13.生命の神秘

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:16分
「イーブイ! 電光石火!」
「ヒノアラシ、避けるんだ!」
ヒビキの指示に素早く反応したヒノアラシ。けれどこれまで抑圧されていた分戦闘意欲のタガが外れたイーブイには敵わず、勢いよくぶっ飛ばされて木の幹にその背を強かに打ち付けた。そのままずるずると背を滑らせて地面に落ちたヒノアラシはもちろん、あたしとヒビキもその激しさに頬の筋肉を引きつらせるだけで、しばらく動けなかった。

ええと、今はヒビキの特訓に付き合ってるんだよな、あたしたち。キキョウのときはあたしの特訓に付き合ってもらっていたから、そのお返し。まだヒワダジムに挑戦していないということで、虫タイプ相手に相性のいい炎タイプのヒノアラシの特訓がメインだ。そしてその相手は、うちのイーブイ……だったんだけど。
あいつ、ずっとお預けされまくって我慢の限界だったらしい。その不満が見事爆発した結果がこれだ、まさかここまでの威力を叩き出すとは。ヒノアラシも復活するまでにかなりの時間を要している。
「ヒノアラシ! 大丈夫か!?」
ぴくり、とその手を動かしたヒノアラシにヒビキが声をかけると、一瞬ふらつきながらも立ち上がった。ああ一安心、対してイーブイはまだ鼻息荒く姿勢を低くしたまま唸っている。
「イーブイ、これ一応ヒノアラシの特訓だからさ……」
やんわりと手加減をするように言ってみても、逆にこちらに向かって吠え始める始末。なんだこの狂犬っぷりは。この様子じゃあたしが奴を止めるのは無理そうだ。
「……ごめんなヒビキ、こいつ手加減する気はさらさらないらしい!」
遠くのヒビキに声を張り上げると、振り返ったその眼は先程イーブイに見せた心配そうなものとは打って変わって爛々と輝いていた。加えてその口元には笑みを浮かべている。
「いいよリンさん、そう来なくっちゃ特訓にならないしな! ほらイーブイ! まだ行けるだろ!」
返事代わりにと背中の炎を勢いよく噴出させるヒノアラシ。前に見たものとは段違いの火力にこれまでの成長が見えた気がした。
「今度はこっちから行くぜ! 火の粉!」
これまた前に見たよりも大きく、そして放ってくるその速度も増している。イーブイはこちらが指示しなくても軽やかな身のこなしで避けているけれど、時々揺れる尻尾を掠めるものがあったりしてひやひやする。それに今のイーブイがヒノアラシに攻撃するにはどうにかして相手に近付かないといけない、けれど火の粉がそれを許さない。何とかわずかな隙を見て近付こうとしても即座に火の粉が飛んでくる。今は距離を取っているから避けられているのがイーブイ自身もわかっているから、そのまま距離を詰めることができずにまたフラストレーションが溜まっていそうだ。
そこで、ついに1つの火の粉がイーブイの脇腹に命中した。あまり辛そうではないけれど、思わず走り回っていたその足を止める。
「ヒノアラシ、電光石火!」
元々ヒノアラシは体当たりを使っていたから、この技が来るのは予想の範囲内だった。火の粉だけでは埒が明かないと判断したらしいけれど、ヒビキの指示通りまっすぐにイーブイに向かってくるのを見てこちらに風が向くのを感じる。これでやっとイーブイの射程圏内だ。
「よしきたイーブイ! 噛み付……く…………」
ヒノアラシの体がイーブイにぶつかる直前にあたしが言う、それより前にその技は実行されていた。そりゃそうだ、こいつもどうにかして接近戦に持ち込みたかったはずだ。けれどそれ以上にイーブイの闘志は燃えていたらしい。
自分に向かってくるヒノアラシを避けることなくその場でしっかりと立っていたイーブイは、ヒノアラシの電光石火をその頭で受け止め、それに怯んだヒノアラシのお腹に噛み付いた。その勢いのままイーブイはヒノアラシに馬乗りになって、これがプロレスならとっくにカウント取られてイーブイの勝ちだ。ヒノアラシは仰向けになったまま手足をばたばたさせて何とか起き上がろうとしているけれど、それを許すほどイーブイは甘くはない。
しばらく変わりそうもない状況に一旦試合中断かな、とまだもみあっている2匹に近付いてみると、なんとヒノアラシは既に意識を飛ばしているらしく、上に乗っかっているイーブイだけが鬼の形相でさらに噛み付こうと大きく口を開けているところだった。
「っちょ、おい! もうやめとけって! 終了! 一旦終了!!」
慌ててイーブイを両手で持ち上げてヒノアラシを救出する。
「ヒノアラシー!?」
ぐったりとしているヒノアラシをワンテンポ遅れて発見したヒビキがこちらに走ってくる。全くこいつは……と溜め息を吐くと後ろ足で腕を思い切り蹴られた。痛い!

