29話 第1試合

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

2020年8月5日改稿
翌日、ハルキ達は技能測定を受けるため練習場に向かった。
練習場には昨日と違って、ベンチやテントがあり、テントの下には机と椅子がセットで設置されている。
まるで小学校の運動会場のようだ。
ベンチには何匹かポケモンが座っており、初めて救助隊ギルドに来た時は見かけなかったポケモンもいる。

「サラさん、おはようございます」
「あら、来ましたね」
「今日はよろしくお願いします」

このギルドの副団長であるサーナイトのサラに緊張気味に挨拶すると、サラはニコッと笑い返してくれた。

「それでは、始める前に簡単なルール説明をさせてもらいます。 まず、あなた達には個別に救助隊のポケモンと1対1で戦闘してもらい、その戦闘を見てこちらで評価をします。 どちらかが降参する、あるいはこちらが試合を終了させるまで続けてください。
4匹の試合が終了したら、少し休憩を挟んだ後、あなた達4匹チームと救助隊1チームのチーム戦をしてもらいます。 チーム戦のルールについては、その時にご説明します。 ここまでで、何か質問はありますか?」
「つまり、前半が個の、後半がチームの力を見るといった認識でいいですか?」
「その認識で問題ありません。 もし、怪我をしたり、体調不良となってしまった場合は、あちらのテントに医療班を待機させているのでご安心を」

サラが指さしたテントには机の代わりに椅子とベッドが置いてあり、タブンネとプクリンがせこせこと動いているのが見えた。

「あれ? この前会ったハピナスとラッキーじゃないんだな?」
「ハクナとラディの事ですか? 彼女達、医療班は当番制で1日2匹ふたりのペアでギルドに来てもらっているんです。 本日の当番はタブンネのアイネとプクリンのカリンですね。 彼女達はとても優秀なので心配する必要はないですよ」

とサラは言っているが、ハルキ達はアイスを食べすぎてお腹を壊したラディを知っているので、何とも言えなかった。

「おー、お前達が噂の新入りか~」
「来るのが遅いですよ、団長。 みんなとっくに来ています」

ハルキ達に声をかけてきたのは鮫と恐竜を混ぜたような外見をしたポケモン、ガブリアス。
サラに団長と呼ばれているという事は、このギルドの団長はガブリアスなのだろう。
体のあちこちに古傷と思われる傷跡があり、外見以上に迫力のある見た目をしていた。

「そんなに怒るなよ、サラ。 昨日まで俺は遠出してたんだぞ。 少しぐらい、ゆっくりしててもいいだろ?」
「だからといって、仮にもこのギルドの代表が朝寝坊するのはダメです」
「ったく、相変わらずサラは頭が固いなー」
「そんなことより、彼らに自己紹介をしてください」
「おっと、そうだった。 俺の名はカリム。 一応このギルドの団長をやっている」

カリムと名乗ったガブリアスは見た目とは違いずいぶん明るく、ゆるい性格のようだ。
ハルキ達もカリムに簡単な挨拶と自己紹介をしたところで、そろそろ技能測定が始まるので、ベンチに移動した。

「よう、ハルキ」
「救助隊に少しは慣れたかしら?」
「ザントさん! リルさん!」

ベンチには見知った顔であるザントやリル、魔法を見せてくれたラプラ達も座っていた。

「今日は楽しみにしてるからな!」
「あたい達をがっかりさせないでくれよー」
「がっかりって、俺達は見世物じゃねぇんだぞ……」

アイトが複雑な表情を浮かべた所でサラによる第1試合のアナウンスが入った。

「それでは、これより新しく救助隊に入ってくれた4名の技能測定をはじめます。 名前を呼ばれた者はバトルフィールドに出てきてください。 それでは第1試合、ヒビキさんとクロさん、お願いします」

名前を呼ばれたヒビキがバトルフィールドに出ると対面にはエルフーンが出てきた。
おそらくあのエルフーンの名前がクロなのだろう。

「ん? あの、エルフーン……だっけか? なんか違和感あるな?」
「ああ、あいつは色違いのエルフーンなんだ。 見た目が普通のエルフーンと違って黒っぽいからクロって名前らしい。 安直だよなー」
「私が言えたことじゃないけど、ザントだって安直な部類よ……」
「そろそろ始まるぞ。 基本的に団長と副団長が採点すっけどあたし達だって簡単な評価をするんだから見逃すなよー」
「言われなくてもわかってるさ!」

