9 森の秘密基地

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 宿の一室で目を覚ます。誰に起こされるでもなく、覚醒は自然なものだった。時計を見る。朝の六時だ。大抵の場合、私はこの時間に目を覚ます。年をとると目覚めが早くなると言うが、たしかに昔に比べて生活サイクルは健康的になった。
 支度を整えてから、七時にはチェックアウトを済ませる。
 太陽の下に出て大きく背を反らしてストレッチをする。それから辺りをきょろきょろと見回した。ムウマージは建物にはけして入らないので、宿から出たときや、店で買い物を済ませたあとなどにはこうやってついその姿を探してしまう癖がついた。そしてこちらから彼女の姿を捉えようとしている限りは彼女はほとんど姿を現すことはなかった。いつも彼女はいつの間にか背後にいて、そして一定の距離を保ってついてくる。まるで相容れる気色はない。だから探すだけ無駄なのだが、しかしこうやって無駄に彼女の姿を求めるのもなんだか一興であるように感じていた。
 どこにもムウマージがいないことを確認して私はひとまず歩き出す。
 その間に思い出すのは昨日の火事の件だ。かつて祖父の家があった土地は焼け爛れ廃墟と化していた。その事実は不思議に私の心に暗い影を落とすようだった。もともと街にあった祖父の家にはこれといった思い出はなかったはずだった。祖父との思い出はひとえにあの森の奥の小屋にあるのだから。しかしどうも昨日から奇妙な未練のような心持ちが真夏の雲のようにむくむくと湧いてきて、私を苛んだ。大した思い入れがなかったとはいえ、『かつて祖父が住んでいた地』が壊されたことへの喪失感のようなものがあった。
 こうなると、朽ちてなくなってしまっていても構わないと腹をくくっていたつもりのあの森小屋も、本当になくなってしまっていたら、私は言葉に言い表せないようなショックを受けるのではないだろうかと思い始めた。
 もしあの森の小屋が朽ち果ててしまっていたら、私はどうするだろう?
 その自問自答にはいまいち答えが見つからなかった。
 なんにせよ今はただその場所を目指すのみだった。
 それに今となっては森に向かう目的はただ小屋を訪ねるだけではない。
 気が付けば私の後方の木陰に黒い影がじっとこちらをうかがっていた。私に懐かない彼女は必然私と同じ部屋に寝泊りすることもない。どこか外で一晩を明かし、明け方私が宿を出てしばらくするといつの間にか近くにいるのだった。彼女がどこで寝ているのか私はたびたび気になったが、最近では寝ているのかどうかすら疑問に感じている。前に道中で図書館によって軽く本をめくってみたが、どうやらこのムウマージというポケモンは基本的に夜行性らしい。だから昼活動することはあまりないようだ。
 私が昼に移動する都合上、彼女も昼に活動しなければならない。そうなると夜行性の彼女が休息を取れる時間は夜になる。そうなるとあまりしっかりと睡眠を取れていないのではないかと心配になってしまうのだ。
 しかも毎日私が出発すると計ったように姿を現すのだ。まるで耽々と私が出てくるのを監視していたかのように。それともポケモンという生き物には休息は必要ないのだろうか。
 私は立ち止まって、ムウマージに向き合う。彼女はこちらを見ている。そこにはきっと警戒や拒絶のようなものが存在し、こうして向き合っている私たちの間で透明な壁となって聳えている。ついぞこの壁を取り払うことはできなかった。私はそのことを残念に思う。もう少し歩み寄れたら。いや私のほうからは歩み寄ろうと幾度か試みているが、しかしムウマージの態度がそれを許さない。こちらからどんなに接近しようとしても、すぐに手の届かない距離まで退かれてしまう。物理的にも心理的にも。
 それは仕方のないことだとも思う。私は人間で彼女はポケモンだ。今、社会には自然に当たり前のようにポケモンと人間とが共存しているが、本来はまったく異なる生き物同士のはずだ。全てが全て分かり合えることなどありえないのだろう。
 第一人間同士だって分かり合えず、歩み寄れないことだって多々あるのだ。たとえば私の両親と祖父の中があまり良好じゃなかったように。彼らは特別嫌い合っていたわけではけしてなかったが、両親は祖父のことをまるで異なった生物のように感じていたかもしれない。たしかに森の奥でひとりで小説を書き続けていた祖父は一般から見れば奇異の人だし、やはりそれは仕方のないことなのだ。
