38話 幻覚世界

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「赤いマントにその目の色...お前がシャドーってやつか」
「あのサンドパンから聞いたか....。なら話は早いッ!」
シャドーが連続で『シャドーボール』を放つ。
「クロネ!」
「任せな! "スパークシールド"!」
クロネが前に出ると、電気を自身の正面に円形状に展開し、相手の攻撃を全て防いだ。フラッグ争奪の時はドーム状に展開していた"スパークバリア"を正面のみに展開した魔法を使った技だろう。
「お前が守りの要といったところか....」
シャドーがそう呟き、『シャドーボール』を続けて放ち、それをクロネが"スパークシールド"で防ぐ。
「いくら攻撃してきてもあたいの防御魔法はそう簡単に破れないよ!」
「待て、クロネ! シールドを解除しろ」
「え?」
ラプラの言うとおりクロネは魔法を解除すると、さっきまで目の前にいたシャドーの姿は消えていた。
「どこ行きやがった....」
「みんな気を付けて!」
イオの言葉に全員が気を引き締めた。
その時だった。
バタンッ
クロネが突然気を失って倒れ、そのクロネの足元からシャドーが音もなく出てきた。
「クロネ! しっかりして! クロネ!」
イオが気を失ったクロネの体を揺すり起こそうとするが反応はない。
「てめぇ! クロネに何しやがった!?」
「そいつは厄介そうだったんでな。 幻覚世界に落とさせてもらった」
「なるほど...。救助隊に所属するポケモンで意識が数日戻らなかったポケモンは、みんなこの攻撃にやられたわけか」
アイトの言うとおり、この攻撃が多くのポケモンを昏睡状態に落とした技で間違いないだろう。 つまり前例通りならば、この攻撃の厄介なところは、すぐに意識が戻らない事と、戻っても精神的にダメージを負っていることが確定していることだ。
そして、もう1つの厄介な部分は____
「....この技の発動条件がわからないってことかな」
相手を無条件で昏倒させることができる事から、この技はとんでもなく強力だ。
だからこそ、何かしら予備動作か成立させるための条件が必要なはず。
『さいみんじゅつ』や『ねむりごな』といった技でさえ、相手を眠らせるために、それぞれ条件がある。
『ねむりごな』なら、[相手に粉を吸わせる]こと。
『さいみんじゅつ』なら、[相手に催眠術をかけるための動作を見せる]こと。
もし、シャドーの技が無条件に使えるならば遭遇した時点で僕達全員を昏倒させることができたはず。
それをしなかったということは、なにか条件があるはずなんだ。なにか条件が....
「ハルキとヒカリは倒れちまったクロネを後ろの木陰まで運んで、攻撃が来ないように守っていてくれ。 アイトとヒビキはあたし達と協力して、アイツを退けるぞ」
ハルキが考えている間にラプラが素早く指示を出した。
「わかった」
ヒカリは気絶したクロネをおぶって、少しだけ離れた木陰に移動した。
「アイト、気を付けろよ」
「わかってる。 その間にあの技の分析は任せたぞ。こういうのは俺よりもお前のが得意だろ?」
「ああ。任された!」
ハルキとヒカリが下がり終えるのを確認すると残ったメンバーはシャドーに向き直った。
「で、どうする?」
「僕達が電撃で奴の視界を眩ませるのでそれに乗じてアイトさん達は攻め込んでください」
「遠距離攻撃と近距離攻撃の2段構えだ」
「オーケィ!」
「了解です!」
イオが無数の『エレキボール』をシャドー目掛けて放つ。
シャドーは森の木々を利用して次々に飛んで来る『エレキボール』を回避しつつ、『シャドーボール』で応戦してくるが、イオがその反撃にもピンポイントで『エレキボール』をぶつけることで相殺していた。
そんな攻防を繰り広げている時、シャドーが高くジャンプすることでイオの攻撃を避けた。
その瞬間を待っていたラプラは体に溜め込んでいた電気、『スパーク』を広範囲に向けて放出した。
空中にいるシャドーは避ける術がなく、その攻撃をガードで防ぐ。
「クッ...(なんてデタラメな威力だ)」
コントロールや精度が大雑把だが、威力は一番出る。ラプラの魔力パターンが存分に活かされた攻撃に苦悶の表情を浮かべるシャドー。
そこに、放たれた電撃に乗じて接近してきたアイトとヒビキが作戦通り近距離攻撃をしかける。
アイトは『ほのおのパンチ』を繰り出すがシャドーは両手に黒いオーラを纏わせると、左手でアイトの拳の軌道を強引にそらし、右手でオーラを纏った一撃、『シャドーパンチ』をぶつけ、アイトを地面に叩きつけた。
「ガッ....!」
「アイト君!!」
