Box.10 水際の防衛戦

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「三十六計逃げるが勝ちッス!」

 衝突かと思われたが、イミビはギャロップを方向転換させるとすぐに逃げて行ってしまった。完全に戦闘態勢に入っていたホトリがこける。

「なにー!」

 慌ててゴルダックの背に飛び乗り、イミビを追いかけた。水路は氷と岩で封鎖されてはいるが、ゴルダックは「念力」と「波乗り」を上手く組み合わせ、水と念力の波を凄まじい勢いで泳ぐ。シャワーズもすぐさま水路に飛び込んだ。

『18番! 通過しました!』『6番! 火炎放sうわー!』『9番!』『3番! 相棒が踏まれました!』
「えーいちょこまかちょこまかとっ! 正面突破で来いってーの!」

 ホトリが片手につかんだ無線から、次々と続報が舞い込んでくる。悪態をつきながらもゴルダックと共にイミビを追いかけるが――ギャロップの最高時速は240キロ。相手が本気で逃げ回れば、絶対に追いつけない。脳内のナギサマップでイミビの先回りを図るが、相手はホトリを見止めると即座に戦線を離脱してしまう。

『11番! 火の手が収まりません!』『15番! すれ違いざまの火炎放射で怪我人が……っ!!』『8番! 封鎖が破壊されました!』
「キリがない……ッ!」

 ホトリは唇を噛んだ。イミビの目的は、ホトリを倒すことではない。街をひっかきまわし、水路の封鎖を邪魔することだ。街の封鎖を破壊した後は、トンネル付近、最後の封鎖を破壊するつもりなのだろう。

「っ今動ける奴! 街の封鎖は捨てろ! 全てのポケモンを最後の封鎖前で回収する!」

 無線向こうからは戸惑いの声もあったが、みな最後の封鎖前――地下大空洞へのトンネルへと急いだ。
 その指示はイミビも聞いていた。路地裏に身を潜め、巻き上げた無線に耳を傾けていた。

「なかなか賢いっスね~。でもイミビには分かるっス。これはきっと、罠っスよ!」
「キュイイ?」

 ポケモンの回収も目的だろうが、ホトリは最後の封鎖前で迎え討つ気なのだと、イミビは理解していた。イミビの目的は水を大空洞内に流すこと。水ポケモンの廃棄も任務の一つではあるが、あくまでおまけだ。

「でも行くっス。罠だとわかってても、イミビはお仕事の為に行くしかないんスよ。辛い立場っスね~えらいっスよ!」
「キュイキュイ!」

 イミビが待っていると、街が静かになってきた。トレーナーたちのほとんどは、もう移動したのだろう。約一名のみ、何を狙っているのか上空で窺うムクバードがいるが――手出しができるレベルではなさそうだ。無視してもかまわないと判断し、イミビはギャロップを走らせた。

「まぁ罠でも何でも、全員焼き払ったらいいだけの話っスからね。面倒もなくてちょうどいいっス」
「キュイ」

 イミビがたどり着く頃には、最後の封鎖はより強固になっていた。もはや人の出入りを想定はしていないようで、水路の出口は氷と岩の居城によって固められていた。その傍らで、ホトリが中心となってモンスターボールの回収作業も行われていた。
 まだ姿は見せない。イミビは腰のモンスターボールからバクーダを出した。

「バク太、暴れるっスよ!」
「ふごぉ!」

 バクーダは背中の溶岩を煮えたぎらせた。ぐらぐらと危険な音を立てるそれは、10000℃にも匹敵する溶岩だ。雄たけびを上げると、巨体を滑らすように氷と岩の居城に向って走り出した。

「来たぞ!」

 走ってきたバクーダに反応し、水ポケモンたちがハイドロポンプや水の波動で迎え討つ。バクーダの背中の溶岩がいっそう強くぼこぼこと音を立てた。迫る水技の眼前で、バクーダの背中から溶岩がはじけ飛んだ。

「ふごおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 バクーダの“噴火”だ。勢いよく四方に飛び散った10000℃の溶岩がぶつかった水技を次々に蒸発させていく。バクーダを中心として雨のように降ってくる溶岩に、トレーナーもポケモンも悲鳴を上げた。イミビが笑い、ギャロップに乗って駆け降りてくる。

「まだまだ足りないっスよ! もっともっと! 噴火するっス!」
「ふごぉ!」

 向かってくるハイドロポンプを蒸発させ、素早く駆け回るギャロップが水ポケモンたちを蹴散らしまわる。駆けつけたホトリがゴルダックを繰り出した。

「ゴルダック、金縛り!」

 ゴルダックの両眼が光った。バクーダの動きがぎしりと止まり、背中の噴火が押し込められる。続いて飛び出したシャワーズが水の波動を放った。顔面に叩きつけられた水の回転に、バクーダは目を回した。