―――――…………

何度か休憩を挟んでも状況は特に変わらないまま、一方的にヒノアラシがイーブイにやられている。それはもうあたしが指示する気力をなくすほどに。それでも先程の昼食休憩ではあたしの分のサンドイッチも少しあげるといくらか気を落ち着かせてくれたらしい、今はこれがヒノアラシのための特訓だということを一応忘れずにバトルしている。ちゃんとヒノアラシに攻め入る隙を与えてみたり、わざと色々な方向から攻撃を仕掛けてみたり。けれどやはりそこはイーブイ、威力に関しては全く手加減がないから最終的にヒノアラシがぶっ飛ばされるという未来しかない。一体どれだけの量の傷薬を消費すればいいのか。
そもそもイーブイが特訓相手には向いていないんじゃないか、というのは気にしてはいけない。こういうのが得意そうなヘラクロスは最初からずっとヒビキのヘラクロスに付きっ切りで、どうやら燕返しを伝授しようとしているらしい。こちらはこちらで有意義な特訓が行われている。そしてズバットはヒビキのマダツボミと一緒にマダツボミの塔での地獄絵図の再現をしていた。あたしと違ってあの時の経験はズバットにとって楽しいものだったらしいけれど、あたしはあまり見たくはない。……え? ウパー? あいつならヒビキの荷物の隣で寝てるよ。
「わーっ! ヒノアラシー!」
そしてまたもやイーブイの電光石火で吹っ飛ばされたヒノアラシ。別にヒノアラシが弱いわけではない、とにかくイーブイのバトルに対する熱量が凄まじ過ぎる。本当にうちのイーブイはイーブイらしくない。
「……まあ、イーブイがやる気ならあたしもそれに合わせるまでなんだけど!」
よし、と両手で自分の頬を叩いて腕を組む。
「ヒビキ! ヒノアラシ! まだまだ行くよ!」
「えーっ!?」
仁王立ちで声をかけると、ヒノアラシにまたもや駆け寄っていた非難の声を上げる。
けれどヒノアラシの方は、もうしっかりと自分の足で立って準備万端だ。背中の炎の勢いだって衰えていない。
「ほら、ヒノアラシはまだやる気だ! さあ特訓特訓!」
「……わかった。ヒノアラシー! 頑張ってくれー!」

