第8話:人の温もりを教えてくれた街を破壊してしまいました

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 空腹時にマゴのみを摂取すると適度な糖分によって脳の働きを正常値に引き戻してくれるという話があるわけだが、それはあくまで学会で囁かれる推論でしかなく、実際問題、空腹時に丁度マゴのみを入手できる保証など何処にもないことは確かだ。
 故に、アオは今ピンチに立たされている。
 ハナダの洞窟で目を覚ましてから、ツーちゃんと共にカントーをめぐる旅に出たわけだが、その道中、アオは何も食べていない。食べるという行為を忘れてしまうほどにジム巡りに熱中しているからなのか、或いは食べるという行為そのものを脳内で無意識のうちに遮断しているか。
 例えば相方のツーちゃんなんかはそんなことは知る由もないし、ツーちゃん自身も空腹に苛まれるような状況ではなかったので、アオのそんな姿を見ても不思議にこそ思えど、気遣いをするまでには至らなかった。

「にゅあーっ……お腹がぺったんこなんだよ」
『胸も器もぺったんこではないか』
「うーしゃいよツーちゃん。アタシ……もう、限界かも」
『うーしゃい、とは、うるさい、ということか? このワタシを愚弄するか』
「……うぅっ」

 ぐにょーん。
 奇怪な音がアオの腹部から漏れ出て、アオはその場でパタリと倒れた。
 ツーちゃんはアオが倒れるタイミングで地面に放り出されそうになるが、かろうじてサイコパワーで踏みとどまり、華麗に着地する。
 そしてアオを見て一言。

『あ、アオォォォォォォォォォォッ!』

 ツーちゃんにも、やがては感情という概念が開花するということは誰にだって予測できた話ではあるけれど、ここまで情緒豊かなミュウツーが果たしてミュウツーであって良いのだろうか。
 だが、仮にこのツーちゃんのリアクションをグレン島にいるカツラなんかが見ていたとするならば、それは喜ばしいことだと思うことだろう。
 そんなわけで、アオは空腹のあまり、地面に倒れ伏せた。
 時間の流れが遅く感じたが、そろそろ日が沈んで夜を迎える頃の、19番水道の波打ち際での出来事であった。


◆◆◆

 アオは変な夢を見ていた。
 何もない空虚な部屋に、自分だけが取り残されている。
 何処かで聞いたことのある不愉快な声が、頻りにアオに問いかける。

 お前は誰だ。
 お前は何故この世界に生きる。
 お前は誰の為に生きている。
 お前は何の為に生まれてきた。
 お前に力はあるのか。
 お前に守りたいものはあるのか。
 どこにも仲間などいないはずなのに。
 それでも、本質を知りたいか。
 それでも、真実を受け入れたいか。

 何処かで確かに聞いたことのあるその声。
 だけれど、聞き慣れないような、聞き慣れてはいけないようなその声。
 ずっと昔から知っているように、不愉快な声。
 しかし、アオはそんな声に対して、こう答えるしかなかった。

 ……知らないよ。そんなの。


「……の! 大丈夫なの!?」
「……ふにゅ?」

 アオは重い瞼を微かに開いて、視界に入った景色に意識を移す。
 どうやら、眠っていたらしい。目の前には、幼気な少女と、ツーちゃんの姿が映し出されていた。

「ツーちゃん……と、誰」
「よかった! 目が覚めたのね!」
『アオ……済まない。ワタシがもう少し気配りのできるツーちゃんだったら良かったのに』
「にゅ。ううん、大丈夫。心配かけたね。……で、あなた誰?」

 アオは上体を起こすと、半開きの目で、付き添ってくれていたらしい少女の方に目をやる。
 少女はそんな不躾な態度のアオに対しても、そんなに強気に出ることはなかった。

「ああ、あたいはアンズ。ここはセキチクシティだよ。あんたが近くの浜辺で倒れてるって、この紫色の……ツーちゃん? が助けを求めに来たから、慌てて助けたわけよ」
「……そっか。ありがとね、アンズ」
「いえいえ」