 私だって、ムウマージに身勝手に歩み寄ろうとはしているものの、彼女のことはこれっぽちもわかってやいないのだ。
 そして私たちの短かった旅ももうじき終わるかもしれない。
 もしこの先が本当にムウマージの住処であるならば、私たちはそこでお別れだ。ムウマージがそれ以上私に付いてくる理由はなくなるし、私としても彼女を留める理由はなにもない。最初からそれだけの関係なのだ。私がひとりで彼女との関係に意味を見出そうとしていただけだ。
 私は歩く。祖父の家が燃え尽きてしまったこの街に、もはや用はないだろう。長居していてもしょうがない。
 このままずっと歩いて行けば町から外れて森に入る。懐かしき思い出の森だ。私と祖父の思い出の森。あとはもうそこを目指すだけだ。
「たぶん、もうじきだよ」
 私は後方からついてきているムウマージに背中越しに話しかける。
「私たちは今日のうちに森に辿り着く。そこはある意味私の第二の故郷のような存在だし、もしかすると君が本来過ごしていたはずの場所かもしれない。断言はできないがね」
 そうだ。ムウマージの本来の居場所がこの先の森である確定的な証拠はない。ただ状況的に考えて、そうである可能性は極めて高いはずだ。もし違ったら、その時のことはその時に考えればいいだろう。
 街は今、目を覚ましつつある。忙しない人々は家から飛び出して、大通りを歩いていく。ある者はスーツを着て、バス停でバスを待っている。子供は制服をまとい友人たちと連れだって学校へ向かう。私はその中に違和感なく紛れ込んでいる。回りだす街の機構の一部のように、行き交う人々と幾度もすれ違う。ポケモンを連れて散歩をしているように見える人もいる。大荷物を背負っていて旅の途中なのだろうと推測できる人もいる。
 遠方からやってきた老人が少し離れた位置からムウマージを引き連れていても、それは決して特異には映らないはずだ。
 私は堂々と歩く。
 やがて街の中心部を抜けて、郊外に出る。人通りは一気に減って閑静な住宅が立ち並んでいる。私は道中で喫茶店に入り、軽めの昼食を取る。サンドウィッチとコーヒーのセットだ。ほろ苦いブラックコーヒーを口に流し込みながら、窓の外を眺めた。別段特別な風景は見えない。やや寂れただけのごく普通の住宅街だ。人はいない。その他の生き物も見当たらない。ムウマージの姿もどこにも見えない。
 手早く食事を済まして私は席を立つ。どうせ無駄になるだろうとは思いつつも、私はサンドウィッチをひとつテイクアウトで購入してカバンにいれてから店を出た。
 数分ほど歩いて後ろを見れば、ムウマージがいる。
 脇にこじんまりとした公園を見つけた私は、中に入ってベンチに腰を下ろした。
 公園には人っ子一人おらず閑散としている。子供たちは学校で勉学に励んでいるであろう時間だからだろう。
 ムウマージは遊具の陰から、私のことを観察している。
「さっきの店でサンドウィッチを買ってみたんだがね。どうだい、食べるかい?」
 私は先ほど購入したサンドウィッチの包装を剥がし、それを下敷きにしてベンチの上にサンドウィッチを置いた。
 行く先々でこうやってなにかしら食べ物を買っては、ムウマージに与えようと試みているのだ。だがムウマージは一度たりとも私の手からなにかを食べたためしはない。
 今回もムウマージはじっとサンドウィッチを見つめていたが、しかし寄り付いてくる様子はなかった。
 私はやれやれと肩をすくめながら、サンドウィッチを持ち上げて、自分で食べてしまった。
「じゃあ、改めて出発しようか」
 そうして公園を後にする。
 ムウマージは黙ってついてくる。
 やがて郊外も抜けて、遠くに森が見えてくる。鬱蒼とした、広大な森だ。
 私が幼い頃幾度となく通い詰めた懐かしの森だ。
 その遠景が目に入ると、自然と足が速くなってくる。心があの土地を希求してやまないのだ。
「もうすぐ。もうすぐだよ」
 それはムウマージに向けた言葉のつもりでもあったが、単に独り言のようでもあった。
 森に近づいて行けば近づくほど、人工物は徐々に減っていく。道も十分に舗装のされていない、粗雑な作りのものになっていく。地面を踏みしめる感触が段々変化してくる。湿った土の感触が強くなってくるのだ。
