第1話 “新たなるフロンティア”(6)

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「ワイルドジャンパー、《火炎放射》!」

 ぷくぅ、と頬が膨らんで、リザードンは真っ赤な炎をジェットエンジンのように吐き出した。
 暗闇を裂いて、植物の巨人を赤々と照らす。火力は文句なしに凄まじい。だがヘドロの鎧に阻まれて、表面を軽く焦がしただけだ。
 鉄をも融かす炎なのに、そんなのあり!?
 声に出して息つく暇もない。空を掴めるほど大きな手が、ミオたちを握り潰そうと襲ってきた。
 リザードンは尻尾の炎で華麗な軌跡を描き、指の間をするりと抜けて、怪物の懐めがけて飛び込んだ。

「シルヴィ、《リーフブレード》!」

 ミオは腕のパネルに触れて、スーツに装填したモンスターボールを開放した。
 弾ける音と閃光。宙に飛び出したツタージャは、若葉の尻尾を新緑の色にきらめく鋭利な剣に変えて、巨人のわき腹を切り裂いた。

「サポートをお願い、グッドハート、《マジカルフレイム》!」

 続いて現れたムウマージは、自由落下を始めたツタージャにカーテンのような両手を絡みつけた。
 そしておどろおどろしい藤色の炎を周りに浮かべて、怪物に次々と撃ち放った。
 ここぞととばかりに、リザードンも豪快な炎を吹きつけた。
 いずれも手応えはあった。猛攻を浴びた怪物の腹はズタズタに裂かれ、血管みたいに脈打つツタがむき出しになっていた。
 もう一息と思った。そのとき、目もくらむ激しい光に襲われた。
 手をかざして見上げると、怪物の頭部に膨大なエネルギーが集中していた。

「やば……!?」

 指示を待つまでもなく、リザードンとムウマージは死に物狂いで離れていく。
 いこうとした。

「行っちゃダメ!!」

 3匹ともハッと目を見開いた。
 救助活動は終わっていない。地上にはまだ大勢のポケモンたちが残っている。そんなところに超弩級の破壊光線を落としたら、大惨事は避けられない。
 退くことは許されない。泣きたくなるほど絶望的でも、対峙するしかないのだ。
 リザードンは狙いを誘導するため尻尾の炎を激しく猛らせ、旋回して上昇した。着弾地点を地上から逸らし、あわよくば圧壊現象にぶつけて無力化するために。

 カッ!!!

 暗黒の世界を、神々しい閃光が無慈悲に焼き尽くした。


 *


 ポケモンGメン司令室。
 男性オペレーターが振り返って、早口で伝えた。

「画像データを空間研究所とポケモン学会に送信しましたが、解析に時間がかかるそうです」
「その時間がないのが残念だ」ケインズは口元を押さえて苦悶の表情を隠した。「もしも怪物の正体が分かれば、必要な対策が打てる……誰か意見を出せ、なんでもいい。ポケモンGメンの精鋭に出せない答えを、一体誰に出せるというんだ?」

 思いは誰もが同じだった。
 怪物の正体を探り、仲間を助けたい。だが無理だ。
 その理由を、通信越しに流れる声が代弁した。

『こんな粗い画像から直接的に正体を特定するのはまず不可能だぜ』

 ユキメノコに言われて、ケインズは苛立ちを隠せず拳を握りしめた。
 かわりに負け惜しみのような挑発が口から出てきた。

「優秀と自負する君が、まっさきに諦めるのか?」
『直接的に、不可能だと言ったのさ』ユキメノコはこれでもかと強調して続けた。『だから演繹えんえき的論証で結論を導く。前提が正しければ、結論も正しいと推論される。論理の基本的構造だぜ』
「もっと具体的に言ってくれ」

 声から腹の底に溜まった苛立ちを察したのだろう。
 ユキメノコは咳払いをして、議論の整理を始めた。

『画像には巨大な物体が写り、ソルトの坊やは怪物に襲われたと言っていた。これが前提だ。条件に合致するようなポケモンは何だ?』

 オペレーターたちは揃って首を傾げる。目の前の端末で調べ始める者もいる。
 うちひとり、女性オペレーターが肩をすくめた。

「あんな巨大なポケモンはいません」
「そもそもポケモンなのかどうかも分からない」と、隣りの男性オペレーターも続く。
「待ってください」また別の男性オペレーターが手を挙げた。「事件が起きる前、空間研究所がウルトラホールを検知しています。もしかすると、新種のウルトラビーストでは?」
『簡単に結論に飛びつきすぎだぜ』

 通信機の前でユキメノコが呆れがちに首を振っている様子が目に浮かぶ。

『近隣のウルトラホールはすべてメガロポリスが探査済みだが、これほど巨大なウルトラビーストの存在は示唆されていない。もっと他の可能性があるはずだぜ。しかし、そうだな……確かにこれほど巨大なポケモンは存在しない、とすると他に何がある?』