「よそ見をしている場合か?」
アイトに気をとられたヒビキはシャドーの『まわしげり』をまともに受けてしまい、そのまま地面に向かって叩き落とされたが、地面にぶつかる前にアイトがクッションとなり、ヒビキのダメージを軽減した。
「ア、アイト君!?」
「ッ! いっってぇ~.... 女の子は..もっと丁寧に、扱うもんだぜ」
アイトは苦笑い気味に笑ってはいるが、結構なダメージを受けてしまい、立つのすらきつい状態になってしまっていた。
「アイト、無茶するな! ハルキ達のところで休んでろ」
「ここは僕とお姉ちゃんで抑えていますから、今のうちに!」
動けないアイトを背にのせて、ハルキの元まで行くヒビキ。
「すまねぇ、ハルキ。 ドジっちまった...ハハ」
「そんなことない。 よくやったよ。 こっからは僕に任せて」
「すみません。 わたしのせいでアイト君が....すみません。 すみませんッ!」
うつむいて涙を流しながら謝り続けるヒビキにアイトは右手でヒビキの頬を伝う涙をそっと拭った。
「謝んなくていいよ。 俺が勝手にしたことだしな」
「でも...でもッ!」
「いいんだよ。 それよりまだ戦闘は続いている。 まだお前にだって......いや、俺にだってできることはあるはずだ。 だから今は少し休んで、この状況でもできる事を考えようぜ」
「..ッはい!」
ヒビキは両手で涙を乱暴に拭いさるとアイトの言葉にはっきりそう答えた。
「うわぁッ!」
「イオ!」
そうしている間にもシャドーとラプラ達の攻防は続いていて、ハルキ達がいる近くの木にイオが思いっきり叩きつけられ、打ち所が悪かったのかそのまま気を失ってしまった。
「ヒビキは動けなくなったみんなを見ていて! 僕達が前に出る! 行くよ、ヒカリ!」
「うん!」
前ではシャドーの攻撃を防ぎながら、制御魔法で作った電気の剣でラプラが斬りかかっているが、シャドーもそれをうまくかわしていて、お互いに決定打にはなっていない。
「ラプラさん! 下がって!」
ハルキの声を聞いて、ラプラが後ろに飛び退いたと同時に、ハルキは走りながらシャドー目掛けて『バブルこうせん』を放った。
「くっ!」
「逃がさない!」
シャドーが『バブルこうせん』を横にとんで回避したところに、ハルキは『こうそくいどう』で加速しながら右手で『きあいパンチ』を繰り出す。
「ッ! 」
「ヒカリ! 今だ!」
後退させられつつも、なんとか『きあいパンチ』をガードで防いだシャドー。
そこに、ヒカリがすかさず『エレキネット』でシャドーを捕縛しようとするが、すんでのところで避けられてしまった。
「そう簡単にはいかないかー」
「動きを封じる技か....厄介、だなッ!」
シャドーがそう呟くと同時にヒカリに向かって接近し始めた。
ヒカリも『エレキボール』で牽制するが、シャドーはそこまで大きなポケモンではないので、こちらの攻撃を軽々避けながら接近してくる。
「喰らえッ!」
「うわああッ!」
「あぶねぇ!」
『シャドーパンチ』を喰らってしまったヒカリは少し吹き飛ばされたが、後ろに下がっていたラプラが飛ばされたヒカリを受け止めたため、木に叩きつけられることはなかった。
「ラプラ、ありがとう」
「いいってことさ」
ホッとしたのも束の間、体勢を崩している2匹の元にシャドーが接近し、再び『シャドーパンチ』で殴りかかろうとしていた。
「させるかああぁッ!」
そこにすかさず、ハルキが『アクアジェット』で横から割り込み、シャドーの両肩を掴んでそのまま引きずり、木にぶつけた。
「ぐッ!」
木にぶつけられたシャドーは苦悶の声をあげたが、すかさず影に溶け込むように姿を消した。
「影に、潜った..?」
ハルキがそう思った瞬間、奇妙な感覚と共に意識が遠くに沈んでいくような感覚に襲われ、ハルキは気を失った。
「ハルキッ!」
ハルキの足元から姿を現したシャドーに『10まんボルト』を放ち、シャドーを追い払うと同時にヒカリはハルキの元に駆け寄り、ハルキを抱き起こす。
「無駄だ。 そいつもしばらくは目を覚まさないだろう。 そして、お前もなッ!」
シャドーがヒカリに攻撃を仕掛けようと駆け出した。
「..ッ!」
が、しかし、ヒカリの視線に言い知れないプレッシャーを感じ、シャドーの足は止まってしまった。
(な、なんだ...。 なぜ、足が止まる?)
ヒカリはシャドーから視線を外し、目を閉じたハルキを見ながら静かに話した。
「確かシャドーって言ったね。君は強いよ。 けど、1つミスをおかした」
「ミスだと?」
「うん。 すぐにわかるよ」
シャドーの疑問に口元を緩めて、小さく笑みを浮かべながらヒカリは答えた。