 視界から人がまったく消え去ってしまった代わりに、ポケモンたちの姿が多くなってくる。目に映る世界が人の世から逸脱し始めている。
 道の傍らには川が流れている。とても大きく、そして急な川だ。ムウマージが流されてきたのはこの川のはずだ。そしてこの川沿いに森を進んでいけば、やがて祖父が小説を書いていたあの小屋に辿りつく。
 いよいよ世界からは人の営みはほぼ完全に消えて、自然そのものの領域へと私は足を踏み入れることになる。
 頭上を木々が覆い、光が届きづらくなる。森特有の青臭いに匂いと湿った土の匂いとが鼻孔をつく。遠くのほうでよく知らない生き物の高い鳴き声があがる。その一声で音が殺されたように、それっきり森はしんと静まり返る。私の足音だけが無遠慮にその静寂に茶々を入れる。
 森はすぐに息を吹き返したように音を立て始める。
 川のせせらぎが聞こえる。
 風がざわざわと梢を揺らめかせ、まるで噂話をされているような錯覚を私は覚える。予期せぬ侵入者に森が戸惑っているようでもある。
 森に入ってから、どことなくムウマージの挙動がそわそわとしだしたように感じた。
「どうだろう。君はこの場所を知っているだろうか」
 私は問いかける。ムウマージは落ち着かない様子で辺りをきょろきょろとうかがいながらついてくる。
 間違いなくムウマージはこの場所になにかを感じている。
 私たちは歩き続ける。
 もはや道と呼べるようなものはすでにない。私は川の音を辿るようにしながら、木々の間をくぐっていく。
 そのうち私はある違和感を感じ始めた。というのも森を奥に進めば進むほど、生き物たちの気配が消えていくような気がしたのだ。生き物たちのささめきが段々と掻き消えていくようだった。
 その違和感に私は少しづつ不気味さを覚え始めた。不安になり心がざわついて、知らず知らず歩みが遅くなった。見るともなしにムウマージのほうを振りかえる。ムウマージはますますそわそわと落ち着かない様子になっていて、そのことが余計に私の心を不安がらせた。
 不意にムウマージの動きがぴたりと止まった。
 私は、おや、と思って、同じように立ち止った。
 その時、私はどこか遠くのほうから不可思議な音がかすかに鳴っているのを聞いた。怪訝に思い私は耳を澄ましてその音に意識を集中させた。それはこの森においてまるっきり異質でどうにも不快に感じる異音だった。ここからだと遠すぎてそれがいったい何の音であるのかはわからない。
 その音を聞いていたムウマージの表情がたちどころに変わりだした。今までの数日間寡黙な無表情ばかりを見せていたムウマージの貌が。まず、恐怖。強大ななにかを恐れるように顔をしかめて、それから徐々に怒りのような憎しみのような顔に変わって、最終的には全部がぐちゃぐちゃに混ぜ合わされたように、混沌に顔を歪ませた。
「お、おい。いったいどうしたんだい?」
 私は恐る恐るムウマージに一歩近づいた。
 次の瞬間、ムウマージは私に背を向け、逃げるように一目散に反対側へ飛んで行ってしまった。あっという間にその姿は見えなくなり、深い森の中に私一人だけがぽつねんと取り残されてしまった。
 しばらくわけも分からず呆然と立ちすくんだ。ムウマージを追いかけるべきかどうか悩んだが、下手に川の傍から外れてしまうと、そのまま森から出られなくなってしまう可能性は高い。日ももう沈もうとしている。森は十分に暗い。
 それにムウマージはこちらから探している限りはけして姿を現さないことを私は思い出した。ならばいつものようにいつの間にかまた後ろからついてくるかもしれない。あるいはやはりこの森はムウマージの住処で、目的地に辿り着いた以上、もう私の案内などいらないのかもしれない。
 それにしたってムウマージの最期のあの表情。まるでただ事ではないあの貌がつくづく気がかりではある。
 気が付けば謎の音はもう止んでいた。
 あの音が聞こえてきたとき、ムウマージの様子がおかしくなったのだ。となるとムウマージはあの音がなんの音であるのか知っていたのだろうか。
 十分ほどその場にとどまり続けて、ムウマージが戻ってこないことを確認した私は、これ以上ここにいてもどうしようもないと判断して、ひとりでまた小屋へ向かって歩き出した。
 またいくらか歩いていると、さっきのあの音が再びどこからともなく響いてきた。前よりも音は近くなっている。私が向かっている先に音の発生元が存在する?