 アオが両目をグジグジと擦ったところで、何処からか卑しい声が聞こえてくる。
 アンズはそれを聞いて酷く紅潮する。

「ファ! ファ! ファ! 忍びの道に生きる者とて、時には助け合い、力を合わせて時代を作り上げていくものよー ここであったのも何かの縁と言えようぞ!」
『奇妙な声帯をしてるな、アンズよ』
「ち、ちがっ! 今の声はあたいじゃなくて……」

 赤面したアンズが目をギュッと瞑りながら真上を指差す。
 何が恥ずかしくて赤面しているのかアオとツーちゃんには理解できなかったが、指がさし示す方向を見ることによって、尚更その疑念深めた。

「ファッ!」
「もう、ちちうえ!」

 天井に、そこそこ年を食った忍者が張り付いていた。

「にゅわー! 天井にくっついてるよ!」
『誰だコイツは。モツ煮込みの亜種か』
「ファファ! 大層なリアクションで拙者も登場の仕方を吟味した甲斐があったものよ!」

 そう言うと、天井の忍者はヘンテコな煙と共に姿を消し、気が付けばアンズのすぐ隣に立っていた。
 まあ、気が付けばもクソもない。ヘンテコな煙は火災報知器が作動せるレベルで部屋の中に充満していたのだから。やり方さえ考えれば一般人でも出来そうな妖しの術である。

「……で、ちちうえ。名前はキョウ」
「キョウである」
「この街のジムリーダーなのよ!」
「ジムリーダーなのよ!」

 その言葉に、アオは真っ先に食いついた。

「ジムリーダー!? 挑戦して良い!?」
「待て待て、お主のことは存じ上げておる。何でもジムを短時間で順々に破壊している、卑しげなシリコン人形を連れた青カビみたいな人間だと」
『シリコン人形について異論を唱えたいのだが』

 キョウも一応はジムリーダーだ。本部からアオという要注意人物がいるとの情報は既に把握済みだ。その情報に合致する人物がこのような行き倒れみたいな形で現れたとなると、対処の仕方も工夫次第でどうとでもなる。
 取り敢えず、アオは空腹を理解していないらしいので、その方向から攻めていくことにした。

「まあ、待て。アオよ、お主……腹が減っているのではないか?」
「腹? 言われてみれば……たし……かに……」
「今晩は我が家を寝床にしていけ。晩御飯ももてなそう」
「にゅ……良いの?」
「ああ、それで明日の朝にでもジム戦に興じようではないか。取り敢えず今は腹ごしらえだ」
「わーい! ツーちゃんも勿論ご飯貰えるんだよね?」
「ぎ、御意」
『何故躊躇う。ワタシを愚弄するか』

 そんな流れで、アオとツーちゃんはセキチクシティのジムリーダーのキョウの家に一晩泊めてもらう形でこの街に滞在することになった。
 アオはツーちゃんとのこれまでの旅路の出来事をキョウに語ってみせて、キョウもそれを受け止めるように聞いていた。
 そんな間に、アンズが晩御飯の支度をして、アオの腹を満たす準備は整った。
 アオ、ツーちゃん、キョウ、アンズの四人で鍋を囲むという形だ。

「アン、何これ」
「アンズよ。何って失礼ね……鍋だけど」
「ナベって何?」

 アオが煮詰まる前の蓋のされた大きな鍋を見ながら首をかしげる。するとキョウが愉快そうに笑った。

「ファ! ファ! 鍋とは皆で同じ料理を囲んで食べる、謂わば親睦を深める為の料理。さあ、遠慮せず食え! 同じ鍋をつつけば仲間だ!」
「おお……なんか、はじめてだよ!」

 やがて、火の通った具材が一斉にグツグツと音を立てる鍋を、それぞれが箸で突き始めた。
 アオは、あのヘンテコな夢を思い出す。
 お前は何の為に生まれてきた。
 勿論、解答はすぐには出せない。けれど、今この瞬間の為に生きているのだとするならば、アオの中で一つの推論が立つ。
 多分、こんな温かさを感じても許される為に、生きていたい。それを形にするべく生まれてきたのだと。
 思い出せることなんて何もない。けれど、今こうしてツーちゃんと旅をしている。こうやって心優しい人とも出会える。それこそが「生きていても良いよ」という信号なのではないだろうか。
 アオはその晩、夢を見る間も無く、グッスリと眠れたようだった。


