宵闇の町(ディアナ視点)

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読了時間目安:15分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 わたし達が凍てつく洞窟から帰ってきた翌日、イツキが旅に出ると言い出したことをエミリオから聞いた。昨日の今日の行動であるがゆえに、わたし達は驚いてデュークさんと色々と話し合った結果、彼を囲む形で自分達の考えをぶつけることにした。
 それで見えてきたのは、イツキの準備の甘さだ。彼はアランの言う通りこの世界の常識を知らない。仮に誰かに教えられたことでいくつか知っていたとしても、それだけで何とかしようとするのは無謀以外の何者でもない。
 わたしは彼の甘さを分析した結果、最低でも誰か一匹は一緒に行くことが大切だという結果にたどり着いた。タイミングよくイツキに視線を投げられたのでそれを言うと、なぜかイツキは空を見上げた。……暗い顔で空を見ても、そこには何もないというのに。
 どうやらイツキは自分の準備の甘さを知り、打ちひしがれているらしい。顔と行動からそう分析していると、ウェインから元気な声が飛び出した。
 
「イツキさん、一緒に行こう! 『カギ』を探す旅に!!」

 その声に曇っていたイツキの顔がパッと晴れやかになり、勢いよくそれに返す。声に裏を感じないことから、一匹で行く気もなくなったようだ。これでやっと旅に出ることができると思ったらしいイツキは、早速村を出ようとキョロキョロしている。
 積極的なのはいいものの、目的地などの情報源はきちんと入手しているのだろうか。これまでのことを分析すると、恐らく何も知らないだろう。わたしと同じようなことを考えたのか、サリーが控えめに制止の声をかける。その声にイツキもピタリと動きを止めると、今度は情報を知っているヒトはいないかという眼差しでこちらを見始めた。
 何か情報を持っていればよかったのだけど、わたしはそういうものについては何も知らないので首を横に振るしかない。エミリオ達も同じだったようで、行動はどれも似たようなものだった。この結果にイツキが明後日の方向に視線を飛ばしかけた時、わたし達の後ろで様子を見ていたデュークさんから意外な一言が放たれた。

「……言い伝えは知らぬが、情報を知っていそうなヒトなら知っておるぞ?」

 その言葉によって皆の視線がデュークさんに集中する。彼はそれに目を丸くすると、ためらいながらも情報を口にした。その情報の出し方を聞いて、わたしはなるほどと思う。これはクレアが嫌う言い方だ。一体なぜ、と一瞬疑問が浮かぶが、デュークさんの性格などから考えるとこれ以外知らなかったのだろう。
 話を聞いてどこかに行ってしまったクレアや、彼女を追いかけて消えた数匹を見たイツキがデュークさんを攻撃したことで、予想が当たっていたことがわかった。イツキはその可能性を考えていなかったらしく、羞恥からか顔を赤くしている。
 そんなイツキにデュークさんから声をかけられて赤みは引いたものの、まだ皆一緒に旅に出たいと思っているのか表情はどこか不満げだ。……どうやら、イツキはここで優しさという甘さを発揮しているらしい。その優しさで助けになることは多いだろうが、毎度毎度優しさだけでどうにかなるほど、世界は優しくない。
 あの時の発言やエミリオから伝わってきた情報を合わせて考える限り、どうやら彼は人間であるようだ。刻も早く元に戻りたいであろう今の彼にとって、その優しさは時に自分を苦しめる枷になることも教えなくてはいけない。
 アランも大体同じことを思ったようで、わたしに続いてイツキに言葉を浴びせる。イツキにとってこの言葉は何度も鋭い刃物で心を傷つけられるような、とても辛いことだったに違いない。顔をぐにゃりと歪め、それでもどこか迷いを見せていたイツキはわたし達の顔を見ると、絶望の混じった声で言葉を絞り出した。

「……わかった。俺達だけで、行こう」

 声からにじみ出る絶望を糧にしたのか、クレア達が消えた時からその場を支配していた何かによって空気が更に重いものへと変わっていく。そんな中、わたしはデュークさんから出た情報の中で一番近い場所を思い出しながら動き始めた。