 足元が悪いせいだろう。歩いているうちに、少し動悸がして息が上がってきた。若い頃はこのくらいなんともなかったのだが、やはり年は取りたくないものだと思う。いくら生活が健康的になったところで、結局のところ老いにはかなわないのだ。
 私はリュックからペットボトルの水を取り出して一口飲んだ。それから大きく息を吐き出して、また進む。音はいまだやまない。
 私はその怪奇な音に改めて注意深く耳を澄ませた。この森において、それはあからさまなノイズだった。私の存在など取るに足らないくらいに。
 しばらく音を聞いていると、それはどこか旋律を奏でているように聞こえてきた。旋律のように聞こえるだけで、実のところまったくの不規則な音の連続でしかないのかもしれないが、しかし一度そういうふうに聞こえてしまうと、もう旋律にしか聞こえなくなってしまっていた。
「歌……?」
 こんな森の奥地で誰かが歌っている?
 だとしたら酷い歌声だった。もはや人語ですらない。まるで地獄の底から這い上がって引きずり込もうとする亡者の呻き声のような声だ。
 私は思わず顔をしかめる。
 歩けば歩くほど歌声は近くなっていく。
 そして、あるときぷつりとやんだ。
 動悸が激しい。息が上がっている。額や背中に虫が這うように汗がにじんでいた。その生理現象は、はたして歳のせいなのか。それとも……?
 いったん足を止めてしばらく休憩してから、また進む。
 森が暗くなりはじめ、私は懐中電灯を取り出した。
 やがて視界が開けて、黒々とした四角い物体が現れた。それは当たり前のようにそこにあった。
「ああ……」
 思わず感嘆の息が漏れた。
 懐かしさ、喜び、愛しさ、そういった暖かい感情が胸の内に薫風のように広がって、それまで歌声のせいで感じていた不快感を優しく溶かしていった。
 一歩、また一歩、小屋に歩み寄る。懐中電灯で照らしてみればかなり老朽化していることがわかった。すっかり廃墟然としている。それもそのはずだ。もうあれから何十年とたつのだから。こうやって立っていること自体、奇跡的なことなのかもしれない。
「まったく、老いぼれてしまったよ、お互いに」
 呟いてから、ああ、やはりこの場所が私の死に場所なのかもしれないと直感した。あるいはこの場所で息絶えたいという純粋な願望かもしれない。
 私はここまでの道のりでもうだいぶ疲れ切っていた。この数日間に及んだ旅は、インドアな老体には強く響いたようだった。とにかく今日のところはもう眠ってしまいたかった。この小屋と久闊を叙するのはまた明くる日にゆっくりやればいいだろう。
 私は小屋の扉の前に立つ。ああ、そういえば、ずっと放置されていたのだから、中はだいぶ汚れてしまっているだろう。明日はまず掃除から始めようか。漠然とそんなことを考えながら扉を引いた。
 次の瞬間、腹に重たい衝撃がぶつかった。小屋の中から私めがけてなにかが飛んできたのだ。私に衝突したそれはドンと音を立てて下に落ちた。それはどうやらハードカバーの厚い本のようだった。
「誰だ!」
 私は叫んだ。
 こんなところに何者かがいるのか? なぜ?