――それからイーブイがヒノアラシをぶっ飛ばしながらしばらく経った後。突然だった。
吹っ飛ばされた立ち上がるまではそれまでと同じだった、けれどその背中の炎が違った。かなりのダメージを受けているはずなのに、それは弱まるどころか逆に勢いを増して、ヒノアラシから火柱が上がっているようだった。その様子にシルバーのワニノコとバトルしたときのことを思い出す、けれどその時よりもさらに強く高く、弱まることなく燃え上がっている。
「えっ、ヒノアラシ……?」
ヒビキも突然のことに驚いて固まっていると、今度はヒノアラシの体が光り始めた。あまりの眩しさにあたしは自分の腕で視界を遮る。
「うっ……! なんだこれ……!?」
何かが起ころうとしている。薄目を開けて何とか周りを見ると、イーブイもその場に立ち尽くしたまま動かない。これはよくわからないけど助けた方がいいんじゃ……そう思ってヒビキを見れば、あいつはなぜか期待と喜びが入り混じったような顔でヒノアラシを見つめていた。それに驚いて目を見開く。もう眩しさは気にならなくなっていた。
「光ってる、光ってるってことは…………!」
弾んだヒビキの声が聞こえる。光はさらに強くなる。ヒノアラシの輪郭が見えなくなった。ヒビキが光の中心へと向かって駆け出す。あたしはただ、ただその場に立ち尽くしているだけ。
……どのくらいそうしていたか、光が徐々に収まっていく。何かに抱き着いているように見えるヒビキの背中に向かって、イーブイが、それに続いてそれまで各自思い思いのことをしていたはずのポケモンたちが集まる。これじゃヒノアラシの様子が見えない、あたしも急いで駆け寄ってヘラクロスたちの間に無理やり割って入りヒビキが抱き着いている何かを注目して見てみると、膝立ちのヒビキと大体同じくらいの背丈に、どこかで見たことのあるようなカラーリング。そしてその頭とおしり辺りから噴き出す炎。
これだけ見れば、ヒノアラシの身に一体何が起こったのか、完全に理解することができた。
「進化、した…………!?」
口から零れ落ちた声にヒノアラシ――いや、進化したんだからヒノアラシではないけれど――の目がこちらに向けられた。大きくくりくりとした瞳で、ヒノアラシのころの糸目からは想像もつかない。
「……ヒノアラシ! いや…………マグマラシだ!!」
「マグマラシ?」
「そうだよ! マグマラシ!」
ヒノアラシの進化形、マグマラシに抱き着いているヒビキがその体制のままでそう教えてくれる。マグマラシ……火からマグマ、わかりやすいネーミングだ。
「リンさん! バトル! バトルを続けよう!」
ようやくマグマラシから体を離したヒビキがそう息巻いている。隣のマグマラシのその瞳にまで炎が宿っているかのように熱い視線をよこしてくる。
「……そうだな、せっかく進化したんだし! イーブイもバトル続けたいだろ?」
こちらに関しては確認するまでもなかったかもしれない、返事代わりの衝撃があたしの脛を襲う。だから痛い。

「マグマラシ、火の粉!」
マグマラシ、呼び名の変わったそいつが放つ火の粉はヒノアラシの時よりも確実に威力が増していて、おまけにイーブイに向かってくる速さも桁違い。
避けているイーブイも辛そうだ、と見ているとたくさんの火の粉のうちいくつかが連続でイーブイに命中してしまった。
「イーブイ!」
たまらずその場で足を止めてしゃがみ込んでしまうイーブイ、そこですかさずヒビキの声が響き渡る。
「マグマラシ! 行っけええええ!!」
またイーブイに向かって突っ込んでこさせようとするヒビキ、けれどその手は今まで通り通用しない……と思っていると、何やらマグマラシの様子が違っていた。
そのまままっすぐ走ってきて電光石火をするのかと思ったら、頭とおしりの炎が全身に回った。え、と声を上げるよりも早くマグマラシはその体を丸めて転がりながらこちらに向かってきた。火だるまだ、いや火のついたタイヤか?
「イーブイ! だめだ、避けろ!」
ハッとしてマグマラシの攻撃を受けようとしているイーブイに声をかける。今までの攻撃と同じだと思ったら大間違いだ、だってこれは電光石火なんかじゃない!
けれどイーブイがそれを理解するにはマグマラシが速すぎた、これまでイーブイに吹っ飛ばされた分をまとめて返すかのようなその一撃は、イーブイを思い切り撥ね飛ばした。