――――――――――――――――――――

「ハルキ大丈夫?」
シャドーを木にぶつけた直後、反撃をもらい、後退させられたハルキの元にヒカリが駆け寄りそう声をかけた。
「う、うん。 なんとかね」
「そっかー。 でも、ハルキがシャドーの攻撃を避けていれば、私が心配することもなかったよね?」
「え?」
―――ドックン
笑った表情から一転して怒りの表情を浮かべたヒカリの言葉にハルキは自分の動悸が高まるのを感じた。
「そもそも、お前がスカーフ巻いていなければ、あたしたちが救助隊って気づかれることはなかったんだ」
「あたいがあんたらをかばって、こいつの攻撃を防ぐようなこともなかったんだ」
「僕達がこんな目に合っているのは君のせいです」
―――ドックン
ラプラに続いて気を失ったはずのイオとクロネまでハルキの元に近づきながら、怒りの言葉をぶつけてきた。
ハルキは近寄ってくるヒカリ達に思わず後ずさりをしていくうちに、いつの間にか背後に木がそびえ立ちそれ以上、後ろに下がることはできなかった。
「お前がこっちの世界にこなければ、俺は人間として向こうの世界で暮らせたんだ」
「あなたがいなければ、アイト君がこんなに苦しむこともなかったです」
―――ドックン
アイトとヒビキもヒカリ達同様の表情を浮かべながらハルキの元に近づいてくる。
「お前のせいだ」
「ハルキが悪いんだ」
「あんたさえいなければ」
「こうなったのも全部、お前のせいだ」
―――ドックン
自分の動悸が速くなっていくことを感じる。
「誰もお前なんか信じていないようだな」
遠巻きにハルキが責められている光景を見ていたシャドーが小さな笑みを浮かべている。
「....はぁー」
ハルキは目を閉じ、深呼吸をして、自分の胸の高鳴りを落ち着かせると、鋭い視線で目の前にいる自分を責めてくる存在を睨み付けた。
「君達は..誰だ?」
ハルキの言葉に目の前にいるハルキを責め立てる存在は動きを止めた。
「少なくとも僕の知っているみんなはこんなことは言わない」
「目の前の光景が信じられないか。 だが、お前が信じようが信じまいがお前の仲間はお前の事を....」
「........」
「ッ!」
ハルキの睨み付ける視線にシャドーは思わず言葉を詰まらせた。
「君が何を言おうが勝手だけど、僕の友達の姿に偽ってまでこんな事を言わせるのは、少し頭にきていてね...」
目の前にいる存在をかき分けながらハルキはゆっくり、シャドーに近づく。
「これ以上、僕の友達を侮辱したら許さない!」
「クッ!」
ハルキが言いきったと同時にシャドーとハルキを責め立てていた偽物のヒカリ達はこの場から消え去り、ハルキだけが森の中に取り残された。
「さてと。 たぶん、ここはシャドーの作った幻覚世界だろうし、早く目を覚まさなきゃ。 でもどうすれば....」
(「そう、そこは幻覚の世界。 迷い込んだら中々抜け出せない世界。....でも、君の瞳は偽りを見抜く」)
ハルキが脱出する方法を考えていると唐突にどこからともなく声が聞こえてきた。
「だ、誰!?」
(「強く思うこと。 これこそがぼくらの世界では何よりも力になる。 大丈夫。 偽りの世界だと見抜いた君なら抜け出せる」)
「....強く、思うこと」
ハルキは目を閉じ、聞こえてきた声の指示通り、幻覚世界から抜け出したいと強く思った。
すると、だんだん自分の意識が遠退いていくのをハルキは感じた。