◆◆◆


 翌朝。アオはキョウに連れられてセキチクシティの広いスペースにやってきていた。

「キョウ。ポケモンジムには行かないの?」
「ファファ! まあそう焦るな。お主のシリコン人形……屋内で戦わせるには惜しいと、拙者が伸び伸び戦える場を用意したまでだ。不服か?」
『そういことなら話は早い。さっさと終わらせるぞ』

 ツーちゃんがクールな目つきを作りながらそう言うと、キョウは更に哄笑をあげた。

「しかしながら、拙者が得意とする毒は妖しの術。そう簡単に終わらせなぞせん」

 キョウがそう言ってモンスターボールのスイッチを押すと、その中からシュッとした翼を四枚生やした紫色のポケモンが現れた。しかしまあ、ツーちゃんの持ちうる紫色とはまったく違い、毒々しい色をしていた。こうもりポケモンのクロバットだ。
 アオも俄然やる気になっていて、頭の上に立つツーちゃんの足首を指でつつくと、ツーちゃんが地面に降り立ち、臨戦態勢に入った。
 その双方の中間にアンズが立ち、審判の役目を果たそうと仕切り出す。

「それでは、ジムリーダー・キョウと挑戦者アオのジムバトルを始めます! 使用ポケモンは挑戦者に合わせて一体のみ! 先に力尽きた方の負けとします! それでは……始め!」

「クロバット、ちょうおんぱ!」
「ツーちゃん、チャージビーム!」

 双方がポケモンに指示を出したところで、二匹が素早く動き出す。
 ツーちゃんが手をかざすと、その先端から収束された電流が放出されるが、そのスピードを上回る軌道でクロバットが飛行しながら、翼の細かい振動によって高周波のようなものを放つ。

『……ぐっ、頭が、グワングワンする……』

 ツーちゃんはその超音波に当てられて意識が朦朧とする。ジム戦では実質初めてとなる痛手だ。
 ただ、キョウは予想だにしなかった。クロバットに出したこの指示がとんでもない災厄を招くことに。
 ツーちゃんは右手の先からチャージビームを放出したまま、千鳥足になった。すると、チャージビームの射出方向がぶれ始めて、街の街路樹を次々となぎ払い始めた。

「ムッ……クロバット、回避しろ!」
「ギィン!」

 クロバットは持ち前の機動性で、めちゃくちゃな軌道のチャージビームを何とか回避していく。だが、チャージビームの最たる特徴を思い出して欲しい。
 チャージビームは、電撃を放出すると同時に、使い手の体内にも電気信号を送り込む。そのまま、体内の代謝等のメカニズムを弄って、特殊攻撃の威力を増加させていくというもの。
 そして、チャージビームの照射時間が長ければ長いほど、その効果も上乗せされていくのだ。
 要するに、ツーちゃんが千鳥足になってフラフラしている間も、チャージビームの威力は段々と大きくなっているのだ。
 それに加え、超音波による混乱作用で射程がめちゃくちゃになっている。

「ツーちゃん! 大丈夫ー?」
『あららららららららららららららららら』

 そして、フラグが確実に建った末に、チャージビームの矛先はやがてはセキチクジムの建物に降りかかった。
 能力上昇によって三百パーセントくらいの威力まで跳ね上がったチャージビームによって、ジムの窓が勢い良く叩き割られて、外壁もプスプスと焦げ上がったような音を立てて小火を起こしている。
 そして、街路樹もたちまち炎上し、セキチクシティは火の海になりそうである。
 その惨状に圧倒されて、クロバットが遂にチャージビームの餌食となり、すべては終わりを迎えた。

「ツーちゃぁあああああああああああああん!」
『あららららららららららららららららら』
「せ、セキチクシティに……ポケモンリーグに栄光あれぇーっ!」
「ちちうえーっ!」

 日が収まる頃にはアオはセキチクジム突破の証のピンクバッジを手にしていることだろう。
 恐らくではあるが。
 さて、順調にカントーが崩壊していくが、まさか、人の温もりを教えてくれた街を火の海に帰るとは、アオも罪なトレーナーである。

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