 私は暗闇の中で目を凝らし、小屋の中を観察した。懐中電灯で室内を照らす。脳裏にあの不気味な歌声がよぎった。声の主はここにいるのか?
 部屋の隅、ベッドの上にこちらをじっと見据えている小さな人影がいた。大きさから推し量るに、それは子供のようだ。
 私はそちらに光を向けた。髪が長い。それは少女だった。
「誰だね?」
 戸惑いながらも、今度は少し声を落ち着かせて尋ねる。一歩近づくと、少女はびくっと震えた。「ひっ……」と短い悲鳴が上がる。少女はなにかを庇うように抱きかかえながら、小さく震えている。彼女の身体に隠れているせいで、なにを抱えているかまでは判然としない。
「こ、こないで……」
 高くか細い声。
「落ち着いて、大丈夫だ。すっかり驚かせてしまったようで申し訳ないが、私も驚いているんだ。まさかこんなところに人が、それも君のような少女がいるなんで思いもしなかったからね」
「こないでっ……!」
 私はどうにか少女をなだめようとしたが、少女は高く悲鳴をあげるばかりで、まったく埒が明かなかった。予想外の状況に私はほとほと困り果ててしまった。たとえば相手が幼い少女などではなく、それこそ私と同じような老人だったら出ていくようにきつく怒鳴ることもできるだろうし、ならず者のような若者であったら身の危険を感じてすぐさま逃げるだろう。しかし少女となると強く当たることもできないし、かといって逃げるというほど驚異的な存在ではない。そもそも幼い子供が日も沈んだ時間にこんな森の奥の廃墟にいること自体が普通でなかった。森に迷い込んで帰れなくなったのか、それとも意図的にこの場所で身を隠しているのか、なんにせよ放っておくわけにはいかないだろう。
「お願いだから話を聞いてほしい。もし君がなにか困っているのなら、私は君を助けてあげられるかもしれない。もし迷って家に帰れないというのなら、街まで連れて行ってあげられるし……」
「知らない人が入ってきて困っているわ! 私を助けたいのなら、今すぐここから出ていって!」
 森を覆う重苦しいほどの静寂を少女のつんざくような悲鳴が切り裂いた。耳鳴りがしそうなほど、甲高い声で叫ばれてしまっては堪らない。どうやら取り付く島もないようだ。
「仕方がないから今日は出ていこう。でもこんな暗い中を街まで歩いて帰るのは危険だから、私はこの小屋のすぐそばで一晩過ごすよ。それはどうか了承してほしい」
 私はなるべく温和な喋り方でそれだけ伝えると、小屋から出てそっと扉を閉めた。
 それから適当なところに腰を下ろして小屋の壁に背中を預けた。小屋の中で少女は息を潜めている。私の存在のせいで、彼女は今夜ろくに眠ることができないかもしれない。彼女は私のことをとても警戒していた。かといって今から街まで戻るのは憚られる。
 私はリュックから寝袋を取り出して、くるまった。空を見上げると木々の隙間から星々がよく見えた。ああ、そういえば昔、祖父が夜空の星座について、訥々と講釈してくれた。この森には木々が少なく一層開けた場所があるのだ。そこからはもっと星空が見える。まるで童話の世界のようなファンタスティックな夜空の海が。そこから派生するように次々と祖父との思い出がよみがえる。幼かったころの静謐でありながらなによりも世界を輝かしく感ぜられた祖父との夢のような日々。私たちだけの秘密基地。それは森の奥にある。
 その思い出の秘密基地に私は数十年の年月を跨いで寄り添っている。
 ノスタルジックな多幸感に包まれながら、私は穏やかな眠りに落ちたのだ。

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