「ふごっ!?」
「ピュウ!」

 チャンスとばかりにシャワーズが迫り、再度水の波動を放つ。より近距離ならば、先ほどより大きなダメージが見込める。バクーダの背中の溶岩は黒くぶすぶすと煙をあげていた。だが、ぼごん! と大きな音が立った瞬間、黒い煙が勢いよく噴き出した。

「ピュリ!?」

 高温の煙は水の波動とぶつかり合っただけでなく、周囲全体を巻き込んだ。“噴煙”が視界と呼吸を妨げる。近距離にいたシャワーズは噴煙を吸い込み、喉が焼けた。血の混じった咳をしながら苦痛に転げまわる。

「ピュゴッガ……ッ!」
「ゴルダック! バクーダを止めて!」

 噴煙を噴き出すバクーダを止めるべく、ホトリは口元を覆いながら悲鳴のように叫んだ。視界不良のままではシャワーズを戻すことさえままならない。ギャロップが駆ける足音がする。噴煙に紛れて、封鎖の破壊を続けるつもりだ。ゴルダックの額が赤く輝き、念力がバクーダの居場所をとらえた。瞳が金縛りを放つが、噴煙の圧力の押し負ける。技を切り替え、吹き出し口を念力で無理やりに抑え込んだ。バクーダは一度水技を食らったはずだが、抗う圧力にゴルダックは歯を食いしばった。吹き出そうとする圧力と念力がギリギリのラインを押し合う。ゴルダックの努力をあざ笑うかのように、イミビはそろそろかと、声を張り上げた。

「バク太! 地震ッス!」

 バクーダがギシギシと巨体を持ち上げ、斧のように地面に振り降ろした。地面が大きく揺れた。震動が伝わり、封鎖する岩と氷に細かいきれつがはしる。ハッとしたホトリが、体勢を崩しながらもモンスターボールを放り投げた。

「ラグラージ!」

 ラグラージが飛び出し、氷と岩を支えるべく走り出した。バクーダが再び地面を打ち鳴らす。揺れる地面に足を取られ、ラグラージは膝をついた。ダメージを受けながらも、ゴルダックは念力を必死に保つ。イミビはにやりと笑い、ギャロップの口を氷へと差し向けた。

「火炎放射ァ!」
「キュアアアアアアア!」

 他のトレーナーたちが防衛すべく水技を放つが、ギャロップの火炎放射に触れるとすぐに蒸発してしまう。イミビのギャロップの炎技の威力は、常軌を逸している。その実力はジムリーダークラス――いや、それ以上だ。火炎放射がぶつかり、岩と氷の封鎖が破壊される。転がり落ちる岩と一緒に、氷によってせき止められていた水も決壊した。

「ゴルダック! ボールを!」

 ホトリが鋭く叫んだ。ゴルダックの額が強く輝く。バクーダの抑え込みが解除され、その分のエネルギーが流されるモンスターボールへと差し向けられた。念力を使い続けるゴルダックの限界が近い。精神を削り、全身全霊のサイコキネシスで水の流れを止めた。額に盛り上がった血管がちぎれ、血が噴き出した。イミビがうっとおしそうに顔を歪める。

「バク太! もう一度地震っス! ぽに子! 火炎放射!」

 バクーダが上体を大きく持ち上げた。ホトリが水を指し示す。「ラグラージ!」時の止まった水の中に、ラグラージは飛び込んだ。イミビが冷笑する。手作業でボールを回収するつもりなのだろうか? 無駄な事を。バクーダが足を振りおろし、二度地面は打ち鳴らされた。ゴルダックは手が離せない。地震の攻撃範囲から逃れることができない。残された体力は――あとわずか。
 ホトリがゴルダックを抱きかかえた。

「お、あ――おんどっしゃらあああああああああああああああああああ!!!!!」

 ゴルダックの体重――平均値77㎏。持てる気力のすべてを振り絞り、ホトリはゴルダックを放りあげた。イミビの目が点になった。確かに空中は地震の範疇外ではあるが、だからなんだというのだ。投げ上げたといっても、それはわずかな距離だ。滞空時間はほんの一瞬。地震の後一撃でゴルダックは倒れる。
 だが、思わぬ横やりが入った。黒い影が走ったかとイミビが思った瞬間、ムクバードがゴルダックを掴み空へと飛びあがった。

