5話 チョロネコは……心配しないといけないような状態なの?

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

  ○

「……大丈夫?」
「う、うん……運動は苦手でさ。走るのもちょっとね……」
 ただ走っていただけなのに、盛大に転んだイブ。みんなも少しざわめく。
「ごめんね、だから私、あんまりスポーツは……」
「そっか。ごめんね、無理に誘っちゃって」
「ううん、大丈夫。みんなもごめん」
 みんなも、そんなに運動オンチなら仕方ないなと笑いながらイブにバイバイを告げる。
「それじゃ、6時ぐらいには家に帰るから、それまでにはイブも帰ってね」
「わかった。それじゃ、また」
 イブが右前脚を少しあげ、笑顔を作る。僕も手を振って、イブと解散した。
 それにしてもと思う。いくら席が隣だからって、いきなりチョロネコに話しかけるとは思わなかった。そして、だけど、とも思う。あんな風に自分の世界に閉じこもっているチョロネコにも分け隔てなく声をかけるイブはきっと、優しい子なんだろう。
「おーい、リオル、どうした?」
「え? ううん、なんでもないよ」
 友達の声を聞いて、僕の中からチョロネコの姿は消えてしまった。

「何やる?」
 僕の問いかけに答えたのはマイナンだった。
「鬼ごっこは?」
 それにシシコがテンション高く乗っかる。
「よし! じゃあ俺鬼な! タンマはなしだぞ!」
「わかってるよシシコ! みんな、鬼ごでいい?」
 僕がみんなに尋ねて、みんな頷く。
「オッケー!」
「いいよ」
「なら、俺が10秒数えるから、逃げろよ!」
 シシコは、あっという間に10秒を数え終え、周りから文句を言われながらも楽しそうに走り始めた。
 僕の隣には、マイナンがいる。僕とマイナンは、共同戦線を貼っていた。要するに、2人がかりで鬼をかく乱し、2人とも助かるって言う作戦だ。シシコは僕以上に単純だから、こんな作戦でも毎回通用しちゃう。
「あっ、来たよ」
「もう少し引き付けて……」
「待てっ!」
「今だ逃げろっ!」
 僕の掛け声で2匹が反対の方向に駆け出す。シシコが戸惑ったように一瞬立ち止まり、僕は「おーにさんこちら!」と挑発する。
「このやろー!」
 笑顔を浮かべながら僕の方へ駆け出して来たシシコを今度はマイナンがからかう。そんな風にしながらシシコからしばらく逃げ、今度は鬼を交代して……と、結局6時ぐらいになるまでこんな感じで遊び続けた。
「マイナン! そろそろ帰るよ!」
「えー! ……って、イブ?」
「ああ、うん。なんか話してるうちに意気投合しちゃってさ」
 プラスルは3年生だけれど、放課後に学年の壁はあんまりなくて、結構違う学年同士で遊んだり話したりする。それでたまたま出会ったのだろうか。
「姉ちゃん、どんな話してたの?」
「秘密」
 マイナンの問いをスパッとシャットアウトしたプラスルは、「女子ってのはいろいろあるのよ」と笑う。
「えー、酷いなー」
「リオルにもまだ早いかもね」
「僕とイブ、同い年なんですけどー。でもま、よかったねイブ、仲良くなれて!」
 イブはニコリと微笑んだ。その表情は、凄くかわいらしかった。
「それじゃ改めて、マイナン帰るよ!」
「はあい。んじゃみんな、バイバイ!」
「バイバーイ!」
 みんなも別れのあいさつをして、シシコが「んじゃ、俺らも帰ろうぜ」と切り出し、解散になる。

 シシコとも別れ、僕ら2匹だけでの帰り道。イブが話しかけて来た。
「ねえ、リオル」
「どうしたの?」
「チョロネコのことなんだけど」
 ああ、と僕は頷いた。イブがチョロネコのことを気にしているのは見てわかる。でも、それについて僕が何か言えるのだろうか。
 僕はチョロネコと向き合っていない。イブは、チョロネコとしっかり向き合っている。
「リオルは、何も知らないんだよね」
「うん……。ごめんね」
「大丈夫」
 夕焼けが沈んで行き、辺りが少しずつ暗くなっていく。イブは辺りを見回しながら歩いていく。いきなり現れた、背中がむず痒くなるようなこの沈黙をどうにもできないままに、僕らは家に帰り着いていた。

「ただいまー」
 沈黙を振り切るように僕は声をあげた。イブもそれに続いて声をあげる。
「あ、お帰りー」
「あ、ママいたんだ!」
「まあね。さ、そろそろごはん作るから。その間に宿題進めるんだよ!」
「うげぇ……」
「ほらほら、今日からはイブも一緒なんだから、しゃんとしな!」
「リオル、やろう」
「はーい……」
 僕らは部屋へ行き、宿題を広げる。イブがさらさらと進めている間、僕はちっとも鉛筆を動かせなかった。わからないから、僕はぼんやりと、イブとチョロネコについて考えを巡らせていた。
 一体どんなことを話していたのだろうか。あの短い間に。何か話せる程の時間ではないけれど、イブは不満足そうな顔をしていなかった。だからチョロネコが強引に話を終わらせたとは思えないし……。
 考えてはみたけれど、何もわからないままママに呼ばれて終わった。