「では、行きましょう。ここから近いのは宵闇の町だと聞いたことがあるわ」



「……くそっ、ここもか!」
 イツキが固く閉じられた扉に向かって舌打ちをする。これで八度目なのだから、わたしも少し苛立ちを思えてしまう。アランに至っては扉を閉められる前に最大級のエナジーボールをぶつけようと試みていたくらいだ。
 あれから村を出発したわたし達は、食料を持っていくことをすっかり忘れていたことに気がついて一旦村に戻るなどのアクシデントはあったものの、誰とも遭遇することなく宵闇の町に来ることができた。
 でも、「惑わしの丘」や「幻影に魅入られし者」についての情報を得ようと誰かに声をかけようとしたり、今夜寝る場所を確保しようと宿に入ったりしようとすると十中八九拒まれる。
 声をかけた時は聞こえているにも関わらず無視をされたり、わたし達の色を見て露骨に嫌な顔をされたり。宿の場合は扉を開けて入ろうとすると、すかさず中のヒトに扉を閉められ、鍵をかけられる。八度目なのは宿の数だけで、声をかけた回数も入れると軽く二十を超えているに違いない。
 わたしやアランは野暮用で町に来た時に似たような扱いを受けているからいくらか耐性はついているけど、イツキは洞窟でのことを入れてもまだ耐性がついていない。どこか苦しげに開くことのない扉を見つめている。
「……早くここから移動しよう。さっきから警察らしきポケモンが僕達を見ている」
 苛立ちがにじむアランの言葉に後ろを見ると、警察の証である腕輪を右腕に装着したザングースがこちらを見ている。片手に通信機らしきものを持っていることから、わたし達を捕まえる気なのだろう。
「え、何で警察が見ているんだ?」
 アランの声に同じく後ろを見ていたイツキが不思議そうに呟く。……色違いや改造は、町によってはそもそも入ることすら禁じられていることを、彼は知らない。この町は入ることができたけど、わたし達に嫌悪を抱いていることには変わりない。今までの経験から、最悪ついさっきルールが変わったから、なんていう理由で追い出されてしまうかもしれない。
 ここでそのことについてイツキに教える暇はない。アランの言う通り早く移動しなくては、始まったばかりの旅が早くも終わってしまう。
「……あっちに行きましょう」
 誰もいなさそうな場所に視線をやり、不思議がるイツキを引き連れて素早くこの場から去る。アランは警察に何か言おうとしていたけど、彼の発言によって最悪の事態を招く恐れがあることから視線で止めさせた。
 ザングースや他のポケモン達の視線を背中に受けながら、誰もいなさそうな場所を目指して歩みを進める。情報を得るために町に来たというのに誰もいない場所に向かうとは、何とも本末転倒なものだ。
 直接丘に行ければ町に留まらなくてもいいが、「惑わし」と名がつくだけあって普通に進んでいては目的地にはたどり着けない。着いたように見えても近づくと消えてしまい、また最初の場所に戻ってしまう。
 実際に行ったわけではないが、ダメ元で聞いた後立ち去る際に耳に飛び込んできたものやわたしが知っていることを繋ぎ合わせるとそうなる。やはりこの町は丘に近いだけあって丘に関する情報は多いのだろう。行くための手段を知るには、どうしても町に留まる必要がある。
 それにしても、丘は名前に沿っているのにこの町はどこから見ても普通の町だ。町全体の色が暗いわけでもないし、宵になると何かがありそうなわけでもない。まだ日が暮れていないからわからないだけかもしれないけど、ひそひそ話に紛れた情報ではそういうものはなかった。
 これらのことから、宵闇の町はどこにでも存在するような普通の町だと分析する。町の名前が必ずしも町の特徴を表しているわけではないから、この結果が出ても別に珍しくはないだろう。
 わたしは頭を切り替えると、ただ移動することに集中した。

*****

 ある程度移動を重ね、わたし達は家も賑わいも遠くでしかわからないところ……いわゆる町の外れにまで来た。適当なところで立ち止まって周りに誰もいないことを確認すると、今後情報を集めるかを話し合う。
 とはいうものの、一般的な手段ではどうにもならないことは決まっている。わたしもアランもいい方法が思いつかずにただ唸っていると、イツキがカラコンで目の色を変えたらどうだと言い出した。
 わたし達はカラコン……カラーコンタクトを知っているし、見たこともある。でも、その方法は使えない。わたしがそのことを教えようとすると、アランがフンと鼻を鳴らした。
「君は彼らが僕達――色違いや改造を嫌っているというのに、わざわざそれに近い存在になるものを作ったり売ったりすると思うかい? もしあると思ったら、一度村に帰って勉強した方がいいだろうね」
 アランの言葉にカチンときたのか、イツキの顔が険しくなる。何か文句でも言おうと思ったのだろうか。一度は口を開きかけるものの、その口は言葉を発することなく静かに閉じられた。アランを見つめる琥珀色の目には深い悲しみが漂っている。
「……悲しんでも、現状は変わらないわ。何でもいいから、何か――」
 考えないと。わたしがそう言葉を紡ぐ前に、さっきまで足音一つ近くになかった空間に明るい声が弾けた。