ちょうどラプラが言い終わったタイミングで試合が始まった。

―――――――――――――――――――――――――――――

「ヒビキです! よろしくお願いします!」
「ぼくはクロって言うんだー。 よろしくー」
「それでは、始めてください」

対戦相手はエルフーン。
イーブイの里では見たことないポケモンだが、迷っていても仕方ないと判断したヒビキは先手を取る事にした。

「いきます! 『たいあたり』!」
「じゃあ、こっちは『コットンガード』」

ヒビキの繰り出した『たいあたり』はクロに命中したが、コットンガードにより防御力を上げたクロには大したダメージになっていなかった。

「あれぇー? 勢いよく飛び出してきたわりに、ぼくの綿に攻撃弾かれちゃったねー。 モフモフがたりないんじゃなーい?」
「モフモフ!?」
「そーう。 モフモフー。 モフモフはジャスティスなんだよー。 これがあるのと無いのとでは力量に天と地ほどの差があると言っても過言じゃないんだよー。 知らなかったー?」

無論、そんなわけはないのだがクロの発言を本当だと思ったヒビキは驚愕な顔をして、1歩後退った。

「そ、そんな……。 た、確かに近所のブースターのブー君は力がやたら強かった気がしてきたです」
「ほらねー。 だからモフモフがぼくより劣っている君は弱いのだー」
「わ、わたしのモフモフだって負けていません! 『とっしん』!!」

ドヤ顔で語るクロの姿はコットンガードにより、身に纏う綿のモフモフ具合が通常の2、3倍に膨れ上がっていた。
そんなクロの挑発めいた言動にヒビキはカチンと来て、気が付いた時には『とっしん』で突っ込んでいた。

「そんな直線的な攻撃、当たらないよー。 ほらほらー、攻撃当ててみなよー」

ヒビキの『とっしん』をヒラリと避けたクロの言葉にさらに苛立ったヒビキは連続で『とっしん』を繰り出すが、全て簡単に避けられてしまう。
今のヒビキはクロが会話中に使用した技『ちょうはつ』によって、冷静な判断が出来なくなっており、動きが非常に単調になっているのだ。

「ハァ、ハァ……。 と、『とっしん』です!」
「ほい、『やどりぎのタネ』」

息を切らしたヒビキの『とっしん』はスピードも落ちており、最初よりも簡単に避ける事ができ、クロはすれ違いざまに『やどりぎのタネ』をヒビキに植え付けた。
『やどりぎのタネ』をまともに受けたヒビキは体勢を崩して、そのまま転倒した。

「うぅ……」
「ごめんねー。 ぼくの戦い方はこういうのなんだー」

ジリジリと近づいてくるクロ。
ヒビキは『やどりぎのタネ』と転倒した時のダメージで『ちょうはつ』の効力は解けていたが、やどりぎのつるに身動きを阻害され、思うように動けなかった。
どうすればいいかと考えているヒビキの視界にふと、ベンチでこちらを見ているアイトの姿が映った。

(こういう時、アイト君ならどうするでしょうか……。 そうです。 確かあの時――)

――――――――――――――――――――――――――

「いいか、ヒビキ。 明日のタイショーとの勝負は、まず相手より先に自分のペースを掴むことが重要だ」
「ペース……です?」

タイショーとの勝負を前日に控えたヒビキにアイトが作戦会議と称してアドバイスをした。

「そうだ。 自分のやりたいこと、得意な事をいかにして相手に押し付けるかって事だな」
「なるほどです! でも、もしタイショー君にペースをとられたらどうすればいいんです?」
「その時は、無理にペースを取ろうとしないで、チャンスが来るまで耐えるのが無難かな」
「我慢するって事です?」
「まあ、そういう事だな。 勝負事には、目には見えないけど流れってもんが必ず存在するんだ。 相手のペースの場合は、流れが相手に向いてるって事だな。 けどな、相手だって同じポケモンだ。 ずっと同じ状態が続く事はない」
「どういうことです?」
「攻撃をすればその分、疲労は蓄積されるし、思考も鈍ってきたりする。 有利な状況が続けば慢心だってする。 そうなってくると、どっかしらに付け入る隙が生まれるのさ。 あとは、その隙をついて、流れを変えればいいだけだ」
「なんか難しそうです……」
「まあ、こういうのは経験による勘みたいな部分があるからな。 なら、多少リスクがあるけど、相手が予想もしていない事をして無理やり隙を作るって手もあるぞ?」
「相手が予想していない事をするって、普通に難しくないですか?」
「ハハッ! まぁ、そうだな。 だったらヒビキが相手の立場になった時、やってこないだろうって思うことをやってみればいい」
「相手の立場になって考えるってことですか?」

ヒビキの問いかけにアイトは頷く。

「そうだ。 自分がやられて嫌なことは大抵、相手側もやられて嫌なんだ。 だから、自分がしてこないって思っている事は、相手側もしてこないって思っているかもしれないだろ?」
「つまり、相手側を驚かせばいいんですね!!」
「あ、ああ? うん? まあ、そうなのか……?」