 すかさずケインズが返した。

「ポケモンではないなら、未知の怪物としか言えない。結局は何も分からないのと同じだ」
「しかし……既知の怪物なら?」女性オペレーターが思いつきを口にした。「巨大な怪物は過去にも観測されています。ジラーチと千年彗星のエネルギーから生まれたメタ・グラードン。ハテノの森のセレビィが森から造りだした……」
『ゴーレムだ!!』

 せっかく皆の頭に閃いた答えを、ユキメノコがかっさらっていった。

『この樹海にはセレビィの生息が確認されている。しかも空間断裂の発生地点には、ゴーレムの材料となりうる巨大な世界樹があったはずだ! これで怪物の正体にも簡単に説明がつく! 私なんでもっと早く気がつかなかったんだ!?』

 いやな沈黙が漂う。
 誰もが通信先の見えない相手に向けて、宙を睨んでいた。
 ユキメノコが『ほんとに今気づいたんだって! 遠回しに人間をバカにした訳じゃないって! ふざけんなよ、仲間の命が危ない局面でそんなことするかよ!』と弁明を並べ立てる。
 そのさなか、通信越しにレノードが疑問を挟んだ。

『しかし腑に落ちない。どうしてセレビィはゴーレムを作る必要があるんですか? 我々は助けにきたんですよ?』
「理由は後でいい、まずは対応だ」

 ケインズは近くの通信パネルを押した。

「司令室より転送室。チーフ、応答を!」
『聞こえてます』
「怪物の正体は、セレビィ・ゴーレムだ! セレビィの生命反応を探して、ただちに転送しろ!」
『了解!』

 これで解決になればいいが。心の底から祈っていた。
 だが、望ましい結果はまだ遠い。チーフの必死な声が返ってきた。

『ダメだ! セレビィの反応が見つからない!』
「どういうことだ?」ケインズは眉間にシワを寄せた。「あれはセレビィ・ゴーレムじゃないのか!?」
『セレビィはゴーレムを操るため、莫大なサイコパワーを使っています。もしかすると、それがセンサーを妨害しているのかも』
「つまりサイコパワーを止めれば転送できるんだな?」
『理論上は、えぇ、そうです』
『そうであることを祈りましょう。もし転送できなければ、他のポケモンたちが助かってもセレビィだけ取り残されてしまう……!』

 レノードがぽつりと言った。言って、はじめて皆が気づいた。
 そうだ。もはやミオが救助完了まで耐えられるかどうかの話ではなくなった。あと10分でゴーレムを倒せなければ、セレビィは空間ごと圧壊して死を迎えるのだ。

「ケインズよりエージェント・ミオ!」


 *


 ずるり。
 死んだ森のぬかるみが蠢いた。
 ヘドロにまみれた子竜が青く輝く目を開く。そして、天空で戦いを繰り広げるちっぽけなポケモンたちを見つめた。
 あんなに小さいのに、臆せず怪物に立ち向かっていく。
 なんて……勇敢なんだ。

 本部からの通信を告げる、電子音のさえずりが聞こえてきた。
 ちょうどリザードンが紙一重で巨人の拳をかわし、脇を抜けて死角に回ったところだ。
 そこへ巨人の背中から生える無数のツタが鞭のように襲いかかる。
 ミオに抱えられていたツタージャが跳んだ。身長の十倍ほどの特大サイズに伸びきった《リーフブレード》で、ツタの群集を豪快に断ち切った。
 小さなヒーローが落下する前に、ムウマージが《サイコキネシス》で拾い上げた。

「こちらミオ、救助は進んでますか!?」

 残るツタをリザードンが《火炎放射》で焼き払うなか、ミオはようやく答えた。
 彼女を含め、皆憔悴していた。短時間の間に大技を出しすぎたのだ。
 通信機の向こうから、ケインズは言った。

『たった今、君のおかげで救助活動が完了した。だがもうひとつ大きな問題が残っている』
「これ以上なんの問題があるの!?」と、ミオは泣きそうな顔で叫んだ。
『君が相手をしているその怪物の正体は、セレビィだ! セレビィが土や木でゴーレムを造った!』

 再び世界にまばゆい光が現れた。ゴーレムが破壊光線の準備に入った。
 あの一撃はヤバい!
 照準の向きがあたし達に向いていない、地面にぶつけてこの世界ごと吹き飛ばすつもりだ!
 飛ぶ意味を失ったリザードンは、ムウマージたちと並んで静かに舞い降りた。

『こっちでセレビィを転送したいが、ゴーレムを操るサイコパワーのせいで、センサーが妨害されている。このままではセレビィを転送することができない。空間がすべて圧壊されるまで約10分、それ以内にゴーレムを撃破しろ』
「あー……そんな猶予はなさそう」