―――――…………

ヒノアラシがマグマラシに進化したことで、一応特訓は終了だ。それに、先ほどマグマラシが見せた技はきっと火炎車。ヒビキはその技を知らなかったらしくびっくりしていたけれど、この技も合わせればジム戦ではいい活躍ができるだろう。
さてそろそろポケモンセンターに戻ろうか、と思っているといつの間にかイーブイとマグマラシは目の前から姿を消していて、そして聞こえたヒビキの声にそちらに目を向けると、その2匹はほかのポケモンたちに見守られながら木の幹に体を預けて仲良く寄り添って眠っていた。マグマラシは絶え間ないイーブイの攻めに頑張って耐えていたし進化もした、イーブイだって溜まっていたものを思い切り発散した。2匹の表情はとても穏やかで、心の奥がぽかぽかと温かくなってくる。
「……リンさん、なんだか起こすの可哀想だよな…………」
「そうだな、あたしらもちょっと座って休むか!」
「うん!」
意見はすぐに一致した。

寝ている2匹のそばでほかのポケモンたちも仲良く寝始めたところで、ふと気になっていたことを口にしてみた。
「そういえばさ、その荷物って初めて会った時も持ってたやつだよな」
そう、あの抱っこ紐のようなもので担いでいた大きな風呂敷包み。キキョウで会った時には持っていなかったはずだ。
「確かウツギ博士へのお届け物じゃなかったっけ」
「ああ、これはね……」
そう言ってごそごそと包みを開くと、それはさらにガラスのようなもので覆われていた。
「じゃーん! ポケモンのタマゴ!!」
「おお……!」
ガラスに覆われて中に入っていたのは、くすんだような模様の付いたタマゴのような形をした……いや、見た通りポケモンのタマゴだった。いつかテレビで見たダチョウの卵くらいの大きさで、思わずガラスにぺたりと手をついてまじまじと眺めてみる。
「ウツギ博士に頼まれて、一緒に旅してるんだ」
「つまり、ヒビキがこのタマゴを孵すってこと?」
「そういうことになるかな」
「へえ…………」
ポケモンのタマゴ。元気なポケモンと一緒に連れて歩いていれば、いずれ孵化する。最初に会った時にも思ったけれど、ケース込みだと結構大きい。これを抱えて旅をするなんて、かなり重労働だ。ポケモンのゲームをやりこんでいる人はタマゴ5個を一気に孵化させるらしいけれど、この世界でそれをやろうとしたら体を壊しそうだ。
「……それって、いつ頃孵るとかわかってるの?」
「うーん、それがウツギ博士が言うには、そういうのは生まれてくるポケモンによって違うらしいんだけど、このタマゴからはどんなポケモンが生まれてくるのかわかってないからなー」
言いながらヒビキはガラスのケースの下側にあるボタンを押す、するといきなりパカッとガラスが上から開いた。……驚いた、そういうのはやる前に言ってほしい。
ケースから取り出したタマゴを直接抱えたヒビキはそれに耳を近付けてうんうんと1人頷いている。
「直接触ると、中で何かが動いてるのはわかるんだ!」
「へえ!」
にこにことまたタマゴに耳をくっつけているヒビキがとても微笑ましい。
「リンさんも、触ってみる?」
もしかしてうらやましそうな顔でもしていただろうか、はい、と抱えていたタマゴをこちらによこしてきた。特に拒む理由もない、というより確かにうらやましくはあったから遠慮なく受け取って、割れないように優しく抱きかかえてみる。
とくん、とくん。触れている手や頬から伝わるその振動は一定のリズムで絶え間なく続いている。
「…………うん、動いてる」
それに、温かい。中で何かが確かに生きている証拠だ。
ゲームでもタマゴを孵すことはあったけれど、それはゲームの中の話。単なるデータでしかなかった。けれど、ここには確かに命がある。
進化だってそうだ、ただ単純にレベルアップして姿かたちが変わって強くなる、それだけじゃない。進化した後のマグマラシは強くなりたいという意欲に満ち溢れていて、また眩しくなったんだ。
ポケモンは、生きている。この世界にやってきてから、そんなことをたくさん感じられた気がする。嬉しくなってまた腕の中のタマゴに頬を寄せると、隣のヒビキも嬉しそうに笑ってくれた。

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想