10話 絶対に解き明かしてみせる

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

  ○

 放課後。一応保健室の先生に診てもらった所、「もう大丈夫そうね。遊んでも大丈夫よ。あんまり激しいのは駄目だけどね」と言われ、僕はマイナンたちとサッカーを始めた。
「マイナン! パス!」
「おう!」
 マイナンから飛んで来たボールを、ピタリとタイミングを合わせて蹴る。入ったと確信してガッツポーズをしたが、キーパーをしていたシシコが見事にそれを弾いた。ガッツポーズをしたまま僕は「あっちゃー」と呟く。慌てて頭を振り、僕は再びボールを追いかけた。
 そうやって過ぎて行く放課後。それを遮ったのは、イブの声だった。
「リオー、もう帰らない?」
「あー」
 僕は空を見る。少しずつ夜になるのが遅くなって来たとはいえ、もうそろそろ暗くなりつつある。僕は頷いた。
「お前今日倒れたんだし、ゆっくり休めよな」
 と、これはシシコ。そんな中、マイナンが不思議そうに首を傾げる。
「あれ、姉ちゃんは?」
「え? そういや今日は見てないな」
 イブの顔にも疑問が浮かんでいた。けれど、それはすぐに消え去る。
「まあ、そういうこともあるんじゃない? マイナン、プラスルが来ないからって遅くまで遊んでちゃ駄目だよ」
「はぁい……イブ、姉ちゃんみたい」
 みんなが笑った。僕はイブの方へ歩き、みんなの方へ向き直る。
「んじゃ、また明日!」
 別れのあいさつをして、僕たちは帰り始めた。
 2匹で帰り道を歩く。ちなみに、ローネはとっくのとうに帰ってしまったらしい。
 思い出されるのは、体育の時のローネのあの言葉。

『……記憶がない。それはただただ、言いたくないがための嘘。だけど、何かしらあたしの境遇がイブの琴線に触れて、思わずあたしの前でそれに繋がりそうな発言をしてしまった。そう考える方が妥当じゃない?』
『イブはホントは、記憶がある……?』
『なんで言いたくないかまではわかんないけどね』

 うーん……と僕は少し頭を捻る。今隣をゆっくりと歩くイブからは、そういう負の感情は感じられない。けれど、とも思う。負を感じないこと自体が、不思議だよな……。
 イブの感情を探ろうとしてみる。けれど、波導を上手くは使えない僕には、ぼんやりとすら見えてこなかった。
「それにしても、お疲れ様だねリオ」
「え?! あ、う、うん……」
「どうしたの?」
「な、なんでもないよ?」
「ふーん」
 疑るようにこちらを見るイブに向けて、僕は「ほら、早く帰ろうよ」とごまかす。
 イブには秘密。いくら僕がバカだからって、その理由ぐらいはわかる。僕はイブを信じてる。だけど、ローネの疑問ももっともだと思っている。僕は、2匹ともを信じてる。
 そして、と頷く。
 何よりも、ドーキがない。わざわざ隠す、理由が。自分を傷付けたポケモンを庇ってまで嘘を吐く理由がない。
「……勉強やり過ぎた? 今日ホント、変だよ。帰ったら宿題やってゆっくり寝なきゃ」
「えー! 宿題やるのー?! 今日ぐらい許してよー!」
「ダーメ!」
「むぅ」
 僕は頬を膨らませてみせる。イブはクスリと笑った。

