕も釣られて笑う。
「まあ、元気でいいじゃない」
 ミミロルがそう締めて、イブも頷いた。

 そんな風に歩きながら学校に辿り着くと、校門の前にマイナンが歩いているのを見付けた。
「あれ、どうしたんだろ。今日プラスル一緒じゃないのかな」
 ミミロルが不思議そうにそう言った。言われてみれば、確かにそうだ。プラスルとマイナン姉弟は、当然と言えば当然だけど、毎日一緒に登校している。この時間、あの位置に1匹でマイナンが立っているというのは、普通はない状況だ。
「もう1回学校に着いて、また出て来て1匹だけで歩いてるとか?」
「マイナンかばん持ってるでしょこの低能。今来たとこよ」
 ローネが僕のアイデアをバッサリと切り捨てる。ミミロルが呆れたように「チョロネコ、口悪いってば」とたしなめる。
「……ローネ、マイナンがいつもはプラスルといるって知ってたの?」
「会話の流れから今知った。ま、別にたまたまでしょ。心配ならリオ、声かければいいじゃん」
「それもそうだね」
 僕は軽く頷いて、それからマイナンの方へ声をかける。
「おーいマイナン!」
 マイナンはこちらを振り向いて、こっちに駆けて来た。
「あ、みんな、おはよー」
「おはよ! ねえ、マイナン、どうかしたの?」
 僕はそれに続けて聞いてみた。
「え? あ、ううん、なんでもないよ」
「そっか。よかった」
「んじゃ、今日の放課後どうする?」

  ◇

 わかりやすいぐらい、なんでもないなんてことはない表情だった。
 もっとも、小2の嘘なんて大抵はそんなもんだ。邪気はなくても、その嘘の奥にある意図が、しっかり見ていると透けてくる。細かい仕草や声の揺れ、そんなものがそれを伝えてくれる。大人だって、それはそうだ。経験上、こんな子ども相手にもつまらない嘘で自分を飾ってよく見せたがるオスというのは、何匹もいた。リオにその判断を求めるのは、酷というものだ。あたしだって、これは単なる慣れに過ぎない。
 あたしはイブをチラと見る。
 こんな風に嘘を吐き通すイブは、ハッキリ言って異常だと思う。普段は引っ込み思案なクセに、あまりにも嘘が上手すぎる。論理的な矛盾点を突かないと見えてこないなんて、小2とは到底思えない。

 だからまあ、マイナンの嘘に気付くのは、イブには造作もないことだったのだろう。
「マイナン、嘘吐いてるよね」
 休み時間、そうやって声をかけて来た。あたしはだろうねと頷く。
「それで?」
「え? いや、心配だから……」
「それなら、あたしなんかよりリオに言ってあげた方がいいと思うよ。よっぽど適任じゃない?」
「うーん、だけどリオに言ったら、仲もいいし、余計に心配させちゃいそうで怖いなって」
「その点あたしなら、ポケモンとの繋がりが薄いから安心だと」
「あ、そ、そういう訳じゃ――」
「自覚あるから大丈夫。あたしも、あたしはクズだと自覚できてる程度のクズで留まってたいから」
「え、ローネ、クズではないと思うんだけど……」
「ま、どちらにせよあたしにできることはないと思うよ。あたしみたいに感情を殺したポケモンじゃ駄目。あたしとイブじゃ役割も被りそうだし、なんならイブの方が凄いからさ。だから、イブが何かしたいなら、必要なのはあたしじゃない。キチンと感情を表に出せて、素直で、バトルも強い、リオだよ」
 言いながら、チクリと痛みを覚える。イブは少し俯いて、「そ、そうかな」と呟く。それであたしの中には、ひとつの疑念が浮かんでいた。だけどあたしは、それを打ち消す。
 ないでしょ、さすがに。いくらリオがああだからって、イブがそうなる理由はないはずだ。
「まあとにかく、そうだね、リオに話してみるよ」

  ○

「えっ、それホンむぐっ」
「しっ! 聞かれちゃ駄目だから」
「あっ、ごめん……」
 僕は声を落として、改めて尋ねる。
「それで……マイナンが心配って、どういうこと?」
 ただでさえローネからイブは怪しいと聞かされて頭がパンパンなのに、これ以上そんなこと聞かされても、頭は追い付いてくれなかった。
「……なんでもないって言ってるマイナンの様子が、どう見ても嘘吐いてたからさ。なんでかはわからないけど」
「……そう、なんだ」
「たぶん、プラスルがいなかったことと関係あると思うんだけど……」
 うーん……わかんない。マイナンが嘘を吐いてる……のだろうか。
「……何かあるんだったら、僕、助けたい」
「うん、リオならそう言うと思ってた。そういう所いいよね」
「え? ……え?」
「な、なんでもないよ!」
 慌てたようにそう言うイブは、そんなことより、と声を固いものへと戻す。
「……リオって、そういうの調べられる?」
「……わかんないけど、やってみる。イブより僕の方が仲良しだしね」
「うん。お願い」
 ここまで話して、ふと思う。マイナンが嘘を吐いているということを、僕は半分信じている。ローネから聞かされたイブへの疑惑はないないと否定できたのに、これは全然できない。
 なんでだろう。イブよりもマイナンの方が付き合いは長いのに、マイナンを疑うことは簡単で、イブのことは疑えないのはなんでだろう。
 しばらく考えて、結論は出た。
 イブのことは全く知らない。だけど、マイナンのことはよく知ってる。だから、少しおかしいなって思っていたことがそうだと言われると、信じちゃうのだろう。
 そんなことよりも、だ。今僕が考えるべきは、マイナンについてだ。

 放課後。僕はマイナンに話しかけた。
「マイナン、今日遊べる?」
「あー、ごめん、今日はちょっと用事があって」
「そっか……残念」
 マイナンの顔には、本当に辛そうな表情が浮かんでいた。マイナンは俯きながら歩き去って行く。
 これも嘘なのだろうか。イブやローネなら、嘘と言うのだろうか。

 ――僕には、嘘だとは思えなかった。

 用事があって遊べない。そのぐらい、よくあることだ。イブが疑い始めた時に、たまたまマイナンには予定があった、それだけのこと。
 ただふと思いつき、尋ねてみる。
「その用事、プラスルに関係してるの?」
「えっ、い、いや違うけど……」
「そっか。わかった。……なんか元気がないってイブが心配してたよ」
「えっ……あ、うん」
「じゃ、またねー!」
「おう、また明日!」
 そう、また明日。
 明日になればいつも通り。
 僕は他のクラスメイトと遊び始めた。

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