第3話「魔性の光源」

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 キラキラと夜に散っていくエメラルドグリーンの雫。

「二匹とも、体勢を低くして!!」

 ハクリューの合図で前かがみになる二匹。
 進行方向には″生命の樹″の屋根。
 大きく勢いをつけて飛び込んだ。

 生命の樹の体は二重の構造になっている。外から見える幹は、幾つもの木が織り成した壁であり、その内側に本物の幹が立っている。
 湖の下へ行くには、その壁の中を通らなければいけない。
 開放的な夜の空からうって代わり、視界の奥まで山盛りに茂った枝葉のなか。僅かな隙間をハクリューの細い体が器用に潜り抜ける。リオルとミミロルはなるべく枝葉にぶつからないように身を縮めていた。
 刺のある空間を進むこと約数十秒。ようやく抜け出した先は"生命の樹"の中の空洞。



 木漏れ日もない夜。内側は真っ暗闇かと思いきや、肌を撫でるような光が二匹を照らした。
 その光源は幹の中の中心にある一本の樹。
 やさしい光に当てられて、段々とこの空間を作る壁の形がよく見えてきた。幾つもの木々でできたそれは、発光する幹を囲い守っている。

「不思議な感じ……」

 リオルの感嘆の声が樹のトンネルのなかを反響する。外の世界から完全に閉ざされたそこは、まるでどこか遠くの異世界のようにも思えた。

 樹のなかをゆっくり下降していくと、中央の木が根を張っているのが見えた。そのすき間から黄色の光がもれている。
 近づくにつれ暗闇に慣れた視界が光に満たされていく。目をそらしたくなるような眩しさではない。心地よさ以外の雑念を洗い流してくれるやわらかい光。


「ミミロル、リオル君。着いたよ!」


 入り口を抜けた先に待っていたのは、地下とは思えないほどに明るく開けた空洞。

 大きな缶詰のような形で、巨大な蔓が隙間なく巻かれて出来た壁。光の正体は天井に張り巡らされた根。樹から垂れた根っこの先に逆さまの花が咲いて、黄色い光を放ってそのなかを照らしている。

「ここ凄いでしょ? リオル」
「うん……こんな場所があるなんて……」

 自分のことのように自慢げなミミロルと、素直にうなずくリオル。
 見たいこともない神秘的な世界をキョロキョロと見渡して、息をのんだ。そして自然と気分が高揚していく。
 疲れなど忘れて声を弾ませている様子に、ハクリューは思わず笑みをこぼした。

「ようこそ、"守りの里"へ」

 彼女は巨大な樹と湖の下にある村を、守りの里と呼んだ。




「ここを探検するのは明日!」

 ハクリューの家につくなり、そう言い残して清流のごとく眠りについたリオル。
 彼を起こしてしまわないよう、ミミロルとハクリューは家を出て話をする。

「寝なくていいの? 疲れてるでしょ?」
「うん。話したいし」
「そうね。私もいろいろ聞きたい」

 ミミロルはいつものようにハクリューが伸ばした長い体の途中に座ってリンゴをかじる。

「ハクリューはそのムウマージさんと知り合いなの?」
「ええ。まあね」
「どんなポケモンなの?」
「イタズラ好きの陽気なおばあさんって感じ。でも昔はとっても強いポケモンだったらしいから、怒らせるとほんとに怖いかもね~」
「ハクリューに似てる……」
「私がおばあさんってこと?」
「いたずら好きってところが」
「なるほどねぇ……。たしかに似てるかも。とくに実力者で怒らせると怖いところ、とか」
「それ自分で言う?」

 会話が終わったところでハクリューの頬がニヤリと緩む。ウズウズが我慢できないように話を始めた。

「それにしてもっ。まさかいつも大人ぶってるミミロルちゃんが、あんな子どもだましに引っ掛かるとは思わなかったな~」
「別に、大人ぶってるわけじゃ……」
「その上私に助けてもらおうと逃げてくるなんて、意外と可愛いオンナのコよねぇ」
「うるさいな……。仕方ないでしょ。怖かったんだから……」
「んー? なに? もう一度言ってもらえる?」