  ◇

 家で1匹、イブについて考えを巡らせる。
 正直、なんでリオに伝えたのかはわからない。ハッキリ言って、あの純粋バカを巻き込むのは、愚策としか言いようがない。けれど、リオにはイブのことを知る権利がある。どうしてか、そう思った。
 あたしは、イブのことを知りたい。それはきっとリオもだ。それならば、イブを最初に拾ったリオにはその権利があるはずだ。リオがいると確実に事態はこじれる。けれど、間違ったことだとは思わない。
 イブには何か秘密がある。イブを信じたい。だからあたしは、それを知りたい。
 ふう、と息を吐き出す。
 記憶があろうとなかろうと、あたしが指摘した場所以外に矛盾は見られない。当たり前だ。綻びなんて、そう簡単には見付からないだろう。なんたって、イブ程の頭脳の持ち主が全力で隠そうとしているのだから。
 あたしは、ほとんど唯一の特異点と言ってもいい、ナマエについて思考を移すことにした。
 今はあたしたちも持つ、ナマエ。けれど、あたしが知る限り、ナマエを持つのはあたしたち3匹だけ。リオとあたしのナマエの来歴は間違いなくイブなので、イブしか持たないものだ。
 イブが言ったという発言は、他にもナマエを持つイーブイの存在を示唆している。呼び分ければいい、という当たり前の発想を、あたしたちは言われるまで持たなかった。だから、これは確実に突破口になるものだ。
 ナマエを持つ、という特徴だけでかなり絞れると思うのだ。警察に所属していながらこんな簡単なことを見落とすとも思えないのだけれど。
 帰って来たら訊いてみようと思い、それからあたしは苦笑いする。

 ナマエ。あたしたちの、友達の証。それが疑いの素になるだなんて、酷い皮肉だ。

 まあ、あたしみたいなポケモンが持てる友情なんて、こんなもんか。
 まあ、これでいいや。
 だって確かに、いくら歪んでいようと、これは友情と呼んでもいいものなのだから。
 あたしには有り余る程の幸福だから。

 ただいまぁ、とのんきな声がして、あたしは我に返る。
「お帰り」
 リオたちがかばんを下ろす。
「ママは?」
「帰ってない」
「行方不明……ホント、なんなんだろうね」
 リオがこぼす。イブも小さく頷いて、そしてすぐに言う。
「だけど、私たちが首を突っ込めるような話でもない。お母さんに任せよう」
「まあね……僕らの周りでは、何も起こってないし」
 うん、とイブは頷いた。
 ハッキリ言って、どうでもよかった。見知らぬ誰かが消えようと、あたしたちには関係ないのだし。

  ○

「なんでテストが終わったのにかけ算のまとめなんてやらなきゃダメなんだよー!」
 宿題を進めながら、思わず唸る。ローネが呆れたような目でこちらを見ていた。
「むぅ、なんだよその目ー」
「別に」
 地味に傷付くんですけどー。そんなクレームをぶつけながら、僕は少しずつ答えを埋めていく。
「でも文句言う割りに、あんたできるようになってるし」
 え、と顔をあげる。ローネは「ま、この程度の問題ができて喜んでるようじゃあれだけど」とつれなかった。僕は頬を膨らませる。ローネは、「ま、もうあたしがいなくても問題ないね」と立ち上がり、部屋から出て行く。
「あんたはバカだけど、でもいいバカだと思うよ」
 そんな言葉を残して。

「イブ、ミスった?」
 なんだか異様に薄味なスープを飲んで、僕はそう言う。イブは「あー」と虚空を見詰める。
「それ、あたし」
 ローネがため息とともにそう言った。
「まあ、あたしもまだまだってことね」
「おかしいなぁ、レシピちゃんと見てたはずなのに」
 イブが首を傾げる。ローネは、ま、そんなもんよと言い切った。
「リオってさ、割とよく、『僕はバカだけど』とか『僕はバカだから』って言うじゃん」
 いきなり話の矛先がこちらに向いて、僕はえ、と動きを止める。
「自分のことをキチンとバカだと自覚できるの、実は凄いことだよ。あたしも、そうありたい。少なくとも、自分のことをいっぱしのポケモンだと思い込んでたような、父親みたいなポケモンにはなりたくない」
「……そ、それがどうしたの?」
「要するに、あたしはまだ料理が下手。たぶん、手先どうこうとかじゃなく。せめてそれに自覚的でありたいよねって」
 言いながら、ローネは味のしないスープを一気に飲み干し、それから顔をしかめる。
「おえ、まっず」
「にしても、ローネが作ったんだ」
「まあね。ただ居候してるだけじゃ申し訳ないし。あたしはリオと違って力仕事もできないし、せめてこういうことぐらいしたいなって、イブに教えてもらったの」
「まあ、お母さんのあれは、教わってできるものではないからね……」
 そう言ってイブは苦笑いする。どうも、イブは料理の秘訣をママに聞いたらしい。何もリターンは得られなかったそうだけど。
『料理は気合いだよ!』とかなんとか言ってるママの姿が、簡単に目に浮かぶ。
「ま、なんにせよ、これから上達すればいいよ」
「だね」
 イブの励ましに、ローネは頷いた。僕もついでに頷いておく。