 ミオは肩で息をしながら、すべてを消し去る光を仰いだ。
 不思議なことに、今までになく落ち着いている。それどころか、これはチャンスだ。そう思った。

「セレビィはどこですか?」
『待て、センサーがそちらでエネルギー反応を捉えた。なんて規模だ……もう限界だ、君たちを転送する!』
「いいから、セレビィはどこですか!?」

 ミオは声を張り、リザードンの背中を叩いて合図を送った。
 離陸準備だ。

『ゴーレムのコックピットは頭部にある、だが……』
「チーフに、合図であたしとセレビィをすぐ転送するように伝えてください」

 翼を高く高く掲げるリザードン。
 ミオは姿勢を低くして、不敵に笑った。

「今からセレビィの殻を破ります」

 チャンスは一度、失敗すればこの世界もろとも無に落ちる。
 だが必ず成功する。ミオには確信があった。
 ツタージャとムウマージをボールに戻して、ミオは防護スーツの手袋を外した。

 がくん、と急にミオは姿勢を崩した。
 スーツに衝撃が走った。背中に何かが当たった気がする。岩か木片がぶつかったのだろうか。
 構うものか!
 ミオは生身の腕を空に掲げた。
 
 キーストーンの腕輪がキラリと輝く。そして、リザードンの鎧に装着されている黒いメガストーンと共鳴するかのように、虹色の光が溢れだした。

「ワイルドジャンパー、メガシンカァァ!!」

 リザードンと少女が光の繭に包まれていく。と同時に、怪物が破壊光線を発射した。
 光線は大地を砕き、紅く禍々しい光が漏れる裂け目を広げていく。やがて臨界に達したエネルギーが、大地の奥底で爆発した。

「翔べ、ワイルドジャンパー!!」

 メガシンカの繭を突き破って、蒼き炎をまとった黒竜が飛翔した。科学の鎧を粉々に砕いて、メガリザードンXは怪物の腹に沿って水平に飛んだ。
 真下から爆風が猛スピードで
追いかけてくる。
 だがメガリザードンXの方がわずかに速い!
 ミオは興奮を抑えきれずに、思いきり破顔して叫んだ。

「見えてる!?」

 訊ねると、リザードンは気高い咆哮を返した。
 怪物の下顎が迫ってきた。その奥から淡い光が漏れている。
 間違いない、セレビィだ!
 新緑の光を指して、ミオは喉が裂けるほどの大声で唱えた。

「いっけぇぇ《フレアドライブ》!!」

 ズン。
 蒼い火球が、怪物の顎を一直線に貫いた。

 ミオは決死の思いで叫んだ。

「今だ!!」


 *


『サイコパワー消失、セレビィにターゲットロック!』

 ポケモンGメン司令室にチーフの声が響き渡る。
 これにケインズは年甲斐もなくガッツポーズを取った。

「転送しろ!」

 辺りがしんと静まり返る。
 誰もが固唾を呑んで結末を見守っていた。
 ここまでやり切ったのだから、成功以外にはありえない。頼む、成功してくれ。もしも神様が見ているのなら、どうか。
 期待と、万が一への不安が混じり合う。
 やがて、耐えきれなくなってケインズは訊ねた。

「チーフ、どうなった?」

 一石を投じても、沈黙は続いていた。
 だが、その終わりは唐突に訪れた。

『……成功です、セレビィを収容しました!』

 その吉報は全国を駆け巡った。
 ポケモンGメン司令室。
 各地のポケモンセンター。
 空間研究所。
 そのほか、救助活動に関わった数多の機関に報せが届いた。

「やった! やった!!」
「俺たち皆が力を合わせて、一万匹のポケモンたちを助けたんだ!」
「みんなが無事で本当に良かったわ……!」

 この偉大なる成功に、あちこちで歓喜の声が湧き立った。
 人間とテクノロジーとポケモン、すべてが一丸となってこそなし得た偉業だ。誰もが今日ほどこの世界を誇らしく思ったことはないだろう。
 ただひとつ、ポケモンGメン司令室を除いて。

「長官、センサーネットワークが切断されました」

 不意に飛び込んできた報告が、事態を一変させた。
 男性オペレーターの報告を聞いて、ケインズは呆気にとられた。それがどういう意味かも知っていた。

「転送室、応答しろ。ミオの転送は済んだのか?」
『まだです!』チーフは叫んだ。『転送プロセスの最中にセンサーネットワークが切断されました! ミオの反応を検知できまでん!』

 ケインズは振り返って怒鳴り散らした。

「オペレーター、今すぐネットワークを再接続しろ!」
「できません!」女性オペレーターは泣きそうな声で返した。「理由は不明ですが、ミオの防護スーツが反応していません! スーツの故障です!」

 全身から力が抜けて、愕然とした。
 防護スーツは彼女の命綱だ。それが断ち切られてしまったということは……。

「ミオは、一体どこにいるんだ……!?」

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