 ハクリューは赤くなったミミロルの顔を覗いては、ニマニマと嬉しそうな笑みを浮かべる。

「……怖かったの! わるい?」
「いいえ? ぜんぜん」
「それに、頼れる相手なんてハクリューしかいないし……」
「うん。だから、それでいい。ミミロルは……」

 ハクリューは目の高さをミミロルに合わせ、いかにも "やさしいオトナ" らしい声で囁いた。

「はぁ……会いに来なきゃ良かった……」
「えぇ~? どうしてよ」

 ミミロルはハクリューに敵わない。
 いつもミミロルに散々イジワルしておいて、自分が満足すれば優しくフォローする。
 ハクリューのいつもの手口だ。
 からかわれるのがイヤで拒絶しようとしても、どういうわけか最後にはミミロルが離れられなくなっている。
 ミミロルは「ズルい」と口をとがらせながら、ハクリューの頬に優しく手をそえた。

「ミミロルの話も聞かせて」
「あぁ。そうだった……」

 本題を思い出すと、気持ちを切り替えるため軽く座り直したミミロル。リオルと出会ったときのことから話を始めた。




「── で、リオルに"きあいだま"を教えることになったの」
「へぇ~。ちょっと意外、ミミロルってそういうの苦手だと思ってた。リオル君みたいな元気な子も」
「うん。苦手……なんでオッケーしたのか自分でもよくわかんない」
「嬉しかったんじゃない?」
「はぁ? なんでよ? そんなわけないでしょ。あの時は、ただなんとなく……」

 普通に質問したつもりのハクリューだが、食い気味に言い返してくるその反応に一瞬驚いて声が止まった。
 その表情にミミロルもハッとする。「何を必死になっているんだ」と、顔が熱くなった。
 みるみるうちに赤くなるミミロルをみて、ハクリューは丸くした目を細める。いつもミミロルをからかうときの表情だ。

「あら? 急に焦ってどうしたの?」
「い、いや……え、っと……」
「図星なんだ? 褒められてお願いされて、嬉しかったんだ?」
「ほ、ほんとに、違うから……あの時は、ただ……」
「…………そう? ごめんなさい」

 苦しそうなミミロルの声を聞いてからかう口が止まる。もっとイジりたい気持ちが溢れそうだったが、踏みとどまった。

「それじゃあ、他には何かあった?」
「うん……。一回だけ、"きあいだま"が成功した」
「え! そうなの!?」
「一回だけでそのあとやってもダメダメだったけどね」
「それでも一歩前進じゃない! やったね!」
「うん。ありがとう」

 ハクリューが自分のことのようにはしゃぐのに対して、複雑そうにうつむくミミロル。

「まだ、イーブイのこと、気にしてる?」
「そりゃあ、まぁ……」

 イーブイは、ミミロルが"きあいだま"で怪我を負わせてしまった友だちだ。ミミロルはそれについて謝るどころか、ろくに話すこともできないままだった。

「今日成功したときだって、もし失敗したらリオルを怪我させてたかもしれないし」
「ミミロル……」
「…………ごめん。もう、寝る」

 ハクリューがかける言葉を探している。その間の沈黙に耐えきれなくなって、逃げるようにその場から離れた。
 ミミロルが歩く一寸先の未来は、考えるほど暗がりに沈み続ける。それを打ち止めるためにまぶたを閉じた。




 やがて月は姿を消し、太陽が世界の輪郭を照らしていく。

 翌朝目を覚ましたミミロルの鼻を香ばしい匂いがつつく。体を起こすと、すでにハクリューが朝食の準備を済ませていた。

「あっ、手伝いたかったのに……」
「気にしないで。ゆっくり寝る方が大事」

 ハクリューの家に泊まった日は家事の手伝いをするのが恒例だった。しかし昨晩寝るのが遅かったためか、ぐっすり眠っていた。あくびをしながら大儀そうに立ち上がる。
 ふと横で眠っていたリオルの体が揺れたのが見えた気がした。