  ◇

 リオが宿題している姿を眺めながら、あたしはぼんやりとしていた。イブについての思考も手詰まりで、特に考えることもない夜。
「ローネって、バトルはしたことあるの?」
 リオが不意にあたしに問う。あたしは首を横に振った。体育でバトルが解禁されるのは3年からだ。今は基礎体力をつけるために、スポーツをしてばかり。授業以外の環境でバトルできる程には、あたしの境遇は恵まれていなかったし、仮にできたとしてもしなかっただろう。
 イブ程ではないが、あたしも運動は嫌いなクチだ。多少はできるが、面倒だから避けていたい。
「そっか。うーん、やっぱりメスってそういうのが嫌いなポケモンが多いのかな」
「さあ? 例外なんていくらでもいるでしょ。たまたまあたしもイブもそういうのがどうでもいいだけ」
「うーん……?」
「どうでもいいでしょ、メスっぽさオスっぽさなんて。めんどくさい」
 本心から、あたしは言う。あたしがここで答える義理はないはずだ。
「にしてもなんでいきなり」
「今日、イブが体育苦手って言ってたから、なんとなく。ローネも寝てたし」
 あたしはため息を吐いた。
「あれは面倒なだけ。イブは真性の運動オンチなのかもしれないけど」
「……事実だけどそんなこと言わないで」
 あ、とあたしは振り返る。俯くイブがそこにはいた。
「……ごめん」
「ローネが謝った……」
 リオが愕然と呟く。言われて、あたしもふと気付く。リオ相手にはバカと言い切れるのに、イブのこれには、申し訳なさがあたしを襲っているという事実に。
「……ったく、この低能」
 自分に向けてそう呟く。
「お、お風呂沸いたよ」
 イブがあたしの思考を遮った。あたしは頷く。

  ○

 ローネの態度も釈然としないが、イブに対してもひとつ不満がある。
 お風呂の時、ずっとローネの方ばっかり向いているのだ。
 そもそも初めから、ローネと一緒に入ることにはちっとも抵抗しない。僕との時はあんなにびくびくしてたのに。
 なんだか仲間外れにされているような気がする。気のせいなのはわかってるんだけど、ちょっと傷付く。
「ねえイブ、なんでこっち見てくれないのさ」
「ふえっ?! ……いやまあ、確かにそうなんだけど」
「……イブ、何もリオ相手に気に病む必要なんてないよ」
「ローネ、わかってよ……」
「……何を?」
「違うの! 私リオのことが嫌いな訳じゃないの! ……だから見たくないの」
「……難しいよ」
 イブがお風呂から上がる。
「ごめん、熱くて。のぼせちゃうの……」
 後に残された僕ら2匹は、揃って首を傾げていた。
「イブ、あれどういうことなんだろ」
「さあ……?」
 ローネにもわからないとなると、僕にはもっとわからない。
 うーん、やっぱりイブには謎が多い。イブの勢いに呑まれて、憂鬱は消えたけれど、疑問ばかりが残る。
「矛盾なく完璧なのに、謎ばっかり出てくる……なんなのホント」
 ローネはそう呟いていた。
「まあいいや、あたし上がるね。リオはもう少し?」
「うーん、僕もそろそろ出るよ」

 3匹並んで布団に潜る。部屋は少し狭くなったけれど、広いよりずっと気分はよかった。まあ、もう慣れて来てるんだけど。
「ふああ、眠いや」
「リオ、今日はお疲れ様。おやすみー」
「おやすみ」
 それだけ言って、僕は目を閉じ……。

  ◇

 もう寝たよ、リオ。
「……凄いね」
 イブの言葉にあたしも苦笑いで応える。
「あたしも、今日は寝るよ。おやすみ」
「おやすみ」
 小さな声でそんな会話が繰り広げられ、あたしは目を閉ざした。
 明日からだ。まずはナマエについて調べよう。
 イブには何か秘密がある。あたしはひとつ、息を吐く。絶対に解き明かしてみせる。イブのことを、もっと知りたいから。

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