「あれ、あなた達どうしたの――って、色違いと改造!? 何でここにいるの? こんな町の外れにまで来るのなら、さっさと立ち去った方があなた達のためだと思うけど……」

 声の方向に視線をやると、一匹のクチートが不思議そうに首を傾げている。白衣を着ていることから、何かの研究でもしているのかもしれない。わたし達を嫌う様子もないことから、わたし達に関係することの可能性もある。もしかしたらデュークさんやサリーのように、単にわたし達に対して嫌悪を抱いていないだけかもしれないけど。
「あ、あの俺達は――」
 そう分析していると、イツキが幸せの使いが来たとばかりにこれまでの状況を話し出す。正体が気になるところだけれど、体や目の色を見ても普通に接してくれるのであれば、これ以上のことはない。彼女が有力な情報を持っていれば、一気に丘へと近づけるだろう。
 希望が見えた気がして小さく口許を緩めていると、何かを見つけたアランが攻撃の体勢を取る。アランが見つめる先……クチートの向こう側に視線をやると、先ほどのザングースがこちらに向かっているのが見えた。遠すぎて表情は見えないけど、後ろに仲間らしきポケモンが複数見えることから穏やかなことでないことは確かだ。
 イツキにこのことを知らせようとすると、わたし達の反応に気が付いたクチートが笑顔で言った。

「あら、結構来るのが早かったわね。ああ、言い忘れていたわ。私はこの町で色違いや改造を研究しているティナ。少し前に町のヒトから色違いと改造がいたと聞いて、探していたのよ。私、警察とも仲がいいから、ちょっとだけ協力して貰っていたの」

 その言葉にわたし達の間に緊張と驚きが走る。……しまった! 白衣を着ていたことで何かの研究者を連想し、わたし達に関することを研究しているのではと考えた時、少し飛躍していても「わたし達自身」について研究している可能性を考えるべきだった!
 わたしが考え忘れるなんて……。イツキの悲しそうな顔を見続けていたせいで、無意識のうちに明るい方向へばかり考えるようになっていたのだろうか。いや、今原因を考えても仕方がない。とにかく逃げなくては。捕まったらきっと悪いことが起こってしまう!
 二匹に視線をやって逃走ルートを探すも、目の前にいるティナは大あごを開いて今にも襲い掛かってきそうなうえ、こちらに向かうポケモン達はどんどんと近づき数を増しているように思える。出入り口の方はどうかと視線を動かしても、あの中にエスパータイプのポケモンがいたのかその方向からもポケモン達が向かってきていた。
 これでは逃げようにも逃げられない。覚悟を決めて戦ったとしても、多勢に無勢。こちらが力尽きて倒されるのがオチだ。
「……ハッ、たった三匹に対してあれだけの数を用意するなんて、君は相手をいたぶる趣味でも持っているのかい? そうだとしたら今すぐ趣味を見直すことをおススメするよ」
 アランがティナに向かってそう言葉を吐くが、ティナは気にすることなく大あごを更に開くとクスリと笑う。
「確かに、『普通のポケモン』にだったらもう少し数を考えるわ。でも、あなた達は色違いや改造。色違いであるあなたやその彼女はわからないけれど、そこの彼は目以外も改造されている可能性が高い。――どんな力を持っているかもわからないやつに少数で挑むヒトはいないでしょ?」
 その言葉にイツキがビクリと体を震わせる。ティナはあくまで可能性のことを言ったのだけれど、イツキに関してその「可能性」は「事実」に当たる。もしかしたら自分のせいでこうなったのかもしれない、なんて考えてないといいのだけれど……。
「……俺の、せい?」
 ポツリと虚空に広がった呟きから、わたしは予想が当たったことを知った。攻撃しても可能性は低いと思ったのか、体勢を解いたアランがそんなイツキを見て「君だけのせいなわけないだろう。君は悲劇のヒロインなのかい?」と静かに嗤う。
 イツキが俺はヒロインじゃないと反論するが、注目するのはそこではないだろう。そう指摘しようと思ったものの、イツキの表情を見ているとアランの言いたいことは伝わっているようなのでひとまず黙っておく。
 何もしようとしないわたし達に、ティナは「今回の研究対象は思ったよりも素直ね。研究もはかどりそう」と楽しげに恐ろしいことを言う。やはり、悪いことが起こるようだ。それも、とても悪いことが。
 逃げたいけど、どう頑張っても逃げられない。目の前が真っ暗になるような絶望の中、イツキがある方向を見て叫んだ。

「な、何だあれ!?」

 驚きに満ちた声が気になり、そちらに視線を移そうとした時、辺りにとても強い風が吹き荒れた。その強さに思わず目を閉じると、誰かに持ち上げられたかのように地面の感覚がなくなる。
 やがて風が止まり、地面の感覚が戻ってきたので恐る恐る目を開けると――、

『え!?』

 わたし達は見知らぬ店の中にいた。近くにあるメニュー内容を見る限り、喫茶店か何かだろうか。傍には警察のものではない腕輪をしたゾロアークが立っている。
「ワタシはゼフィール。このカフェ『ビジョン』の店主です。皆さん、危ないところでしたね。……間に合ってよかった」
 ゾロアーク……ゼフィールは安堵の息を吐くと、わたし達に穏やかな笑みを向けた。


 続く

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