「クェーッ!」
「な……っおまえっ!?」

 驚愕するイミビの足元で地震がすべてを襲った。ホトリも、イミビも、そしてギャロップも足を取られて動けない。唯一の例外は空中、そしてサイコキネシスによって止まった水だけだ。

「ゴルダーック!」

 ホトリに答え、ゴルダックが残り全ての念力を叩きこむ。氷と岩、そしてラグラージの入り混じった水がうねりをあげて持ち上がった。水路を飛び出し、津波のようにフィールドに流れ込む。流石のイミビも目を剥いた。狼狽し、逃げようとギャロップを叩いたが体勢が整っていない。走りだせない。ラグラージが津波ごとギャロップの眼前に飛び込んできた。仲間の作ったチャンスを逃さず、水の勢いに乗ってギャロップに全身で“捨て身タックル”を放った。

「ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「ああああああああああああああああああああああああああ!?」

 ギャロップに激突し、ついでにイミビにもダイレクトアタックし、1人と2匹がもみくちゃになって流された。上空のゴルダックががくりと気を失った。
 上空に逃がれていたムクバードとゴルダック、そしてソラ以外の全てが水になぎ倒された。最初に立ち上がったのはホトリだった。イミビは端っこの方でギャロップと一緒に倒れていた。ギャロップは完全に気を失っている。

「……う」

 意識を取り戻したイミビが上体を起こした。傍のギャロップに気がつき、涙目で揺さぶる。

「ぽに、ぽに子! しっかりするっス!」
「それ以上戦うのは、無理なんじゃない?」

 降ってきた声に、ぎくりとしたイミビが顔を持ち上げる。水を滴らせたホトリが、般若の形相で立っていた。イミビは小さく悲鳴を上げた。その頭をホトリががっつりと掴む。

「ひぇっ!」
「さぁ~って小娘ェ……お縄を頂戴させてもらおうかァ……?」

 イミビの頭におかれた手に、ギリギリと力が加わる。もう一方の手はがっちりとイミビの腕を掴んでいた。

「ひ……っ……っや、やだぁ! やだやだやだぁあああああああああああ!!!!」

 イミビは真っ青になり、子供のように大声で泣き出した。バタバタと暴れまわるが、鍛えているだけあってホトリの方が強い。まずは一発頭突きでもして意識を刈り取るか――ホトリが考えた瞬間、刃のような突風がホトリの全身を殴りつけた。狙ったように、ホトリだけがその場から吹っ飛ばされる。転がったホトリが、体をくの字に曲げて勢いよく咳きこむ。
 唖然とするイミビの肩に、一匹のバルジーナが舞い降りた。

「くけっ! くけひゃけひゃけひゃけけっけ!」

 人間のような笑い声をあげて、地面に転がるホトリを見ている。転がったホトリは、呼吸はしているが、咳きこみに血が混じっている。上空のソラは動きかけたが、バルジーナが振り返った。

「てゅってゅってゅっ」

 人差し指を立てるように、翼を立てて警告する。にたりと歪める瞳に、ソラは動きを止めた。今動けば、バルジーナは真っ先にゴルダックを落としにかかる。仮にソラが逃げたとすれば、バルジーナはホトリへと追撃する。わざわざ分かるように、バルジーナはソラ、ゴルダック、ホトリと、ゆっくり視線を動かしてみせた。
 バルジーナがイミビの肩に掴まる足に力を込めた。

「くけー!」
「いたっ痛いっス! 分かったっス!」

 ポケモンたちをボールに戻し、イミビはバルジーナの足を掴んだ。バルジーナと空へと舞い上がり、目を赤くしたイミビが叫んだ。

「イミビはもう帰るっス! イミビを泣かせたことっ! 絶対後悔するっスからねバカー! アホーッ!」
「くけけけけけけけけけけ!」

 捨て台詞と共にバルジーナとイミビがすごい勢いで飛び去った。ソラは息を吐くと、ゴルダックを下してホトリに駆け寄った。ホトリは気を失っていた。ソラはモンスターボールを借りてポケモンたちを戻し、キルリアを繰り出した。

「リア、癒しの波動」
「フィ!」

 キルリアから放たれる柔らかな光がホトリを包みこんだ。呼吸が落ち着いてくると、ソラはホッと息をついた。ホトリの腰から無線をとった。ソラの声が、街中の無線から響き渡る。

『ナギサタウンの皆さん。事情があり、ホトリさんの代わりに報告します。脅威は去りました。しかし、戦ったポケモン、トレーナー達は重症で動けません。救助をお願いします。場所は――』

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