「リオル、起きたの?」
「おぎでなぁい」
「起きてるじゃん」

 微妙に弱ったリオルの声に違和感を覚える。てっきり疲れがとれて、騒がしさとともに飛び起きるものだと思っていたからだ。

「なに? どうしたの」
「なんでもない……」
「あっそ。ご飯食べるからさっさと起きて」
「あい……」

 ゆっくりと起き上がって食卓に向かうリオル。その時、ミミロルがあることに気づいた。

「おはようリオル君。朝ご飯できてるよ」
「おはよー……わぁ、おいしそぉ」
「ハクリューのご飯は超うまいからビックリするよ」

「いただきます!」

 昨日の晩なにも食べてないままだったリオルとミミロル。二匹がとてつもない勢いで献立を口に運んでいく。

「んー! おいしいー!」
「ほんと? お口にあって良かった」
「そういえばリオル、なんでさっき泣いてたの?」
「ぶふぅっ!? いきなりなに!?」

 口の中の食べ物を吹き出しながら聞き返す。さっき起きた時、目を擦った手が少し濡れているのをミミロルは見つけていた。

「泣いてたの? リオル君が?」
「うん。だからなんか怖い夢でも見たのかなって」
「ぶふぅっ!?」
「もしかして当たってんの?」
「う、うん。そうだよ……」
「うわぁ。オトコのコのくせに夢で泣いちゃうとか」
「う、うるさいなぁ! しかたないじゃん!」
「まぁまぁ、二匹とも落ち着いて」

 ハクリューはリオルをなだめると同時に、ミミロルの方へ鋭い視線と悪寒を差し向けて牽制する。

「その夢の話って、リオル君のお家のことと繋がってるの?」
「うん。よくわかったね……」
「家に帰らなかったのとか、変だし」
「それを言うならミミロルだって帰らなかったじゃん。なんで?」
「私は親に許可とってるからいいの」

 そういった瞬間、ハクリューが唖然とする。ミミロルの言ったことが大嘘だからだ。許可をとっているどころか、今ミミロルの親は彼女がどこにいるかすら知らない。
 平然と話を続けるミミロルを見て、ハクリューがやるせない気持ちになっているなか。
 今度はリオルが拗ねた口調で言った。

「ボク、親と仲悪いんだよ」
「リオルの親ってあのルカリオさんでしょ? 仲悪いって?」
「うん……。ボク、"開拓者" になりたいんだ」
「まぁ、そうだと思ってた」

 リオルの親、ルカリオは″開拓者″として有名なポケモンだった。
 ミミロルや周囲のポケモンとしては、彼がそれを目指しているのも当然のことのように感じる。

「だけどお父さんはいつも『お前じゃ"開拓者"にはなれない!』って言ってくる。だから嫌い」
「嫌い、か……。リオルがそういうこと言うってなんか意外」
「やっぱり、こんなこと言うのよくないかな?」
「別にぃ? 私はなんとも思わない」

 そう言いながら口の中のものを飲み込んで、ミミロルは力強く立ち上がった。

「食べ終わったら外に来て、″きあいだま″の練習しよう」
「……! わかった! すぐ食べる!」

 返事をしてから急いでご飯をかきこみ、リオルも立ち上がる。




 家を出て向かったのは"守りの里"の端にある空き地。

「ここなら少しくらいミスしても大丈夫だってさ」
「よーしっ! やるぞぉ!」
「リオル君もミミロルも頑張ってー」

 ハクリューが見守るなか、練習を始める。
 "きあいだま"は体から一点に力を込めてエネルギーの玉を作り出す。使う体の部位はポケモンによるが、ミミロルやリオルの場合は両手がやり易い。

「まぁ"きあいだま"って出すまでは簡単だから、とりあえずやってみなよ」
「わかった!」

 "きあいだま"を作るところまではミミロルでもすぐにできたため、リオルもすぐできるだろうと思っていた。
 しかし ── 。

「ほあーっ! とぉぉー!!」
「えぇ……ウソでしょ?」
「こい! でろ! "きあいだま"ぁーっ!!」
「なんで……!?」

 リオルがコミカルな掛け声をあげながら悪戦苦闘する様子に、困惑を隠せないミミロル。
 彼はかれこれ一時間これを続けていた。

「なかなか上手くいかないなぁ~。ミミロル、何かコツとかない?」
「コツねぇー。"気合い"?」
「さ、さすが感覚派……ッ!」
「二匹とも、この辺りでちょっと休憩にしない?」