「ん? リオルどうかしたのかい?」
「ううん、なんでも。いっただっきまあす!」
 相も変わらず悲惨な見た目の絶品料理を味わいながら、僕はママに、イブについて何かわかったか聞いてみる。けれどママは、首を横に振るだけだった。
「行方不明事件に何か絡んでるんだとしたら、捜索願いが出てるかと踏んだんだけどねぇ。残念ながら、ヒットしないんだ。イーブイの捜索願いは今んとこ、ない」
「そっか……ごちそうさま」
「リオル、速くない?」
「まあね。お風呂用意してくるね!」
「ああ、頼んだよ!」

 今日もまた、イブとお風呂に入る。今日はキチンと理由があった。
「ねえイブ」
「ど、どうしたのリオル」
「今日さ、チョロネコと何話してたの? 放課後、ちょっとだけ話してたよね。でも、チョロネコに断られたって感じでもなくて。気になっちゃってさ」
「ああ、あれか……少し長くなるけど、いい?」
「うん!」
「まずね、リオルって、学校と家族、習い事の繋がり以外で、仲いいってポケモンいる?」
「うーん、いないことはないよ。ママの上司の娘のチルタリス姉ちゃんとか。最近は忙しいらしくてあんまり来ないけど、昔はたまに僕のお世話をしてくれてたんだ」
「そうなんだ……だけど、リオルのママからの繋がりだから、それは家族繋がりにカウントさせてもらうね。リオルが、間に誰も挟まず、今言った条件を満たす友達って思い浮かぶ?」
「えっと……うん、いない」
「だよね。小学生にとって、学校と家族と習い事以外の繋がりは、なかなかできないものだと思うの。少なくとも、悩まされる程深くて不快な繋がりなんてね」
「確かに、そうだよね……でも、それと何の関係があるの?」
「じゃあ、なんでチョロネコはあんなに暗いの? 周囲の環境がそうさせたんだとすると、その原因は学校か家庭か。習い事……は考えにくいよね。そもそも習い事だってあの態度だろうから、もし行ってたとしてもチョロネコに影響を与えることはないと思う。習い事が原因であそこまで周りを拒むようになってしまったんだとしたら、さすがに親も問題視すると思うの。もしそれを気にしない程の親なら……結局は家庭に問題がある。
 それから、学校関連でのトラブル。リオルに聞いたけど、何もないんだよね?」
「うん。チョロネコは、初めからああだった」
「だとすると……家庭に問題があるとしか考えられないの」
「……それって」
「うん。あくまでも仮説ではあるけど、他にないと思う」
「……元々そういうポケモンってだけじゃないの?」
「そう。それを言われると反論できなくて……だから、カマをかけてみたの」
「え?」
「『ねえ、あなたって……いや、いいや。なんでもない。これからよろしくね』。こんな言われ方しちゃうと、何か原因があるのなら、きっとチョロネコは何か反応してくれると思うんだ」
「うーん……全然わかんない。どうして?」
「まだちょっと、リオルには難しいと思う」
「えー?!」
「ごめん、のぼせて来ちゃった……あがるね」
 そう言って、イブは僕の声を待たずにあがってしまう。もう少し説明をと思ったのだけれど、のぼせたのなら仕方ない。僕も少し遅れてお風呂からあがった。

 お風呂からあがった僕を待ち受けていたのは、ほとんど終わっていない宿題。げんなりしながらイブと共にそれを埋める。
「終わったぁ……」
「お疲れ様……疲れたぁ」
「イブ、ありがとね、教えてくれて……」
「ねぇ……いっつもどうやって宿題やってたの……?」
「途中で諦めてたよ……」
「アハハ……」
 イブの力ない笑い声になんだかなさけない気分になってしまう。でも、イブの懇切丁寧な説明を聞いても理解に時間がかかるんだから、僕はやっぱりバカなのだろう。
 僕ら2匹、布団に倒れ込む。眠る直前、僕はひとつだけ問いかけた。
「ねえ、イブ。チョロネコは……心配しないといけないような状態なの?」
「まだわからない。もっと後にならなきゃ……ふあぁ」
 かわされてしまう。パンチは当てられるのに、言葉は虚しく宙を舞うだけ。
 なんだろう。イブって、凄いんだけど少し怖い。自分のこともわからないのに、こんな風に他のポケモンのことを全力で推理するなんて、できるんだろうか。普通は、自分のことで精いっぱいになるんじゃないかなって。
 イブはもう、寝息を立てている。それだけを見ると、普通のイーブイなんだけれど。
 でもやっぱ、イブは不思議な子だよね……。

 そんなことを考えながら、僕も眠りに落ちていた。

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