――――――――――――――――――――――――――――――

あの時言った、アイトの言葉通りなら、今、試合の流れはクロにある。

(そして、この状況でクロさんを驚かせるためには……)

「さ~て、どうしようかなー?」

クロが倒れているヒビキに近づいた、その時――

「今です!!」
「うわっ!?」

ヒビキは接近してきたクロに飛びかかった。
近づいてくるクロから逃げるのではなく、逆に突っ込んでくるとは思わなかったクロは回避が遅れて、そのままヒビキに飛びつかれて地面に押し倒された。

「捕まえたです!」
「やるねー。 でも、ぼくにはこのモフモフな『コットンガード』があるから攻撃しても無駄だよー。 それに、『やどりぎのたね』が君の体力を奪うから、ぼくの動きを封じたところで、無問題さー」

笑いながら話すクロの言葉にヒビキは口元を緩めて言った。

「確かに『コットンガード』の防御力なら、わたしも本で読んだことがあるので知っています。 そして、『コットンガード』は特殊攻撃に弱いという性質があるのも知っているです! くらえ! 『スピードスター』!」

ヒビキは力強くそう言い切ると、ゼロ距離で『スピードスター』を放ち、その衝撃に2匹ふたり共、吹き飛ばされた。
ヒビキは息を荒くしながらも、なんとか立ちあがり、倒れているクロを見た。

「ハァ、ハァ……。 やったです?」
「いてててー。 残念だけど、まだだよー。 って言っても、結構ダメージもらっちゃったなー」

身構えるヒビキに対して、クロはニッコリ笑った。

「なるほどねー。 あの距離なら自分にも技のダメージがはねかえるけど、ぼくにダメージを与えるだけじゃなく、自分の身体に巻き付いたやどりぎのつるを取り除く事も狙ったんだねー。 うん。 いいねー」
「そ、そうです!」

クロの言うとおり、ヒビキは継続的に体力を削られ、身動きを阻害する『やどりぎのたね』を残すより、ダメージ覚悟で自分にも技をぶつけて効力を無くした方がよいと思った。

「ふーん。 それじゃあ、ぼくは降参するねー」
「ふえっ?」
「あれー? 聞こえなかったー? ぼくは降参するって言ったんだよー」

ニコニコと笑って降参を宣言するクロにヒビキは動揺を隠せなかった。

「い、いや、聞こえたですが、その、いいんです?」
「いいのー! いいのー! そもそもぼくは1対1のバトル得意じゃないし、やどりぎ破られた時点できつそうだったからねー。 じゃあ、そういう事で! ……副だんちょー! 試合終わったからオボンの実ちょーだーい!」

どこまでも明るい笑顔をして走り去ったクロは、サラの元に向かうとオボンのみを受け取ってそそくさベンチに戻って行ってしまった。

「というわけで、クロさんが降参したのでこの試合は終了します。 2匹ふたり共、お疲れ様でした」

サラがそう告げると、バトルフィールドでポカーンとしているヒビキにオボンの実を手渡し、席に戻るよう促したのであった。

――――――――――――――――――――――――――――――

「はぁ~、疲れたです」
「おいおい、大丈夫か?」

ベンチの手前付近で倒れ込んでしまったヒビキにアイトが慌てて駆け寄った。

「だ、大丈夫です」
「どう見ても大丈夫そうには見えねぇよ。 ほら、貰ったきの実をさっさと食べて少しでも体力を回復させとけ」
「ありがとうです。 アイト君。 疲れと緊張から一気に解放されて、気が抜けちゃいました」

えへへと力なく笑うヒビキをアイトがお姫様抱っこで抱えあげると、そのままハルキ達のいるベンチまで歩いてきた。

「ヒビキ、おつかれさま~」
「バチュ~」

戻ってきたヒビキにヒカリとバチュルが労いの言葉をかける。

「仕方なかったとはいえ、自分に攻撃を当てるなんて無茶しすぎだよ」
「ごめんなさい、ハルキ君。 でも、あれしか思い付かなかったので」

苦笑いをしながら謝るヒビキ。
ハルキもあの状況なら、ヒビキのとった方法がベストだろうと思っているので、これ以上言うつもりはない。

「ハルキの言うとおりだぞ。 でも、最後まで諦めないのは大切なことだ。 よく頑張ったな、ヒビキ」
「……アイト君。 でも、あのまま続けていたら絶対勝てなかったです。 それどころかもっとダメージを受けていたかもしれません。 たぶんクロさんは、わたしが諦めないとわかっていたから、降参してくれたんだと思うんです」
「それがわかっていれば十分だ。 とりあえず、今はゆっくり休んでろ」

アイトはベンチに座ると、ヒビキを横に寝かせ、自分の膝を枕の代わりにした。
その行為にアイトは何も感じていないようだが、ヒビキは顔を真っ赤にしていた。
モフモフは正義

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