 二匹の練習をそばで見ていたハクリューが立ち上がって、あらかじめ用意していた山盛りのきのみを持つ。
 叫び疲れて地べたに座り込んだリオルと、少し距離をおいたところでミミロルも座る。

「うーん。もうちょっとだと思うんだけど……」
「いや、全然ダメでしょ……。何でそんなにできないの?」
「うっ、そう言われてもわかんないよ……」
「ミミロル、そんな言い方したらリオル君がかわいそう」
「だって、簡単なことなのに……!」
「ミミロルにとっては簡単でも、リオル君にとってはそうじゃないかもしれないでしょう?」
「……んー……」

 納得できない気持ちをのみ込むようにリンゴをかじる。
 "きあいだま"の発動。ミミロルには当たり前にできることだったため、リオルがそれをできないことが不思議で仕方なかった。

「簡単にできるミミロルは、やっぱりスゴかったんだな~」
「また言ってるよ……。ウザい、うるさい、うっとーしー」
「ほ、ほめてるのに……」
「それがイヤだって言ってるの!」

 イライラした様子のミミロルをやれやれと言った様子でなだめるハクリュー。居心地の悪い静けさに、ミミロルがリンゴをかじる音だけが響く。
 次にその音がなった直後、リオルが口を開いた。

「ミミロルは、"はどうだん"ってわざ知ってる?」
「……そりゃあ、もちろん……」

 "はどうだん"とは。
 リオルの父で開拓者であるルカリオが使うわざで、一部のポケモンしか覚えられない。その一部のポケモンがルカリオとその種族であるリオルだ。
 ミミロルがリオルと出会ったとき、「何故″きあいだま″をやりたがるのか」と疑問に思ったのは、リオルが"はどうだん"を覚えられる数少ないポケモンだから。
 "きあいだま" と "はどうだん" は似ている。

「ボク、"はどうだん"がうてないんだ。今の"きあいだま"と一緒で、出すこともできない」

 少し苦しそうに息継ぎをして続ける。

「だからお父さんに『"はどうだん"がうてない奴は開拓者にはなれない』って言われてるんだ」
「じゃあ……"きあいだま"を覚えようとしてるのは、お父さんに認めてほしいから?」
「違うよ」

 ミミロルの問いに力強く返す。
 立ち上がり、ギュッと拳を握った。

「"はどうだん"なんか使えなくても、"開拓者"になってやるんだ! 認められなくても、立派に開拓者になってお父さんを見返してやるって決めたんだ!」
「……リオルは、カッコいいね」

 高らかに宣言するリオルが、ミミロルの目には痛いほどに眩しくて目をそらす。


「ねぇハクリューさん!」
「ええ。なに?」
「ボク、ここに住みたい!」
「えっ!?」

 突然の申し出にハクリューとミミロルが同じように驚く。しかしリオルはまっすぐハクリューの目を見て言う。

「ここにいる方が楽しいし。家に帰りたくない!」
「で、でも……!」
「家事とかご飯とかボクも手伝うから! お願いします!」
「リオル、あんたねぇ……」

 昨日同じくお願いされた側のミミロルが呆れたように頭を抱える。
 ミミロルの秘密基地に、これからリオルが住み着くと思うとたまったものじゃない。

「それは、厳しいかな……」
「えっ?」
「私、明日からシゴトでしばらく里を出ないといけないの」
「そんなぁ……!」

 こんな場所に空が飛べず、自由に出入りできないリオルとミミロルだけを残していくわけにもいかない。
 かといって預ける相手もいないため、ハクリューがいなくなる前に家に帰らせるしかなかった。

「ごめんね。リオル君」
「こっちこそ無茶なこと言ってごめんなさい……」
「でもっ、明日の朝まではちゃんといられるから……!」
「ありがとう……。ねぇ、ハクリューさんってどんなシゴトしてるの?」
「えっ? うーんと……」

 ハクリューは少し考えたのち、潔く答えた。

「私は "開拓者" だよ」

 
 "開拓者"。それは、この世界に生きるポケモンなら一度は憧れる夢のシゴト ── 。

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