――――――――――――――――――――

「すぐにわかるだと? フッ、戯言だな」
「んん....」
ヒカリの言葉を戯言だとシャドーが切り捨てたちょうどその時、ハルキが幻覚世界から戻ってきた。
「おかえり、ハルキ」
「ただいま」
この光景にシャドーは少し動揺したが、すぐに冷静になると目覚めて間もないハルキに追撃を仕掛けるべく動き出した。
「どんな手段で幻覚から抜け出したかは知らないが、目覚めたのならばもう一度倒せばいいだけだッ!」
ハルキとヒカリめがけて、『シャドーボール』を放ち、繰り出した技を追いかけるように自身もハルキ達に接近し、『シャドーパンチ』を繰り出す準備をした。
ヒカリとハルキの元に攻撃が届く瞬間、目の前に黒いローブを纏った1匹のポケモン、ラプラが両手を広げて、その身を盾にすることで『シャドーボール』からハルキ達を守った。
「こいつらは、あたしが...守る!」
「なッ!?」
シャドーが『シャドーパンチ』をラプラに当てる寸前のところで攻撃を止めると、明らかに動揺した表情で数歩後退った。

(「レン君は、あたしが...守って、見せるから!」)

「ポ...ピー....」
「?」
シャドーの言葉にラプラが疑問符を浮かべた瞬間、シャドー目がけて炎の塊が飛んできた。シャドーはぎりぎりの所で回避に成功し、炎の出所に視線を向けると、木を背に座ったアイトがヒビキの頭の上に自身の右手を広げた状態で置いていた。
「クソッ、外した。 ヒビキ、熱くないか?」
「だ、大丈夫です! それより角度は大丈夫です?」
「ああ、問題ない。 さっき言った通り鼻先にシャドーが来るように顔を向けてくれ。 もう1発いくぞ!」
「はい!」
ヒビキがシャドーに顔を向けると、アイトの右手が炎を纏い、手のひらから、さながら『かえんほうしゃ』のように炎の塊が物凄い速度で発射された。
「チッ!」
シャドーが後ろに大きく飛びのくことで、アイトからの攻撃を何とか回避する。
「みんな! ちょっとビリビリするかもだけど我慢して!ハルキとラプラは私に掴まって!」
「ヒカリ、何を!?」
シャドーが回避している間に、ヒカリが『エレキネット』で、少し離れた位置にいる気絶したメンバーを含めた全員を縛り、空いたもう片方の手で小さなふしぎだまを取り出した。
「そういうことか! ハルキ、ヒカリに掴まれ!」
「はい!」
ハルキとラプラが掴まってきたのを確認すると、ヒカリは持っていたふしぎだまを砕いた。
砕いたことでふしぎだまの効力が発揮され、周囲は青い光に包まれると、その光が消えると共にハルキ達の姿もその場から消えていた。
アイトがヒビキの頭に手を置いているのは、照準がブレないように固定してるという設定です。
今のアイトの体力では手を構えても、少し震えてしまい、誤ってハルキ達の方に炎がいく可能性がありますからね(^▽^;)

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